0381 魔王の因子
「リョウ、まずは回復しよう」
エトはそう言い、涼が持っていたマジックポーションを飲むと、唱えた。
「<エクストラヒール>」
それによって、欠損した左腕が再生され、脇腹の傷も修復される。
「いつ見ても恐ろしい回復です」
涼の呟きに、苦笑するエト。
回復が終了すると、涼はマーリンの方を向いて頭を下げた。
「マーリンさん、ありがとうございました」
「む?」
だがマーリンは、よく分かっていない。
「マーリンさんが時間を稼いでくださったおかげで、僕は間に合いました」
「なるほど、その事か。なに、お主が離れれば、また六人に、悪魔がちょっかいを出してくる可能性があると言われたからな。気にかけておったら案の定、現れおった。しかも、また西ダンジョンと聖都の間に」
「この場所というのは……」
「西ダンジョンは、わしがおるからな。そして聖都は、昔から悪魔は近づかんのじゃ」
(聖都には、聖なる何かがある? いやあ……堕天した者が教皇やその背後とかにいるのに、聖なるものがあるとは思えないんですが。あるいは、堕天しても、まだ……悪魔が近づきたくない要素を持っている?)
涼は、そんなことを考える。
「確かに……あの悪魔、ジャン・ジャックが現れるのって、必ずリョウがいない時だった……」
エトが思い出しながら頷く。
「多分、レオノールに、僕に手を出すなと言われていたんじゃないかと」
「もう一人の悪魔ですね」
涼が推測し、アモンが頷く。
「そのレオノールも……別に、リョウを守っているんじゃないよな?」
「もちろんです。僕を殺したがっているんですよ。まあ、ただ殺すというより、全力で戦って、倒して、楽しんだ結果として僕を殺したい、的な」
「お、おう……。俺には理解できん感情だ」
涼の説明に、ニルスは首を振りながら答えた。
ニルスだけではなく、他の六人……つまりマーリンも首を振っている。
もちろん、涼も理解できない。
「ジャン・ジャックは、多くの、貴重とも言える情報をくれました」
ジークが話を戻す。
「俺たち使節団が呼ばれた理由が、あんな理由だったとは……」
ハロルドが呟く。
とはいえ、ハロルドとしては千載一遇の好機とも言える状況ではあったのだ。
己の未熟さから『破裂の霊呪』にかかり、このままでは死ぬしかないという状況から、西方諸国への使節団に入れてもらえた。
西方教会には、破裂の霊呪を解く魔王の血が保管されており、それがハロルドの希望になっていた。
結局、保管されていた魔王の血は全て失われたため、自分たちで魔王を探索し、探し当てて、血を分けてもらって、霊呪が解けたわけだが……。
そんな、中央諸国から使節団が呼ばれた理由が、神のかけらを集めるため……。
遠くからやってきた者たちなら、殺しても『地域のバランス』が崩れないから。
なんとも理不尽な理由だ。
「しかし、事ここに至っても解けていない謎がいくつかあります」
涼が言うと、他の七人が一斉に見た。
「そもそも、ハロルドが額に垂らしてもらうはずだった魔王の血。第一保管庫に保管されていたそうなんですが、それを含めて、四つの保管庫全てが襲撃されたその理由」
「ああ、確かに」
涼の言葉に、エトが頷く。
「どうせ僕たち全員を殺すのに、凄く真剣に、中央諸国と法国との交渉がなされている理由」
「神のかけらを集めようとしている、陰謀? と知っているのが、極少数なんだろうな」
涼の言葉に、ニルスが腕を組んで答える。
「そして最後に、マーリンさんです」
「ん? わしか?」
涼はマーリンの方を向いて言い、マーリンは驚いて問い返す。
「マーリンさんが寝ていない理由です」
「ああ……確かに」
涼が言い、ニルスも頷く。
「多分、僕ら人間の『寝る』とは違う意味なのだと思うのです。なんか、悪魔レオノールも寝起きだからまだ弱い、みたいにさっきジャン・ジャックも言ってましたから……そういうのでしょう?」
「まあ、そうじゃな」
涼の問いに、マーリンも小さく頷いて答えた。
「わしらスペルノ……人間は魔人と呼ぶが、わしらは自分たちの種族はスペルノと名乗っておる。スペルノは、少なくとも千年に一度は眠りについた方がよい。そうせねば、極端に力が落ちていくのじゃ」
「力が落ちる……」
マーリンの説明に、ジークが呟く。
「人間も、寝不足では力が発揮できまい? まあ、それの酷いやつじゃと考えればよい。理想は、五百年寝て五百年起きて、といったところじゃ。わしは、もう、数千年寝ておらんからな……確かに、酷い状態じゃ」
マーリンは苦笑しながら言った。
「マーリンさんがずっと起きているのは、魔王軍と関係があるのですか?」
エトの問いに、マーリンは少し目を見開いた。
「……まあ、そうじゃな」
何か言いにくそうだ。
「魔王軍が暴走しすぎないようにしていたのが、マーリンさんの役割?」
驚くべきことに、アモンが核心を突いた。
「なぜ……そう思うんじゃ?」
マーリンは、少しだけ顔をしかめて問う。
困ったと苦笑との中間であろうか。
「なんとなくなんです……。伝説に聞く魔王の力はもの凄いです。それに付き従う魔物も、例えばケンタウロスの人たちとか、かなりのものでした。そんな魔物たちが魔王に従っていれば、西方諸国の国々とか何度も滅びそうな気がしたので」
アモンが言い切った。
それを聞いて、マーリンははっきりと苦笑した。
「そう、何度もは滅びんと思うが……。『魔王の因子』というやつは驚くほど厄介なのじゃよ」
魔王の因子というのは、多くの魔物の中に生まれながらにして存在し、魔王が軍を興すと、強制的に魔王軍に付き従うことになる、『制約』あるいは『呪い』のようなものだ。
「魔王が望まぬでも、魔王の因子は効果を発揮し始めることがある」
「なんと……」
マーリンの説明に、涼が絶句した。
他の六人も絶句している。
「一度励起した魔王の因子は、しばらくは励起したままじゃ。神のかけらをある程度取り込むと、時間と共に基底状態に戻るが……」
「神のかけら……。だから、魔王軍は人間とぶつからざるを得ないと……」
マーリンの説明に、涼は補足して頷いた。
「うむ。仕方のないこと……神が作りしものゆえ、わしらにはなんともできぬが……。人間からしたら、たまったものではあるまい? じゃが、魔物たちも、魔王の因子には逆らえんのじゃ。そのため、誰かがバランスを取らねばならぬ」
「それがマーリンさん」
「うむ。わしらスペルノは、魔王の因子を埋め込まれておらぬ。それゆえ、魔王の因子が励起している中でも、冷静さを保てるのじゃ」
「だから、常に魔王の傍らに参謀としてついていたのですね。魔王軍が、暴走しすぎないように、人間を殺し過ぎないように……。最後、停戦条約の調印の場にも必ずいた、と記録を読みました」
マーリンの説明を、エトが補足した。
エトとジークは、聖都の専門図書館で、その辺りの記録も読んでいた。
「いつか神なるものに会うことができたら、ぜひ問いたいのじゃ。なぜ、魔王の因子などというものを創り給うたのかと」
マーリンは、何度も首を振りながら言うのだった。
マーリンと別れ、聖都入口に到着した一行。
「教皇就任式まで、あと二十日あまりです」
ジークが言うと、ハロルドとゴワンが頷いた。
「やれることを一つ一つです。そもそも、僕たちで勝てる相手とは限りませんからね、神のかけらを欲するほどの存在なら」
「まあ……そもそも、さっきの戦闘も、俺には理解の範疇を超えていたがな」
涼の言葉に、ニルスが涼の方を見て言う。
そして、続けて問うた。
「だいたい、最後とか、リョウは左腕を斬り飛ばされていたろう。あれ、あのまま戦闘が続いていたらどうするつもりだったんだ?」
「ああ……どうでしょうね。魔法戦ですかね? あるいは、氷で左腕を作って剣戟の続行というのもありですかね」
「そんなことできるのか!」
「さあ? やったことないですよ?」
「おい……」
涼の適当返答につっこむニルス。
「だって……ニルスに代わって、って言っても代わってくれないでしょう?」
「ああ、もちろんだ。絶対に代わらない。代わるわけがない!」
涼の問いに、いっそ清々しく拒絶するニルス。
それを聞いて苦笑するエトとアモン。
そして、ため息をつく涼。
「まあ、なんとか、首を飛ばされないで終わる事ができました。とはいえ、内容的にはまだまだですけど」
「あれでまだまだ……」
涼の言葉に、アモンが呟く。
「いずれは空中戦、つまりは完全三次元戦闘になるでしょうね」
「リョウはいったいどこを目指しているんだ……」
涼の適当未来予測に、ニルスが呟く。
涼がどこを目指しているのか……それは、誰にも分からない……。
もちろん、涼にも。
((そんな感じで、こっちもいろいろ大変だったんです))
((お、おう……大変そうだったな))
涼は、国王陛下の動揺を感じていた。
((アベル、何かあったのなら相談に乗りますよ? 僕はこれでも筆頭公爵ですからね!))
((いや……さっきの悪魔との戦闘、魂の響を通して見ていたんだが……))
((ああ、そうだったんですね。面白い光景が見れたでしょう?))
((なんというか……凄い世界の戦闘だな))
それは、アベルの素直な感想であった。
アベルは、剣士だ。
そのため、近接戦の専門家と言ってもいい。
その、近接戦の専門家としても……全く想像外の速度であった。
((あんな速度域での戦闘をやるのか……))
((あれ? アベルは、セーラと模擬戦とかしたことないのです? セーラの『風装』は、あれくらいの速度域での剣戟じゃないですか))
((うん、やったことないし、これからもやらない……))
アベルは心に誓った。
そして、涼は当たり前の事を思った。
(そういえば、最近セーラに会っていません)
王国西の森。
「今帰ったぞ」
「おババ様、おかえりなさい」
王都への出張から戻ったおババ様を、セーラは真っ先に迎えた。
そこからは、村に作られた訓練場が見えるが、多くのエルフたちが倒れている。
おそらく、セーラに打ち倒されたのだろう。
「セーラ……わしではなく、お主が王都に届けてくれてよいのじゃぞ? 正式に、この西の森の次期代表なのじゃ。王都でも、粗略に扱われたりはせんし……わしも、ここと王都の往復は疲れる」
「いえ、そこはおババ様にお任せします」
セーラは、頑なに拒んだ。
その理由をおババ様は知っている。
「どうせ、リョウが王都におらんからじゃろうが」
「さすがおババ様、全てお見通し」
おババ様は首を振りながら言い、セーラはあっけらかんと笑って答える。
「リョウがいない王都など、何の価値もありません」
「いや、そう言い切るな……」
セーラが断言し、おババ様はため息をつく。
「西方諸国への使節団に加わっておるのじゃ。仕方あるまい」
「リョウも筆頭公爵なんだから、そんなのは部下に行かせればいいのです。代わりに、王都の美味しいお店巡りでもした方が、よっぽど意義があります」
「それはどうかと思う……」
さすがに、セーラの言葉に同意できずに、おババ様は反論した。
「ノブレス・オブリージュとか言うやつじゃ。高貴な者の責任、仕方あるまい」
「もちろん冗談です。リョウは真面目ですからね。きちんと自分の役割をこなすあたりは、素晴らしいです。リョウに会いたいのは当然なのですが……でも、どんなお土産を持って帰ってきてくれるのかも、楽しみではあるんです」
「なんというか……リョウとセーラの気が合うのは……分かる気がするわい」
セーラが嬉しそうに言う言葉に、おババ様はため息をついて呟くのだった。
そんなおババ様を見て、セーラは言葉を続けた。
「まあ、私は、ここでみんなを鍛えた方が、王国の防衛力向上につながるでしょう? その方が、より多く国に貢献できると思います。ですので、実際に行くのはおババ様にお任せします」
「むぅ……」
セーラの言葉に反論しにくいおババ様。
言っていることは間違っていないからだ……。
間違っていなければいい、というわけでもないのだが……。
で、明日からちょっと「幕間」が四日ほど入ります。
明日のは、まあいつもの「幕間」です。
明後日から三日連続で、三連幕間『帝国動乱』が入ります。
名前通り、帝国が動乱で揺れます……。
どうしても、このタイミングで入れなければならないお話なので、
三日ほど、お時間をください……。