0357 十号室と十一号室の冒険 下
「〈グラビティ〉」
降ってきた赤い老人が唱えた瞬間、神官風の男は潰れた。
空間に押し潰された。
だが、潰れたのは一瞬。
次の瞬間には、何事もなかったかのように、元の神官風の男が立っていた。
「貴様……スペルノか」
神官風の男が驚いたように問う。
「悪魔が……。わしのダンジョンのすぐ側に現れるだけでも苛立たしいのに、こ奴らに手を出そうとはな」
赤い老人は、苛立たしいを通り越して、怒っていた。
「あの、マーリン殿……?」
エトが目の前の老人に問う。
「こやつは厄介じゃぞ。わしでも勝てるかわからん。お主らは下がっておれ」
赤い魔人マーリンはそう言うと、杖を構えた。
「無理をして聖都の近くで姿を現したというに……まさかスペルノが棲むダンジョンが近くにあったとは……なんたる失態」
神官風の男……マーリンが言うところの悪魔は、そう言うと笑った。
言っている内容は、自らのミスを悔やんでいるのだが、表情は真逆。
そう、凄絶という言葉がぴったりの笑い……。
「まあ、ぶつかってしまったのであれば戦うしかないよな。そうだ、これは仕方ない。俺のせいじゃない。様々な事象の流れが悪かったのだ。避けようがなかった、うん、仕方ない」
悪魔は笑いながら、そう言った。
かくして、魔人マーリンと悪魔による戦いの幕が切って落とされた。
「〈グラビティ〉」
マーリンが唱える。
詠唱などもちろんなく、溜めすら全くない。
唱えた瞬間、悪魔が押し潰され……なかった。
悪魔は、〈グラビティ〉が発動した瞬間、移動した。
「それはさっき見たぞ。〈炎よ〉」
悪魔は細かく瞬間移動しながら、唱える。
巨大な炎の弾が、瞬間移動する残像全てから放たれる。
「〈リバース〉」
マーリンが杖を振って唱えた瞬間、全ての炎の弾の軌道がくるりとひっくり返り、元来た場所に向かって飛んだ。
飛んだ先で、全ての炎の弾が消えた。
見事に、元々何もなかったかのように。
全て、悪魔によって消されたのだ。
悪魔は、瞬間移動を続けている。
その表情に、凄絶な笑みを浮かべたまま。
「厄介だな、本当に厄介なスペルノだな」
悪魔はそう言いながら、笑い、唱えた。
「〈石筍〉」
「〈インバリッド〉」
悪魔が唱えた瞬間、マーリンのいる地面から、石のつららが生まれようとしたのだが……マーリンが唱えると、すぐに消滅し、元の地面に戻った。
「〈氷柱〉」
悪魔が唱えた瞬間、全方位から氷の槍が生まれ出でて、マーリンに襲いかかった。
おそらく、数百本。
「〈リバース〉」
マーリンが再び杖を振りながら唱えると、つららは、元来た方向へと戻っていった……。
だが……。
ズブッ。
「グハッ」
マーリンが杖を振った瞬間、目の前に悪魔が現れ、いつの間にか手にしていた剣を、マーリンの腹に突き刺した。
「杖を振らせる必要があったのでな」
悪魔は、もはや禍々しいとさえ言える笑いを浮かべながら言う。
しかし、ニヤリと笑ったのはマーリン。
「……ようやく動きを止めたな」
「!」
「〈インプロージョン〉」
マーリンは、自らの腹に突き立てられた剣を掴み、こちらも凄絶な笑みを浮かべながら唱えた。
その瞬間、目の前の悪魔は全方位からの圧力を受け、消失した。
この場に涼がいれば、こう言ったかもしれない。
「爆縮!」と。
「ククク……。なかなかに面白かったぞスペルノ。だがお主、『寝不足』であろう。また目覚めた後に戦いたいな。堕天を知る者たちも、きちんと動けよ。また会おうぞ」
そんな声が辺りに響いた。
潰れはしたが、悪魔は死んではないということだろう。
マーリンは崩れ落ち、膝をついた。
「マーリン殿!」
一行が駆け寄る。
「大丈夫じゃ。しばらくすれば、勝手に修復する」
マーリンは苦痛に顔をゆがめながらも、しっかりとした声でそう答えた。
「しかしお主らも……厄介な奴に目をつけられておるのぉ」
「マーリン殿、あいつはいったい?」
「うむ……わしらは悪魔と呼んでおる。聞いたことはないか?」
「いえ……」
一行はお互いに見合って首を振る。
ただ一人……。
「リョウさんが、そんな言葉を言っていた記憶があります」
「なに!」
アモンが記憶をたどりながら答えると、他の五人は一斉にアモンを見た。
「ほぉ~、妖精王の寵児は悪魔を知っておるのか」
「えっと、悪魔そのものを知っているのかどうかはわかりませんけど……。コーヒーの事を……悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、そして恋のように甘い飲み物って、以前言っていました」
「リョウにとっては、コーヒーと同列なのか……」
アモンの説明に、ニルスがひどい誤解をしているようだ。
「ほっ。豪気じゃな」
なぜか、マーリンもひどい誤解をしたようだ。
「まあ、妖精王の寵児はともかくとして、普通はあの悪魔どもは厄介じゃ。戦っても勝てぬ……今回は遊んでおったようじゃから、この程度で済んだが……」
「あれで遊んでいた……」
エトの呟きは、隣にいるジークにも聞こえた。
そのジークも、エト同様に顔をしかめて、小さく首を振って呟いた。
「あの魔法は、人がどうにかできるものではない……」
ハロルドとゴワンも頷いた。
「そういえば……」
マーリンはそう言葉を切り出して、エトの方を見て続けた。
「あの悪魔は、堕天がどうとか言っておったな。堕天とはなんじゃ?」
「ああ、それは……」
エトは、涼から聞いた『堕天』について説明した。
「なるほど」
マーリンは一つ頷くと、俯いてなにがしか考えているようだ。
「マーリン殿?」
一分後、エトが小さく問いかける。
「おお、すまぬの。おそらくあの悪魔は、西方教会上層部の誰か、あるいは……いや、上層部の誰かだけにしておくか。上層部の誰かが、堕天した存在と結びついていると言いたいのであろう。それを、西方教会にぶつけて反応を見たいと」
「それは……。なぜ悪魔自身が、そうしないのでしょう。自分で問いかければいいのに。人間のふりをして」
マーリンの説明に、エトが問い返した。
ちなみに、最初のマーリンの説明の段階で、他の五人は驚いて目を見開いたままだ……。
「さて……。悪魔にとっては、全てが暇つぶし、と昔聞いたことがある。おそらく、今回の事も、堕天の事も、全て奴らにとってはただの暇つぶしなのじゃろう。なんとも、はた迷惑な存在じゃ」
マーリンは小さく首を振りながらそう言った。
その後、マーリンに陰ながら守られた一行は、夕方、聖都マーローマーに到着した。
王国使節団宿舎に着くと、ロビーの奥にあるラウンジで、美味しそうにケーキを食べ、コーヒーを飲む水属性の魔法使いがいた。
「リョウさん!」
アモンの呼びかけに、水属性の魔法使いは振り返ると、微笑みながら小さく手を振るのだった。
魔人vs悪魔、第1ラウンド、終了。
宣伝です。
「水属性の魔法使い」のコミカライズを担当してくださる墨天業 (ボクテンゴウ)先生が、
CGWORLD定期購読者限定、特別配信・第3回「クリエイター、ありのまま。」
に出られるそうです。
(先日、受賞されていましたね)
https://cgworld.jp/news/event/202107-special-live-03.html
日本で、プロアマ問わず、CGやってる人はみんな読んでいるという噂すらあるCGWORLD。
その中でも、定期読者限定ということで、ハードル高いのですが。
もし、定期購読されていらっしゃる方がいらっしゃいましたら……。
7月5日(月)19時から配信
https://twitter.com/CGWjp/status/1411240836528963588
https://twitter.com/gon_take/status/1411235384109846533
「水属性の魔法使い」についても、配信の中で触れられるかも……ということでした。
ちょっとでも出たら、ありがたいですね!




