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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第四章 マファルダ共和国
375/930

0350 原因

馬車は、元首公邸から少し離れた建物に入っていった。

その建物内で、三人は馬車を下りる。


御者が、馬車の上に載せてあった大きな袋を下ろした。

ニールの道具らしい。


「私の後についてきてくれ」

そう言うと、元首コルンバーノが先に歩き始めた。

その後ろを、ニール、涼、御者の順についていく。



地下への階段を降り、かなり歩く。



そして、ようやくついた扉を開けて入ると……そこには、広大な空間が広がり、何十体ものゴーレムが並んでいた。


「おぉ……」

思わず、涼の口をついて出てくる小さな感嘆の声。

壮観と言ってもいい光景。


だが、別の見方をすれば、戦場でもあった。

しかも、敗色濃厚な戦場。


多くの者が、いくつものゴーレムに線を繋ぎ、何やらタブレット端末のようなものを見たりしている。

そして、何度も首を振っている。

顔をしかめながら。



うまくいっていないのは、誰の目にも明らかであった。



ニールは、一番手近なゴーレムに近づき、置いてある資料を見る。

さらに、タブレットらしきものを見る。


「あ、あの……」

それを見咎めて、声をかけようとする兵団の錬金術師。

だが、元首コルンバーノが、錬金術師に近寄り、何事か耳打ちする。



「あれが、ニール・アンダーセン……」


小さなざわめきは、空間中に広がっていった。



ちなみに、涼は、ニールの後ろから、資料などを覗き込んでいる。

そして、ゴーレムそのものも……。



しばらくすると、ニールは猛烈なスピードで、タブレットを操り始めた。

さらに、いくつかの資料を、あえて紙に写し出していく。

プリンターらしきものもあるらしい……。

ペーパーレス化は考えられていないようだ。


涼も、後ろから、ニールの作業を覗き込んでいる。

完全には理解できないが、なんとなくは分かる。



この三年間で、なんとなく分かる程度にはなったのだ!



今、ニールが取り出したのは……。


「リョウ殿、何か気づいたかな?」


それは口頭試問。


意見を求めているのではない。

答えを見つけたかと問うているのだ。


涼は、素直に思ったことを述べる。

「その……省魔力化の回路は、数値が変だと思います。その数値では、起動はしても、魔力が分散しすぎて、ゴーレム自体を動かすことはできない気がします」



ザワッ。



涼の言葉に、周りで見ていた兵団の錬金術師、整備師たちがわずかにざわつく。

中には、敵意に満ちた視線もある。


だが涼は、その答えには、ある程度の自信があった。

なぜなら、『省魔力化』については、聖都に来る前、キューシー公国のゴーレムを分解し、徹底的にいじくりまわすことができたからだ。


西方諸国の中でも、キューシー公国のゴーレムは、その省魔力化に非常に秀でた機体であり、涼はとても勉強になった。


「やはりリョウ殿は面白いな。正解じゃ。この省魔力化回路の数値が異常になっておる。理由は知らんが……ここをいじくればいいと指示を出した錬金術師は、かなりの者じゃ。実際、この兵団の錬金術師総出でも、気づかなかったからな。リョウ殿はなぜわかった?」

「実は、キューシー公国のゴーレムを分解する機会がありまして……」

「ほぉ。そんな機会、わしですらないぞ。キューシー公国のゴーレムは、省魔力化に優れた機体らしいからな。なるほど」

ニールは大きく頷いた。



そして、周りの錬金術師たちに指示を出していった。



「さて、元首閣下。一つ確認したいのじゃが」

「アンダーセン殿、本当にありがとうございます。それで確認したいこととは?」

「このゴーレムたちの相手は、連合王国のゴーレムですかな?」

「……いえ、おそらくは法国のゴーレム兵団になります」


ニールの問いに、元首コルンバーノは顔をしかめて答え、さらに言葉を続けた。


「法国のゴーレム兵団は、驚くほどの速度で東国境を突破し、一路この首都へと向かってきております。連合王国軍が、街を一つ一つ落としているのとは対照的に」

「何体じゃ?」

「八十体……」



法国のゴーレム兵団は、西方諸国最強……涼も聞いたことのある話だ。

それが、八十体向かってきている……。


「なんともまあ……。法国のゴーレム……ホーリーナイツ(聖なる騎士)であったか、あれが八十体となると、この五十体では……動けるようになっても、このままでは厳しいのぉ」

「……このままでは?」

ニールの言葉に、涼が首を傾げて呟く。


「どうする元首閣下。一戦だけなら、ホーリーナイツを上回る力を出せるようにできるぞ? ただし、こやつらの魔力が完全に空になるから、その後の連合王国との戦いに投入できる保証はない……」

ニールの言葉は、まさに賭けであった。

だが、元首コルンバーノは、ほとんど即答した。

「それでいい」


法国に首都を落とされれば、その瞬間に共和国は終わるのだ。

ならば、まず法国のゴーレム、ホーリーナイツをなんとかしなければならない。



連合王国軍は……後で考える!



((仕方ないとはいえ……国のトップが、こんな行き当たりばったりでいいのでしょうか……))

((リョウの気持ちは分かるが、そういう場合もある。優先順位をつけた結果、そうせざるを得ないのだろう))

アベルも、『魂の響』を通して聞いていたようだ。

すぐに涼の疑問に答えた。


国のトップの言葉は、時として、下々の者には奇異に映るものだ。

だが、それは、手元にある情報の差が映し出す奇異さに過ぎない。

一介の国民も、同じ立場に立てば、同じ言葉を吐く……おそらくは。多分。きっと……。そうだといいな……。



立場によって、いろいろと違う……世界は難しいものらしい。



「元首閣下、ホーリーナイツとの接敵まで、あとどれくらいじゃ?」

「二十五時間と聞いている……」

「ふん。全分解が必要なのじゃが……それを含めて、一体三十分でロールアウトしろと……。消えていた情熱が湧き上がるわい」


ニールはそう言うと、笑った。


涼が、これまでに、何度も見てきた笑い。

たいていは、戦いの場で。

そう、例えば悪魔レオノールなどが浮かべた笑い。



凄絶な笑み。



およそ、錬金術師と呼ばれる人間の笑いではない。

あるいは、整備や調整を行おうという人間の笑いでもない。


だが、なぜか、今のニール・アンダーセンにはぴったりの笑いに思えた。





元首コルンバーノは、元首公邸に戻った。

現在、元首公邸の大会議室には、首都防衛司令部が置かれている。

首都の中で、最も高い位置にある会議室のために、そこに置かれた。


四方の窓から、首都城壁の外を見ることができる。



首都防衛の最高司令官は、元首であるコルンバーノだ。

だが、コルンバーノは、海戦ならお手のものだが、はっきり言って陸戦や籠城戦は、全く指揮経験がない。

そのため、最高司令官代理に、最高顧問バーリー卿が入っていた。

バーリー卿は、それこそ、数えきれないほどの陸戦における指揮を執ってきた人物である。


「どうだ?」

コルンバーノは、そのバーリー卿に小さな声で問う。

「ホーリーナイツは、想定通りの……想定した中でも最悪の速度で、一直線にこの首都に向かっておる」

「やはり……二十五時間後か?」

「うむ。この首都がある、レンテ平野で迎え撃つことになろう。ホーリーナイツ相手に、籠城戦は無理じゃからな」

「城壁の、物理障壁と魔法障壁を『食い破る』んだよな」

「そうじゃ。じゃから籠城戦は意味をなさん。なんとかして、レンテ平野で倒さねばならんが……」


バーリー卿の顔色は悪い。

いくつもの、戦術案を検討したのだが、どうやっても勝ち目が見えないのだ。


「今、ニール・アンダーセンがゴーレムの修復を行っている」

「聞きましたぞ。動くようになりそうだと」

「ああ。それだけじゃない。一戦だけだが、ホーリーナイツと戦える状態に仕上げなおしてくれるらしい」

「……五十体全部?」

「ああ、そうだ」



驚きに目を見張るバーリー卿。



「普通の整備でも、一体二時間かかると聞いたが?」

「俺も、そう聞いていた」

バーリー卿が確認し、コルンバーノも頷いて答えた。


そう、ゴーレムの整備は、非常に時間がかかる。

部品交換を伴わない整備でも、二時間。

関節部など、部品交換が必要な整備だと、三時間。

全分解して、全組立を行うと……実に十時間以上。


これは、全て一流の整備師での時間だ。



「全分解が必要だと言っていた……」

「普通は一体十時間かかるのを……三十分でということか? ニール・アンダーセンという男……控えめに言っても、化物じゃな」

コルンバーノの言葉に、小さく首を振りながらバーリー卿は答えた。素直な感想を。


おそらく、何らかの魔法や、独自開発した錬金道具などを使ったりするのだろう。

だが、たとえ、そうだとしても……異常だ。



そんな異常な男が敵に回らなくてよかった。

二人は、心の底からそう思っていた……。


公国ゴーレムをいじくりまわしておいて良かったです。

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