表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第六章 再び共和国へ
395/930

0370 涼の決意

聖都、王国使節団宿舎一階ラウンジ。


涼の前には、イチゴのタルトと暗黒コーヒーが置かれている。

だが、珍しいことに、手は付けられていなかった。


その理由は……。


「もう一度お聞きします。共和国内で、ゴーレム同士の戦闘を見た際、あなたは何も手を出していない、ということでよろしいですか?」

「はい、その通りです」

異端審問庁長官ステファニアの問いに、涼は頷いて答えた。


「その後、破壊されたゴーレムに対して、何かされましたか?」

「その仕組みを理解しようと、いろいろ見ました」

「その際に、機密を目にした可能性があります」

「破壊され、放りだされていた物を見ただけです。見られて困る物なら、外に出してはいけないと思います。機密だというのなら、国外への派遣は控えるべきでしょう」


そんなやり取りをしているために……涼はケーキに手を付けることができていないのだ。

何という不幸。


ちなみに、ステファニアの前には、コーヒーだけが置かれている。

もちろん、そちらにも手は付けられていない。



この場にいるのは、涼とステファニアの二人だけ。

他の異端審問官や、王国冒険者たちが遠巻きに見てはいるが……。


近付かないようになっている。


そういう取り決めだ。



もっとも、異端審問官たちは、その事を聞いた時に、多くがホッとしたらしい。

涼の、瞬間冷凍が怖かったようだ。


あの時、「そこのラウンジで話を聞く」と涼が言ったのは、半分以上売り言葉的なものだったのだが、基本的に真面目なステファニアは、ちゃんとアポを取って、こうして聞き取りに来ていた。



「ゴーレムについてもう一つ。壊れたゴーレムを見たのは、あなただけですか?」

「いえ、ニールさん、ニール・アンダーセンさんもです」

それをそのまま記述しているステファニアを見て、涼は尋ねてみることにした。


「そのニール・アンダーセンさんを、先日、教皇庁内で見ました。どこに行かれましたかね?」

「機密を見た可能性がある人が、その後、教皇庁内に? それは本当ですか? 見間違いではありませんか?」

「いいえ、確実です。中庭を、四人の修道士に囲まれて歩いているのを見ました」

涼は、はっきりと言い切った。



<パッシブソナー>で探っても、反応がないなどというのは、さすがに情報を出し過ぎな気がするので言わないが、中庭で見たというのはあえて言ってみた方がいいだろうと思って開示したのだ。

ステファニアの反応から、何か探り出せるのではないかと。


「ふむ……。その件に関しては、私の元には報告は上がってきていませんね」

ステファニアのその呟きに、涼は尋ねた。

「異端審問庁長官の大司教様の元にも来ていない情報って、それって変ではないですか? ああ、そもそも、私がニール・アンダーセンさんに会ったのも、こちらの枢機卿が出した手紙を届けるようにという依頼でですよ?」

「……え?」


涼の言葉に、ほんの僅かだがステファニアの表情が変わった。

恐らく、手紙のくだりであろう。


「確か……サカリアス枢機卿からの手紙だったと聞きました」

「それは、本当ですか?」

涼の言葉に、ステファニアは少しだけ前のめりになる。


「ニールさんは、そう仰っていました。ただ、これまでにも何度もお誘いの手紙は来ていたそうなのですが、なぜ今さらなのかと驚いていました。そして、そんな風に言っていた方が、その後、この教皇庁にいたんです。変じゃないですか?」

「……」

涼が言うと、ステファニアは黙った。

何かを考えているようだ。


「サカリアス枢機卿? 本当に?」

ステファニアのその呟きは、辛うじて涼の耳にも聞こえた。



何が本当に、なのかは分からないが。




「今日のところは、これで終了です。ご協力感謝します。またお聞かせいただくことになるかもしれませんので、よろしくお願いいたします」

そう言うと、異端審問庁長官ステファニアと異端審問官たちは、去っていった。


後には、手を付けられなかった暗黒コーヒーが……。


涼が一気に飲み干した。


もちろん、自分のケーキとコーヒーも。

「もったいないもったいない……」

そう呟きながら。




そんな涼の前に、一人の男が座った。

「イグニスさん?」

それは、王国使節団首席交渉官イグニス。


その表情は疲労困憊(こんぱい)、そして苦渋にも満ちていた。


「リョウさん、お願いがあります。国王陛下にお尋ねして欲しいのです」




((ああ。イグニスの言う通り、巨大通商船が完成するのは二年後だ。そして、確かに、長距離航行を想定した造りの船ではない))

そんなアベルの答えをイグニスに伝えると、イグニスは今まで以上に深いため息をついた。


そんなイグニスを、涼は不憫(ふびん)だと思った。


((アベル、何とかならないんですか?))

((いや、そう言われてもな……。長距離航行、それも中央諸国と西方諸国の海路を結べるほどの船をすぐに用意しろと言われても……さすがに、それは無理だろう。むしろ、そっち、西方諸国では調達できないのか? 金ならいくらかかってもいいぞ))


いつかは言ってみたいセリフの一つ、「金ならいくらかかってもいい」をリアルで言うことができる人というのは、そう多くない。

涼は、ちょっと羨ましいと思いながら、アベルの言葉をイグニスに伝える。


「はい……。そう思って教会、法国はもちろん、法国周辺の国にも打診したのですが……回せる船はないと」


これは当然である。

長距離航行可能で通商に使う船などというものは、受注生産だ。

注文されてから造る。


だから、完成した船が売っていたりはしない……。



だが……そもそも、なぜ今、船が必要なのか分からないのだが……。



「法国と、中央諸国使節団双方から、一隻ずつ出して、航路の調査を行おうということになったのです。それが、うまくいけば、今回の通商交渉は、ほぼ完成するのですが……」

「うちらの方は、船が用意できないから交渉が暗礁に乗り上げていると」

「はい……。中央諸国三カ国の中でも、海運に秀でているのは間違いなく、わが王国です。ウィットナッシュも、国際貿易港とすら言える規模ですし。ですので、船は王国が用意しろという帝国と連合からの圧力もありまして……」

「なるほど……」


いちおう使節団として手を組んではいるが、潜在的な敵国とも言える帝国と連合。


先日の先王ロベルト・ピルロは優しかったが、国同士の交渉が関わってくれば、個人の友誼(ゆうぎ)を超えるものも出てくる。

それは仕方のないことだ。


もしかしたら法国としても、「それくらい準備できない国では、共同の航路調査など不可能」と考えた可能性もある。

試しているのだ。

一口に『法国』と言っても、一枚岩とは限らない……。

通商交渉を進めたいという者たちもいれば、進めたくないという者たちもいるのかもしれない。



涼は考えた。



なんとかして、目の前のイグニスさんを助けてやりたい。

だが、船の調達なんてそう簡単には……。



「あ……」



突然閃いたのは、先ほどまでいたステファニアとの間で、ニール・アンダーセンの話が出てきたからであろうか。


「可能性は決して高くないのですが……」

涼は、思いついた可能性をイグニスに語って聞かせた。




「リョウ……マジか?」

さすがのヒューも、思わず聞き返す。


「法国では調達できず、その周辺国でも調達できない。そして、教皇庁でも、多くの国に当たってくれたけれども、どこからも調達はできないということですよね?」

「はい」

涼が尋ねると、イグニスが頷いた。


「となると、法国の同盟国じゃないところにしか、可能性はないと思うんです」

「だから、共和国に行ってみると? 以前行っていろいろあって、帰って来てからも異端審問庁みたいなのがやってくるほどなのに……か?」

「はい……」

涼だって、必要がないなら行ったりはしない。


だが、可能性がある。


まず、共和国は、西方諸国屈指の海洋国家だ。

しかも、涼個人が、その共和国で一、二を争う技術力を持つという、フランツォーニ海運商会とコネクションがある。

歓迎されるかどうかは、正直分からないが……。



「今回も僕一人で行きます。ニルスたちを連れて行って、変なことに巻き込みたくありません」

「そうか……」

涼は決意を込めてそう言い、ヒューも頷いて同意した。




一時間後。

「今回、王国の信用状を準備した。支払いを、ナイトレイ王国そのものが保証するというものだ」

「それは……金額はいかほど……」

「五千億フロリン」

「ご、五千億……」

かの、レインシューター号の建造費が三千七百億フロリンだ……。


「急いで船を手に入れる必要があるからな。しかも、長距離航行可能なやつだ。簡単には手に入るまい。場合によっては、すでに引き取り手のあるものを……」

「ああ……お金を積んで横から奪い取る」

「うむ」


交渉事というのは、いつもいつも清廉(せいれん)潔白(けっぱく)なものとは限らない。

しかも、必ずしも時間が味方でない以上、尋常ならざる手が必要になってくるかもしれない。



涼の持ち駒は、この信用状、借りっぱなしの聖印状、そして王国筆頭公爵の地位。



これらを駆使して、船を手に入れなければならない。

しかも期限がある。


一カ月後には、いよいよ教皇就任式が執り行われる。


それまでに、都合をつけて戻ってこなければならないのであった……。


大きい組織になると、完全には情報が共有されないですね。

困ったものです。


だから、涼が王国の筆頭公爵であることを知っている教会関係者も限られているのかもしれません。

グラハム枢機卿は、カールレ修道士の問いへの答えから推測するに、知っていそうですね。

他に、誰が知っているのか……。

ステファニア大司教は知らされていないみたいです。

庇護してもらえないのと関係があるのでしょうか……。


いろいろ派閥とかもありますからね、きっと。

まあ、そのうち物語の中にも出てくるでしょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ