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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第二章 二人旅
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0038 天空の覇者

涼とアベルの前にそびえる巨大な山の連なり。


涼が最初に見た時に思ったのは、ヒマラヤ山脈であった。

インド亜大陸とユーラシア大陸とを隔てる山稜。世界最高峰エベレスト、現地でチョモランマと呼ばれる神々の山嶺。


そこに、地球だったならば、恐ろしく困難である無酸素での登頂を行おうというのだ。

しかも碌な装備も無く。

だが、地球においても、エベレスト山頂で三二時間滞在したネパールの高僧は、そのうち十一時間を酸素ボンベ無しで過ごしている。

それならば……『ファイ』で鍛えられた人なら無酸素での登頂は難しくないはずだ……多分。




アベルには不思議なことがあった。

それは、涼の体力だ。

アベルはB級冒険者の剣士である。

持久力を含めた体力は、全人類の中でもトップクラスであることは間違いない。


それに問題なくついてくる涼は、魔法使いである。

一概には言えないとはいえ、基本的に魔法使いという職業の者たちは体力が無い。

仮にも冒険者であるならば、一般人よりは体力があるだろうが、それでも剣士に比べれば相当にひ弱なのだ。

実際、アベルのパーティーメンバーである風属性魔法使いのリンなど、酷いものだ。

特に持久力の低さは、同じパーティーメンバーで神官職の者と比べても相当に酷い。


それなのに、である。

それなのに、涼ときた日には、アベルの移動ペースに問題なくついてきて、汗一つかかない。そのまま戦闘に入っても、何の問題も無い。

魔法使いとしては、ある意味、異常だとさえ言えるかもしれない。



「なあ、リョウ」

「どうしました、アベル」

まだまだ『麓』と呼べる高度である。特に会話を減らして酸素を大事に、などということはない。

「リョウは、魔法使いにしては体力あるよな」

そう言われた涼は、「フフフ」と不敵な笑みを浮かべながら答えた。

「よく気付きましたねアベル。僕は、一人で暮らしていた間に、かなり持久力をつけました。五時間くらいは連続戦闘をこなしても、全然問題ないはずですよ」

「いや、それは、魔力が尽きるだろ」

お前は魔法使いだろうが、とつっこむアベル。


「まあ、体力には自信があるので、僕のことは気にせずに、アベルのペースで進んでもらって大丈夫ですからね」

「おうおう、えらい自信だな」

「当然です。その辺のB級冒険者な剣士など、相手にならないですよ」

なぜか挑発する涼。


「おもしれえ、喧嘩なら買うぜ!」

その挑発に乗るアベル。

「ふふ、両手に干し肉を持って凄んでも、全く怖くないですね」

「それはお前もだろうが!」

そんな馬鹿話をしながら、二人は山に向かって歩いていった。




太陽が中天に差し掛かろうという頃、二人は異常なプレッシャーを感じた。

「何だ」

左右を見回すアベル。

だが、『それ』は上空から二人の前に舞い降りた。

「グリフォン……」

それだけ言って、完全に固まったアベル。

涼も、グリフォンの威圧、あるいは存在感にあてられ、全く動けなかった。



グリフォン。

天空の覇者、大空の死神、空を統べるもの……いくつもの二つ名を持つ、空の支配者である。

地上に君臨するのがベヒモスであるなら、空を支配するのはグリフォンと言えるであろう。

鷲の翼と上半身、ライオンの下半身を持つ恐るべき魔物。

そんな魔物が、二人の前に舞い降り、じっと二人を見ているのだ。


二十秒ほど経って、ようやく涼は我に返った。

そして、なんとなく、右手に持った干し肉をグリフォンに向かってゆっくり放った。


パクッ


飛んできた干し肉を見事に嘴でキャッチし、器用に食べるグリフォン。

そこで、アベルもようやく我に返った。

涼は、左手に持った干し肉も、同じようにグリフォンに放った。

今度は、口を開け、そのまま口内でキャッチして咀嚼するグリフォン。

食べ終えると、グリフォンの視線は、明確にアベルが持った干し肉に向かった。


「アベル、干し肉」

涼は、ぎりぎりアベルに聞こえる声で囁いた。

それに促されるかのように、アベルは、右手、左手と干し肉をグリフォンに放った。

アベルが放った干し肉を食べ終えると、満足したのか、一つ大きく羽ばたいて飛び上がり、グリフォンはいずこへか去って行った。



二人はしばらく動けなかった。

ようやく声を出せるようになったのは、グリフォンが去って、優に五分は経った後である。

「アベル、僕ら、生きててよかったですね」

「全く同感だ」

二人は、近くの大木の根元に座り込み、一息ついた。


「それにしても、よく干し肉を放ったな」

涼が、最初に干し肉をグリフォンに放った判断を褒めたのである。

「とりあえず、我々は敵じゃないですよ、というのをアピールしようと思ったら、手に持っていた干し肉を思い出したのです。グリフォンが肉嫌いなわけはないと思いましたからね」

「ああ、素晴らしい判断だ」

アベルの手放しの称賛に、涼は照れた。


「それにしても、すごい存在感だった」

「ええ、あれはやばいですね。ベヒちゃんも凄かったですけど、何分、遠かったですからね。それが今回は目の前……」

「あれが敵に回らなくて良かった」

「さすがにあれを敵に回したら、勝つのは無理でしょう」

うんうん頷きながら涼は言った。

「あんなの、人間が戦う相手じゃないだろ……」

「グリフォンを相手にするくらいなら、ワイバーン六頭を相手にした方がましですね」

「いや、それはどっちも嫌だ」



とりあえず、お昼時でもあるので、鞄の中に入れてある干し肉を取り出して食べることにした。

ただ、取り出す際に、周りを見回したのは言うまでもない。

また、いきなりグリフォンが現れたらとんでもないから……。


「それにしても、ベヒちゃんといい、グリフォンといい、いろんな魔物がいますね」

人心地つき、涼は呟くように言った。

「ベヒモスもだが、グリフォンもここ数百年、人が出会ったという報告は無い。この土地が、相当に異常なんだと思うぞ」

「異常とは失礼な。人の努力不足じゃないですか?」

「何の努力だよ!」

ようやく冗談を言い合えるくらいにまで、二人の精神状態は回復したらしい。


「あの北の山脈が、人の地にベヒモスやグリフォンが来るのを防いでくれているんだろうな」

「まあ、この辺りは、食べ物には困りませんからね。わざわざ山を越えて向こう側に行こうとは思わないでしょう」

「あれを越えるのはグリフォンでも大変そうだしな」

「それなのに、その山を越えて行こうとしている剣士がいるそうです……」

ふぅ、とこれ見よがしにため息をつく涼。

「悪かったな! 仕方ないだろ。海から流されてきたけど、海を通って戻る気にはならないからな」

そう、海にはクラーケンがいるのである。


「陸にベヒちゃん、海にクラーケン、そして空にはグリフォン……陸海空揃ってますね」

「揃わなくていい!」


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『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
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