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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第六章 再び共和国へ
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0378 斥候、大事

「分断されましたね……」

「ええ。転移の罠ですか」

アモンが言い、ジークも同意した。


「以前、リョウさんから聞いたことがあります。宮廷魔法団のアーサーさんが言っていたそうです。西方諸国のダンジョンには、転移の罠がある所があると」

「まさにこれですか」

「あと、魔法無効空間の部屋もあると。これはアベルさんが、リョウさんに言ったらしいですが」

「……それは、魔法使い殺し……いや、神官殺しでもありますね」

アモンの情報に、苦笑しながら答えるジーク。



分断されたが、二人とも冷静だ。



「正直、私とアモンさんのペアなら、だいたいはなんとかなるでしょう。あとの四人が、二人ずつに分かれたりしてると……。いや、けっこう誰でもなんとかなりますか?」

「ああ……。エトさんとハロルド……別に、大丈夫そうです。エトさんとゴワンも……問題なさそう。エトさんが一人で飛ばされていない限りは大丈夫な気がしてきました」

「確かに」


アモンの推測に、ジークも同意し、結局二人とも笑った。


彼らは、B級パーティーとC級パーティーなのだ。

誰しも、それなりに強い。


「さて……では、進みましょうか」

「はい!」

ジークが促し、アモンが頷いた。



いちおう、分断された場合の手順はでき上がっている。


転移の罠で分断されるのは想定していなかったが、分断そのものは、ダンジョンならばあり得るからだ。

落とし穴や、壁の移動など……様々な罠はあるわけで。



西ダンジョンにおいては、層を攻略すれば地上に戻ることができる。

そのため、分断されたら、各自で、層を攻略する、そして地上に戻って合流する。

そう取り決めていた。


そうして、二人は進み始めた。




問題は、彼ら二人の方ではなかった。




「複合罠とか……完全に殺しにきてるだろ」

ニルスはぼやきながらも、剣を止めない。

彼の横で剣を振るうのはハロルド。


彼らの後ろには、一人横たわったままのゴワン。


エトが連射式弩で矢を放ちつつ、時々毒消しポーションをゴワンに飲ませる。


「ポーション、残り二本!」

エトが叫んで、危機的状況にあることを知らせる。

とはいえ、それを聞かされても、ニルスにもいい考えは浮かばない。



強制転移され、最初の罠が魔法無効空間であった……。

そして致死性の毒矢。

さらに、大量のゴブリンの襲来。



ハロルドを襲った五本の毒矢。

ゴワンがハロルドを弾き飛ばして、双剣で斬り落としたが……一本が刺さった。


魔法無効空間のため、エトの<ヒール>も<キュア>も使えない。

定期的にポーションを与えることによって、何とか死なないようにするしかなかった。


そんな状態での、大量のゴブリン。



もちろん、ゴブリン一体一体はたいしたことはない。

だが、それでも、数は力だ。


まだ、ニルスとハロルドが切り伏せているが、いずれは二人にも疲労が出てくる……。



カキンッ。



ニルスは、飛んできた矢を斬り落とした。


「ゴブリンアーチャーまで来やがった」

ニルスの声にも、さすがに焦りが混じり始めていた。


近距離、遠距離両方からの攻撃に気を付ける……その難易度は、これまでの数十倍になる。

そして、疲労の進行も数倍の速度に……。


(いよいよもってまずい)

さすがに、それは言葉にできず、頭の中に思うだけだ。



この場において、ニルスはリーダーだ。

指揮官でもある。

指揮官の言葉がもたらす影響に関しては、涼がいつも口を酸っぱくして言っていた。

そして、尊敬するアベル王も。


時には、思っていないことでも言わなければならない!


「アーチャーも切り伏せてやる! ゴワン、もう少しの辛抱だぞ!」

毒と戦うゴワンに聞こえるように、ほとんど怒鳴り声だ。


だが、それでいい。


ニルスの声は、希望を失いかけていたハロルドとエトにも、ほんの僅かとはいえ活力を与える。



気力を振り絞る。



だが……。



ニルスの前に、ハロルドの疲労が極限に達していた。


「うぐっ」

ゴブリンアーチャーの矢が、ハロルドの右太腿(ふともも)に突き刺さる。


それを見て、ゴブリンたちが一気(いっき)呵成(かせい)にハロルドに打ちかかった。



「なめるなー!」


だが、そこはハロルドもC級剣士。

そして、将来は公爵になろうという男だ。


こんなところでは死ねない!


今までで、最も力強く、最も鋭く剣を薙ぐ。


三匹のゴブリンの首が、一気に斬り飛ばされた。


だが、勢い余って体勢が崩れる。

すぐに戻すが、知能の低いゴブリンたちにも分かったろう。

ハロルドの体力は、残り少ないということは。



当然、横で戦っているニルスも理解していた。


十号室の三人に比べれば、十一号室の三人の持久力は高くない。

というか、十号室並みの持久力を持っているパーティーなど、王国にはいないのだが。



どこかの水属性の魔法使いや、どこかのエルフ剣士や、地元の国王剣士を除けば。



「ポーション、尽きた!」

エトの絶望的な声が聞こえる。


さらに、ハロルドの剣筋がぶれてきたのが分かる。


「いよいよ万事休すか」

ニルスは呟いた……。



その時……。



ゴブリンの群れが、右側面から悲鳴を上げ始めた。


さらに、ゴブリン自体が、吹き飛んでいるのが見える。

いや、正確には、斬り飛ばされた首だ。


杖が振るわれているのも見えた。



「ジーク! 毒消しポーションを投げて!」


エトが叫ぶ。


一瞬後、エトに向かって毒消しポーションが投げられた。


受け取ったエトは、間髪を容れずにゴワンに飲ませる。



「繋がった!」

エトのその声は、ニルスにも聞こえた。


「ハロルド、あと少しだ、粘れ!」

「はい!」

ニルスが声をかけ、ハロルドは答えた。


ハロルドにも理解できていた。

何が起きているのかが。


最も来て欲しかった人たちが来たことが。


恐らく、彼の神官は、鬼神の如き殲滅(せんめつ)力で、ゴブリンを薙ぎ払いながらこちらに合流しようとしているはずだ。

そして、先輩剣士も、恐るべき剣閃でゴブリンたちを葬り去っているはずだ。



ここで、自分が力尽きる訳にはいかない!



ハロルドの目に、再び力が蘇った。


それを見て、小さく頷くニルス。

彼には、パーティーが危機を脱したのが分かった。




アモンとジークの殲滅速度は凄まじく、瞬く間にゴブリンたちは数を減らしていった。

六人が合流したのは、それから三分後。



合流はしても、まだ魔法無効空間のままだ。

そのため、魔法でゴワンを回復することはできない。


それでも、これまでとは、圧倒的に違った。


何と言っても、斥候役の二人が合流したおかげで、新たな罠を踏むことがなくなったのだ。

これは、非常に大きかった。


「斥候、大事……」

ニルスのその呟きは、誰にも聞こえなかったが。



途中、三体のオーガに遭遇したが、ニルス、アモン、ジークがそれぞれ倒した。

ハロルドは、まだ疲労が抜けきっておらず、ジークに止められたのだ。

ハロルドは悔しそうではあったが、我を通したりはしなかった。


ジークには全幅の信頼を寄せている……その事を、ニルスも理解した。



そして百二十層の最後。


ようやく、魔法無効空間が解け、エトによる<キュア>と<エクストラヒール>で、ゴワンは回復した。



六人の百二十層は、ようやく終了したのであった。




「毒消しポーションはともかく、矢は特殊過ぎて、この街では無理みたいだね」

「聖都には、あったか?」

「東の工房地区に、矢がいっぱいあるお店がありましたよね」


エトが連射式弩の矢が調達できないと言い、ニルスが確認し、アモンが思い出して答えた。

ダンジョン百二十層で、エトは矢を使い切っていた。


「街を出るなと言われたが、仕方ないか……」

ニルスはため息をつきながら言う。

「明日、聖都に戻る」



彼らは理解していなかった。

なぜ、この西ダンジョンの街を出てはいけないとヒューが言ったのかを。



涼が共和国に行く際に、わざわざこのダンジョンに、一日かけて寄った理由を。



後に、きちんと言葉で伝えることの大切さを、関係者たちは思い知らされる。


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『水属性の魔法使い』第三部 第1巻表紙  2025年3月19日(水)発売! html>
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