0363 抗う者
「グラハムさん、こちらが本日の書類です」
「ああ、ご苦労様です」
涼は、今日も無事にお仕事をこなした。
なので、この後は、プライベートの時間である。
「グラハムさん、昨日の件は……」
「ええ、お伝えしようと思っていました。今朝は時間をとってありますので、説明をしましょう」
涼の問いに、グラハム枢機卿はそう答え、応接セットに座るよう指示した。
すぐに、香り豊かなコーヒーが運ばれてくる。
恐らくは、暗黒大陸産のコーヒー。
「分かったことからお伝えしましょう。リョウさんを監視していたのは、アドルフィト枢機卿の手の者でした」
「ほぅほぅ~」
グラハムは、そう説明してくれたが、もちろん涼は教会内の知識がほぼ無いため、件のアドルフィト枢機卿がどういう人物か全く分からない。
「アドルフィト枢機卿は、十二人いる枢機卿の中でも、最も裏工作に秀でた人物だと言われています」
「裏工作……」
グラハムの大上段からの説明に、涼はさっそく顔をしかめる。
面倒な人に目をつけられたらしい。
「八時間ずつ、三交代制で監視していたのは、リョウさんは分かっていたようですが、目的としては、特に害を加えようとしていたわけではないようです。私との関わりを、可能なら探り出す。むしろ主目的は、リョウさんを通じて、教皇庁内の情報が外部……使節団にではなくて、共和国のような仮想敵国に漏れないかを探っていたようですね。リョウさんが、共和国帰りだという点が、その理由だったみたいです」
「ああ、なるほど……」
グラハムの説明に、涼は非常に納得できた。
仮想敵国、というより戦端すら開いた共和国から戻ったばかりの男が、毎日のように教皇庁内に出入りしていたら……確かに、裏の仕事に精通した人物から見れば、怪しむのは当然な気がする。
「じゃあ、そのアドルフィト枢機卿とかいう人は、教会のためを思って行動した善い人なんですね」
「善い人……と言い切れるかは分かりませんが、今回の監視自体は、教会と法国のためを思って……と言っていいかもしれません、確かに」
涼の無邪気とも言える感想に、苦笑しながらグラハムは答えた。
綺麗ごとばかりでは、国というのは存続できないものなのだ。
「もちろん、リョウさんが情報を共和国などに流している証拠があがれば、人知れず排除することまで指令を受けていたみたいですよ」
「前言撤回です。全然善い人じゃないですね!」
グラハムの新たな情報の追加で、涼は前言を翻した。
善い人ではなく、ちょ~悪い人だ、という方向に。
涼の命は、何よりも大切なものだ。
涼にとっては。
「ただ、気になることを言っていました」
「気になること?」
「はい。彼ら、アドルフィトの手の者たちは、リョウさんの監視が主任務らしいのですが、時々、別の監視者たちを見かけることがあると」
「え?」
「一つは、連合使節団を監視する者たち。もう一つが、王国の文官を監視する者たち」
「連合はともかく、うちの文官って……」
グラハムの説明に、涼は顔をしかめ、小さく首を振りながら答えた。
文官たちは、彼らのような暗殺任務すらこなす者たちに狙われれば、恐らく簡単に命を落としてしまうだろう。
「王国の文官の誰を監視しているかは?」
「恐らくは、軍務省交渉官グラディス・オールディスであろうと」
「ああ……軍関係の文官で、一番偉い方ですね」
涼は知っていた。
いや、正確には本人は知らないのだが、彼女の護衛としてついてきている軍務省文官を知っている……。
その関係で、グラディス・オールディスの事も知っていた。
「グラディスさんを監視して、いったい……。あ、で、グラディスさんや連合使節団の監視を命じているのは、いったい誰なんですか?」
「グーン大司教です。私もそれほど詳しくはないのですが、カミロ枢機卿の子飼いの人物らしいです。ですので、背後にいるのはカミロ枢機卿の可能性が高いですね。カミロ枢機卿は、簡単に言うと、アドルフィト枢機卿の次に、裏工作に秀でた枢機卿です」
「枢機卿というのは、裏工作に秀でた人が多いんですか……」
グラハムの説明に、あんまりな感想を述べる涼。
だが、グラハムは真面目に頷いて言葉を続けた。
「実際そうなのです。そうでなければ、足をすくわれて、上に上がることなどできないのですよ。今の教会では」
「……恐ろしい場所ですね」
実力を示せば上に上がっていける……そんな大組織は存在しない。
ただの夢物語だ。
驚くほど多くの偶然と、信じられないほどの幸運とが重ならない限り、あり得ない。
宗教組織だろうが、会社組織だろうが、あるいは政府組織だろうが、ある程度以上の規模の組織においては、『組織の上に上がっていくための技術』を持っていない者は、上に上がることはできない。
それを処世術と言う人もいるだろうが……組織全体のためにも、組織の未来のためにも、あまり良い状態ではない。
良い状態ではないのは、多くの人が分かっているのだ。
だが、分かっていても変わらないし、変えられない。
これは、人の根本の部分に根差した悲しい性なのではないかとすら、涼は思っている。
歴史を見れば、枚挙にいとまは無い……。
ほぼ全ての大組織が陥る病。
そうであるのなら、それはもはや、人が普遍的に持つ業。
人が人である限り、逃れることができないものなのだろうと。
涼は小さく首を振った。
グラハムも、寂しそうに微笑んで言葉を続ける。
「開祖ニュー様が望まれたのは、こんな教会ではなかったはずなのですけどね……。時間が変えてしまったのか……それとも別の何かなのか……。どちらにしろ、今いる我々の中にも、なんとか修正したいと思っている者もいます……それは事実なのですよ」
それが人の性であり、業であったとしても、抗うのもまた人……。
毒を以て毒を制す……そうせざるを得ない場所。
悩みながらも、グラハムも、抗う者の一人なのかもしれなかった……。
『水属性の魔法使い』第三巻の宣伝をちょっとだけ。(活動報告からの抜粋です)
ええ、『第三巻』です。
この前発売された第二巻ではなく、まだ予約も始まっていない第三巻ですよ?
ちょっとだけね。
なぜなら、筆者はやってやったからです!
そう、やりました! やってやりましたよ!
第三巻、加筆11万7千字です!
『改稿』じゃないですからね。新たに書き下ろして膨らんだ分が、11万7千字ですよ!
第三巻も、いつも通り23万字超の大ボリュームなのですが、そのうちの半分が、なろう読者の皆様が、誰も読んだことのない書下ろし。
その中でも目玉は、新章『ヴォルトゥリーノ大公国』7万字弱。
はたしてその中身は?
「涼とアベルの、二人の冒険譚」です!
ええ、二人で冒険してもらいます。
二人旅、じゃないですよ。
がっつり、冒険です。
この7万字のうち、8割から9割は、二人で行動してもらっていますね。
戦闘、その他、もちろん会話もいっぱいあります。そりゃそうですね。
ふふふ。読んでみたいでしょう?
読んでみたいはずです。だって、筆者が、何度も読み返したくなる章になりましたもん。
(これは内緒ですが、読んでて面白いのです)
第一部、第二部全体を見ても、涼とアベル二人での冒険は、ないんですよね。二人旅だけです。
それが、まるまる新作ですよ。ふふふ、ふふふ、ふふふのふ。
元々、第三巻の範囲としては「間章 帝国パート」「インベリー公国」だったのですが、
これでは12万字しかないということで……がっつり書き足しました!
もちろん、SSや外伝ではなく、本編増量です。
新たに、ここに出てきた人たち、この先も出てきます。
もうこの先、書籍版は、完全になろう版とは違……。
書籍もなろうも、どっちも面白ければいいか、と筆者は割り切って、2作品書いている気分でやってます。
では、なぜ、このタイミングで第三巻の宣伝をしているのか?
「まだ一巻も二巻も買ってない、でも、この三巻は絶対読んでみたい!」
そんな気持ちにさせて、そんな方々の背中を押すためです。
「三巻が出たら、その時、一緒に一、二巻を買えばいいか」
と思った方も、いらっしゃるかもしれません。
でも、その時に、一巻、二巻が本屋さんに並んでいるとは……正直思えません。
都会の大きい本屋さんは別として。
ラノベは、新刊しか置いてない、という本屋さんは多いと思うのです。
(アニメ化作品は別として……)
でも、今なら、まだ一巻も二巻も置いてある! 多分!
ですので、今のうちに、一巻と二巻をお買い求めいただくのがいいと、筆者は思うのですよ。
まあ、既に、筆者の周りにある4軒の本屋さんは、一巻しかないとか、二巻だけ置いてあるとか……そんな状態ですけどね!
とはいえ、各地の状況、いろいろあります……。
お住いの場所の情勢に合わせた選択をしてください。
オンライン注文を使うのも手です。
(三巻が出るまでに、確実に一、二巻を手に入れる方法は、TOブックスオンラインで注文する方法です。
発売している出版社に直接注文でき、手元に届けてくれるのですから。これは確実です!
それに、電子書籍とは違う特典SSもついてきますから。第一巻も第二巻も、涼主役のSSですよ)
他にも、第三巻については、いろいろある……けっこういろいろあるのですが。
それはまた後日。
筆者の一存では公表できないものもありますのでね。
というわけで。いろいろ準備はお早めに。
どうぞ、よろしくお願いいたします。




