0374 襲撃
都ゴスロンで一泊した後、涼は、ゴスロン公国が用意した馬車に乗り、公国を出た。
後は、聖都マーローマーに戻るだけ。
ゴスロンから聖都までは、馬車で三日。
……何事もなければ。
それは、ゴスロン公国の国境まで、あと二十キロほどの場所であった。
街と街の間の街道上。
馬車を突然の衝撃が襲う。
吹き飛ばされる馬車。馬。そして、御者。
馬車は車輪が砕け、箱も大きくひしゃげてしまった。
「出てくるがいい。その程度では死なないだろう?」
派手なことをやらかした者にしては、非常に落ち着いた声。
その声に反応して、倒れた馬車に巨大な穴が空き、中からローブを纏った涼が現れた。
「驚くほど派手な攻撃ですね。アベラルド司教、ブリジッタ司教、ディオニージ司教」
涼を襲ったのは、『教皇の四司教』のうちの三人。
「王国使節団リョウ殿。それとも、ロンド公爵と言った方がいいかな。以前、警告したはずです。教会の害になると判断すれば、あなたを排除すると」
正面のアベラルド司教が告げる。
口調は、以前同様に普通だが、ほんの僅かに苛立ちが混じっているのを、涼は感じ取った。
「それは覚えていますが……。教会の害となるような行動、とっていませんよ?」
涼は首を傾げながら答える。
実際、そう思っているのだが……。はて?
「ふざけんな! 教会の敵、共和国から船を買っただろうが。どんだけの金を共和国に渡した? それを利敵行為と言わずして何だというんだ!」
「ああ、なるほど」
乱暴な口調でディオニージ司教が指摘し、涼もちょっと納得してしまった。
言われてみれば、そういう視点も成立する。
「そういうわけで、教会は、あなたを排除することを決定しました」
アベラルド司教が、やはり落ち着いた声で告げる。
「教会が……。すいません、あなた方三人への命令は、どなたが下されたのか、教えていただくことは可能ですか?」
「もちろん、教皇聖下です」
「教皇……ご自身の口で?」
「もちろんです。我々への指令は、常に、教皇聖下がご自身の口で伝えられます」
アベラルドはそう答えると、恭しく頭を下げた。
同時に、ブリジッタもディオニージも頭を下げる。
三人の、教皇への忠誠は、やはり絶対のものらしい。
教皇が、涼の排除を決定したとなると、三人を倒すことができて、聖都に戻れたとしても、いろいろと難しい気がする……。
とはいえ、今は、そこは考えない。
目の前に、危機が迫っているのだから、それを排除してから考えればいい!
涼がそう思い、その目に力を宿した瞬間……違和感が襲った。
以前、感じたことのある違和感。
けっこう、何度も感じたことのある違和感。
最初は、ロンドの森の、あの片目のアサシンホーク……。
「まさか……こんな場所で、魔法無効化?」
涼がそう呟くと、三人の司教は驚いた。
アベラルドは、かなり驚きを自制したようだが、それでも完璧ではない。
ブリジッタも、僅かに表情が変わった。
ディオニージに至っては、「なぜ分かった」などと呟いたように聞こえた。
三人は驚き、涼も驚いた。
確かに、涼も驚いたのだ。
だが、我知らず笑った……涼は自覚していない。
「なぜ笑っている? 魔法使いにとって、魔法無効化は死の宣告にも等しい……。諦めたか?」
アベラルドは、眉根を寄せて尋ねる。
涼が笑っている理由が分からないのだ。
「笑ったつもりはないのですけどね。いえね、ここで魔法無効化ということは、あなたたちの誰かが、魔法無効化を引き起こす何らかの物を……おそらくは錬金道具を持っているということなのでしょう? それはぜひ見たいと思っただけですよ」
やはり涼は笑っている。
「馬鹿が! 貴様は死ぬんだ。見ることなどできん!」
ディオニージが怒鳴る。
「そう、やはりあるんですね、魔法無効化の錬金道具。まあ、見られるのは、生き残ったら、ですね」
涼は二度頷いて鞘から村雨を抜き、氷の刃を生じさせる。
そして言い放った。
「中央諸国においては、魔法使いが近接戦をこなせるのは当たり前なんですよ」
「ぬかせ!」
叫ぶが早いか、ディオニージは手を閃かせて、一気に飛び込む。
手から三本の短剣が放たれ、同時にディオニージも両手にダガーを持って涼に向かって飛び込んだのだ。
三本の短剣を弾き、ディオニージの右手の短剣を、村雨で受ける。
その瞬間、ディオニージが左手に持った短剣で涼に斬りつける。
それを、村雨の柄で打ち落とし、反動をつけて突く。
「チッ」
ディオニージは小さく舌打ちし、バックステップして涼の間合いから出る。
入れ違いに、涼の右から何か光るものが迫る!
視界の端で捉えた瞬間、首を傾げて紙一重でかわす。
だが、すぐにそれは失敗だと悟った。
投げられた短剣などではなかったのだ。
慌てて上半身を倒し、ダッキング。
涼が下げた頭の上を、『後ろから』棒が薙いでいく……。
「三節棍?」
長さ六十センチ、太さ四センチほどの三本の棒を、鎖で繋ぎ一直線になるように連結した武器……カンフー映画などでしか見たことないが、涼でも知ってはいる。
知っているだけで、映画以外で実際に使っているのは見たことないが。
それを、ブリジッタが振り回している……。
ブリジッタは女性ではあるが、身長は百六十センチほどある。
そのため、特に苦も無く、三節棍を体の周りで回せるようだ。
左、両手短剣のディオニージ。
右、三節棍のブリジッタ。
となれば、当然、正面のアベラルドが気になるが……動かずに、じっと涼の様子を見ている。
(そういうのが、一番やりにくい)
涼は小さくため息をつく。
(ブリジッタは、シミュレート能力があって、驚くべき予測を行う。それを破るには……速度で上回るのが一番かな? そして、一対多の鉄則。敵は一方向に置く)
涼は、自らブリジッタの元に飛び込んだ。
ブリジッタの三節棍は、涼の村雨でも斬れないようだ。
細かい斬撃を入れて、涼はブリジッタと体を入れ替える。
この方向なら、敵三人全員を、視界に収めることができる。
時々、ディオニージが短剣を投げてくるが、見えているため問題ない。
そのまま、戦いながら少しずつ移動。
そうして、背後に、馬車の残骸を背負う位置を確保。
後方に、安全域を得ることに成功した。
(あとはいつも通りです!)
涼、鉄壁の守り。
一対二であっても、涼の守りは抜けない。
そうして、涼は二人の攻撃を防いでいる間に、あることに気付いた。
それは、ただ一人戦闘に加わっていないアベラルドの表情。
冷や汗を垂らし、時々苦痛に顔をゆがめることすらある。
あれほど、常に落ち着き、驚きの表情すらかなり自制してみせたアベラルドがだ。
(戦闘が膠着しているのに参戦しない。冷や汗、苦痛……魔法無効化……)
涼は、目の前の戦闘をさばきつつ、そんな事を考えている。
逆に言えば、それができるほどの状況にある。
ブリジッタの先読みは厄介ではあるが、これほどの近接戦かつ高速戦闘となると、それを活かす状況はほとんどない。
もちろん、ディオニージもブリジッタも、決して弱くない。
いや、涼がこれまで戦ってきた中でも、人間に限って言えば、トップテンには入る……と思う。
だが、はっきり言えばそれだけだ。
涼が戦ってきた人外の者たちに比べれば……。
魔法無効空間で戦った、ヴァンパイアの剣士に比べれば、かなりの余裕をもって戦える。
魔法無効化を身に付けた、片目のアサシンホークの時ほどには、追い詰められていない。
三人は、魔法使いである涼を、魔法無効化の状態に置けば楽に倒せると思っていた。
だが、実際は違った。
魔法使いのくせに、近接戦が強い。
涼は、そんな魔法使いだった……。
(だいたい分かりました)
涼はバックステップして、ブリジッタから距離をとる。
待ってましたとばかりに、ブリジッタは、三節棍を伸ばしての攻撃。
涼は、向かってくる三節棍の先端を、右足を半歩踏み出してよけ、よけざま、伸びきった三節棍の連結部分を斬り落とす。
ほぼ同時に、体を傾けながら、ディオニージの投げた短剣の一本を、ボールをバットで打ち返すように村雨で打ち返した。
アベラルドに向けて。
「ぐはっ」
飛んだ短剣は、アベラルドの腹に刺さる。
思わず膝をつくアベラルド。
驚き、アベラルドを見る二人を置いて、涼は一気にアベラルドの元へ駆け寄り、跪いた状態の頭を蹴り上げた。
吹き飛ぶアベラルド。
その左手から、何かが飛んだ。
涼は手を伸ばしてキャッチする。
350ミリリットル缶ほどの大きさの、円筒形の何か。
涼が手を伸ばして取り、確認している間に、ディオニージとブリジッタは、吹き飛んだアベラルドを抱え、走り去る。
遠くに馬車が現れ、三人を拾って去っていくのを、涼は見送った。
別に三人を倒す必要はなかったし、それ以上に、手にした筒が気になった。
恐らくは、これが魔法無効化を生み出した錬金道具。
だが、アベラルドのあの様子を見た後だと、自分で試す気には到底なれない……。
「ケネスのお土産にしましょう」
だが、涼はそこで気づいた。
馬車がすでに壊されていることに。
しかも、御者は吹き飛ばされたまま、未だに気絶している。
「はぁ……」
涼は、大きな大きなため息をつくのであった。
『ちょっとした』襲撃がありました。
明日「幕間」が二本入ります。
12時と21時に投稿します。一日二話投稿ですね。
以前も、ちょっとあとがきで書きましたが、
現在「第22回 好きラノ2021年上期」の投票が行われております。
ありがたいことに、「水属性の魔法使い」第一巻と第二巻が投票対象になっております!
Twitterアカウントのある方は、1人10作品まで投票できるそうなのですが、
もしよければ、うちの子たちへの投票もお願いいたします……。
きっとこういうのが、続巻を出すのに繋がっていくのではないかと思っています。
それがひいては、筆者が書き続けるモチベーションに……。
締切は7月24日(土)だそうです。
他の、推し作品と共に……ぜひ……「水属性の魔法使い」へも清き一票を……。
第22回 好きラノ2021年上期
https://lightnovel.jp/best/2021_01-06/?v=4803015015