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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第五章 教皇庁
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0366 聖剣

その日、珍しいことに、早朝から連合使節団団長ロベルト・ピルロが、隣の王国使節団宿舎を訪れていた。

王国使節団団長ヒューとの間で、極秘に監視されている件も含めて、直接話すことにしたのだ。


ロベルト・ピルロの護衛隊長グロウンは、王国宿舎の外にいた。

隣の連合宿舎との間を行ったり来たり。



その光景を、『十号室』の三人が見たのは、完全に偶然であった。



一人の騎士が、四人の黒装束の男たちに襲われる光景。


しかも、その騎士は見たことがある。


「先王陛下の護衛隊長?」

「グロウンという人だよね」

「訓練を見ましたけど、かなりの剣の腕でした」


ニルス、エト、アモンはそう言いながら、グロウンに向かって走り出していた。


だが、アモンが称賛したほどの剣の腕のグロウンが、一瞬で打ち倒される。

打ち倒した四人は、グロウンの剣を奪い、走り去ろうとした。



シュッ、シュッ、シュッ、シュッ。



エトが走りながら組み立て、左腕につけた連射式弩から、立て続けに矢を放つ。


一人の左足ハムストリングに突き刺さる。

別の一人の背中に突き刺さる。

他の二本は外れた。


走りながら放ったにしては、かなりの精度であろう。


実際、左足に刺さった男は転倒した。

その男の頭をニルスが追い抜きざま蹴り上げ、気絶させる。



グロウンが襲われる光景を見ていたのだろう。

三人の後からも、王国の護衛が数人走ってきていた。

C級パーティー『天山』の面々に見える。

捕縛は彼らに任せればいい。


『十号室』の三人は、速度を落とすことなく、黒装束の三人を追う。


いくつかの路地を曲がる。

曲がるたびに、段々と細い道になっていくことを、三人も気づいていた。


あまりいい傾向ではない。

狭い道になれば、簡単な障害物で道を塞がれる……。


案の定……。



ガラガラ。



立てかけてあった多くの板が倒され、三人の行く手を阻んだ。


だが、その一瞬。


瞬間的に足を止め、一呼吸で狙いをつけて放ったエトの矢が、グロウンの剣が入った袋を持つ男の腕を撃ち抜いた。


しかも……。


バンッ。


火薬付き。


男の腕は、ちぎれはしなかったが、さすがに衝撃で剣の入った袋は地面に落ちた。

慌てて、その袋を拾い上げようとする男たち。


逃げることよりも、その剣の回収を優先する……。



「それほどに重要な剣ですか」



その声に、回収した男はギョッとした。


崩れた板の向こうに置き去りにしたはずの三人のうち、身軽そうな剣士が倒れた板のこちら側にいたからだ。



アモンだ。



軽業(かるわざ)()もかくやという動きで、壁走りのようにして板をよけて、その場に降り立っていた。



「<ファイアーボール>」


ジュッ。


黒装束の一人が放った<ファイアーボール>を、剣を一閃させて切り裂くアモン。

その魔法に合わせて、別の黒装束が、懐から取り出した短剣を閃かせて、アモンに襲いかかった。


短剣の横薙ぎを、足を細かく動かしてかわす。

絶対に届かない距離で。

紙一重でかわしたりはしない。

なぜなら、この手の輩は、短剣に毒を仕込んでいる場合があるから。


アモンも、経験を積んで、大きくかわす場合とギリギリでかわす場合との使い分けは、きちんとできていた。

ただし、大きくかわせば反撃に転じるタイミングは遅れる。


それは仕方ない。

そして焦る必要はない。



時間はこちらの味方だ。



今、時間が無くて焦っているのは三人の黒装束の男たち。


一刻も早く、地面に転がったグロウンの剣が入った袋を回収し、この場を去りたい。

なぜなら、時間が経てばたつほど、追手がやってくる可能性が増える……。



まず、道を塞いだ板を蹴散らして、ニルスが戦線に合流した。

「よく時間を稼いだ、アモン」

「いえ。あの板、全部吹き飛ばしたんですね、凄い」

ニルスが褒め、アモンが感心する。


「後から来てくれる奴らのためにもな」

ニルスも理解している。

時間が経てばたつほど有利になることは。



一瞬の膠着(こうちゃく)



先に動いたのは、やはり黒装束であった。

「<ファイアーボール><ファイアーボール><ファイアーボール>」

ファイアーボールの三連射。


ニルス、アモン、エトにそれぞれ一発ずつ。

ニルスとアモンは斬り、エトは先に生成しておいた<魔法障壁>で弾く。



ダメージを与えるための攻撃ではなかった。



放たれた瞬間、別の黒装束が、地面に転がった袋に飛びつく。


ザシュッ。


その男の首に、矢が突き刺さる。

エトが狙っていたのだ。


陽動の攻撃で気を逸らしておいて、その間に拾う可能性があると。


「一度退くという考えはないわけね」

エトが呟く。



「ファイアーボ……」

別の黒装束の詠唱は、最後までできなかった。


飛び込んだアモンが、喉を切り裂いた。



同時に、ニルスももう一人の男に斬りかかる。


ニルスの剣は剛剣。

その一撃一撃が、驚くほど重い。

もちろん、だからと言って剣速が遅いわけでは決してない。


彼はB級剣士なのだ。

まだ伸び盛りの。


三合目で、すでに黒装束の男は受けきれないことを理解していたのだろう。

四合目で短剣を飛ばされ、五合目を受ける時には、目を瞑っていた。

死を受け入れたのだ。


だが……。


ギリギリでニルスは手首をひねり、首を切り飛ばすのではなく、剣の腹で後頭部を打った。


黒装束の男は気絶した。



「何か吐くといいんだがな」

ニルスが剣を鞘に納めながら言う。


「私もエトさんも、殺しちゃいましたし……」

アモンは頭を掻きながら言う。


「あっちでも一人気絶させたし、二人生きていればいいでしょ?」

エトは神官なのだが……。



三人が言っているうちに、後ろが追い付いてきた。

先頭は、剣の持ち主グロウン。



「その袋の中です」

エトが言うと、グロウンは飛びついて、袋の中から剣を出した。

「おぉ……」

思わず言葉が漏れ、涙を流さんばかりに抱きしめた。


とても大切な剣らしい。



そして、ひとしきり抱きしめた後、立ち上がり、深々と頭を下げた。

「取り返していただき感謝いたします。油断し、不覚を取りました……」


「いや、遠くからチラリと見えただけですが……四人がかりでは仕方ないかと。体術がかなりの者たちでしたし」

ニルスはそう言って慰めた。


「今は亡き主から受け継いだ剣です。よかった……」

グロウンはそう言うと、再び剣を抱きしめた。



愛剣を大切に思う気持ちは、ニルスもアモンもよく理解できる。

二人とも笑顔でその光景を見つめるのだった。




「つまり、この数日ついていた監視の狙いは、グロウンの剣であったということじゃな」

「そういうことになるでしょうな」

王国使節団宿舎の、団長ヒューの部屋。


ここには、さすがに十数人規模の会議ができるような会議室もある。

そこに、ヒュー、先王ロベルト・ピルロ、護衛隊長グロウン、十号室の三人、そして軍務省交渉官グラディスとその副官アシュリーの八人が集まっていた。



ちなみに、涼はまだ教皇庁から戻ってきていない……。



「まあ、殺して奪い去るではなかったからまだ良かったか。聖剣を奪うのに一番楽なのは、持ち主を殺害する事だからな」

「殺すより聖剣を手に入れる方を優先したと……。さて、いったいどういう事か」

ロベルト・ピルロとヒューが、今回の件に関して話している。


「確かに、グロウンの剣は聖剣ではあるが……驚くほどの価値があるというものではない……」

「陛下、お言葉ですが、これはとても大切なものです!」

ロベルト・ピルロの言葉に、珍しく身を乗り出して反論するグロウン。


「わ、分かっておる。お主が大切にしておるのは分かっておる。ルーク・ロシュコー男爵がお主に受け継がせた剣であろう。そうではなくて、例えば売りに出した場合の金額的な……」

「売りになど出しません!」

ロベルト・ピルロの説明に、さらに反論するグロウン。


聞けば、かつて仕えた、今は亡き男爵の形見の品的なものらしい。


「まあ、総じて、聖剣は売りには出されませんからな。剣が認めぬ限り使えないとなれば……売れるものではないので。それよりは、遥かに魔剣の方がましでしょう」

「まあな」

ヒューの言葉に、ロベルト・ピルロも頷く。



それらの話を黙って聞いていた軍務交渉官グラディスが口を開いた。

「グロウンさんの剣は、どのような力をお持ちで?」


聖剣や魔剣は、それぞれが特性を持っている。

例えばヒューの聖剣ガラハットは、再生能力を封じる。


総じて、聖剣の特性は、非常に(とが)ったものばかりだ……。


「私の剣は、霊体を消滅させるのだそうです。ただ、これまでその効果を体験したことはないのですが……」

「それはまた……活躍の場が限定される特性ですね」

グロウンが答え、グラディスも頷きながら言い、さらに続けた。

「私の聖剣クリカラも、破邪(はじゃ)の剣と伝えられているのですが……実際どういう場面で役に立つのか……」



本当に……尖った性能の物ばかりだ……。



「はてさて、どうしたものかのお」

ロベルト・ピルロの呟きは、その場にいる全員の気持ちを代弁したものでもあった……。





一方、涼は、教皇の四司教のうちの三人との話し合いの内容をグラハムに伝えて、教皇庁を出た。

そのために、けっこうな時間がかかったのだ。


涼が去った後のグラハムの部屋に、ノックの音が響く。


「どうぞ」

グラハムが言うと、扉が開き、一人の女性が入ってきた。



「ご無沙汰しております、グラハム枢機卿」

「久しぶりですね、ステファニア大司教」


見た目は二十代半ばに見える。

だが、その落ち着きは、二十代半ばに出せる落ち着きではない。

実際、グラハムは、目の前の女性の実年齢を知っている。


なぜなら、かつての部下だから。

そして現在は、かつて彼が就いていた地位にいる。


異端(いたん)審問庁(しんもんちょう)長官がこちらに来るとは、珍しいですね」



前異端審問庁長官グラハム。

現異端審問庁長官ステファニア。



グラハムが、勇者パーティーに加わる際、その後任に彼女を推薦し、教会が承認した。


以来六年。


異端審問庁とは、その名の通り、『異端』を審問する機関だ。

とはいえ、地球の歴史における異端審問のような、拷問ともいえる方法は、現在は取られていない。

かつてはとられていた時期もあるが……。


現在はもっとスマートに……薬、魔法や錬金術を駆使して審問が行われている。


異端審問庁の建物は、教皇庁の西側に隣接する形で建ち、渡り廊下で繋がってはいるが……めったに人が通ることはない。


教皇庁から行く者はおらず、異端審問庁から来る者もおらず。



どんな聖職者にとっても、異端審問庁は、近づきたくない場所。



そんな異端審問庁の長官。



「それで? 今日はどんな理由でこちらに?」

グラハムはそう問うと、目の前のコーヒーに手を付けた。


「こちらに出入りされている、王国冒険者のリョウという人物の件です」

「ほぉ……」

ステファニアが言い、グラハムは小さく答える。


「あの者は、教会に(あだ)なす可能性があります。異端審問にかけたいと思っています」

「ふむ……。もちろん彼は、中央諸国の冒険者ですので、我ら教会からすれば異端ですが?」

「分かってらっしゃるのでしょう。そういう意味ではないということは」

グラハムが少しだけ茶化すように言い、ステファニアが顔をしかめて答える。


「まあ、リョウさんが持つ情報を引き出したい。場合によっては記憶を消し去ったり……あるいはこちらが意のままに操れるようにしたい……そういうことですか」

「はい」

グラハムが説明し、ステファニアが頷く。


異端審問庁がよくやる手だ。


「異端審問庁が審問にかけたいというのを妨げることは、誰にもできません。もちろん枢機卿である私にも。ですが、よく考えた方がいい」

グラハムの口調は変わらない。

表情も変わらない。



ただ一つ、目の奥だけが変わった。



「彼が、王国の冒険者だからですね。申し訳ありませんが、それは考慮いたしません。確かに、交渉は難しくなるでしょう。それはお察しします。ですが、信仰は、なにものにも優先します」

ステファニアは言い切る。



それを聞いて、グラハムは、小さく首を振った。


「誤解をしている。もちろん、彼は王国の冒険者だし、そんな彼に手を出せば交渉は難しくなるでしょう。というか破綻するでしょう。ですが、私が言っているのは、そんなことではない」

「ではどういうことですか?」

「彼に手を出せば、教会が、崩壊します」


グラハムは表情を変えずに口調も変えずに言い切った。

それを聞いて、ステファニアは首を傾げる。

理解できていないらしい。


「グラハム様が、私たちの敵に回る、教会が分裂すると?」

「いえ……」

グラハムは再び首を振った。



そして、絶望した。

言っても理解されないことを、どうやって伝えればいいのか。



「ステファニア……」

グラハムは、初めて苦しげに呼び掛けた。

彼女が間違おうとしている……だが止める術がない。



「ご存じの通り、異端審問庁は誰の掣肘(せいちゅう)も受けません。ですので、王国冒険者リョウを、異端審問にかけます」


そう言うと、ステファニアは立ち上がって出ていった。



「誰の掣肘も受けないということは、誰からの庇護(ひご)も受けられないということなんだよ……ステファニア」

グラハムは、悲しげに、そう呟いた。


涼に迫る、異端審問庁の魔の手!

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