0377 罠
涼が、二度目の共和国に向かった数日後から、『十号室』と『十一号室』の六人は、聖都西ダンジョン攻略に再び取り掛かっていた。
それ自体は楽しいことなのだが、正直、このタイミングでダンジョン攻略をしていいのかどうか……そう思ったのだが……。
「行ってこい」
と団長ヒュー・マクグラスに言われたのだ。
それは有無を言わせぬ口調。
何か裏があることはニルスでもわかったが、あえて何も言わないで受け入れた。
今、伝える必要がないから何も言わないのだ。
今、まだ伝えるタイミングではないから何も言わないのだ。
どちらにしろ、今、ニルスたちが知っていいことではない理由なのだろう。
だからヒューは、何も言わない。
ならばニルスも、何も問うまい。
西ダンジョンの街での宿は、もはや定宿となった『聖都吟遊』
街でも、最上級の宿に、使節団のお金で泊まりながら、ダンジョン攻略。
「いいんですかね、こんなに贅沢させてもらっちゃって」
アモンが笑顔で、豪華な宿の晩御飯を食べながら言う。
「ヒューさんがつけた条件は一つだけ。指示があるまで、西ダンジョンの街から出るな、だもんね。それだけ守ればいいんじゃない?」
エトも嬉しそうに、食べながら答える。
ニルスとしては、若干気になるのではあるが、考えてもどうしようもない事だとも理解していた。
さて、六人が前回攻略したのはボスのいる百層。
そのため、今回は百一層から。
「次のボスは百五十層……しかも、記録されている最深層がそこだ」
ニルスはそう言ったが、そこに至るまでに懸念がいくつもあるのもまた事実だった。
まず、この六人は、剣士三人、双剣士一人、神官二人だ。
はっきり言って、バランスが悪い。
ほぼ、遠距離攻撃力がない。
せいぜい、エトが左腕に着ける連射式弩……いちおう、神官二人のライトジャベリンもだろうか。
魔法使いがいないのだ。
だが、まあ、それはいい。
『十号室』だろうが、『十一号室』だろうが、基本的に魔法使いのいないパーティーだ。
慣れていると言えば慣れている。
だが、ダンジョンにおいて……斥候がいないのは厳しい。
百層に至るまでにも、いくつもの凶悪な罠があった。
もちろん、その全てを避けてはきたが……。
罠の感知は、アモンとジークが秀でていた。
完全に直感のアモン。
論理的に罠がありそうだと推測するジーク。
この二人での罠の回避率、実に九十九%!
一度だけ、移動戦闘中にゴワンが罠を踏み抜き、毒矢の罠が発動したことがあった。
迫る数十本の毒矢は、エトが緊急展開防御魔法<サンクチュアリ>を展開し、事なきを得た。
それとて、ゴワンが踏む前にジークが指摘したのだ……ゴワンは理解していなかったが。
つまり、アモンとジークが揃えば、全ての罠を見つけ出せる。
それにもかかわらず、ニルスの胸中には、理由の分からない不安が去来していた……。
翌日から、ダンジョンを攻略。
今までに比べ、層がかなり広い。
もちろん、地図は出回っていない……。
しかも、百一層以下は、層の情報すらほとんどない。
これは、これまでの多くの先達が、百層のボスを攻略できずに、そこでダンジョン攻略を止めたからだ。
百層の出現ボスは、完全にランダム。
だが、ある程度強いボスが出てくるのが普通らしい。
六人の前に現れたボスは、ワイバーンであった。
これは、百層に出てくるボスとしては最強クラスと言っていい。
というか、普通、ワイバーンが現れたら、どんなパーティーも撤退する。
百層は、撤退しても何の問題もないのだ。
一日一回しか潜れない、という制限があるだけで、デメリットは全くない。
翌日潜れば、別のボスが現れるのだから、そこで再攻略すればいいだけ。
それなのに、六人はワイバーンを攻撃した。
そして、最終的には倒すことに成功した。
そんなワイバーンクラスとまではいかなくとも、百層ボスは、かなり強力なボスが出ることが知られている。
そして、数人のパーティーで攻略するのは難しい相手が。
キングボア。
ハーピークイーン。
ゴブリンキング。
シャドーストーカークイーン。
レイスキング。
などなど。
キングやクイーンのオンパレード!
いずれも、地上では滅多にお目にかかれない魔物でもあるため、攻略方法が確立していないものが多い。
そんな理由で、百一層から下は、そもそも進むことができるパーティー自体が少ない。
『十号室』と『十一号室』は、進むことができる稀有なパーティーになったのだ。
これは、実は西ダンジョンの街においてかなり話題になっていた。
現役で、西ダンジョンを攻略しているパーティーで、百一層以下に足を踏み入れているパーティーは、彼ら六人を含めて、八組だけ。
常時、五千組を超えるパーティーが攻略に取り掛かっているとすら言われる西ダンジョンで、トップ八組の一つということになる。
話題になるのは当然であろう。
もちろん、六人は、そんなことは気にも留めていないのだが。
ダンジョン再攻略に取り掛かって数日後。
順調に攻略を進め、百二十層に到達した。
石段を下り、百二十層に足を踏み入れようとした瞬間。
「待った!」
ジークが声を上げる。
先頭は、ジークとアモンだ。
罠の探知をしながらのため、そういう形になっている。
そんなジークが、目を凝らしているが、小さく首を傾げていた。
そして、口を開いた。
「何か変です。すいません、何か分からないのですが……何か変です」
これは、ジークにしては非常に珍しいことであった。
だいたいにおいて、
「通路の幅が狭いので、横から槍などの罠が出てきます」だとか、
「天井が暗くて見えないので、何か降ってくるか魔物がくるかもしれません」などと、
理由と、ありそうな罠を指摘するのだが……今回は、「何か変です」だけ。
「確かに、変な感じがしますね。しますけど……何が変なのか、よくわかりません」
アモンも同じようなことを言った。
だが、これで確定した。
この百二十層には、何か、今までにない罠がある。
「分かった。今まで以上に慎重に進むぞ。一歩ずつな」
ニルスが言うと、他の五人は頷いた。
そして、文字通り、一歩ずつ、足元の石畳に異変がないかを確認しながら歩を進める。
基本的に、ダンジョンの罠は、足元の石畳で発動することが多い。
一定の重さがかかると、罠が発動する、みたいな。
そのため、特に先頭のアモンとジークは、一歩一歩石畳を確認しながら進んだ。
だから、罠を踏み抜いたりはしなかったはずなのだ。
だが……瞬間的に、それは起きた。
転移。
六人とも、すでに何度か経験している……地上において。
その感じを、初めてダンジョンで経験した。
声を上げる暇もなかった。
一瞬だけ体が浮いた感じがして、次の瞬間には、すぐにどこかに立っていた。
「転移……」
思わず、ハロルドが呟く。
「転移の罠があるダンジョン……」
エトも小さい声で言う。
「以前、リョウが言っていたな」
ニルスが、体に似合わない囁くような声で言う。
「今回は、俺じゃない……」
ゴワンは、罠を踏んでいないことを主張した……。
他の三人も頷き、ゴワンを慰める。
そう、他の三人も。ゴワンを入れて四人だけ。
「アモンとジークは……」
「別の場所に飛ばされたな……」
エトが言い、ニルスも頷いて答えた。
六人は、分断された。