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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第五章 教皇庁
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0364 暗躍(?)する涼

軍務省交渉官グラディス・オールディスの副官。

それが、元王都守備隊東門責任者アシュリー・バックランドの、現在の立場であった。


アシュリーは王国解放戦後、西部駐留部隊から王都守備隊に転任し、東門の責任者として、非常に堅実に仕事をこなした。

その途中では、新たに筆頭公爵となった魔法使いの無軌道な……いや、ちょっと常識では測りきれない行動に振り回されることもあったが、概ね楽しく仕事もできていた。


そんなアシュリーが軍務省本庁に転任し、それほど時間を置かずに西方諸国への使節団の話が流れてきて……軍務省文官の責任者であるグラディス・オールディスの副官として、西方諸国に赴くことになったのだ。

グラディスは、五十代半ば、最前線の経験もないわけではないが、特に補給、編成に関して軍務省一と呼ばれる手腕の持ち主として知られていた。

その副官にアシュリーが任命されたのは、グラディス自身が望んだからだと言われている。


アシュリーは、西部駐留部隊、王都守備隊と、戦争の最前線でこそないが、日々腕っぷしの強さが必要とされる部署の経験が長い。

見た目は、可憐ともいえる女性であるが、剣術、体術は、守備隊の中でも最も秀でている……男性相手でも負けたことなどない。

しかも、書類関係の処理能力も高い。

そんな優秀な人材となれば、放っておかれるはずはないのだった。



そもそも、この西方諸国との交渉においては、軍務省が関わることは、かなり少ない。

せいぜい、交易船に乗せる武官の人数制限をどうするか、くらいなのだ。

これが、関係が進み、お互いの国に大使館を置くという話になってくれば、駐留武官、駐留軍の規模、駐留軍の地位協定など、多くの交渉事が出てくるのだが……。

今回は、まだそういうものはない。


そのため、はっきり言って、他の文官たちに比べればかなり暇と言えた。



そんなわけで、交渉官グラディスの副官であるアシュリーも、休憩時間というものがある。

というより、グラディスが宿舎内にいる時は、自由に過ごしていいと言われている。


宿舎外に出る時は、護衛的な意味でもついて行くことになるが……。



そんなアシュリーが、宿舎一階ラウンジでケーキとコーヒーを楽しんでいると、怪しげなローブを纏った魔法使いが……。


「失礼。こちらの席に座ってよろしいですか?」

「はい……って、え? ろ、ロンド公爵様!」

涼の問いかけに、なんとか叫ぶのは我慢したが、小さな声で鋭い声をあげてしまったアシュリー。


アシュリーも、涼がこの使節団に入っているのは知っていた。


だが、王国使節団だけでも三百人超の人数であり、文官と護衛冒険者であるため、関わることも特になかった。

それに、涼が、『公爵』としてではなく『冒険者』として振る舞っていることも知っていたし。



だが、今日は突然声を掛けられたので、驚いて公爵と言ってしまったのだ……。



「ごめんなさい。そんなに驚かせるつもりはなかったのですが」

涼は、アシュリーが想定以上に驚いたために、苦笑した。


「あ、いえ、すいません。えっと、リョウさんとお呼びした方がいいですよね」

涼の周りにいる者たちが、いつもそう呼んでいるのをアシュリーも知っているので、涼と呼ぶことにした。



しばらくすると、涼が注文したリンドーのタルトと暗黒コーヒーが届いた。

暗黒大陸産のコーヒーということで、暗黒コーヒーと名付けられているらしい。


「さあ、アシュリーさんもどうぞ」

涼はそう言うと、リンドーのタルトを一口頬張る。

その甘みと酸味の完璧なバランスが口の中に広がると、思わずニヤけてしまう。


その様子を見て、それまで緊張していたアシュリーの緊張も解けた。



どんな場面においても、笑顔は場を和ませる。



二人ともケーキを食べ終え、コーヒーだけになったところで、涼が話を切り出した。


「実は、軍務省交渉官のグラディス・オールディスさんを監視している人たちがいます」

「え?」

涼は飾ることなく事実を告げた。副官アシュリーは少し驚いたが……少し考えて、別に不思議な事ではないのではと思った。

他国の人間、それも軍務関連の人間を監視対象とするのは当然な気がする。



「それが、普通の監視ではなくて、かなり極秘の。まだ目的は分からないのですが、副官兼護衛のアシュリーさんには伝えておいた方がいいかなと思って……」

「わかりました! ありがとうございます」

涼が言うと、アシュリーは頭を下げて感謝した。


そう、ここは敵地……とまでは言わないが、自国ではない。

常に安全が保障された場所でもない。

宿舎の中はともかく、一歩外に出たら、今まで以上に緊張感をもって護衛する必要がありそうだ。


そんな風に、気持ちを新たにさせてくれた感謝を込めて、アシュリーは涼に頭を下げたのだった。


「あ、いえいえ。アシュリーさんには、王都の城壁でいつもお世話になってましたから」

涼はそう言って笑うと、去っていった。




涼としては、思いつく手は打った。

実際、なぜグラディス交渉官が監視されているのか、その理由は全く分からない以上、護衛のアシュリーに「注意してね」と伝える以外には手がないのだ。


((俺の時みたいに、氷の中に入れておけば安全は確保されます、とかは言わないんだな……))

王都の王様が、すねた感じで言ってくる。

((アベルは特別なんです!))

涼は、本当の事を言った。


『特別』というのは、良い方に特別ということもあれば、悪い方に特別ということもある……そういう意味において、本当の事を……。


((いちおう、グラマスにも言っておいた方がいいんじゃないか?))

アベルの言うグラマスとは、グランドマスター、つまり団長であるヒュー・マクグラスのことだ。


((確かに、その方がいいですね。アベルもたまには、役に立つ意見を言うじゃないですか!))

((……なぜ上から目線なんだ))

((アベルは国王陛下ですからね。自分が頂点でしょう? そういう地位にいつもいると、調子に乗ってしまうことがあります。それを誰かが、ビシッと指摘しないといけませんから、僕が仕方なくその役割を担ったのです!))

((お、おう……))

((これも、筆頭公爵の役割なのかなと思って、仕方なくですよ? 他の方にはできないでしょう?))

((そうか……それは、ありがとうな……))

((いやあ、それほどでも))

なぜか照れる涼。


これも、二人の関係性が良いからできることである。

他の人たちがやったら、多分、関係は崩壊し……場合によっては、国を二分しての内戦に発展する可能性も……。



恐ろしいことだ。




「なるほど、グラディス殿を監視か……」

涼の説明を聞いて、ヒューはそう呟くと考えこんだ。

とはいえ、現実的に打てる手は限られている。


手を出してきているならともかく、監視しているだけなのだから、どうしようもないというのもある。


実際、何も起きない可能性もある。

というか、その可能性は高いはずなのだ。

なんといっても、国同士の使節団、しかもその中でも幹部にあたる人物なのだから。



「彼女は名家の生まれでな。次期ワイルドムア侯爵だ。現当主は八十代半ばと高齢なので、近いうちに継ぐことになるのだろうが……」

「ほっほぉ~」

ヒューの説明を、きちんと聞く涼。


ヒューは、結婚した妻エルシーの父が持つフォーサイス伯爵家を継ぐことになっている。つまり次期伯爵。

そして涼は、こう見えても筆頭公爵。

王国貴族の動向については、全く知らないが、入ってくる情報は頭にとどめておこう、くらいには意識している。



「そうそう、彼女は聖剣持ちでもある」

「聖剣持ち? 聖剣を持っているんですか?」

ヒューの言葉に、涼は驚いて答えた。


聖剣とか魔剣は、そうそうたくさんある物ではない。

目の前のグランドマスターも聖剣を持っているが……。


「ワイルドムア侯爵は、元々、聖者様が開祖だ。その時以来の聖剣が伝わっている。『破邪の剣』としか俺は聞いていないが……。常に肌身離さず身に着けているはずだから、この使節団にも佩いてきてるんじゃないか?」

「おぉ~。それはぜひ見てみたいです。あ、でも、聖剣って、魔剣と違って見た目は普通の剣なんですよね?」

涼は、ヒューの聖剣を見て、アベルの魔剣を思い浮かべて、そんな質問をした。


ヒューの聖剣は、見た目は普通の剣だが、アベルの魔剣は、アベルが持つと赤く光る。


「そうだな。魔剣は(あるじ)が持つと光るが、聖剣はそうじゃない。ただ、選ばれた持ち主が、その聖剣の力を解き放つと光り輝くらしいぞ。多分、勇者みたいな選ばれた持ち主だな」

「なるほど……。そういえば、王国には聖剣持ちが三人いると聞いたことがあるのですが、グラディスさんは、その一人?」

「いや、違うな。その認識は正確じゃない。王国で聖剣を持っている『冒険者』は三人だ。まあ、元冒険者を含むか」

「なるほど。グラディスさんは入らないんですね」

涼は頷いた。



「聖剣は、魔剣以上にわがままだ。握った奴を認めない場合は、そいつの生命力全てを奪い取る聖剣すらあるらしい」

「……魔剣以上に怖い」

「まあ、だから、常に持ち主が()いている。へたな場所に置いといて、誰かがつかんで、それで剣がへそを曲げたら大変だろう?」

「確かに……」


ペットの犬や猫みたいな感じだろうかと、涼は勝手に想像した。

ご主人様以外は、なかなか持ち上げて運ぶのは難しい……。


「じゃあ、聖剣を奪っても、他の人は使えないんですね……」

「そうだな。持ち主が亡くなる時に引き継がれるのが普通だな」


ヒューはそう言うと、自分の聖剣をチラリと見た。

ヒューの聖剣は、まさに、そのタイミングで引き継がれたものだから。



涼は、グラディスが聖剣持ちという話を聞いた時には、聖剣を奪うのが目的かと思ったのだが、どうもそれは違うっぽい……。

奪っても使えない物なら、国の使節団の幹部を襲ってまで奪いはしないだろう。


しかし、そうなると……本当に、なぜ監視されているのか。



「やっぱり監視理由は謎ですね……」

「そうだな……」

涼が言い、ヒューも同意する。


いつでも難しいものだ。

何が目的なのか推測する、というのは。




「え? 私が監視されているの?」

軍務省交渉官執務室……となってはいるが、グラディス・オールディスの自室だ。

二間続きで、簡素な応接セットはある。


そこでグラディスは、副官アシュリーの報告に首を傾げた。


「はい。その者たちは、グラディス様と、連合使節団の誰かを監視しているとのことです」

アシュリーは、涼から聞いたことを、全て話した。

もちろん、涼も、そうしておいた方がいいと言っていたから。


「それは……どなたからの情報? 情報の確度はどれくらいなのかしら?」

「情報の出処は、ロンド公爵様で、ほぼ百パーセントということです。あまり詳しくは仰いませんでしたけど、捕まえたら教えてくれたと……」

「噂の、筆頭公爵様……。あなたから聞いてはいたけど、本当に面白い方ね」

アシュリーの説明に、グラディスは笑いながら答えた。


「そういうことなら、気をつけるに越したことはないかしら。とは言っても……できることは限られているけど」

「はい……」

グラディスもアシュリーも、少しだけ眉根を寄せて言った。


実際、今まで以上に気をつける、それ以外に打てる手はない……。


宿舎外に出る場合、副官のアシュリーは必ず傍らにいるし、他の文官も軍務省所属ということで、剣を使える者たちが多い。

彼らも、グラディスが外に出る場合は、護衛をする。

もちろん、グラディス自身も、ワイルドムア侯爵家の長女で、後継者として小さい頃から鍛えられている。

五十歳を超えてなお、その剣に衰えはない。


「できれば、連合使節団の誰が監視されているのかも知りたいわね。そこが分かれば、私との共通点から何か推測できるのかも……」

グラディスの言葉に、アシュリーも頷いた。


2021年1月7日投稿の、

「番外 <<幕間>> 総合評価もうすぐ200,000感謝記念SS 涼の訓練(後編)」

の伏線回収です。アシュリー・バックランドさん。


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