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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第五章 教皇庁
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0368 <<幕間>> アベル王の北部行 前編

アベルは、王室専用馬車に揺られていた。


王都を発って、王国北部に向かっている。

途中、いくつかの街に立ち寄り、王国民や領主たちとふれあいながら、目的地のカーライルへ。


カーライルは、王国解放戦前、当時のフリットウィック公爵領の都が置かれていた街だ。

フリットウィック公爵家は、王弟レイモンドが開いた公爵家で、カーライルは、北部第二の規模を誇る街であった。


そんな王弟レイモンドは、王室に対し反逆。

北部ほぼ全ての貴族が、それに加担。

さらに、帝国も力を貸し、王国は割れた。



最終的に、王となったアベルが南部、西部の連合軍を率いてレイモンド軍、帝国軍を破り、王国の再統一を果たした。


当然、フリットウィック公爵家は取り潰され、反逆に加担した北部貴族たちも、ほぼ全て取り潰し。

北部全てを王室管理とした後、論功(ろんこう)行賞(こうしょう)に沿って、解放戦に活躍した者たちに北部の土地は下賜(かし)されていった。


南部、西部貴族の飛び地となった場所もあれば、新たに貴族に取り立てられて北部に領地を持った者たちもいる。



だが、解放戦からまだ三年。

北部は、完全に安定しているとは、とても言えない。


そのため、アベルの北部行には、王国騎士団が護衛としてついてきていた。

それも、団長ドンタン自らが王国騎士団を率いて。


さすがにそれはやり過ぎだろうとアベルは言ったのだが。

「陛下を守るのが、我らの役目です」

ドンタンがはっきりと言い切り、隣で聞いていた元王国騎士団長ハインライン侯爵も頷いたとなれば、アベルにはどうすることもできなかった。


「リーヒャ様とノア様は、ワルキューレ騎士団が命を賭けてお守りいたします」

ワルキューレ騎士団長イモージェンも力強く言い切り、アベルとしては受け入れる以外にはなかった。


「もう少し、気ままな旅がよかった……」

アベルのその呟きは、誰の耳にも届くことなく、執務室の天井に消えた……。




カーライルを領していたフリットウィック公爵家は、解放戦後、取り潰された。

フリットウィック公爵家を取り潰して、新たに興されたのはロンド公爵家。

涼が当主。

領地は、もちろんロンドの森。

そのため、カーライルをどうするのかは、頭を悩ませるところだったのだ。


なんと言っても、反逆者レイモンドの都だった地。

しかも、北部第二の都市。

王都からも、それほど遠くなく、特にその周辺は、小麦の生産地として王国屈指……。


となれば、誰が治めるかは、王国中の耳目を集めるのは当然。



そんな中、アベルが出した答えは、新たにカーライル伯爵家を興し、新たな当主を据えるというものであった。


領地の広さは、フリットウィック公爵領の約半分。

だがそれでも、新興の伯爵家が持つには過分ともいえる領地。


多くの意見が飛び交ったが、カーライル伯爵家当主と奥方が発表されると、それら雑音はぴたりと治まった。

それは、アベル王が最も信頼する人物であることを、多くの者たちが知っていたからである。




カーライル城、謁見の間。

「久しぶりだな、ウォーレン、リン」

「アベル陛下にも、ご機嫌(うるわ)しゅう……」


アベルが声をかけ、リンが答え、ウォーレンが微笑む。



カーライル伯爵ウォーレン、伯爵夫人リン。



言うまでもなく、アベルがリーダーを務めていた『赤き剣』の二人だ。


元々、ウォーレンもリンも、貴族の家系。

ウォーレンは、代々の『王の盾』を輩出してきたハローム男爵家嫡男。

リンは、シューク伯爵家次女。


ウォーレンは、ハローム男爵家の嫡男であり唯一の男子であるため、カーライル伯爵家現当主でありつつハローム男爵家次期当主でもある。

この辺りは、いろいろと調整されるのであろうが、今のところはそうなっている。


王国は、男子直系が家を継ぐ……と決まってはいない。女性領主もけっこうな数で存在する。

誰に継がせるかは、だいたいにおいて現当主が決めるのだ。


リンのシューク伯爵家は、リンを含めて六人の子供がいるため、リン以外の誰かが継ぐであろう……。



ハローム男爵家もシューク伯爵家も、王都近郊に領地を持つため、北部とはいえカーライルとはそれほど離れていない。

いろいろと行き来もあるようだ……。




この、国王アベルのカーライル入城は、略式とはいえ謁見の間を用いて行われた。

北部の貴族と民に、国王は北部を気にかけているのだというのを見せる必要があるために。


国の統治には、パフォーマンスが必要になる場合が多々ある……。


この三年で、アベルも理解していた。



リンとウォーレンの謁見の後、参集した北部貴族が、次々とアベルに謁見していく。

これも必要な……いわば手続き。


しかも、この新たな北部貴族たちは、ほとんど全て、アベルが新たに領地を与えた者たちだ。

いわば、アベル子飼いの貴族たち。


何かあった場合に、アベル王に恩を感じ味方になる者たち。


とはいえ、新たに貴族に封じられた者たちが多いため、男爵、子爵が多い。

上級貴族と言われる伯爵以上は、ウォーレンたちを入れても片手の数を出ない。



(それは仕方ない)

アベルも理解していた。


彼らは新たな活力となる。

北部復興の中心を担い、帝国に対しての強固な防波堤となっていくはず。


そう期待していた。




その夜。

「リーヒャもいればよかったのだがな」

「それは仕方ないよ。さすがに王と王妃、さらにノア王子まで北部に来るには……まだ北部は安定していないし」

アベルが残念そうに言い、リンが仕方ないと言い、ウォーレンが何度も頷いた。


この三人に、現王妃リーヒャを加えた四人は、かつてのA級パーティー『赤き剣』のメンバーだ。

幾度もの死線を共に潜り抜け、築かれた絆は何よりも太い。



「でも知らなかった……アベルが死にかけていたなんて」

リンがため息をついて言う。

アベルが癌にかかり、その命が風前(ふうぜん)灯火(ともしび)となっていたことを、ようやく説明したのだ。


「悪かったな、伝えられなくて……。誰にも知られないようにしなくちゃならなかったからな」

アベルは頭を掻きながら苦笑する。


「もしそのまま死んでたら、ノアとリーヒャはもちろん大変だけど、この北部も、また一気に不安定になるんだから、気をつけてね!」

「はい……すいません」

伯爵夫人と国王陛下である。


伯爵であるウォーレンは小さく首を振る。

それは、夫人に対してだったのか、それとも国王陛下に対してだったのか……。




突然、廊下が騒がしくなった。

思わず、愛剣を引き寄せるアベル。

この辺りは、国王になっても変わらない……。


強めのノック。

「入れ」

リンの鋭い声。

ノックの強さで、何か問題が起きたことを理解していた。


それは、リンだけではなく、ウォーレンも、もちろんアベルも。


「大変です! エイボン男爵の都、セミントンが襲撃されたとのことです」

「襲撃? まさか、『黒狼』?」

「はい! エイボン男爵は、急ぎ戻られました!」

報告者の言葉に、リンは顔をしかめた。


「エイボン男爵領は、北に隣接する領地だな?」

「ええ。『黒狼』は、大規模な盗賊団よ。エイボン男爵領にも何度か現れていたけど……都を襲撃するほどの力を、いつの間に」

リンは顔をしかめて説明した。


その瞬間、ウォーレンが立ち上がる。

そしてリンを見た。

リンもウォーレンを見て頷いて言った。

「そうね、どちらにしろ放ってはおけない」

「援軍を出すのか?」

「ええ。この辺りの最大戦力はうちよ。助けるのは当然だから」

アベルの問いにリンが答え、ウォーレンも頷いた。




「あ、アベル?」

装備を整え、ウォーレンとリンが騎乗しようとした時、見つけてはいけないものを見つけてしまった。


国王陛下が出陣しようとしている図。


「王国の民と貴族を助けるために、国王が出陣するのは当然だろう?」

「いや、でも……」

アベルの答えに、うろたえるリン。


「俺が動けば、護衛でついてきている王国騎士団も前線に投入できる。ここにいたら、王国騎士団もここにとどまらざるを得ん。それは、戦力的にはもったいないだろう?」

アベルは当然のようにそう言い、後ろに控えるドンタン騎士団長を見る。

ドンタンは、力強く頷いた。


王国騎士団は、国王を守る騎士団だが、同時に王国民を守る騎士団でもあるのだ。



リンの肩を叩き微笑むウォーレン。

リンも大きなため息をついて、受け入れた。

「わかりました。正直、その戦力はありがたいから」


リンは頷き、後ろを振り向いた。


「カーライルの守りは、いつも通りコーンに任せる」

「はい、お任せを」


(うやうや)しく頭を下げたのは、コーンと呼ばれた男。


「コーン? 以前、ゲッコーの元にいた冒険者の?」

アベルは、記憶を呼び起こしながら問う。

「はい、陛下」

コーンは苦笑いしながら答えた。


「コーンはとても優秀よ。では、出発します!」

リンが馬上から言うと、カーライル伯爵領軍の騎馬隊が出発した。

その後を、王国騎士団が追う。


何よりも速度が重視される今回、全て騎馬のみだ。



ここカーライルから、エイボン男爵の都セミントンまで、騎馬で駆けて一時間弱。



襲撃が行われて、すぐに報告は入った。

王立錬金工房のケネス・ヘイワード子爵によって構築された、錬金術を駆使した連絡網によって。

準備の時間まで入れても、襲撃から一時間ちょっとで現地に到着できれば……。


セミントンの防備は、決して弱くない。

夜であるため、基本的に城門は閉じている。

むしろ、そんな状態の街を襲撃する盗賊団というのが……普通ではない。



アベルは、そんなことを考えながら馬を駆けさせるのだった。


城攻めをする盗賊団……。

普通じゃないですね。いったいなぜでしょうね?

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