0356 十号室と十一号室の冒険 中
「六人でワイバーン撃破か。さすが、妖精王の寵児がパーティーを組む者たちだ。面白いのぉ」
そう言うと、白髪、幅広の赤い帽子、赤いローブ、そして杖をついた老人は笑った。
そこにいれば、自分が住むダンジョン内で起きる事柄は、ほとんど全て知ることができる。
『十号室』と『十一号室』の、百層での戦いは興味深く見ていた。
果たして、妖精王の寵児たる涼なしで、どれほどやれるのかと。
結果は、非常に満足いくものであった。
「じゃが……彼らを見る、この『視線』が気になるわい」
赤い老人は少しだけ顔をしかめ呟く。
「嫌な感じじゃ……それも、驚くほど嫌な……。あ奴らのような気がしてならんが……なぜ彼らを気にする? 妖精王の寵児を気にするのなら、まあ分かる。じゃが、彼らは……六人でダンジョン産とはいえ、ワイバーンを撃破したのは人間としてはなかなかのものじゃ。なかなかのものじゃが……あ奴らが気にするほどのものではないじゃろう?」
赤い老人の言葉に答える者は、誰もいない。
『十号室』と『十一号室』の一行は、百層を突破すると、すぐにダンジョンを出た。
ワイバーンを六人で倒したのだが、さすがに精神的な疲労は大きかったからだ。
だが同時に、喜びもひとしおであった。
とりあえずは、西ダンジョンの街に取っている宿『聖都吟遊』に戻って体を洗い、その一階にある食堂に集合した。
当然、疲労はあるのだが、それと同じほどの喜びも噛みしめつつ……。
「百層突破、おめでとう!」
「おめでとう!」
六人だけの宴会が行われた。
「リョウさんもいればよかったのですけどね」
「ああ……。なんとか共和国に手紙を届けに行ったんだろ? しかも聖印状持ったまんま」
「リョウさんがいたら、ワイバーン相手でも、全然苦労しない気がするのですが……」
「あり得るね」
アモンは涼がいないことに触れ、ニルスが事実を述べ、ジークが涼の戦力に触れ、エトが同意する。
傍らで聞いているハロルドとゴワンも、大きく一回頷いた。
二人とも、涼とは模擬戦をしているため、その実力は知って……正確には知らないが、かなり強いということは知っている。
「いや、いくらリョウでも、ワイバーン相手には簡単じゃないだろ?」
ニルスが鶏もも肉の山賊焼きを食べながら言う。
「でも……リョウさんが苦戦する姿って、あんまり想像できないんですよね」
アモンが、ステーキを食べながら首をひねっている。
一行が、そんなことを話していると、宿の受付係が一枚の封筒を持ってきた。
「お食事中失礼します。今、こちらの封筒が、皆さんに届きました」
「ああ、ありがとう」
ニルスは受け取ると、開封して中を見た。
「団長が、聖都に戻ってこいだそうだ。キリもいいし、明日戻るか」
「そうだね。ちょうど百層まで攻略したし……。また時間ができたら続きをやりたいね」
ニルスが明日の帰還を提案し、エトが同意する。
他の四人も頷いた。
こうして、翌日、一行は西ダンジョンを離れ、聖都に向かうのであった。
そんな、西ダンジョンと聖都のちょうど中間地点に差し掛かった時……。
地面が光った。
「なんだ?」
「魔法陣?」
ニルス、エトの言葉の後……全員の視界が暗転した。
そこは、完全な暗闇。
六人全員が思い出していた……かつて経験したことを。
「まさか……」
ニルスが絞り出した声は、震えている。
そして、目の前に光が生じた。
足元は、やはり石畳……。
「あの時の……」
アモンの呟きにも、はっきりと恐怖がにじんでいる。
生じた光は上昇し、五メートルほどの高さで、停止した。
そして、目の前に、神官風の男。
かつて失われた国『ボードレン』の十字路で、六人を強制転移させた男。
「やあ、久しぶりだな」
神官風の男は、以前と同じ声を発した。
だが、若干、苛立ちが混じっている気がする。
「せっかく、西方諸国、それも聖都に来たのに、お前たちは何もしていない」
神官風の男は、小さく首を振りながら言った。
「いったい何のことだ」
ニルスが問い返す。
「堕天だよ、堕天! 堕天の概念を広めろ……とまでは言わんが、教会のやつらに堕天の概念を突き付けるくらいはして欲しいと思うだろ? 当然だろ? 当たり前だろ?」
神官風の男は、苛立ちながら興奮している。
それは、非常に不安定に見える。
そんな状態の者を見ると、人は不安になるものだ。
この後、どう行動するか予測できないために。
「堕天し、神から離れた『存在』はどうなるか? その『存在』は消え去ってしまわないためにどうするか? それは、お前たちが中央諸国から呼ばれた理由の一つでもあるんだぞ」
「え? それはいったいどういう意味……」
神官風の男の言葉に、反応したのはエトであった。
「まったく……。だというのに、行動しない愚か者たちめ。どうすれば行動する? そうだな、この中の誰かが死ねば動くか? 次に自分が殺されないために動くか? まあ、それくらいは仕方ないか」
「いったい何を言って……」
神官風の男の言葉は、すでに支離滅裂にしか聞こえない。
ニルスは嫌な予感を覚えた。いや、ここにいる誰しもが……。
「誰がいい? そうだな、神官は二人もいらんな。堕天の概念を知らなかった方は、いらんな」
神官風の男はそう言うと、ジークを見た。
ジークは動けない。
自分の命が危機にさらされているのは理解した。
頭では理解しているのだが、体が動かない。
「死ね」
その瞬間。
パリン。
世界が割れた。
一行の前に、赤い老人が降ってきた……。
明日、人外の戦い……。




