0351 リアルロボット大戦
二十五時間後。
「よし、完了じゃ。行ってこい!」
ニールが言うと、共和国ゴーレム最後の一体が、格納庫を出ていった。
「お疲れさまでした」
涼はそう言うと、一杯の水を手渡した。
こういう時は、水を飲むのが一番だ。
「うむ、すまぬの」
ニールはそう言って受け取ると、一気に飲み干す。
「ほぉ、旨い水じゃ。リョウ殿は、水属性の魔法使いじゃったか」
「はい」
涼は感動していた。
整備を見て感動するという、初めての経験であった。
それほどに、ニールの『整備』は凄まじかったのだ。
「まさか、持ってきていた道具が、組み立て式の整備補助ゴーレムだったとは」
涼は、ニールの傍らに立っている、全長一メートル半程度のゴーレムを見て言った。
「共和国ゴーレムの整備をすることになるじゃろうと思ったからの。これのおかげで、間に合ったわい」
そう言うと、ニールは嬉しそうに笑った。
「アンダーセン様、ロンド公爵閣下。元首閣下より、お二人を司令部にお連れするようにと申し付かっております。司令部から、戦場が見えますので」
兵士が二人に近づいてそう言った。
「そうか、参ろう」
ニールが頷き、涼も頷いた。
「アンダーセン殿、本当によく間に合わせてくれた。感謝いたしますぞ!」
司令部に入ると、すぐに元首コルンバーノが両手で握手を求めた。
最高顧問バーリー卿も、深々と頭を下げた。
他にも、そこにいる全員が、ニール・アンダーセンに頭を下げた。
全員が理解しているのだ。
ニール・アンダーセンがいなければ、法国のゴーレム、ホーリーナイツを相手にできなかったということを。
さすがのニールも、苦笑している。
「まあ、強くはなりましたが、勝てるかどうかはわかりませんぞ」
ニールはそう言うと、東の窓に向かった。
そこから見える平野で、ゴーレム同士の戦闘が開始されようとしていた。
ちなみに、涼はすでに、その窓にかじりつき、見入っている。
「リアルロボット大戦……」
そんな涼の呟きは、誰にも聞こえていない。
法国のゴーレム、『ホーリーナイツ』と、共和国のゴーレム、『シビリアン』が対峙している。
どちらも、三メートル級ゴーレムであり、戦場で戦うことを前提に設計、製造されたものだ。
『ホーリーナイツ』は、左手に小盾、右手に剣を持ち、一列十体ずつ、それが八列ある横隊。
三メートル級ゴーレムが、横に十体並んでいる姿は、なかなかの迫力だ。
対する『シビリアン』は、左手に体がほとんど隠れるほどの大盾、右手に槍を持つ。そして、こちらも一列十体ずつ、五列の横隊。
最前列は、どちらも真正面からぶつかることになりそうだ……。
基本的に戦闘用ゴーレムは、簡単な命令を与えられた後は、自律行動をとることができる。
例えば、「城門を突破せよ」と命令すれば、その命令を達成するための最善の行動を、自ら考えてとることができる、といった具合だ。
「走って」「跳んで」「右手の剣で突いて」「盾で防いで」……といった具合に、いちいち指示を出す必要は全くない。
そもそも、数十体のゴーレムにそんな命令を出すというのは、現実的ではない。
戦いは、リアルタイムで進行するのだから。
そのゴーレムたちに指令を出すのは、ゴーレムの後ろにいる指揮管制車。
見た目、大きな箱馬車であるが、その中にいろいろと積んでいるらしい。
今回のような、『戦場』で数十体を超える場合に使われるらしく、ホーリーナイツの後ろにも、シビリアンの後ろにも一台ずついる。
指揮管制車の周囲に、指揮を執る者なのだろう。数名の者たちが……。
「彼らを襲撃してしまえば終わる可能性はありますが……」
涼はそこまで呟いて、慌てて首を振った。
「それは無粋すぎですね」
ゴーレム同士の対戦で決着をつける。
これこそが戦場の華!
騎士の一騎打ちにも通じる、様式美的な部分もあるのではないか……勝手にそう解釈したのであった。
この戦いにおいて、法国『ホーリーナイツ』に出されていた命令は、目前の『シビリアン』を撃破せよ、というものであった。
あとは、ホーリーナイツが、最適な行動をとる。
ホーリーナイツには、これまで法国が集めてきた、各国ゴーレムのデータが与えられている。
その中には、当然、共和国の『シビリアン』のデータもある。
目下のところ、仮想敵国である共和国ということを考えれば、最も詳細に分析されたデータとも言えるであろう。
そのデータに基づいて、ホーリーナイツは動き始めた。
ホーリーナイツは、シビリアンに比べて、攻撃、防御共に上回り、耐久力はほぼ同じ。
ありていに言って、正面からぶつかれば、まず負けない。
八十対五十であるなら、相手五十体全てを破壊しても、味方が六十体以上は残る計算になる。
ホーリーナイツは、正面から突っ込んだ。
シビリアンも、正面から突っ込んだ。
「速度を上げてあるぞ?」
ニールがニヤリと笑いながら呟いた言葉は、隣にいる涼にしか聞こえなかった。
正面からぶつかる両者。
だが、まず得物の差がでる。
剣対槍。
共和国シビリアンの槍が、先に届く。
法国ホーリーナイツは、蓄積されたデータから、左手の小盾で、シビリアンの槍による突きを、余裕をもって受けることができる……はずであった。
だが、ニールの手によって、速度を上げられたシビリアンの刺突速度は、以前のデータとは違い……。
最前列十体の喉に突き刺さる。
十体全てが同じタイミングで喉に攻撃を食らい、同じタイミングで突き上げられ、同じタイミングで活動を停止した。
ある意味、壮観。
人間であったらグロテスクであろうが、顔がのっぺらぼうのゴーレムだと、そこまではない……。
おそらく、自分が作り上げたゴーレムであったら、そんな気持ちは吹き飛ぶのだろうが。
蓄積されていたデータと、最前列のホーリーナイツが受けた攻撃速度の差を、二列目以降のホーリーナイツたちは修正する。
自律的に動くゴーレムである以上、これは当然に行われることだ。
涼が作った水田管理用ゴーレムには、まだ、この手の機能がない……。
だが、この西方諸国への旅によって、涼の錬金術の知識と技能は上がった。
簡単ではないが、この手の機能を組み込むことはできると、自信を持ち始めてもいた……。
今までのデータとの違いによって、共和国シビリアンは奇襲とも言える攻撃を成功させ、無傷のまま、敵十体を葬った。
だが、法国ホーリーナイツ側も、データを修正したため、最初のような攻撃は、もう成功しない。
「二列目も同じとは限るまい?」
ニールの呟きは、やはり隣にいる涼にしか聞こえない。
一列目どうしの激突では、一列目シビリアンたちの槍の先に、一列目ホーリーナイツの首が突き刺さったままだ。
そこに向かって、二列目共和国シビリアンたちは走りこむ。
そして、その三メートルの大きさからは想像できないほど軽やかに、一列目シビリアンの背中に片足を乗せ、そのまま飛び上がった!
飛び上がり、落ちる先は、敵、ホーリーナイツ二列目!
左手の大盾を振りかぶりながら、落下と同時に叩き付ける。
全体重を乗せたシールドバッシュ。
事前データを超えたジャンプ力によって、二列目ホーリーナイツの頭を潰した。
「なんて恐ろしいシールドバッシュ」
涼の呟きに、ニールは少しだけ笑って答えた。
「ようやく二十体潰したが、まだホーリーナイツの方が多い」
現在、法国ホーリーナイツ六十体、共和国シビリアン五十体。
「前二列は、シビリアンそのものの性能を上げたが、後ろの三列は違う。引き出した力は、武器に使った」
「武器?」
ニールの言葉に、涼は首を傾げる。
確かに、前二列は、瞬発力などを上げることによって、相手の想定を上回った。
だが、その想定は、再びすぐに修正される。
それを見越して、武器に使った……いや、待て待て、『引き出した力』?
三列目のシビリアンが持つ槍の先端が赤く輝いた。
「炎?」
涼は呟く。
炎を纏った槍で突く。
それを小盾で受けたホーリーナイツ……だが、小盾はすぐに溶けた。
連続で、突く、突く、突く!
ホーリーナイツたちも、よけるが、全てをよけ続けることはできない。
槍がかするたびに、ホーリーナイツの各部が溶けていく。
最終的に、致命打を浴び、三列目ホーリーナイツたちは倒れていった。
だが、今回は前二列のように、一撃で倒したわけではない。
当然、ホーリーナイツ四列目も戦列に加わる……シビリアン四列目も。
乱戦となった。
乱戦となったのだが……五列目以降のホーリーナイツたちは、その乱戦には加わっていない。
なぜか?
それは、五列目シビリアンの武器に理由があった。
その槍も、先端が輝いているが、赤ではなく、白い。
前に掲げた槍の先から……白い炎の塊が発射されていた。
「なに、それ……」
涼は呟き絶句した。
だが、すぐに思い出す。
かつて、インベリー公国で見た、連合の人工ゴーレムは、その腕の先にプラズマを発生させていた。
それと同じようなことが行われている……。
かな?
というか、一体三十分の全分解で、そんなことまでやっていたのか?
そちらの方に、恐ろしさを感じる涼。
「遠距離攻撃で足止めをしておけば、敵を分断したことになるからの」
ニールは、戦闘展開を想定してカスタマイズしたのだ。
ただの錬金術師ではない……恐ろしいほどの能力。
そもそも、ゴーレムが遠距離攻撃魔法を生成できるなど、聞いたこともないのだが……そう、連合の人工ゴーレムのプラズマは、飛ばすことはできなかったし。
「ゴーレムも、遠距離攻撃魔法が使えるんですね」
涼は素直に、思ったことを口にした。
だが、ニールは笑って否定する。
「それは違うぞ、リョウ殿。あの炎の塊を飛ばしているのは、槍自体が、そういう錬金道具なだけじゃ。ゴーレムは、体内に魔石を抱えておる。つまり魔力で動いている。その魔力を、槍に通せば、槍に仕込んだ魔法陣が発動して、あの炎の塊が飛んでいく。ただそれだけの単純な話じゃよ」
そう、発想としては、決して難しいものでも、複雑なものでもないのだ。
だが、これは、ゴーレムに飛び道具を持たせることが可能になる……ということでもあった。
魔力を通せば炎の塊が飛んでいく錬金道具の槍。
それ自体、製作するのは難しいものではない。
涼は、戦争における武器の発達を、目の当たりにしていた……。
目論見通り、乱戦下にあったホーリーナイツ二十体は、全滅させた。
だが、シビリアンも無傷とは言えず、大破し活動停止となった機体が三体出た。
「四十七対四十。ようやく上回ったか。あとは力戦」
ニールは一つ大きく頷いた。
想定通り進んできて、ようやくこの先が見えたのだろう。
少し、表情が緩んでいた。
涼はそれを見て、尋ねるチャンスだと思った。
いくつも疑問はあるのだが、短い返答が期待できるものなら、質問してもいいのではないか?
「ニールさん、先ほど三列目の、槍の先に赤い炎を纏わせたのって、もしかしてエンチャントですか?」
「ほほー。リョウ殿は、エンチャントを知っているのか? 中央諸国にはない魔法のはずじゃが……」
涼の問いに、ニールの方が驚いていた。
そして、涼の予測は正解だったようだ。
エンチャントとは、武器や体そのものに、一時的に魔法属性を付与したり、性能を上げたりする魔法だ。
それを行う魔法使いを、エンチャンターと言う。
そしてエンチャントは、中央諸国の魔法体系にはない。
「はい。以前、エンチャンターの方にお会いしたことがありまして」
中央諸国にやってきた勇者パーティーの中に、エンチャンターのアッシュカーンがいた。
そのため、涼はエンチャントを知っている。
「うむ。エンチャントの魔法式が、機体に書いてある」
「なんですって!」
ニールの答えに、涼は驚いていた。
そして、うずうずしだした。
その様子に、ニールは笑った。
なぜ、涼がそうなったか、よく分かっているから。
錬金術師なら、当然だ。
「リョウ殿、その魔法式が見たいのであろう?」
「はい、ぜひ!」
ニールは笑いながら問い、涼ははっきりと答えた。
その後の、涼の頭の中は、ゴーレム同士の戦闘内容よりも、エンチャントの魔法式の方で頭がいっぱいになっていた。
実際、ゴーレム戦は、シビリアンが、少しずつホーリーナイツを磨り潰すようにして、自軍の損害を少なくしながらの戦いに移行していた。
決着は時間の問題であった。
一時間後。
ゴーレム戦は決着した。
ホーリーナイツ八十体は全滅。
シビリアン側は、大破六体。小破十四体。ほぼ無傷三十体。
圧勝であった。
「自力で動ける四十四体は、格納庫に移動した後で、動力を停止せよ。一度切れば、すぐには動かせぬからな。確実に、格納庫で切るようにな。格納したら、指示してある通り、城壁の魔力を流用して充填を開始するように」
ニールが、伝令兵に厳しく言い渡している。
「魔力が完全に空になるから、その後の連合王国との戦いに投入できる保証はない」と言っていたことと関係があるのであろう。
涼はそう予測したが、それ以上に魔法式が気になって……。
「リョウ殿、大破した六体を見に行こうぞ。あれは、どうせすぐに戦線に復帰させるのは無理じゃから、ゆっくり見られる」
「はい!」




