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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第六章 再び共和国へ
398/933

0373 バラスト

一心不乱。

この数日の涼を表すのに、これほど適切な言葉はないであろう。


もちろんご飯は食べている。

睡眠もそれなりに取っている。


食べながらも、頭の中は、全て船。

眠る時も、夢の中でも、全て船。



取り組んで四日目。

ついに、涼は辿(たど)り着いた。


「ふふふ……ニールさん、やろうとしていた事、分かりましたよ。驚くべき事ですが、バラスト水を積もうとしていたのですね。それでバランスを取ろうと……。木造船ですが、魔法と錬金術のある『ファイ』なら確かに可能。恐るべきは、そんな事を考えついたニールさんです……」


バラスト水とは、船の安定化を図るために、積み荷の量に応じて船内に水を取り込む、その水の事だ。

石などを積み込むことによって、船の安定化を図る方法は、地球においても古来よく行われていた。

近年になって、石より調整しやすい水に変わったのだが、ニール・アンダーセンがやろうとしたのは、取り込んだ水を配置する場所、そして形自体も、錬金術を使ってコントロールしようとしていたのだ。

確かに、バラスト水の配置は潜水艦などであれば無いわけではないが……そこに至る発想が恐ろしい。



ようやく涼は理解できたが、そこからは早かった。

技師たちに指示を出して設計図を完成させ、一流の宿を通じて、魔石を含め、必要な材料を手配した。



そして、全ての目処が立つと……ついに、ジローラモ会長に切り出した。

「あの船を売ってください」


ジローラモ会長は一呼吸入れてから答えた。

「分かりました。ただし、条件があります」

「条件?」

「新たに書き直された設計図と、錬金術の魔法式などを引き継がせてください。元々あの船は、我が商会の新船として造っていたものです。それが、アンダーセン殿が去ったために、建造は止まりました……ですから、船そのものを売るのは構いません。ですが、後日、新たに造船するときに、公爵閣下が導き出した新たな道筋を活かしたいと思います。いかがでしょうか?」


ジローラモの目は真剣であった。


涼としては特に問題はない。


「いいでしょう」

「おぉ」

「それで、あの船はいくらで売っていただけますか?」

「ここまでの材料費、人件費などかなりかかっています。ただ、そこから設計図などを残していただく分を差し引いて……一千億ドゥカート、中央諸国の金額ですと、一千億フロリンでいかがでしょうか?」

「買います」


即決であった。


あれほどのクリッパー船が一千億フロリンなら、決して高くない。



……多分。



「あの船は、他の西方諸国、特に法国との海洋調査で使うと聞いています。であれば、船員たちは共和国の者たちではない方がいいでしょう?」

「ああ、確かに」

ジローラモの言葉に、頷く涼。


あれほどのクリッパー船、動かすには、それなりの船員が必要となる。

人数も、練度も。


「航海術を共和国で学んだ、隣国ゴスロン公国の船員たちにお願いするのがいいでしょう。ゴスロン公国は、歴代の多くの教皇を輩出(はいしゅつ)してきたため、西方教会とは非常に良い関係を築いています。我が共和国とも、隣国でありながら戦争したことがない、稀有(けう)な国でもあります。そのため公国民は、共和国でも法国でも、粗略に扱われませんし、それでいて確かな航海術を身に付けています。よろしければ、我が商会が斡旋(あっせん)することも可能ですが」

「おぉ! ぜひ、お願いします」


まさに渡りに船。


「進水したら、ゴスロン港に回航して、あちらで艤装(ぎそう)しましょう。その間に、公国の船員たちに慣れてもらって。公爵閣下も、聖都に戻る前に、ゴスロン公国に寄られるとよろしいかと思います。かの国では、教会が発行した聖印状の効果は絶大ですので」

「なるほど。それは良いことを聞きました。ありがとうございます」



こうして、全ての問題はクリアされた。




ついに、進水式。

涼によって命名された船名は、『スキーズブラズニル』

地球の神話に登場する、魔法の帆船の名前からとった。


その進水式を眺める涼の表情は、満足感に溢れていた。


確かに涼個人の船ではなく、ナイトレイ王国の船だ。

王国政府がお金を出したのだから。

だが、自分が設計の変更や錬金術で関わったために、その満足感は半端ない。


にやけるのは当然であった。


((リョウもやればできるじゃないか))

((今日は気分がいいので、アベルの上から目線も許してあげます))

((いや、そのセリフが……リョウの方が上から目線だろうが……))




その夜、涼は当然のようにドージェ・ピエトロに一泊した。



翌日。

美味しい晩御飯、快適な睡眠、美味しい朝御飯。

何度も言うが、やはり完璧であった。


涼は、朝食後に、軽くストレッチをこなしてから、受付に行く。

これから宿を引き払って共和国を発って、途中ゴスロン公国に寄ってから、聖都に戻るのだ。



チェックアウトも、何のストレスもなかった。

完璧。


「やはり今回も、素晴らしかったです。また共和国に来ることがあれば、こちらに宿泊させていただきます」

「またのお越しをお待ちしております」




三日かけてゴスロン公国の都ゴスロンに到着した。

途中の国境警備では、あえて、聖印状とロンド公爵のプレートの両方を提示した。

そこまでやれば、確実にゴスロン政府に連絡がいくであろうとの読みがあった。


案の定……。


都ゴスロンの門をくぐる際に、偉い人が出てきた。


なんと、ゴスロン公国公太子ジェネジオ。


国主たるゴスロン公の嫡子(ちゃくし)であり、次期国主。

年齢は、まだ若く見える……十五、六歳であろうか。



「公太子殿下、わざわざのお運び、恐れいります」

「いえ……。ナイトレイ王国といえば、中央諸国を代表する大国。その筆頭公爵がお越しになるとなれば、それなりの者が迎えるのは当然です。本来であれば、父ゴスロン公自らが接遇するべきなのでしょうが、実は不在でして。私が名代としてまかり越しました」

涼の感謝の言葉に、ジェネジオ公子も丁寧に答えた。


それにしても、公子が城ではなく都の門で待っていたというのも、あまり聞かない気がするが……。


「公爵閣下は、聖印状もお持ちとのことですので」

謎はすぐに解けた。

ジローラモ会長が言っていた通り、ここゴスロン公国における聖印状の効果はかなりのものらしい。



そのまま政庁に移動し、スキーズブラズニル号の取り扱いと、船員についての話し合いがもたれた。

とは言っても、基本的な手配は、すでに共和国のフランツォーニ海運商会から話が行っていたため、涼による確認と署名をするだけでよかった。



スキーズブラズニル号の船籍は、ナイトレイ王国。

所有者は、ナイトレイ王国並びに国王アベル一世。代理人ロンド公爵。

係留地は、ゴスロン港。

整備並びに船員は、ゴスロン公国民。


王国の船ということで、その整備と保管に関して、国どうしの覚書(おぼえがき)も交わされた。

ゴスロン公国自体が、整備と保管に関して責任を負う。

王国は、その対価としてお金を払う……。


涼は、信用状の中から百億フロリンのお金をゴスロン公国に預けた。

今後、二十年間の、スキーズブラズニル号の整備、保管費用である。



年間五億フロリンの維持費……日本円に換算して年間十億円の維持費……安い。

現代地球であれば、超高級船を預けた場合の年間維持費は、その船の価格の、一割程度と言われる。


つまり二千億円の船なら、年間二百億円。

それが今回、なんとたったの十億円!

二十分の一なんて!



涼はそんな事を考えながらサインをしていく。


さらに、いくつかのスキーズブラズニルの特性や、扱う際に注意すべき点を、設計者としても伝えておいた。

まあ、設計者とはいっても、船の構造そのものは、それほどいじっておらず、基本的に錬金術が関係する箇所に手を入れただけなのだが……。



とにかく、一日で全ての手続きは終了した。


書類は全て四部作成され、一つはゴスロン政庁に、一つは涼が持ち、一つは共和国のフランツォーニ海運商会に送られ、最後の一つは涼とは別に聖都の王国使節団宛に送られた。


最後の一部は、涼にもしもの事があった場合の措置で、涼自身が望んだことであった。

なぜなら、時々、気になる視線を感じることがあったからだ。


((手を出してこなければそれで良し。手を出してくれば戦うしかありません))

((まあ、とりあえず、船を手に入れたのは良くやったな。そこは素直に称賛する))

アベルが手放しで涼を称賛した。


((いえいえ。筆頭公爵として当然のことをしたまでです))

今回の件は、涼も満足いく結果だったため、嬉しそうにそう答える。


((クリッパー船は、全く一般的ではないそうなので、船員さんたちもかなり習熟する必要があるそうです。いろいろ大変そうでした))

((ああ……俺も、クリッパーというのは初めて聞いたが……。リョウの故郷とかで走っている船か?))

((いや……僕の故郷でもあまり走っていませんね。ただ、外観が美しいので知っていただけですよ))



実際、地球におけるクリッパー船は、帆船時代の最後期に出てきたと言っても過言ではない。

もうすぐそこに、蒸気船の時代が来ようとしていた時代。


だが、その時代にこそ、帆船の最高傑作たちは生み出されたのだ。


まさに、船の芸術。


有名なカティサークなどは、まさに帆船の最晩年の最高傑作の一つとさえ言えるだろう。



今は、まだ船員たちの習熟が足りないそうだが、いつか、スキーズブラズニルが中央諸国にまで来たら……ぜひ乗ってみたい……涼は、一人そう固く誓った。


ウィットナッシュで見たレインシューター号とはまた別の意味で、スキーズブラズニル号は、涼の心に強い印象を残したのだった。


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