0376 <<幕間>> ハンダルー諸国連合の動向
本日二話投稿、二話目。
「閣下、やはり魔人虫で確定したとのことです」
「なんとも嫌な報告だな」
補佐官ランバーの報告に、思いっきり顔をしかめて答える連合執政オーブリー卿。
「そう仰られましても……。噓の報告をするわけにもいきませんし」
ランバーも顔をしかめて、小さく首を振る。
「それは、あれか? 王国の伝承官が確認したということだな?」
「はい。王都中央神殿伝承官ラーシャータ・デブォー子爵です。以前、王国のコナ村で魔人虫が発生した際に、直接確認された方ですね。西方諸国に、王国と一緒に使節団を送ったことで関係が改善したので、直接現地に入ってくださいました。使節団、高いお金をかけた甲斐がありましたね」
「まあ、こっちは金を出しただけだが……実際に行かれているロベルト・ピルロ陛下の苦労は、我々とは比較にならんだろうな」
オーブリー卿は、苦笑いしながらそう言った。
七十半ばを過ぎ、悠々自適の生活に入っていた先王を、過酷な西方への旅に行ってくれと乞うたのは、誰あろうオーブリー卿なのだ。
それを知っている補佐官ランバーは、再び、小さく首を振った。
「コナ村のやつは……その後、魔人の封印が解かれたんだよな」
「はい。もちろん、王国は発表していませんが、収集した情報から確実なようです」
「だが、封印が解けた魔人が暴れた形跡はない」
「そうです。再封印されたわけでもなく……西方に飛び去ったらしいです」
オーブリー卿の記憶通りの事をランバーが説明すると、オーブリー卿は俯いて何事か考え始めた。
その間、ランバーは何も言わない。
机の書類を並べたりしている。
しばらくすると、オーブリー卿が再び口を開いた。
「記憶が曖昧なのだが……王国国境と連合国境近くに封じられた魔人が、大暴れした記録があるんだったな?」
「おっしゃる通りです。伝説では、王国のリチャード王が封印したという、あれですね」
「まあ、ただの伝説とはいえ……そんな英雄じゃなければどうにもならんという相手なのだろう? 復活して欲しくないな」
「復活は、いずれ必ずするのですが……」
「百年後とかならいいぞ。その頃なら、私はもういないしな」
「子供や孫たちの世代が大変なことに……」
「きっとその頃には、魔人すら一撃で倒すような魔法や、錬金道具が生まれているに違いない」
オーブリー卿は、全く信じていないことを何度も頷きながら言った。
オーブリー卿がそんな事を、欠片も思っていないことは、長く補佐をしているランバーは知っている。
知ってはいるが……。
「さすがにそれは無理かと」
「……ランバーは相変わらず真面目だな」
ラーシャータが確認することになった経緯は、以下の通りだ。
連合西部の街ニルファ。
この街は、ワインの産地として有名だ。
見渡す限りのブドウ畑が広がり、連合だけではなく、中央諸国中からワインの買い付けに、商人たちが訪れる。
だが、今年は、そのブドウの木に、これまで見たことのない虫がついた。
大きさは小指の爪ほど。
足が十本あり、潰すと血のように赤い体液が出る……。
この虫がつくと、かなりの早さで木が枯れていく。
ニルファはもちろん、周辺の大きな街の虫の専門家たちも呼ばれたのだが、その虫が何なのか分かる者は誰もいなかった。
有効な手立ても見つからず、一匹ずつ見つけた虫を潰していく……そんな状況が数カ月続いた。
状況が変化したのは、連合政府の首都ジェイクレアから訪れた巡察使が虫を見てからである。
巡察使アッサーは、七十歳になろうかという老魔法使い。
とっくに現役を退き、ジェイクレア近郊でのんびり過ごしていたのだが、弟子である内国歳入庁長官に相談されたのだ。
ニルファのワインが危機的状況にある。このままでは、ワインの瓶詰が大変なことになり、税収も大変なことになると。
アッサーとしては、税収に関しては何とも思わないが、彼の大好きなニルファワインが手に入りにくくなるというのは大変困る。
そのため、一時的に巡察使に復帰して、ニルファで発生している『原因不明の虫』に対処したいと連合政府に願い出た。
これには、連合政府のお偉いさんも諸手を上げて賛成した。
内国歳入庁長官がアッサーの弟子であったことでもわかる通り、アッサーの弟子は、連合政府あるいは連合を形成する諸国において、かなり高位の地位に上っている者が多い。
そして、彼ら弟子たちは、アッサーが、ただの魔法使いなどとは次元の違う豊富な知識を持っていることを知っていた。
その理由は、アッサーがかつて仕えた男爵が有名な伝承師であったからだとか、現役当時は連合の主席魔法使いで、あらゆる禁書を覚えたからだとか……様々なうわさが飛び交ったことがある。
中には、かの有名な帝国の爆炎の魔法使いすら、アッサーの弟子だったという話も出たことがある……もちろん、これは与太話の類だと一笑に付されたが。
とにかく、アッサーの知識が尋常でないことは、弟子たちにはよく知られていた。
そんな巡察使アッサーは、ニルファの街に到着すると……正確には、街に入る前から、街の周りに広がるブドウ畑に入っていった。
供の者たちは慌てて追ったが、そんなことはお構いなしだ。
アッサーは、ニルファのワインを救うためにやってきたのであり、現状の把握が最優先、それも自分で見て把握するのが一番確実であると理解していたから。
運のいいことに、見つけられたばかりの虫を見ることができた。
「これは……まさか……?」
アッサーの記憶にある虫に似ている。
とはいえ、見たことはない。
かつて仕えていた主が見せてくれた本に、載っていた虫に似ている。
十本足で、足を広げると小指の爪ほどの大きさ。
そして……。
潰すと、血のような赤い体液が出てきた。
「ご隠居様が見せてくれた、あの本に載っていた虫……。しかし、まさか……」
アッサーの額には、深い皺が刻まれる。
もし本当に、これがその虫、『魔人虫』であるなら……。
魔人虫は、封印された魔人が復活する時、その力を集めるために動き出す、眷属の一つだと言われている。
魔人は、様々な方法で力を集めるが、そのうちの一つが魔人虫。
つまり、封印された魔人が、封印を解こうとしているということだ。
「急いで確定せねばならん」
アッサーはそう呟くと、ニルファの領主館に行き、連合政府に連絡した。
さらに、連合政府内で協議した結果、王国の伝承官ラーシャータ・デブォー子爵に確認を取ってもらおうということになった。
その後、子爵が直接ニルファに入って確認し、魔人虫であることが確定したのだ。
その報告が、執政オーブリー卿の元に届いたのであった。
明日から、本編に戻ります。
巡察使としてアッサーさんが出てきましたね!
書籍第一巻の「外伝 火属性の魔法使い」に出てくる彼です。
そして、ここでも名前が出てくる『ご隠居様』
筆者が、当初想定していた以上に、物語全体に関わってきています……。
こういうのが、書いていて面白いのです。
作者の想定すら上回って、物語に深みを与える。ありがたいですね~。