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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第六章 再び共和国へ
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0379 三度現れる……

『十号室』と『十一号室』の一行が、

西ダンジョンと聖都の中間地点にさしかかった時。


世界が反転した。

三度目の経験。



「これは……」

思わずニルスの口から声が漏れた。


さすがに三度目の経験となれば、何が起きたかは分かっている。



「まったく……やっと出てきやがった」

もはや、聞きなれた声が聞こえてきた。


そして、現れる神官風の男。



その時、エトは唐突に理解した。

なぜ、ヒューが西ダンジョンの街を出るなと言っていたのかを。

恐らく、魔人マーリンが住む西ダンジョンの街は、この神官風の男、いや、『悪魔』は手を出せないのだ。

だから、街を出るなと言ったのだ。


「そうか……」

そして、隣のジークも、ほぼ同じタイミングで同じ結論に達したようであった。

顔をしかめている。


そう、今さら気付いても、もう遅い……。



六人は、悪魔によって転移した。



「さて……」

悪魔は、そこで、一度言葉を切った。だが、すぐに続ける。


「言ったよな? 堕天について広めろと。なんで広めないんだ? なんでだ? 広めようと努力した? したかもしれんが、広まってないだろうが。結果なんだよ、必要なのは結果! マジでお前たち、殺しちゃうよ? 俺も人間を殺すのは好きじゃないんだよな。いや、まあ、それは嘘だ、他の奴らに隠れてコソコソ殺しては食べてるが……それはいい。なんつーか、教会に堕天を突き付けて反応を見たかったけど、もういいや。めんどくさくなった。お前ら全員死んじゃいなよ」


悪魔の、狂った主張が響く。

この後何が起きるのかは、全員が理解した。


全員が、殺される。


だが、嫌でも理解させられる圧倒的な力の差。

その前に、誰も動けない。


いや、誰も動けなかった。

これまでは。



カキンッ。


ニルスが、剣を抜きざま斬りつける。


カキンッ。


反対側から、アモンが抜剣一閃。



どちらの剣も見えない壁に弾かれた。



だが、二人の目は絶望に満たされてはいない。



パリンッ。



中央から突き出された杖が、悪魔の<障壁>を破った。


ジークだ。



「ほっ。面白いじゃないか。人間のくせに俺の障壁を破るとはな」


だが、悪魔は余裕の表情で笑う。



「グフッ」


何の脈絡(みゃくらく)もなく、突然ニルスの腹に石のつららが突き刺さった。


「<エリアヒール>」


石のつららが消えた瞬間、エトのエリアヒールが響き、大穴が空いたニルスの腹部が修復されていく。

唯一の、ある程度の距離があっても効果を現す回復魔法。

だが、当然のように、消費魔力は大きい。



その間も、アモンとジークの連撃は続く。

二枚目の障壁に。

割れると、三枚目の障壁に。

割れると、四枚目……。


「うぐっ」

「くっ……」


そんな二人にも、突然、石のつららが襲う。

超反応により致命傷は避ける……だが、さすがに無傷ではない。


「<エリアヒール><エリアヒール>」

間髪を容れずにエトのエリアヒールで修復される傷。



その時になって、ようやくハロルドとゴワンも動き出した。

悪魔の後方に回り込んで、剣を打ち付ける。



五人に囲まれる悪魔。



だが……。


「ククク、いいぞいいぞ、(あらが)え、抗え! これならどうする?」


その瞬間、悪魔を囲む五人全員の足に、石のつららが突き刺さる。

ニルスとアモンは辛うじて反応したが、その二人ですら足の肉を抉られる。


「<エリアヒール>」

<エリアヒール>は本来、範囲回復魔法。

五人をまとめて回復する。


エトは、すぐにマジックポーションを飲んで、魔力を補充する。



「堕天を知る神官は、思った以上に強靭(きょうじん)だな」

今回現れて、初めて感心した様子を見せる悪魔。


「パーティー戦の定石は、回復役を真っ先に潰すことだが……さすがにそれはつまらん。ふむ、そうするか」

悪魔はそう呟くと、唱えた。


「<ロッピ>」

すると……あろうことか、腕が新たに四本生えた。


「なんだと……」

さすがに、ニルスも驚く。


次の瞬間、六本の腕それぞれが、剣を握った。


「これでお相手しよう」

悪魔が言った瞬間、悪魔を守っていた<障壁>がすべて消失する。



始まる、五つの剣戟。



悪魔は足を止めて打ち合う。


驚くべきは、見えていないはずの背後からのハロルドとゴワンの攻撃も、完璧に防いでいる点であろう。


「ククク、久しぶりの六剣戟だが……いや、五剣戟か。まあ、悪くないな」

圧倒的な余裕を(ただよ)わせ、笑いながら五人の剣を受ける悪魔。


腰の入っていない、完全に棒立ちながら、苦も無く五人の全力の打ち込みを受け続ける。


膂力(りょりょく)が違い過ぎる」

ジークのその呟きが、全てを表していた。



人間たちの全力の打ち込みを、手首から肩までの腕だけで堪え切れるのだ。

そのため、棒立ちであっても全く危なげない。

それどころか、打ち込み続ける者たちに絶望感を与える。


この防御は絶対に抜けないと。


普通なら、このような場合には突きが有効になる。

他の斬撃は、全て力によって受け止めることが可能だが、突きは……どこかの水属性魔法使いのように剣の腹で受ける以外は、普通はかわすからだ。


だが、悪魔は、剣で流す角度をつけて、突きの剣筋を大きく逸らす。

それによって、結局、腕以外の体を全く動かすことなく、さばききっている。


「技術も高い……」

ハロルドの呟き。


「当たり前だ」

悪魔はそう答え、大笑いして言葉を続けた。

「お前たちとは年季が違うんだよ、年季が。たかだか十年や二十年、剣を振るった程度で、俺に届くわけないだろうが」



笑って答えた後、さらに言葉を続ける。

「さて、では第二ラウンドだ」


「ぐはっ」

悪魔が言った瞬間、ハロルドの腹が、前後から石のつららで(つらぬ)かれた。

「<エリアヒール><エリアヒール><エリアヒール>」

エトが<エリアヒール>を三度重ね掛けして、致命傷を回復させる。

マジックポーションを飲んで、魔力を回復させる。



「ぐふっ」

さらに、ゴワンの腹も、前後から石のつららで貫かれた。

「<エリアヒール><エリアヒール><エリアヒール>」

再び、エトが<エリアヒール>の重ね掛け。


「くっ……」

ニルスは、突然現れた前方からの石のつららは、剣で弾き落としたが、背後からの石のつららは突き刺さった。

「<エリアヒール>」

連続七度のエリアヒール。


だが、ここでエトが片膝をつく。


「エトさん!」

アモンが思わず叫ぶ。


「大丈夫」

エトは小さいが、力強くそう言うと、再びマジックポーションを飲み干した。



「やはり強靭だな、堕天を知る神官。面白い……極めて面白いが……さすがにそろそろ、マジックポーションも底を突くだろう?」

「試してみるかい、悪魔」

悪魔の挑発に、エトは目に力を籠め答える。


しかし、理解している。

今飲み干したのが、最後の一本だ。



もう、後はない。



だが、諦めない。

ここは、聖都と西ダンジョンの中間。


あの人の……悪魔を嫌う、かの魔人の……。




世界が割れた。




六人の視界の端に入る、赤。



空が割れ、降ってきたのは、前回同様、赤い魔人マーリン!


「悪魔!」

「来たな、スペルノ!」


憤怒(ふんぬ)の形相の魔人。

凄絶(せいぜつ)な笑みの悪魔。


「他はいらぬ! <風よ!>」

悪魔が唱えると、彼を囲んだ六人は吹き飛ばされた。

吹き飛ばされたというよりも、弾き飛ばされたという表現の方が適切なのかもしれない。



そして、開いたスペースで……。

人外の戦いが始まった。




「<グラビティ>」

魔人マーリンが唱える。


「初手は必ずそれか! <空よ>」

悪魔が唱えると、悪魔を上空から襲った重力の塊は、悪魔を()れ、地面に落ちた。


「グラビティを逸らすだと?」

マーリンが明らかに驚いた声を出す。


「ククク、かわさずに逸らされたのは初めてか? 前回は移動でかわしたからな。今回は逸らしてみたぞ」

悪魔は笑いながら言う。



マーリンも悪魔も、あえて会話を交わしている。

息もつかせぬほどの全力高速戦闘……というわけではない。


最初から全力で押し切れる相手でないことは、双方理解している。


一瞬の油断か、想定を超える動きか。

最後の瞬間だけ、相手の思考を上回る……そういう決着しかないであろう相手。



ちなみに、風で吹き飛ばされた六人は、二人からそれなりに離れた位置に集まって戦闘を見ていた。

自分たちが参戦しても、足手まといにしかならない戦いだ。



見合ったまま動かない両者。



先に動いたのは、悪魔であった。

「見合っていても仕方あるまい。<業火>」

悪魔から、炎の滝がマーリンに延びる。


「<リバース>」

だが、マーリンが唱えると、炎の滝は反転して、悪魔に向かう。

「そう、そうやって返すんだったな」

悪魔はそう言い、事も無げに向かってきた自らの炎を、片手を振るって打ち消す。


「ならば、これならどうする。<周炎>」

悪魔が唱えると、マーリンの周りをまわる炎の壁が現れる。

「これなら、そのリバースとやらでも返せんぞ?」

悪魔は楽しそうに尋ねる。


「<インバリッド>」

マーリンが唱え、炎の壁は一瞬にして消えた。

「ふむ。それは魔法無効か? それとも『元の状態に戻す』のか? 興味深いな」

「好きなだけ分析するがいい」


マーリンは吐き捨てるように言うと、唱えた。

「<グラビティロッド>」

空から、無数の細長い黒い針が降ってくる。


「当たらんよ」

悪魔は余裕でそう言うと、高速移動でかわし始める。


だが……。


「な……。動けん?」

黒い針が地面に刺さると、悪魔は急に動けなくなった。


「刺すための針ではないわい」

「針に体が吸い寄せられる? 全方向から引っ張られて、その結果動けんのか。なるほどな」

悪魔の分析。


「その状態になっても分析とは余裕だな」

マーリンは顔をしかめたまま呟くように言う。


「スペルノ、この状態になっても、近接戦で打ちかかってこんのか?」

「悪魔と近接戦をするほど、無謀ではないわい」


マーリンはそう言うと、魔法で決着をつけにいった。

「消えろ。<インプロージョン>」


前回、悪魔を消し去った『爆縮(ばくしゅく)



だが……。



「それを待っていた! <ディメンションスラッシュ>」

悪魔は悪魔的に笑うと、唱えた。


その瞬間、爆縮は轟音を残し、消えた。

当然、悪魔の体が消し飛ぶこともなく。



「馬鹿な……」

さすがのマーリンも呆然とする。

かわされるのならまだしも、<インプロージョン>を消滅させられたのは、初めての経験だ。


「そうそう、その顔を見たかった」

悪魔は余裕の笑み。

しかも、先ほどのディメンションスラッシュによって、悪魔の動きを封じていた黒い針も、全て消え去っている。



「スペルノ、残存魔力が少ないのだろう?」

悪魔は、再び凄絶な笑みを浮かべて言い放つ。


マーリンは表情を変えないが、明らかに、<インプロージョン>を放つ前とは違う。

魔人基準であっても、かなりの魔力を消費する魔法なのだ。

本当に、一撃必殺の。



一撃必殺……それでとどめを刺せなければ、敗北は必至(ひっし)


とどめを刺せなかった以上、マーリンの命は風前(ふうぜん)灯火(ともしび)……。




だが、三度(みたび)、戦況は変わる。




ドゴンッ。



上空から落ちてきた重量物が、轟音を響かせた。

悪魔を狙ったものだが、もちろんそんなものに潰されるような悪魔ではない。


「氷の壁?」

悪魔とマーリンが異口同音に呟く。



落ちてきたのは、氷の壁。



「あれって……」

「多分、そうだと思う……」

「他にいないだろうが……」

離れて見ていた、十号室と十一号室の六人。

アモンが呟き、エトが同意し、ニルスが小さく首を振る。



そう、彼らが知る、水属性の魔法使いの<アイスウォール>……。


明日、ようやく、涼の帰還……そして、対悪魔戦!

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