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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第五章 教皇庁
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0360 仕事の作り方

翌日も、教皇庁に涼の姿があった。

「グラハムさん、本日の報告書をお届けに上がりました」

「あの……リョウさん、そんな取り決めはなかったはずなのですが……」



そう、そんな取り決めはない。



確かに、使節団と教皇庁窓口の間では、毎日、書類は行き来するし、交渉も行われている……だが、それは交渉の実務を担う文官たちの仕事だ。

決して、護衛冒険者の仕事ではない。



「行き帰りも物騒なので、書類の伝達は、護衛冒険者がやる方がいいということになりました」



そんなわけない。



使節団宿舎と教皇庁は、文字通り目と鼻の先。

一つ大きな通りを挟んだだけの位置にある。

それも、法国で最も安全が確保されている教皇庁の周辺……行き帰りが物騒なわけがない!


だが、涼は団長のヒュー・マクグラスだけではなく、首席交渉官イグニスをも説得し、この仕事を勝ち取っていた。

勝ち取っていた、という言葉の意味はいろいろと難しいが……。


涼がこの仕事を作り上げ、役割を勝ち取った理由は、教皇庁に毎日入るためだ。

やはり、昨日見たニール・アンダーセンが気になった……というのが一番大きい。


当然、教皇庁の門をくぐり、グラハムの執務室まで案内の修道士がつき、勝手にルートを逸れることもできないのだが……それでも気になるものは気になるのだ。



もちろんこれは、使節団の交渉全てに責任を持つ首席交渉官イグニスにしても、悪い話ではなかった。

実際、文官たちには、多くの煩雑な仕事がある。

その中には、書類を交渉先に提出する仕事が、驚くほど多い……それは事実。

貴重な文官を割いて持っていかせるよりは、余っている護衛冒険者の誰かが持っていってくれるとなれば、それはそれでありがたい。


そのため、涼が提案した際には、一も二もなく提案を受け入れた。


しぶったのは、ヒューであった。


「リョウ、問題を起こすなよ?」

この言葉を何度言ったことか……。


「もちろんです。僕は今まで、問題とか起こしたことないでしょう?」

涼はそのたびに、そう答えた。


実際、なぜか涼は問題を起こすというイメージを持たれているが、これまであまり、人の迷惑になるような問題は起こしていない……はずだ……多分……多分……。


それなのに言われるのは、やはりイメージ……。



イメージは大切なのだ。




「ははぁ……なるほど」

涼から、事の経緯を聞いて、グラハム枢機卿は頷いた。

グラハムからすれば、別に、涼が毎日書類を届けに来ても問題はない。

どうせ、文官の誰かが持ってくるものを、涼が代わって持ってくるというだけだから。


それが、ほぼ毎日だったのが、毎日になっただけ……。


「まあ、わかりました。関係各所に、伝えておきましょう。教皇庁内ですから、自由に移動することはできませんが、奇異な目で見られるのは少なくなるでしょう」

「ありがとうございます」

グラハムは頷いてそう言い、涼はお礼を言って頭を下げた。



「ニール・アンダーセンの名は、私も聞いたことがあります。有名な錬金術師ですからね。長らく、マファルダ共和国に滞在されていましたね。確か、これまでにも法国が何度か招こうとしたはずですが……いつも断られていたとか。その方が教皇庁の中にいたとなると、確かに気になりますね」


グラハム枢機卿はそう言うと、何事か考えるように(うつむ)いた。


「さて……裏で糸を引くのはアドルフィトか、カミロか、それともサカリアスか。あるいは、別の誰かか」

そのグラハムの呟きは、涼にすら聞こえなかった。




次の日から、教皇庁内で少しずつ噂が流れるようになった。


毎朝九時に現れる中央諸国使節団の、ローブを着た魔法使い風の冒険者。

少ない書類の時には、肩掛けカバンの中にそれらを入れてくる。


それはいい。


だが、時々、非常に大量の書類を運んでくる場合がある。

大人数で運ぶような大量の。

そんな時も、その冒険者は一人でやってくる。



後ろに、透明の荷車、あるいは台車のようなものを引き連れて……。



その光景自体、とても奇異である。

魔法で生成された台車なのだろうが、誰も聞いたことのない魔法……。


だが本当の衝撃は、それが通り過ぎた後に、修道士たちを襲う。


教皇庁内は、かなり階段が多い。


かの台車たちは、どうやって階段の多い教皇庁内を移動しているのかと……。



そして、次に冒険者と台車に出会った際には、階段の場所でどうするのかを、注視するようになる。

台車が階段にかかる瞬間、階段に氷らしきものが張られ、スロープになるその光景に、今度は驚くのだ。


半数は、「なるほど」と感心し、半数は、「そんなことが可能なのか」と驚く。



西方諸国においては、中央諸国の魔法のレベルは総じて低い……そう思われて久しい。

それは、(おおむ)ね事実だ。


どこかのヴァンパイアの真祖様が、百年かけてそうなるように仕組んだおかげである。

もちろん、それによって、魔法を使う裾野(すその)は広がったわけだが。


だが、この使節団の冒険者の行動によって、少なくとも教皇庁の修道士たちの間では、認識が改められつつあった。


中央諸国の魔法、(あなど)るべからず。


もちろん、少しずつではあるが。




修道士カールレが、使節団からの書類を運んでくる魔法使い風の冒険者を案内するようになって、十日が経とうとしていた。

カールレは、敬愛し、尊敬するグラハム枢機卿の身の回りのお世話をすることを至上の喜びとしているため、一時でもその声が届かない場所に行かねばならないこの役目は、最初、悲しい仕事であった。



だが、「リョウさんは、私がローマンたちと中央諸国に赴いた際、大変お世話になった方です」と言われてからは、誠心誠意、尽くすようにしている。


実際、『リョウ』と呼ばれるこの冒険者は、事の最初から普通ではなかった。


特に彼が<台車>と呼ぶ魔法。


もちろん、術者の後をついてくると言えば、ゴーレムが真っ先に思い浮かぶであろう。

そして、ゴーレムなら、段差など関係なく二足歩行でついてくる。

その点は、彼の<台車>よりも優秀と言える。


だが、ゴーレムは消すことはできない。


しかし、この<台車>は生成、消去が自由自在なのだ!

さらに、大きさの変更も自由自在。


それを最初見た時、修道士カールレは、口をあんぐりと開いたまま固まってしまった。



どうもその姿を見て、敬愛するグラハム枢機卿は小さく笑っていらっしゃったとか……。

なんて恥ずかしい!



カールレが、この役割を与えられて、一週間もしないうちに、教皇庁内では知らない者がいない状態になった。

多くの同僚に聞かれるようになったのだ。


「あの冒険者は何なのだ」と。


カールレの方が聞きたい。

あの冒険者が何なのかなど。



はっきり言って、分からない。



もちろん、『リョウ』と呼ばれる冒険者が、横柄(おうへい)であるとかぞんざいであるとか、そんなことは一切ない。

むしろ、非常に丁寧だ。

いわゆる『冒険者』と呼ばれる者たちから想像される、粗野さやガサツさなどは全くない。


一度などは、書類を持ってきた後、グラハム枢機卿の元でお茶を飲んでいかれたことがあるが、その所作(しょさ)も非常に洗練されていた。


中央諸国の冒険者には、貴族の家の者たちもそれなりの数いると聞く……特に、今回の使節団のように国外に派遣される場合には、その辺りも考慮されているのではないかという話も聞いたことがある。

もしそれが本当ならば、あの『リョウ』という冒険者は、貴族の家に生まれたものなのかもしれない。


もちろん、直接そんな質問はできない。


一度だけ、意を決して、グラハム枢機卿にその点を尋ねたことがある。

その時の枢機卿の答えは、

「秘密です」

と、うっすらと笑って答えられた……。


だから、恐らくはそうなのだろう。


最近は、カールレは、同僚たちからの質問にはこう答えるようにしていた。

「非常に所作の洗練された、恐らく上流階級ご出身の方です」と。


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