0350 原因
馬車は、元首公邸から少し離れた建物に入っていった。
その建物内で、三人は馬車を下りる。
御者が、馬車の上に載せてあった大きな袋を下ろした。
ニールの道具らしい。
「私の後についてきてくれ」
そう言うと、元首コルンバーノが先に歩き始めた。
その後ろを、ニール、涼、御者の順についていく。
地下への階段を降り、かなり歩く。
そして、ようやくついた扉を開けて入ると……そこには、広大な空間が広がり、何十体ものゴーレムが並んでいた。
「おぉ……」
思わず、涼の口をついて出てくる小さな感嘆の声。
壮観と言ってもいい光景。
だが、別の見方をすれば、戦場でもあった。
しかも、敗色濃厚な戦場。
多くの者が、いくつものゴーレムに線を繋ぎ、何やらタブレット端末のようなものを見たりしている。
そして、何度も首を振っている。
顔をしかめながら。
うまくいっていないのは、誰の目にも明らかであった。
ニールは、一番手近なゴーレムに近づき、置いてある資料を見る。
さらに、タブレットらしきものを見る。
「あ、あの……」
それを見咎めて、声をかけようとする兵団の錬金術師。
だが、元首コルンバーノが、錬金術師に近寄り、何事か耳打ちする。
「あれが、ニール・アンダーセン……」
小さなざわめきは、空間中に広がっていった。
ちなみに、涼は、ニールの後ろから、資料などを覗き込んでいる。
そして、ゴーレムそのものも……。
しばらくすると、ニールは猛烈なスピードで、タブレットを操り始めた。
さらに、いくつかの資料を、あえて紙に写し出していく。
プリンターらしきものもあるらしい……。
ペーパーレス化は考えられていないようだ。
涼も、後ろから、ニールの作業を覗き込んでいる。
完全には理解できないが、なんとなくは分かる。
この三年間で、なんとなく分かる程度にはなったのだ!
今、ニールが取り出したのは……。
「リョウ殿、何か気づいたかな?」
それは口頭試問。
意見を求めているのではない。
答えを見つけたかと問うているのだ。
涼は、素直に思ったことを述べる。
「その……省魔力化の回路は、数値が変だと思います。その数値では、起動はしても、魔力が分散しすぎて、ゴーレム自体を動かすことはできない気がします」
ザワッ。
涼の言葉に、周りで見ていた兵団の錬金術師、整備師たちがわずかにざわつく。
中には、敵意に満ちた視線もある。
だが涼は、その答えには、ある程度の自信があった。
なぜなら、『省魔力化』については、聖都に来る前、キューシー公国のゴーレムを分解し、徹底的にいじくりまわすことができたからだ。
西方諸国の中でも、キューシー公国のゴーレムは、その省魔力化に非常に秀でた機体であり、涼はとても勉強になった。
「やはりリョウ殿は面白いな。正解じゃ。この省魔力化回路の数値が異常になっておる。理由は知らんが……ここをいじくればいいと指示を出した錬金術師は、かなりの者じゃ。実際、この兵団の錬金術師総出でも、気づかなかったからな。リョウ殿はなぜわかった?」
「実は、キューシー公国のゴーレムを分解する機会がありまして……」
「ほぉ。そんな機会、わしですらないぞ。キューシー公国のゴーレムは、省魔力化に優れた機体らしいからな。なるほど」
ニールは大きく頷いた。
そして、周りの錬金術師たちに指示を出していった。
「さて、元首閣下。一つ確認したいのじゃが」
「アンダーセン殿、本当にありがとうございます。それで確認したいこととは?」
「このゴーレムたちの相手は、連合王国のゴーレムですかな?」
「……いえ、おそらくは法国のゴーレム兵団になります」
ニールの問いに、元首コルンバーノは顔をしかめて答え、さらに言葉を続けた。
「法国のゴーレム兵団は、驚くほどの速度で東国境を突破し、一路この首都へと向かってきております。連合王国軍が、街を一つ一つ落としているのとは対照的に」
「何体じゃ?」
「八十体……」
法国のゴーレム兵団は、西方諸国最強……涼も聞いたことのある話だ。
それが、八十体向かってきている……。
「なんともまあ……。法国のゴーレム……ホーリーナイツであったか、あれが八十体となると、この五十体では……動けるようになっても、このままでは厳しいのぉ」
「……このままでは?」
ニールの言葉に、涼が首を傾げて呟く。
「どうする元首閣下。一戦だけなら、ホーリーナイツを上回る力を出せるようにできるぞ? ただし、こやつらの魔力が完全に空になるから、その後の連合王国との戦いに投入できる保証はない……」
ニールの言葉は、まさに賭けであった。
だが、元首コルンバーノは、ほとんど即答した。
「それでいい」
法国に首都を落とされれば、その瞬間に共和国は終わるのだ。
ならば、まず法国のゴーレム、ホーリーナイツをなんとかしなければならない。
連合王国軍は……後で考える!
((仕方ないとはいえ……国のトップが、こんな行き当たりばったりでいいのでしょうか……))
((リョウの気持ちは分かるが、そういう場合もある。優先順位をつけた結果、そうせざるを得ないのだろう))
アベルも、『魂の響』を通して聞いていたようだ。
すぐに涼の疑問に答えた。
国のトップの言葉は、時として、下々の者には奇異に映るものだ。
だが、それは、手元にある情報の差が映し出す奇異さに過ぎない。
一介の国民も、同じ立場に立てば、同じ言葉を吐く……おそらくは。多分。きっと……。そうだといいな……。
立場によって、いろいろと違う……世界は難しいものらしい。
「元首閣下、ホーリーナイツとの接敵まで、あとどれくらいじゃ?」
「二十五時間と聞いている……」
「ふん。全分解が必要なのじゃが……それを含めて、一体三十分でロールアウトしろと……。消えていた情熱が湧き上がるわい」
ニールはそう言うと、笑った。
涼が、これまでに、何度も見てきた笑い。
たいていは、戦いの場で。
そう、例えば悪魔レオノールなどが浮かべた笑い。
凄絶な笑み。
およそ、錬金術師と呼ばれる人間の笑いではない。
あるいは、整備や調整を行おうという人間の笑いでもない。
だが、なぜか、今のニール・アンダーセンにはぴったりの笑いに思えた。
元首コルンバーノは、元首公邸に戻った。
現在、元首公邸の大会議室には、首都防衛司令部が置かれている。
首都の中で、最も高い位置にある会議室のために、そこに置かれた。
四方の窓から、首都城壁の外を見ることができる。
首都防衛の最高司令官は、元首であるコルンバーノだ。
だが、コルンバーノは、海戦ならお手のものだが、はっきり言って陸戦や籠城戦は、全く指揮経験がない。
そのため、最高司令官代理に、最高顧問バーリー卿が入っていた。
バーリー卿は、それこそ、数えきれないほどの陸戦における指揮を執ってきた人物である。
「どうだ?」
コルンバーノは、そのバーリー卿に小さな声で問う。
「ホーリーナイツは、想定通りの……想定した中でも最悪の速度で、一直線にこの首都に向かっておる」
「やはり……二十五時間後か?」
「うむ。この首都がある、レンテ平野で迎え撃つことになろう。ホーリーナイツ相手に、籠城戦は無理じゃからな」
「城壁の、物理障壁と魔法障壁を『食い破る』んだよな」
「そうじゃ。じゃから籠城戦は意味をなさん。なんとかして、レンテ平野で倒さねばならんが……」
バーリー卿の顔色は悪い。
いくつもの、戦術案を検討したのだが、どうやっても勝ち目が見えないのだ。
「今、ニール・アンダーセンがゴーレムの修復を行っている」
「聞きましたぞ。動くようになりそうだと」
「ああ。それだけじゃない。一戦だけだが、ホーリーナイツと戦える状態に仕上げなおしてくれるらしい」
「……五十体全部?」
「ああ、そうだ」
驚きに目を見張るバーリー卿。
「普通の整備でも、一体二時間かかると聞いたが?」
「俺も、そう聞いていた」
バーリー卿が確認し、コルンバーノも頷いて答えた。
そう、ゴーレムの整備は、非常に時間がかかる。
部品交換を伴わない整備でも、二時間。
関節部など、部品交換が必要な整備だと、三時間。
全分解して、全組立を行うと……実に十時間以上。
これは、全て一流の整備師での時間だ。
「全分解が必要だと言っていた……」
「普通は一体十時間かかるのを……三十分でということか? ニール・アンダーセンという男……控えめに言っても、化物じゃな」
コルンバーノの言葉に、小さく首を振りながらバーリー卿は答えた。素直な感想を。
おそらく、何らかの魔法や、独自開発した錬金道具などを使ったりするのだろう。
だが、たとえ、そうだとしても……異常だ。
そんな異常な男が敵に回らなくてよかった。
二人は、心の底からそう思っていた……。
公国ゴーレムをいじくりまわしておいて良かったです。




