0380 涼、戦う
そして、涼が現れた。
ほとんど、瞬間移動かと思えるような……。
「マーリンさん、遅くなりました」
「『声』は届いたようじゃな。これだけ生きてきても、声だけ転移させたのは初めてじゃったからの。本番で成功してなにより」
涼が共和国に行く前に、一日かけて西ダンジョンに行っていた理由。
それが、この状況の構築であった。
マーリンも、「声だけの転移」というやった事のないことを練習させられた……。
練習でうまくいっても、本番で成功しない場合もある。
今回は、本番でも成功した。
めでたい!
「とはいえ妖精王の寵児よ、なんとか時間は稼いだが……すまんな、わしの魔力も残り少なくなってしまったわい」
彼らの向かいにいる神官風の男は、笑顔が崩れ、顔をしかめながら口を開いた。
「その溢れる『妖精の因子』……お前、リョウだろう?」
「僕には、お前のような悪魔の知り合いはいない!」
「うん、俺の事は知らんだろうな。お前とは戦うなとレオノールに言われている……。あいつは……今は起きたばかりだからまだ俺の方が強いが、すぐに俺より強くなる……そうなると、めんどくさい……いつまでもぐちぐち言われるに違いないし」
涼の言葉に、悪魔は小さく首を振りながら答えた。後半は呟くように小さい……。
「ああ、レオノール……。そうですね、僕を殺したがっていますからね」
涼も頷く。
「だが、こうなっては仕方ないよな。俺のせいじゃない。首を突っ込んだお前が悪い。そう、これは避けようのない、不可抗力の事態だったんだ。レオノールも分かって……いや、絶対分かってくれないだろうが、仕方ない。そう、俺のせいじゃない」
何度も、俺のせいじゃないを繰り返しながらも、再び笑みを浮かべる悪魔。
「いや、このまま去ってくれるのが、みんなのためなのですが?」
「その、みんなの中に、俺は入っていない」
涼のぼやきに、悪魔の笑みは、凄絶なものとなって、答えた。
かくして、涼対悪魔の戦いが幕を開けた。
「<アイシクルランスシャワー>」
涼の無数の氷の槍が、悪魔を襲う。
ただのアイシクルランスではなく、最初からシャワー。
だが、そのシャワーを、瞬間移動でかわす悪魔。
「<アイスバーン><アイシクルランスシャワー>」
地面を氷にするアイスバーン。
瞬間移動する悪魔だって、地面には足をつくだろう……。
「うぉっ」
思わず声を漏らす悪魔。
そこに襲いかかる無数の氷の槍。
それも一方向からではなく、全方位から悪魔を襲う。
「<ディメンションスラッシュ>」
マーリンの<インプロージョン>と<グラビティロッド>を切り裂いて消し去った魔法。
それは、涼の氷の槍をも、一瞬で切り裂き消し去った。
「……ディメンション? 次元スラッシュ? なんというファンタジー……」
涼が驚き、思わず声を漏らす。
「チッ。人間に、ディメンションスラッシュを使わされるとは……。レオノールが気に入るのがよく分かる」
悪魔は、舌打ちをする。笑いながら。何とも器用である。
「そういえば、近接戦が楽しいとか言っていたか?」
悪魔は思い出したように呟くと、どこからともなく剣を取り出した。
だが、それだけではない。
「<マルチプル7>」
唱えた瞬間、悪魔が、七人増えた。
「なんだそれは……」
思わず呟いたのは、ニルス。
「わしも初めて見たわい」
六人のそばに移動してきたマーリンも、驚いたように言う。
得意げな顔の悪魔。
だが、驚いていない人物が一人。
「連続次元生成現象を使ったやつですね」
涼が説明してみせる。
「なぜ知っている……」
笑みを崩して、悪魔は驚愕した。
「貴様……どこまで、この世界の真理を理解している」
「驚くほどの事ではないでしょう悪魔よ。そもそも、人は真理の探究者です」
涼は、ここぞとばかりに偉そうに言う。
もちろん、涼は連続次元生成現象が何なのかは知らない。
ただ、以前、レオノールがこの<マルチプル7>を見せた時に、そんな言葉を使って説明したから、自分も言ってみただけだ。
なんか、かっこいい言葉だし。
そして、目論見通り、目の前の悪魔の冷静さを、少しだけ奪うことに成功した。
相手の冷静さを奪うのは、対人戦の初歩の初歩。
そして……。
「悪魔よ、刮目せよ。<アバター>」
ほんのわずかに、村雨の鞘が光り、涼の分身が現れた……その数七人。
「馬鹿な!」
思わず叫ぶ悪魔。
「今どきの水属性魔法使いは、分身くらいは使いこなせるものなのです」
「恐るべし……水属性の魔法使い……」
涼が言い、悪魔は涼の言葉をボケだとは認識しなかった。
さすがに、アベルやレオノールほどには、涼の事を知らないらしい。
「いや、面白い……」
だが、悪魔は再び笑みを浮かべる。
冷静さを取り戻すのが早い。
「いざ、戦おうぞ!」
そうして、八人の悪魔対八人の涼の剣戟が始まった。
<マルチプル7>で生成された悪魔と、<アバター>で生成された涼は、互角であった。
ただ、本体たちは、生成された悪魔や涼よりも、強い。
「ふむ……分身体も、力は俺と同じはずなのだが、剣戟の経験の差か?」
「実戦においては、臨機応変さも重要ですね」
悪魔も涼も、生成した分身体の動きにはまだまだ不満があるらしく、反省を呟きながら剣戟を繰り返す。
そして、同時に、相手の分身体を全て倒し終えた。
「問題点は洗い出されました、感謝しますよ」
「俺も、次はもっといいやつを生み出せそうだ」
涼と悪魔は、ニヤリと笑いあう。
結局、どちらも、戦闘狂なのかもしれない。
そして始まる、一対一の剣戟。
悪魔の打ち下ろし、横薙ぎの連携は、驚くほどの速度。
だが、涼はそれを、足さばきでかわす。
かわしざま、振り上げていた剣を打ち下ろす。
おそらく、普通ならそれで終わり。
だが、瞬間移動でかわす悪魔。
それを契機に、悪魔は瞬間移動を多用し始めた。
さすがの涼も、一瞬後に真後ろに回られたりすれば苦しくなる。
(これは凄い……。セーラが風属性魔法を完璧に使いこなすのと同じように、この悪魔は瞬間移動を使いこなしている。レオノールは使わなかったけど……やはり、悪魔によってもいろいろいるってことだよね。人間もいろいろいるのと同じで……)
涼は苦しくはなりつつも、そんなことを考える余裕はまだあった。
余裕がないと困る。なぜなら……。
(まだもう一段、ここからあるはず)
「<炎錐>」
「<アイスウォール20層>」
「<風刃周>」
「<アイスシールド256>」
「<石筍乱舞>」
「<動的水蒸気機雷Ⅱ>」
悪魔の攻撃、涼の防御。
剣戟と並行での超近距離魔法戦。
さすがに涼ですら、初めての経験だが……。
「なんだ、その魔法生成の速度は……」
「日々の、たゆまぬ鍛錬の成果です」
悪魔の言葉に、どや顔で言い切る涼。
そして、二人の剣がぶつかり、鍔迫り合いに。
「<連弾・水>」
「うぉっ」
鍔迫り合い状態から、村雨を発射台にしての水の衝撃波。
完全なゼロ距離砲撃は、さすがに悪魔でも防ぎようがなく、吹き飛ぶ。
「<ウォータージェットスラスタ>」
吹き飛んだ悪魔が、着地する前に追いつく。
そして斬撃。
だが、空を切る。
悪魔は、空中からの瞬間移動で、かわした。
「剣がぶつかった状態からのゼロ距離魔法って……それ、レオノールの技だろうが!」
「そうそう。レオノールが以前やっていたんですよね、<連弾>って言って。接触状態からだと避けようがないので、真似してみました」
「おう……簡単に真似できるもんじゃねーよ」
涼の説明に、呆れる悪魔。
そもそも、超近距離魔法戦などというものも、普通は成立しない。
そんな近距離で、剣戟をしつつの魔法戦など、隙が生まれすぎるからだ。
だが、涼や悪魔ほどの、魔法生成や魔法制御ともなれば、可能になる。
その上で、さらにゼロ距離魔法戦。
剣などが接触した状態からの魔法……当然、相手は魔法を生成しようとしていることが分かるため、魔法が生成される前の隙をつかれる。
普通は。
だが、以前、レオノールはそれを成功させた。
しかも、涼と鍔迫り合いをした状態でだ。
今回、涼はそれを真似してみた。
「ククク、しかし面白いな」
悪魔はそう笑うと、再び、瞬間移動で涼の前に現れて斬撃を加える。
涼が受けた一瞬後には、涼の真後ろに回り込む。
何度も涼を苦しめた攻撃。
だが……。
悪魔の斬撃が空を切る。
「なに?」
悪魔は、何が起きたか理解した。
理解すると同時に大きく横に移動する。
今まで悪魔がいた、その背後に……涼が回り込んでいた。
「おい……お前、水魔法使いだろ? 瞬間移動とかできるわけないだろ」
「やってみせたでしょう?」
驚く悪魔に、ニヤリと笑って見せる涼。
「水魔法での高速移動か……」
「むぅ……すぐにばれるとは」
単純な方法だ。
<ウォータージェットスラスタ>をほぼ常時発動。
体の全面から、まさに『スラスタ』のようにその都度吹き出し、悪魔の背後に回り込んだのだ。
姿勢はそのままに、スラスタの吹き出し場所、角度の制御だけで移動。
涼には、その方面に関して、偉大な目標がいる。
「セーラは、もう少しスムーズなんですよね……」
ここまでやれても、まだセーラほどスムーズにはできていない感覚があった。
近接戦での魔法。
なんと、遠い頂なのか……。
「おもしれえ……おもしれえなリョウ。レオノールが執心する理由がよく分かるわ」
悪魔は大きく離れて大笑すると、そう言った。
そして、言葉を続ける。
「本気で、剣を戦わせてみたいな」
そう言うと、右手に持った剣とは別の、少し小さめの剣が左手に現れる。
「二刀流……」
涼の呟き。
「なんだ? リョウは、二剣使いの相手は初めてか?」
悪魔が笑う。悪魔的に。
「二刀が、必ずしも一刀に勝るわけではありません!」
涼は、力強く言い切った。
それは事実だ。
例えば、現代の剣道においても、二刀を使う事は許されている。
高校生までは無理だが、それより上なら問題ない。
だが、二刀使いは決して多いとは言えない。
一見すると、二刀使えれば、多くの面で有利になると思われるのにだ。
指導できる者が少ないというのはあるのだろうが、それでも……。
「ならば証明して見せろ」
「いいでしょう」
言うが早いか、涼、全力の打ち込み。
それを、右手の剣で受け止める悪魔。
それも、やすやすと。
涼の打ち込みを受け止めたまま、左足を大きく踏み込み、同時に腰をひねって、左手の小剣で薙ぐ。
大きく後方に跳ぶ涼。
ただ一度の剣戟だが、嫌でも厄介さを理解させられる。
全力の打ち込みを、右手一本で完全に受け止められる……まず、そこがあり得ない。
二刀使いの難しさは、相手の両手全力の攻撃を、片手で受けなければいけない点にある。
これは、人間同士であれば無視できない要素だ。
さらに、受け止める事だけに神経を使い過ぎれば、反対の腕での攻撃が遅れる。
それでは、二刀使いの意味がない。
だが、目の前の悪魔は、やすやすと片手で受け止めるのだ。
「さっきは、六本の腕で、俺ら五人の剣を受けきっていたからな」
「はい……」
ニルスとハロルドの会話が聞こえる。
涼は考える。
人間の場合は、二刀流の弱点は『遅さ』にある。
それは、本来両手で振るうべき刀を、片手のみで刀を振るわなければならないからだ……軽い竹刀であっても大変なのに、重い刀ともなれば……どうしても遅くなる。
遅さを衝くのであれば、まずは連撃!
涼は一気に踏み込んで、悪魔の間合いを侵食する。
そのまま、突く。
さらに、突く、突く、突く。
だが、悪魔は左手の小剣で軽やかに流す。
それは、完璧な角度に突き出された剣。
驚くべき技術!
間違いなく、剣の技術においてはレオノールを上回る。
その上で……。
上方から打ち下ろされる右手の剣。
紙一重でかわす涼。
だが、当然のように、打ち下ろした先から、斜めに跳ね上がって再び涼を襲う。
カキンッ。
切り上げを村雨で受ける。
それを予想していたかのように、悪魔は左足を踏み込み、そのまま左の小剣で突く。
体をひねってかわす涼。
そのまま、ほとんど片足だけで少しバックステップして距離を取る。
「失敗……」
涼は呟いた。
連撃では崩せなかった。
それどころか、右の剣と左の小剣が、驚くほどの速度で変幻自在に涼を襲う。
片手で操るのは大変? 何それ美味しいの、的な……全く意に介さないかのような悪魔の剣。
「これは大変だ……」
涼のそんな呟きが聞こえたわけではないのだろうが、悪魔が口を開く。
「どうした? 証明してみせるんじゃなかったのか?」
笑いながら言う悪魔。
もちろん、涼はそんな挑発には乗らない。
「証明してみせるとは言ったけど、今とは言ってません!」
「なんだそれは……」
うん……挑発には乗っていない……。
多分。
だが、難しい状況であることに変わりはない。
二刀のデメリット『遅さ』など、悪魔には関係なかった。
となると、どうすれば攻略できるのか……。
逆から考えてみる。
二刀使いの最大の長所は何か?
それは、圧倒的に高い防御力だ。
簡単に言えば、相手は、二刀をかいくぐって攻撃を当てなければならない。
だが、右にも左にも剣がおり、当然正面を突けば二刀で受けられる。
「守りですか……」
涼は呟くと、小さく息を吐いた。
他に何をしたわけでもない。
構えが変わったわけでもない。
だが……。
悪魔は目を見張った。
涼の雰囲気が変わったことに気付いたのだ。
「なんだ……?」
雰囲気が変わったのは分かったが、何がどう変わったのかは分からない。
分からないが、今までとは違う。
守りこそが涼の剣の真骨頂……などということは、悪魔は知らない。
涼は意識を絞っただけだ。
『守り』へと。
悪魔は、迎え討とうと待つ。
だが、涼は動かない。
まさに、微動だにしない。
剣を正眼に構え、そのまま。
「打って来いという事か?」
悪魔は呟いた。
そして笑う。
「面白い。ならば望み通り!」
一足一刀の間合いよりも遠くから、一気に踏み込む。
悪魔としての、人間では想像もできないその速さ。
右手剣の突き。
涼は流す。
首を狙った左手小剣の横薙ぎ。
涼はかわす。
そのまま時計方向に体を回転させ、右手剣での腰への横薙ぎ。
涼はしっかり受ける。
受けられた力を利用したかのように、時計と反対方向に体を回転させ、左手小剣で胸への突き。
涼は胸を反らしてかわす。
かわした際に、後ろ重心になったのを反動で前重心に戻し、そのまま突く涼。
悪魔は、その突きを、右手剣で流し、左足を大きく踏み込んで左手小剣で突く。
小剣が、涼の右脇腹に突き刺さる!
逆に驚いたのは悪魔だ。
なぜかわさなかったのかと……。だが、すぐに気づいた。
罠にはまったことに。
涼は、突き出したままの村雨の剣先で円を描く。
斬り飛ばされる悪魔の左腕。
だが、悪魔も腹をくくっていた。
罠にはまったと気づいた瞬間に、左腕を捨てたのだ。
まだ右手に剣はある!
狙いは、至近にある涼の首。
この距離ではよけるのは不可能!
涼はよけなかった。
左腕を、下から差し入れる。
斬り飛ぶ涼の左腕。
だが、悪魔の剣閃は首から逸れ、首は守られる。
再び村雨によって描かれる剣先の円。
斬り飛ばされる悪魔の右腕。
同時に、大きく後方に跳ぶ悪魔。
その表情は、大きく目を見開き驚いていた。
そして、そこにいる者たちにも聞こえた。
「ホントに人間かよ……」
距離を取って対峙する二人。
両腕を失い、驚愕の表情の悪魔。
左腕を失い、脇腹からは血を流しながらも、村雨を右手一本で正眼に構えたまま隙を見せない涼。
優に一分は、二人とも止まったままであったが……。
先に口を開いたのは悪魔であった。
「我が名は、ジャン・ジャック・ラモン・ドゥース。そろそろ時間切れだ。いつか、時間を気にせず、全力で戦いたいものだな」
悪魔の言葉によって、戦闘の緊張は解けた。
村雨を構えたままではあるが、涼は応じた。
「いや、すいません、僕は遠慮します」
悪魔、いやジャン・ジャックの申し出を、涼は断った。悪魔との戦いは疲れる。
「ククク、レオノールが言う通り、戦うのは遠慮するとか言うくせに、戦っている間中、嬉しそうに笑っていたではないか。何を言っても無駄だ。お前は戦闘狂だ」
「えぇ……」
ジャン・ジャックの断言に、凄く嫌そうな顔になる涼。
まあ、当然であろう。
普通の人間で、「お前は戦闘狂だ」とか言われて、喜ぶ者はあまりいない。
そこで、ジャン・ジャックは、十号室と十一号室、そしてマーリンの方を見た。
「堕天を知る者たち、お前たちには手を出すのを控えよう。そうすればきっと、これから先も、リョウは俺と戦ってくれるだろうからな」
「え……」
呆然とする涼。
確かに……仲間のために戦うのに、否やはないが……。
何か違う気がする。
「僕が戦うメリットは……」
「仲間のために戦う、だけではダメなのか? なんとも薄情だな、リョウは」
「なんか、酷いことを言われているのだけは分かる……」
涼はため息をついた。
「ああ、そうだ、レオノールが言っていたな。お前が、エリザベスを治療してくれた時に、知りたいことを教えてやったのだろう? 次から、俺に勝ったら知りたいことを一つ教えてやる。それでいいだろう?」
「……なんという」
「あとスペルノ。寝た方がいいぞ」
「言われんでも分かっておるわ」
悪魔はマーリンに言い、マーリンは仏頂面で返した。
「あの、すいません……」
そこに、横から割り込んだ者がいた。エトだ。
「む? 堕天を知る神官か。なんだ? 俺は今、気分がいい。特別に質問を許してやる」
横から聞いていて、ものすごく偉そうだと、涼は思った。
「あなたは以前、仰いました。堕天し、神から離れた『存在』はどうなるか? その『存在』は消え去ってしまわないためにどうするか、と。それが、我々とどう関係があるのか教えて欲しいです」
エトはしっかりとジャン・ジャックを見ながら、はっきりと言い切った。
決して、魔力切れから完全に回復してはいないが、その目は力強い。
「ふむ……まあ、いいだろう。時間がないので簡単に言うが、その存在は、消え去ってしまわないために神のかけらを欲する」
「神のかけら?」
「そうだ。神が作りしもの全てに、神のかけらは埋まっているとも言えるのだが……その中でも、人間の中に埋まっている神のかけらの純度は、他の生き物とは比べ物にならぬほどに高い。それは、ドラゴンや、そこのスペルノなどと比べても、驚くほど高い純度だ」
ジャン・ジャックの説明に、一人頷いたのは魔人マーリン。
マーリンは、神のかけらを知っているのかもしれない。
「人は知らぬようだが、この世界は、多くのものによってバランスが保たれて成立し得ている。神のかけらも、そのバランスを保つものの一つだ。それも、非常に重要なバランサーだ。だから、一定の地域で、元々そこに住んでいる人間が、短時間で大量に死ぬと、バランスが崩れる。レイスなりスケルトンなりに変わりやすくなるし、他の生物も、異常なものが生み出されやすい土地になる。だから、神のかけらを大量に欲する『存在』も、そう簡単に奪うわけにはいかない」
理解しているのは、エト、ジーク、マーリンと涼くらい……だと涼は思った。
「つまり、元々そこに住んでいる人間には手を出せないから、外から多くの人間を呼び込んで、呼び込んだ人間たちから神のかけらを手に入れる……」
ジークが言うと、ジャン・ジャックは頷いた。
「我々使節団が、呼び込まれた者……」
エトの声は少し震えている。ジャン・ジャックは再び頷く。
「それで生贄……」
「む? レオノールが言ったのか?」
「ええ、まあ」
「まったくあいつめ……口が軽いにもほどがあるぞ」
涼の言葉に、ジャン・ジャックは小さく首を振りながら答えた。
「神のかけらを大量に欲する存在が、新たな教皇か?」
マーリンの質問に、問われたジャン・ジャック以外の全員が驚いて見た。
「スペルノ、そこは正直俺にも分からん。教皇自身か……奴の背後にいる者か……。悪いな、悪魔と雖も万能ではない」
ジャン・ジャックは肩を竦めて言った。
だが、これまで知らなかった多くの事を知れたのは確かだ。
「おまけに言ってやると、死を覚悟するほどの経験をすればするほど、神のかけらの純度は高くなる……らしい。俺も詳しくは知らん。だから、そんな奴らがたくさん来たんだろ?」
「多くの文官が来るために、護衛の軍人や冒険者がたくさんついてきましたね……」
ジャン・ジャックの補足に、エトが顔をしかめながら答えた。
何度も、死を覚悟するような経験をする者たちと言えば、戦場に出る軍人や、冒険者であろう。
「さて、そろそろ俺は去る」
「黒い四角の門みたいなのを通ってじゃないんですね」
「ああ、それはレオノールだろ? 俺は固有能力で次元干渉が得意なんでな。それでも、時間制限はある」
ジャン・ジャックはそう言うと、うっすらと消え始めた。
斬り落とされた両腕と剣も消え始めている。
そして、言った。
「これだけ教えてやったんだ。自分たちで何とかしろよ」
そして、消えた。
8000字を軽く超えてしまいました……。
戦闘場面は、どうしても長くなりますね。




