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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第六章 再び共和国へ
405/930

0380 涼、戦う

そして、涼が現れた。


ほとんど、瞬間移動かと思えるような……。


「マーリンさん、遅くなりました」

「『声』は届いたようじゃな。これだけ生きてきても、声だけ転移させたのは初めてじゃったからの。本番で成功してなにより」


涼が共和国に行く前に、一日かけて西ダンジョンに行っていた理由。

それが、この状況の構築であった。


マーリンも、「声だけの転移」というやった事のないことを練習させられた……。

練習でうまくいっても、本番で成功しない場合もある。

今回は、本番でも成功した。

めでたい!


「とはいえ妖精王の寵児(ちょうじ)よ、なんとか時間は稼いだが……すまんな、わしの魔力も残り少なくなってしまったわい」



彼らの向かいにいる神官風の男は、笑顔が崩れ、顔をしかめながら口を開いた。

「その(あふ)れる『妖精の因子』……お前、リョウだろう?」


「僕には、お前のような悪魔の知り合いはいない!」

「うん、俺の事は知らんだろうな。お前とは戦うなとレオノールに言われている……。あいつは……今は起きたばかりだからまだ俺の方が強いが、すぐに俺より強くなる……そうなると、めんどくさい……いつまでもぐちぐち言われるに違いないし」

涼の言葉に、悪魔は小さく首を振りながら答えた。後半は呟くように小さい……。


「ああ、レオノール……。そうですね、僕を殺したがっていますからね」

涼も頷く。


「だが、こうなっては仕方ないよな。俺のせいじゃない。首を突っ込んだお前が悪い。そう、これは避けようのない、不可抗力の事態だったんだ。レオノールも分かって……いや、絶対分かってくれないだろうが、仕方ない。そう、俺のせいじゃない」


何度も、俺のせいじゃないを繰り返しながらも、再び笑みを浮かべる悪魔。


「いや、このまま去ってくれるのが、みんなのためなのですが?」

「その、みんなの中に、俺は入っていない」


涼のぼやきに、悪魔の笑みは、凄絶(せいぜつ)なものとなって、答えた。



かくして、涼対悪魔の戦いが幕を開けた。




「<アイシクルランスシャワー>」

涼の無数の氷の槍が、悪魔を襲う。

ただのアイシクルランスではなく、最初からシャワー。


だが、そのシャワーを、瞬間移動でかわす悪魔。


「<アイスバーン><アイシクルランスシャワー>」

地面を氷にするアイスバーン。

瞬間移動する悪魔だって、地面には足をつくだろう……。


「うぉっ」

思わず声を漏らす悪魔。

そこに襲いかかる無数の氷の槍。

それも一方向からではなく、全方位から悪魔を襲う。


「<ディメンションスラッシュ>」

マーリンの<インプロージョン>と<グラビティロッド>を切り裂いて消し去った魔法。

それは、涼の氷の槍をも、一瞬で切り裂き消し去った。


「……ディメンション? 次元スラッシュ? なんというファンタジー……」

涼が驚き、思わず声を()らす。



「チッ。人間に、ディメンションスラッシュを使わされるとは……。レオノールが気に入るのがよく分かる」

悪魔は、舌打ちをする。笑いながら。何とも器用である。


「そういえば、近接戦が楽しいとか言っていたか?」

悪魔は思い出したように呟くと、どこからともなく剣を取り出した。

だが、それだけではない。


「<マルチプル7>」

唱えた瞬間、悪魔が、七人増えた。


「なんだそれは……」

思わず呟いたのは、ニルス。

「わしも初めて見たわい」

六人のそばに移動してきたマーリンも、驚いたように言う。



得意げな顔の悪魔。



だが、驚いていない人物が一人。



「連続次元生成現象を使ったやつですね」

涼が説明してみせる。

「なぜ知っている……」

笑みを崩して、悪魔は驚愕した。


「貴様……どこまで、この世界の真理を理解している」

「驚くほどの事ではないでしょう悪魔よ。そもそも、人は真理の探究者です」

涼は、ここぞとばかりに偉そうに言う。


もちろん、涼は連続次元生成現象が何なのかは知らない。


ただ、以前、レオノールがこの<マルチプル7>を見せた時に、そんな言葉を使って説明したから、自分も言ってみただけだ。

なんか、かっこいい言葉だし。


そして、目論見(もくろみ)通り、目の前の悪魔の冷静さを、少しだけ奪うことに成功した。



相手の冷静さを奪うのは、対人戦の初歩の初歩。



そして……。

「悪魔よ、刮目(かつもく)せよ。<アバター>」

ほんのわずかに、村雨の(さや)が光り、涼の分身が現れた……その数七人。


「馬鹿な!」

思わず叫ぶ悪魔。



「今どきの水属性魔法使いは、分身くらいは使いこなせるものなのです」

「恐るべし……水属性の魔法使い……」

涼が言い、悪魔は涼の言葉をボケだとは認識しなかった。



さすがに、アベルやレオノールほどには、涼の事を知らないらしい。



「いや、面白い……」

だが、悪魔は再び笑みを浮かべる。

冷静さを取り戻すのが早い。


「いざ、戦おうぞ!」



そうして、八人の悪魔対八人の涼の剣戟が始まった。




<マルチプル7>で生成された悪魔と、<アバター>で生成された涼は、互角であった。

ただ、本体たちは、生成された悪魔や涼よりも、強い。


「ふむ……分身体も、力は俺と同じはずなのだが、剣戟の経験の差か?」

「実戦においては、臨機応変さも重要ですね」

悪魔も涼も、生成した分身体の動きにはまだまだ不満があるらしく、反省を呟きながら剣戟を繰り返す。


そして、同時に、相手の分身体を全て倒し終えた。


「問題点は洗い出されました、感謝しますよ」

「俺も、次はもっといいやつを生み出せそうだ」

涼と悪魔は、ニヤリと笑いあう。



結局、どちらも、戦闘狂なのかもしれない。



そして始まる、一対一の剣戟。



悪魔の打ち下ろし、横()ぎの連携は、驚くほどの速度。

だが、涼はそれを、足さばきでかわす。

かわしざま、振り上げていた剣を打ち下ろす。


おそらく、普通ならそれで終わり。


だが、瞬間移動でかわす悪魔。

それを契機に、悪魔は瞬間移動を多用し始めた。



さすがの涼も、一瞬後に真後ろに回られたりすれば苦しくなる。


(これは凄い……。セーラが風属性魔法を完璧に使いこなすのと同じように、この悪魔は瞬間移動を使いこなしている。レオノールは使わなかったけど……やはり、悪魔によってもいろいろいるってことだよね。人間もいろいろいるのと同じで……)


涼は苦しくはなりつつも、そんなことを考える余裕はまだあった。

余裕がないと困る。なぜなら……。

(まだもう一段、ここからあるはず)



「<炎錐>」

「<アイスウォール20層>」


「<風刃周>」

「<アイスシールド256>」


「<石筍乱舞>」

「<動的(ダイナミック)水蒸気(スチーム)機雷(マイン)Ⅱ>」



悪魔の攻撃、涼の防御。

剣戟と並行での超近距離魔法戦。


さすがに涼ですら、初めての経験だが……。


「なんだ、その魔法生成の速度は……」

「日々の、たゆまぬ鍛錬(たんれん)の成果です」

悪魔の言葉に、どや顔で言い切る涼。



そして、二人の剣がぶつかり、(つば)()り合いに。

「<連弾・水>」

「うぉっ」


鍔迫り合い状態から、村雨を発射台にしての水の衝撃波。


完全なゼロ距離砲撃は、さすがに悪魔でも防ぎようがなく、吹き飛ぶ。


「<ウォータージェットスラスタ>」

吹き飛んだ悪魔が、着地する前に追いつく。

そして斬撃。


だが、空を切る。


悪魔は、空中からの瞬間移動で、かわした。



「剣がぶつかった状態からのゼロ距離魔法って……それ、レオノールの技だろうが!」

「そうそう。レオノールが以前やっていたんですよね、<連弾>って言って。接触状態からだと避けようがないので、真似してみました」

「おう……簡単に真似できるもんじゃねーよ」

涼の説明に、呆れる悪魔。


そもそも、超近距離魔法戦などというものも、普通は成立しない。

そんな近距離で、剣戟をしつつの魔法戦など、隙が生まれすぎるからだ。

だが、涼や悪魔ほどの、魔法生成や魔法制御ともなれば、可能になる。


その上で、さらにゼロ距離魔法戦。


剣などが接触した状態からの魔法……当然、相手は魔法を生成しようとしていることが分かるため、魔法が生成される前の隙をつかれる。


普通は。


だが、以前、レオノールはそれを成功させた。

しかも、涼と鍔迫り合いをした状態でだ。



今回、涼はそれを真似してみた。



「ククク、しかし面白いな」

悪魔はそう笑うと、再び、瞬間移動で涼の前に現れて斬撃を加える。

涼が受けた一瞬後には、涼の真後ろに回り込む。


何度も涼を苦しめた攻撃。


だが……。


悪魔の斬撃が空を切る。

「なに?」


悪魔は、何が起きたか理解した。

理解すると同時に大きく横に移動する。


今まで悪魔がいた、その背後に……涼が回り込んでいた。



「おい……お前、水魔法使いだろ? 瞬間移動とかできるわけないだろ」

「やってみせたでしょう?」

驚く悪魔に、ニヤリと笑って見せる涼。


「水魔法での高速移動か……」

「むぅ……すぐにばれるとは」


単純な方法だ。

<ウォータージェットスラスタ>をほぼ常時発動。

体の全面から、まさに『スラスタ』のようにその都度吹き出し、悪魔の背後に回り込んだのだ。


姿勢はそのままに、スラスタの吹き出し場所、角度の制御だけで移動。


涼には、その方面に関して、偉大な目標がいる。

「セーラは、もう少しスムーズなんですよね……」


ここまでやれても、まだセーラほどスムーズにはできていない感覚があった。



近接戦での魔法。

なんと、遠い(いただき)なのか……。



「おもしれえ……おもしれえなリョウ。レオノールが執心(しゅうしん)する理由がよく分かるわ」

悪魔は大きく離れて大笑すると、そう言った。


そして、言葉を続ける。

「本気で、剣を戦わせてみたいな」

そう言うと、右手に持った剣とは別の、少し小さめの剣が左手に現れる。


「二刀流……」

涼の呟き。


「なんだ? リョウは、二剣使いの相手は初めてか?」

悪魔が笑う。悪魔的に。


「二刀が、必ずしも一刀に勝るわけではありません!」

涼は、力強く言い切った。


それは事実だ。


例えば、現代の剣道においても、二刀を使う事は許されている。

高校生までは無理だが、それより上なら問題ない。

だが、二刀使いは決して多いとは言えない。

一見すると、二刀使えれば、多くの面で有利になると思われるのにだ。

指導できる者が少ないというのはあるのだろうが、それでも……。


「ならば証明して見せろ」

「いいでしょう」


言うが早いか、涼、全力の打ち込み。

それを、右手の剣で受け止める悪魔。

それも、やすやすと。

涼の打ち込みを受け止めたまま、左足を大きく踏み込み、同時に腰をひねって、左手の小剣で薙ぐ。


大きく後方に跳ぶ涼。


ただ一度の剣戟だが、嫌でも厄介さを理解させられる。

全力の打ち込みを、右手一本で完全に受け止められる……まず、そこがあり得ない。

二刀使いの難しさは、相手の両手全力の攻撃を、片手で受けなければいけない点にある。

これは、人間同士であれば無視できない要素だ。


さらに、受け止める事だけに神経を使い過ぎれば、反対の腕での攻撃が遅れる。

それでは、二刀使いの意味がない。



だが、目の前の悪魔は、やすやすと片手で受け止めるのだ。


「さっきは、六本の腕で、俺ら五人の剣を受けきっていたからな」

「はい……」

ニルスとハロルドの会話が聞こえる。



涼は考える。

人間の場合は、二刀流の弱点は『遅さ』にある。

それは、本来両手で振るうべき刀を、片手のみで刀を振るわなければならないからだ……軽い竹刀であっても大変なのに、重い刀ともなれば……どうしても遅くなる。


遅さを衝くのであれば、まずは連撃!


涼は一気に踏み込んで、悪魔の間合いを侵食する。

そのまま、突く。

さらに、突く、突く、突く。


だが、悪魔は左手の小剣で軽やかに流す。

それは、完璧な角度に突き出された剣。

驚くべき技術!

間違いなく、剣の技術においてはレオノールを上回る。


その上で……。


上方から打ち下ろされる右手の剣。

紙一重でかわす涼。


だが、当然のように、打ち下ろした先から、斜めに跳ね上がって再び涼を襲う。


カキンッ。


切り上げを村雨で受ける。


それを予想していたかのように、悪魔は左足を踏み込み、そのまま左の小剣で突く。


体をひねってかわす涼。

そのまま、ほとんど片足だけで少しバックステップして距離を取る。


「失敗……」

涼は呟いた。

連撃では崩せなかった。

それどころか、右の剣と左の小剣が、驚くほどの速度で変幻自在に涼を襲う。


片手で操るのは大変? 何それ美味しいの、的な……全く意に介さないかのような悪魔の剣。


「これは大変だ……」

涼のそんな呟きが聞こえたわけではないのだろうが、悪魔が口を開く。

「どうした? 証明してみせるんじゃなかったのか?」

笑いながら言う悪魔。


もちろん、涼はそんな挑発には乗らない。


「証明してみせるとは言ったけど、今とは言ってません!」

「なんだそれは……」


うん……挑発には乗っていない……。

多分。



だが、難しい状況であることに変わりはない。

二刀のデメリット『遅さ』など、悪魔には関係なかった。

となると、どうすれば攻略できるのか……。


逆から考えてみる。

二刀使いの最大の長所は何か?

それは、圧倒的に高い防御力だ。


簡単に言えば、相手は、二刀をかいくぐって攻撃を当てなければならない。

だが、右にも左にも剣がおり、当然正面を突けば二刀で受けられる。



「守りですか……」

涼は呟くと、小さく息を吐いた。


他に何をしたわけでもない。

構えが変わったわけでもない。



だが……。



悪魔は目を見張った。

涼の雰囲気が変わったことに気付いたのだ。

「なんだ……?」


雰囲気が変わったのは分かったが、何がどう変わったのかは分からない。

分からないが、今までとは違う。



守りこそが涼の剣の真骨頂……などということは、悪魔は知らない。

涼は意識を絞っただけだ。

『守り』へと。



悪魔は、迎え討とうと待つ。


だが、涼は動かない。

まさに、微動だにしない。


剣を正眼に構え、そのまま。


「打って来いという事か?」

悪魔は呟いた。

そして笑う。

「面白い。ならば望み通り!」



一足一刀の間合いよりも遠くから、一気に踏み込む。

悪魔としての、人間では想像もできないその速さ。


右手剣の突き。

涼は流す。


首を狙った左手小剣の横薙ぎ。

涼はかわす。


そのまま時計方向に体を回転させ、右手剣での腰への横薙ぎ。

涼はしっかり受ける。


受けられた力を利用したかのように、時計と反対方向に体を回転させ、左手小剣で胸への突き。

涼は胸を反らしてかわす。


かわした際に、後ろ重心になったのを反動で前重心に戻し、そのまま突く涼。

悪魔は、その突きを、右手剣で流し、左足を大きく踏み込んで左手小剣で突く。



小剣が、涼の右脇腹に突き刺さる!



逆に驚いたのは悪魔だ。

なぜかわさなかったのかと……。だが、すぐに気づいた。

罠にはまったことに。


涼は、突き出したままの村雨の剣先で円を描く。

斬り飛ばされる悪魔の左腕。


だが、悪魔も腹をくくっていた。

罠にはまったと気づいた瞬間に、左腕を捨てたのだ。


まだ右手に剣はある!


狙いは、至近にある涼の首。

この距離ではよけるのは不可能!


涼はよけなかった。



左腕を、下から差し入れる。


斬り飛ぶ涼の左腕。

だが、悪魔の剣閃は首から逸れ、首は守られる。



再び村雨によって描かれる剣先の円。

斬り飛ばされる悪魔の右腕。


同時に、大きく後方に跳ぶ悪魔。

その表情は、大きく目を見開き驚いていた。


そして、そこにいる者たちにも聞こえた。

「ホントに人間かよ……」



距離を取って対峙(たいじ)する二人。


両腕を失い、驚愕の表情の悪魔。

左腕を失い、脇腹からは血を流しながらも、村雨を右手一本で正眼に構えたまま隙を見せない涼。



優に一分は、二人とも止まったままであったが……。



先に口を開いたのは悪魔であった。


「我が名は、ジャン・ジャック・ラモン・ドゥース。そろそろ時間切れだ。いつか、時間を気にせず、全力で戦いたいものだな」


悪魔の言葉によって、戦闘の緊張は解けた。


村雨を構えたままではあるが、涼は応じた。

「いや、すいません、僕は遠慮します」


悪魔、いやジャン・ジャックの申し出を、涼は断った。悪魔との戦いは疲れる。


「ククク、レオノールが言う通り、戦うのは遠慮するとか言うくせに、戦っている間中、嬉しそうに笑っていたではないか。何を言っても無駄だ。お前は戦闘狂だ」

「えぇ……」

ジャン・ジャックの断言に、凄く嫌そうな顔になる涼。


まあ、当然であろう。

普通の人間で、「お前は戦闘狂だ」とか言われて、喜ぶ者はあまりいない。



そこで、ジャン・ジャックは、十号室と十一号室、そしてマーリンの方を見た。

「堕天を知る者たち、お前たちには手を出すのを控えよう。そうすればきっと、これから先も、リョウは俺と戦ってくれるだろうからな」

「え……」

呆然(ぼうぜん)とする涼。

確かに……仲間のために戦うのに、否やはないが……。

何か違う気がする。


「僕が戦うメリットは……」

「仲間のために戦う、だけではダメなのか? なんとも薄情(はくじょう)だな、リョウは」

「なんか、(ひど)いことを言われているのだけは分かる……」

涼はため息をついた。


「ああ、そうだ、レオノールが言っていたな。お前が、エリザベスを治療してくれた時に、知りたいことを教えてやったのだろう? 次から、俺に勝ったら知りたいことを一つ教えてやる。それでいいだろう?」

「……なんという」



「あとスペルノ。寝た方がいいぞ」

「言われんでも分かっておるわ」

悪魔はマーリンに言い、マーリンは仏頂面(ぶっちょうづら)で返した。



「あの、すいません……」

そこに、横から割り込んだ者がいた。エトだ。

「む? 堕天を知る神官か。なんだ? 俺は今、気分がいい。特別に質問を許してやる」


横から聞いていて、ものすごく偉そうだと、涼は思った。


「あなたは以前、仰いました。堕天し、神から離れた『存在』はどうなるか? その『存在』は消え去ってしまわないためにどうするか、と。それが、我々とどう関係があるのか教えて欲しいです」

エトはしっかりとジャン・ジャックを見ながら、はっきりと言い切った。


決して、魔力切れから完全に回復してはいないが、その目は力強い。


「ふむ……まあ、いいだろう。時間がないので簡単に言うが、その存在は、消え去ってしまわないために神のかけらを欲する」

「神のかけら?」

「そうだ。神が作りしもの全てに、神のかけらは埋まっているとも言えるのだが……その中でも、人間の中に埋まっている神のかけらの純度は、他の生き物とは比べ物にならぬほどに高い。それは、ドラゴンや、そこのスペルノなどと比べても、驚くほど高い純度だ」


ジャン・ジャックの説明に、一人頷いたのは魔人マーリン。

マーリンは、神のかけらを知っているのかもしれない。


「人は知らぬようだが、この世界は、多くのものによってバランスが保たれて成立し得ている。神のかけらも、そのバランスを保つものの一つだ。それも、非常に重要なバランサーだ。だから、一定の地域で、元々そこに住んでいる人間が、短時間で大量に死ぬと、バランスが崩れる。レイスなりスケルトンなりに変わりやすくなるし、他の生物も、異常なものが生み出されやすい土地になる。だから、神のかけらを大量に欲する『存在』も、そう簡単に奪うわけにはいかない」


理解しているのは、エト、ジーク、マーリンと涼くらい……だと涼は思った。


「つまり、元々そこに住んでいる人間には手を出せないから、外から多くの人間を呼び込んで、呼び込んだ人間たちから神のかけらを手に入れる……」

ジークが言うと、ジャン・ジャックは頷いた。


「我々使節団が、呼び込まれた者……」

エトの声は少し震えている。ジャン・ジャックは再び頷く。


「それで生贄(いけにえ)……」

「む? レオノールが言ったのか?」

「ええ、まあ」

「まったくあいつめ……口が軽いにもほどがあるぞ」

涼の言葉に、ジャン・ジャックは小さく首を振りながら答えた。


「神のかけらを大量に欲する存在が、新たな教皇か?」

マーリンの質問に、問われたジャン・ジャック以外の全員が驚いて見た。

「スペルノ、そこは正直俺にも分からん。教皇自身か……奴の背後にいる者か……。悪いな、悪魔と(いえど)も万能ではない」

ジャン・ジャックは肩を(すく)めて言った。


だが、これまで知らなかった多くの事を知れたのは確かだ。


「おまけに言ってやると、死を覚悟するほどの経験をすればするほど、神のかけらの純度は高くなる……らしい。俺も詳しくは知らん。だから、そんな奴らがたくさん来たんだろ?」

「多くの文官が来るために、護衛の軍人や冒険者がたくさんついてきましたね……」

ジャン・ジャックの補足に、エトが顔をしかめながら答えた。


何度も、死を覚悟するような経験をする者たちと言えば、戦場に出る軍人や、冒険者であろう。



「さて、そろそろ俺は去る」

「黒い四角の門みたいなのを通ってじゃないんですね」

「ああ、それはレオノールだろ? 俺は固有能力で次元干渉が得意なんでな。それでも、時間制限はある」

ジャン・ジャックはそう言うと、うっすらと消え始めた。

斬り落とされた両腕と剣も消え始めている。


そして、言った。

「これだけ教えてやったんだ。自分たちで何とかしろよ」


そして、消えた。


8000字を軽く超えてしまいました……。

戦闘場面は、どうしても長くなりますね。

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