0037 干し肉
晩御飯を食べ終わり、まったりとした時間。
旅とはいえ、常に緊張しっぱなしでは神経がもたない。
緩める時には緩め、締める時に締める。それが大切。
「麻痺毒を吐く植物の魔物……しかも見えないとか……初めて聞いたぞ、そんなやつ」
冒険者として、それなりの経験を積んだアベルでも、聞いたことのない魔物であった。
「僕が住んでいた辺りは、そういえば植物の魔物自体がいなかったですね」
「植物の魔物は、発生する地域がかなり偏っているし、動物の魔物みたいに移動しないからな。なかなか出会わないかもしれない。だが、中には植物の魔物ばかりを狩る冒険者もいたりするからな」
「ほっほぉ。何かいい素材を落とすんですか?」
「ああ、錬金術の材料とか、魔法具の材料とかだな」
「錬金術とか、すごく興味があります!」
涼は目をキラキラさせながら、未だ見ない錬金術への憧れを口にした。
「一人前になるにはかなり大変らしいぞ、錬金術」
「望むところです! 石の上にも三年です!」
アベルには、『石の上にも三年』の意味はよく分からなかったが、スルーすることにした。
「そういえば涼は、あの魔物の麻痺毒、どうやって防いでいたんだ?」
そう、アベルには不思議だったのだ。
アベルは、実は身に着けているアイテムで、状態異常を回復することができる。
普通の毒程度であれば、すぐ解毒される。
今回の麻痺毒は、わずかとはいえ、片膝をつくほどには身体に影響を与える強力なものであった。
だが、涼は毒の影響を受けた様には見えなかったのだ。
「いや、特に何もしてないですよ」
そう、涼は何もしていなかった。
かと言って、これまでに毒への耐性をつけるような修行をしたことも無い。
そもそも、涼の家の周りでは、『解毒草』を見つけることはできなかったのだから。
(本当に、どうして何ともなかったのだろう。水の妖精王の加護、とか……いや、そんなのがある世界とは思えないし……もしかしたら……)
「このローブの効果ですかね?」
なんとなく思いついて言ってみた。
どうせ検証のしようは無いし、とりあえずは、くれた人に感謝するだけだ。
(師匠、ありがとう)
「ああ、その可能性はあるのかもな。一見普通のローブに見えるが、そのローブは間違いなく普通じゃない」
「アベル、言葉が変ですよ」
「いや、分かっているんだが、そうとしか表現できないんだから仕方ないだろう」
「先ほど心の中で、これをくれた師匠に感謝したところでした」
「ああ、それがいい。感謝の気持ちは大切だからな」
それを聞いた瞬間、涼の顔が驚愕に満ちた。
「アベルがまともなことを……」
「おい、こら、俺はいつもまともなことを言ってるだろうが!」
「そう思っているのは本人だけ、というパターンですね」
「お前にだけは言われたくない!」
次の日から、二人は山越えのための干し肉作りを始めた。
林にいる間に、ラビット系とボア系の肉を狩っておきたいと思ったのだ。
森や林にはラビット系やボア系は多いのだが、草原ではほとんど見かけない。
涼は、地球ではそんな習性は聞いたことなかったのだが、アベルに聞くと、
「そういうものだ」
という味もそっけもない答えであった。
二日ほどで、どちらも5頭ずつ手に入れることができた。
二人分の干し肉には多いほどだ。
干し肉を作るのに絶対欠かせない「塩」。
これは、それなりの量がある。
本来は醤油などに漬け込みたいのだが……手元には無い。
仕方が無いので、切り出した肉に塩とブラックペッパーをまぶして、3日ほど乾燥。
以上。
「結構、簡単なんですね」
「ああ、冒険者が現地で作る、簡単な干し肉作りだからな。酷い時には、塩だけで作るから、コショウがあっただけでも相当にラッキーだろう」
「ロンドの森にコショウがあって良かったですよ」
うんうんと頷きながら言う涼。
涼が作った氷の竿に干し肉を刺して、乾燥させながら、二人は北へ、山脈へと向かっていた。
ちなみに切り出された肉以外、つまり皮は涼によって『鞣され』、アベルのマントと涼の『服の代わり』となっていた。
さすがに、雪すら被っている山を越えるのにマントもないのは辛い、アベルがそう言い出したからだ。
マントがあるだけで、かなり防寒の効果は上がるのだ。
そのついでに、涼の服……見た目『貫頭衣』も作られた。
長くなめしたグレーターボアの革の中央に頭を出す穴をあけ、すっぽり被る。
ベルト代わりに蔦を締めれば、まるで弥生時代の貫頭衣が完成。
元々、涼はデュラハンにもらったローブを着ているため、マントは必要ない。
代わりに、ローブの中に着る貫頭衣を作ったので、温かさは倍増。
これで二人とも防寒能力は飛躍的に向上した。
「なあ、リョウ、マントと一緒に作ったその鞄って……」
「ええ、干し肉をこれに入れて持って行くんですよ」
肩掛け鞄としては、標準的な大きさと言えるだろう。
「これ以上大きいと、アベルとか戦闘の時に大変でしょう?」
「ああ、まあそうなんだが……だが、二人の鞄を合わせても、干し肉が全然入りきらないように見えるんだが」
「ええ、もうそれは仕方ないでしょう。入りきらない分は……」
「ああ、仕方ないか」
捨てるのはもったいないがやむを得ない。アベルはそう思った。
「入らない分は、手に持って行きましょう」
「……はい?」
「毎日食べるのだから、進めば進むほど減っていくでしょう? そのうち手に持っている物は食べ尽くしますよ」
目が点になっているアベル。
「いや、手に持ってると、俺、戦えない……」
「その間は、僕が戦います」
いかにも悲壮な覚悟で臨む、的な雰囲気を出しながら頷く涼であった。
実際の所、完成した干し肉を鞄に詰め込んでみると、手に持つのは一日分程度で済んだ。
その程度で済んだことに、アベルが安堵したことは言うまでもなかった。
 





