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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第六章 再び共和国へ
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0375 <<幕間>> デブヒ帝国の動向

本日二話投稿。第一話目。

二年前、ルパート六世が皇帝位を退き、新たに皇帝となったのは彼の長子ヘルムート八世であった。

先帝ルパートが、一切の政務から退くことを宣言したため、帝国の実権は完全にヘルムート八世と、その側近たちに移った。


もちろん、本来はそれで問題ない。

そのために、ヘルムートは皇太子時代から側近を集め、与えられた領地で統治を学び、経験を積んで実績を出してきたのだから。



皇帝になり、しっかりと国を統治する。

それは時間をかけて結果を出していくものだ。


だが、ヘルムートは待てなかった。

彼の前には、あまりにも偉大な先帝の影がちらついていたからだ。



先帝ルパート六世が即位したのは、ちょうど二十歳の時であった。


そこから、強大な帝国をさらに強大にし、皇帝の権威にわずかでも逆らう貴族たちを改易し、絶対的な権力と絶対的な経済力を手に入れていった。



そんなルパート六世が退位し、ヘルムート八世が即位した時、皇帝の権威に挑戦するような貴族はもはや帝国内におらず、皇帝の力と権威は、すでに絶大なものとなっていた。


先帝が築き上げたその偉大過ぎる功績に、ヘルムートが焦ったのは、仕方がなかったのかもしれない。



彼がずっと考えていたのはただ一つ。

先帝を超える偉大な功績を成し遂げるにはどうすればいいか?



何をすれば、先帝を超えられるのか?

それは、ヘルムート八世だけではなく、多くの歴史において、多くの世界において繰り返されてきた問いでもある。


ある者は巨大な建造物を造った。

ある者は図書館を造り知の集積を図った。

また、ある者は……隣国に攻め込んで領土の拡大を画策した。



「失敗しただと?」

ヘルムート八世は、声に明らかに不快感を(にじ)ませて詰問した。

「申し訳ございません」

頭を下げ謝罪するのは、帝国第十軍司令官フローラ・ライゼンハイマー。


深く頭を下げはしたが、その表情は全く変わらない。


すぐ後ろに控える彼女の相談役エルマーは知っている。

フローラが、一ミリも申し訳ないなどとは思っていないことを。

そもそも彼女は、今回の作戦に否定的であった。

一度は、皇帝に再考を願い出たのだ。


だが、作戦は実行された。

しかも、彼女を責任者にして。


その責任を取らされる可能性も……。


「もうよい。下がれ」

「はっ。失礼します」


特に何もなく、フローラと相談役エルマーは部屋を出た。




第十軍司令官室。

「皇帝陛下は、かなり焦っておられる」

帝国第十軍司令官フローラ・ライゼンハイマーは顔をしかめながら、コーヒーを飲む。


応接セットの対面には、彼女の相談役が座っている。

「エルマー、どう思う?」


エルマーと呼ばれた男は、肩を(すく)めて答えた。


「基本的には、時間が解決してくれるのでしょうが……。傾向としてはとても良くないですね。陛下はご自分の中で、勝手に先帝陛下と比べられておられる。仕方のないこととはいえ……。周りにそれを止める者がいない。ハンス・キルヒホフ伯爵を追い出されて以降、誰も意見を言えません。怖いですからね、仕方ないですが」

「王国との戦争から、まだ三年だ。王国は確かに深い傷を負ったが、帝国とて決して無傷ではなかった。せっかく、西方諸国への使節団を合同で出したことで友好ムードも出てきたというのに」

「まあ、皇帝陛下としては……先帝陛下が成し遂げられなかった王国の打倒。それを成すことができれば、確かに先帝陛下を超える業績の一つと言えますからね」

「そんなもののために、兵士を犠牲にしてほしくないのだが」


最後のフローラの言葉は、さすがに(ささや)くような声であった。


もちろん、錬金道具によって、盗聴などできない部屋ではあるのだが、それでもだ。

どうしても、声を潜めてしまう……。



「そうだ、エルマー。回廊諸国の状況はどうなっている?」

「非常に悪いですね。あの騎馬の王様が、全て制圧してしまいました。先帝陛下の件で、帝国に恨みを持っているとか。これまでは、回廊諸国と中央諸国が関係を持つなど、ほとんどなかったですが、相手が『騎馬の民』となると話は変わってきます。行動半径が全く違いますからね。気にしておいた方がいい相手です」

フローラの問いに、エルマーは顔をしかめながら答えた。


「西と南に、同時に問題を抱える必要などないのに……」

フローラのその呟きに、エルマーも頷くしかなかった。




帝都郊外、帝国軍第二十演習場。

「我ら影、二十軍ではなく、十軍に下命されるとは……皇帝陛下は何を考えていらっしゃるのか!」

その声は、怒声ではない。

だが、悔しさを押し殺した声であった。


声の主は、第二十軍司令官ランシャス将軍。

その愚痴(ぐち)を聞くのは、二年前に新たにランシャスの副官となった弓士ボッサボである。


その神業とも言うべき弓の腕により、第二十軍に配属となったボッサボであったが、副官としての調整能力、場合によっては一軍を率いての指揮能力と、ランシャスの高い評価を受け、完璧な信頼を得ていた。


まあ、そのために、愚痴を聞く羽目になっているのだが……。


とはいえ、三十代半ばのボッサボも、それなりに経験を経てきているため、上司の愚痴を聞くのも仕事の内と割り切っている。


「未だ、皇帝陛下の信頼を取り戻していないという事でしょう」

そして、言いにくい事もはっきりと言う男でもあった。


「耳が痛いことを言うな……」

顔をしかめつつ受け入れるランシャス将軍。


「王国との戦争の後、エルフの森から戻った者たちの半数は軍を抜けた。あんな経験をすれば仕方ないのであろうが……。それによって、二十軍の戦力がガタ落ちになったのもまた事実。新たに、新入りたちを鍛えてはいるが、『影』の技術は簡単には身に付かぬ」


そう言うと、ランシャスは大きなため息をついた。


分かっているのだ。

分かってはいるのだ。

一度失われた信頼を取り戻すのが、非常に難しいという事は。


失われた栄光にしがみついてしまっているという事も。


だがそれでも……。

再び栄光を掴みたいと思うのは、人の(さが)ではないか。



「もう一段、軍を鍛えなおす!」

「……はい」

ランシャス将軍は、何度も首を振ってからそう言い切り、副官ボッサボはきつい訓練メニューを頭に浮かべて、一瞬だけ、返事が遅れてしまった。


そう……いろいろ、仕方ないのだ……。


次話は、21時に投稿します。

連合の動向です。

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『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
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