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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第四章 マファルダ共和国
374/933

0349 錬金術

「閣下、ジュズヴァッラで……」

そこで、報告者の首席補佐官ラシュが言いよどんだ。

「どうなった?」

片目の元首コルンバーノ・デッラ・ルッソは先を促す。


「はい……。我が共和国防衛隊は壊滅。連合王国軍は、街を落としながら進軍しております」

ラシュが悔しそうに報告した。


「さすがに、ゴーレム無しでは相手になりませんでしたか」

最高顧問バーリー卿が、何度も首を振りながら言う。



「整備師と錬金術師たちは、何と言ってる?」

「はっ……未だに原因が分からぬと」

元首コルンバーノの問いに、首席補佐官ラシュが答えた。


「くそっ。もう待てん。彼に来てもらう以外にはない!」

「しかし、一度でも頼れば、国を出ていくとの取り決めが……」

「仕方あるまい! このままでは、本当に国が滅ぶわ!」

コルンバーノは苦々しい表情でそう言い切った。


「私が直接向かう。馬車を用意せよ」




((融合魔法のブローチですか! それは、実に興味がありますね。本当に、そんなお土産を貰ってしまっていいんですか?))

((もちろん。ケネスへのお土産として手に入れましたからね。帰国を楽しみにしていてください))


涼とケネス・ヘイワード子爵が、アベルの『魂の響』を使って会話をしている。

この間、アベル自身は、『装置』にずっと左手を置いたままにしなければならない。

王様なのに、大変だ。



((そういえばこの前、錬金術を使った新船の設計を見たとか?))

((そうそう。中々に凄かったのですよ。ウィットナッシュで、レインシューター号を見た時も凄いと思いましたけど、今回のは設計だけでも、いくつもの新機軸が入っていました。あの形状、クリッパーみたいで、かなり速いですよ。設計に、僕がお手紙を届けたニール・アンダーセンさんが加わっていて、二度びっくりでしたけど))

涼は、フランツォーニ海運商会で見た、新船の設計について思い浮かべながら話している。


だが、そこでケネスの雰囲気が変わった。


((リョウさん、今、何て……?))

((え? いくつもの新機軸……))

((いえ、その次です))

((クリッパー……))

((いえ、その次です))

((ああ……ニール・アンダーセンさん。僕が手紙を届けた魔法使いです))

((ニール・アンダーセン……いや、まさか……同姓同名の可能性も……))


ケネスが何か呟いている。


((ケネス?))

((あ、すいません。リョウさん、そのニール・アンダーセンという方は、どういう方ですか?))

((どういうと言われても……二メートル近い長身で、ほっそりした印象。白髪は短く揃えられ、鷲鼻、左目にはモノクル。少し神経質そうでした))

((かなり細かい描写ですね。でも、凄く……そう、聞いていた風貌に、凄く似ています……))

((え? ケネス、ニール・アンダーセンさんを知っているの?))


涼は驚いた。

まさか、ケネスが、西方諸国の魔法使いを知っているなんて。


((ええ。私の知っているニール・アンダーセンと同一人物であれば……彼は、元帝国の錬金術師です))

((え……))



その瞬間、涼の中にあった違和感が氷解した。



海運商会で会長が涼を「ナイトレイ王国の公爵」として紹介した時、ニール・アンダーセンは、「なんと……王国の……」と呟いた。


これは変なのだ。


西方諸国の人間であれば、そんな言い方はしないはずだ。

西方諸国にも、多くの王国がある。彼らが『王国』と聞いて最初に思い浮かべるのは、それら西方諸国にある王国のはずなのだから。


ナイトレイ王国と聞いて、「なんと……王国の……」と言うのは、中央諸国の人間。


ケネスが言う通り、元帝国の錬金術師であるなら、納得だ。



そして、涼は、もう一つ思い出したことがあった。



それは、だいぶ昔。

ケネスに会うよりも前。


初めて、ルンの南図書館で、この『ファイ』における錬金術の本を司書に勧めてもらった時。

三冊の本を紹介された。

その三冊の本は、全て……。

((著者がニール・アンダーセンだった……))


((ああ、ニール・アンダーセンは、数多くの著作を残しています))

ケネスはそう補足した。


((ニール・アンダーセンは、フランク……私の友で師匠でもある、フランク・デ・ヴェルデの二世代上の錬金術師です。それも、卓越した、錬金術師でした))

((かなり、すごい……?))

((ええ、それはもう。はっきり言って、中央諸国の錬金術は、リチャード王以降、数百年単位で、発展を止めていたと言ってもいい状態でした。それを、再び動かしたのが彼、ニール・アンダーセンです。帝国の、錬金術大国としての礎を築いたといってもいいでしょう))

((それはすごい……。でも……フランクさんの二世代上って……そこまで年とってるようには見えなかったよ? フランクさんって七十代半ばでしょう? むしろそれよりちょっと若く見えた気が……))

((それは不思議ですね。ニール・アンダーセンは、生きていれば、多分百二十歳近くになるはずなので……))



謎が、一つ解ければ、また一つ……。




共和国首都、ニール・アンダーセン邸。

二人の男が向かい合って座っている。


一人は、この家の主、ニール・アンダーセン。

もう一人は、この国の元首、コルンバーノ・デッラ・ルッソ。


「……つまり、正式な要請ということか?」

「ああ……」

ニール・アンダーセンが問い、コルンバーノが苦渋に満ちた表情で頷いた。


「わしの助成は民間に限る、ということで移住した。その際に交わした約定通り、国の事業に手を貸せば、わしはこの国を出ていくことになるが、それでもということじゃな?」

「そうだ……」

ニール・アンダーセンが再度問い、コルンバーノがさらに苦渋に満ちた表情で頷いた。


そうせざるを得ない状況だ。


先の見通せる者であれば、ジュズヴァッラ会戦が起きる前に協力を仰ぐべきだった、とか言うかもしれない……その通りなのだが、ニール・アンダーセンを頼るというのは、本当に、最後の最後の切り札なのだ。


共和国の民間部門において、ニール・アンダーセンがいなくなるということは、今後数十年にわたって、共和国の錬金術の発展が止まる……そういう意味を持つのだから。


だが、国の滅亡と秤にかけて、今回はやむを得ない……。



「そうか」



ニール・アンダーセンは、それだけ呟くと黙った。

共和国が置かれた苦境、元首コルンバーノの苦渋、どちらも理解できたからだ。



その時、ニール・アンダーセンは、ふと窓の外を見た。

ポーチから入ってきた、一人のローブを纏った男……。

(あれは、確か……)




「こんにちは。先日、伺いました冒険者の涼です。約束はないのですが、ニール・アンダーセンさんにお会いしたいのですが」

「申し訳ございません。ご主人様は、ただいま来客中でして」

「ああ、やっぱり……表の馬車ですね」


表に、立派な馬車が停まっていた。



涼がどうしようか考えていると、奥の扉が開いて、ニール・アンダーセンが出てきた。

後ろに、立派な服を着た人がついてきている。


「確か、リョウ殿じゃったな。どうした?」

「ニール・アンダーセンさん、すいません。ちょっとお尋ねしたいことがありまして……」

そこで、涼は、ニール・アンダーセンが外出しようとしていることに気づいた。

そんな服装だ。


「ニールでよい。少しなら答えられるが、なにぶん時間がない」

「ええ、そのようで。どちらかに出かけられるのでしょう? あの、こちらはたいした用事ではありませんので、また別の機会にでも……」

「ふむ……」

ニールは、涼の左耳と、村雨の鞘を見て、少し考えた。



三秒ほど。



「リョウ殿は、錬金術を嗜んでいると言ったな」

「はい、まだまだ学び始めたばかりですが……」

ニールの問いに、涼は照れながら答える。


ニールはそこで、驚くべきことを言った。

涼に対してではなく、後ろの人物に。


「元首閣下、こちらのリョウ殿も連れて行ってよいかな。役に立つかもしれんぞ」

「い、いや、それは困る。いちおう、国家機密だ……」

ニールの言葉に、さすがに戸惑う男。


「リョウ殿、こちらは、この共和国の国家元首、コルンバーノ・デッラ・ルッソ閣下。元首閣下、こちらのリョウ殿の事はご存じか?」

「いや……失礼ながら存じ上げないが」

いきなりの大物を紹介され、涼は驚いていたが、ニールの目が、「自己紹介してはどうか」と語っているのを理解できた。


「初めてお目にかかります。中央諸国、ナイトレイ王国筆頭公爵を拝命しております、ロンド公爵リョウ・ミハラと申します」

涼は、丁寧にお辞儀をした。

三年前、アベルに徹底的に仕込まれたために、かなり様になっている。


「ロンド公爵? ああ! それは報告で聞いておりました。これは大変失礼いたしました。先ほども紹介がありました、コルンバーノ・デッラ・ルッソです」

コルンバーノは、左目に眼帯をつけており、見るからに海の男であるが、その礼は優雅であった。



地位は人を育てる。



「さて、わしも先ほど聞いたのだが、こちらのロンド公爵閣下は、諜報特務庁に協力して、共和国内に潜伏していた『教皇の四司教』を捕縛されたそうです。驚くほど強力な魔法使いであり、しかも錬金術も嗜んでいる。わしの見たところ、非常に独創的な錬金術の知識もありそうです。ぜひ、今一度、共和国のために協力を仰ぐのがよろしいと思いますよ?」

ニールは、元首コルンバーノに言った。


コルンバーノは、少し迷ったが、結局頷く。


「わかった。公爵閣下、ぜひ協力をお願いしたい」

「え~っと?」

涼は全く理解できていない。


何をお願いされているの?


「リョウ殿。我々はこれから、共和国のゴーレム兵団を、ちと修理に向かう。それに同行して欲しいのだ。ほれ、リョウ殿は、ゴーレムに興味があったであろう?」

「そういうことなら、ぜひ!」

ニールは微笑みながら言い、涼は一も二もなく同意した。




馬車の中。

「さて、着くまで時間ができたのぉ。リョウ殿、何かわしに聞きたくて、家を訪れたのであろう?」

「ああ、はい……」

そこで、涼は、チラリと元首コルンバーノを見る。


「大丈夫じゃ。元首閣下は、わしに関するたいていの事を知っておる。というか……その辺りを気にするということは、わしがどこから来たのかなどを、知ったか?」

ニールは、笑いながら、自分から問うた。


「ということは、やはり元帝国の……?」

「うむ、そうじゃ。かつては、デブヒ帝国で錬金術をやっておった」

涼の問いに、ニールは頷いて答えた。

少しだけ、懐かしい目をしながら。


「そうだったのですね……。僕が初めて読んだ錬金術の本が、ニールさんが書かれた本でした」

「おお、そうか! わしの著作が、新たに錬金術の道に進む者を導いたとは……。これほど嬉しいことはないな」

涼の言葉に、ニールは、本当に嬉しそうな顔で答えた。



そして、ニールは少し真面目な顔になって、問うた。

「リョウ殿の左耳のイヤリングは、錬金道具じゃな?」

「はい」

「驚くほどの腕……いや、そんなレベルではないな。当代に冠絶するといっても過言ではない錬金術師の作によるもの……」

「なんと……」

ニールがその腕を褒め、元首コルンバーノが驚く。

ニールが絶賛するほどの錬金術師がいるということに。


「私の師匠が作ってくれました」

涼は微笑みながら答えた。

ケネスの事を絶賛されて、嬉しくなったのだ。


「なるほど……。いや、しかし、よく成立しているな、その道具は……」

「え?」

「遠距離通信系のものであろう? 恐らくは一千キロを超える、しかもいつでも通信可能……。ちょっと想像できない省魔力化じゃ……あるいは、逆か? 想像できないほどの、リョウ殿の魔力なのか」

ニールは呟くようにそんな独り言を言っている。


そして、視線を涼の腰に移す。

「その、腰の鞘は、別の者の作じゃな。イヤリングほどは洗練されてはおらぬが……それが、リョウ殿か?」

「はい。まだまだです……」


ケネスに、遠く及ばないのは理解している。

だから、そこは素直に受け入れる。


「いや、けなしたのではないのじゃ。その鞘に入れこまれた錬金術は……わしに理解できぬものじゃ……」

「アンダーセン殿が理解できない? そんなものが存在すると……」

ニールの言葉に、元首コルンバーノが驚く。


「うむ。イヤリングとは全く別の設計思想……。いったいその鞘の錬金術を作動させたら何が起きるのか……非常に興味深いの」

そう言うと、ニールは楽しそうに笑った。

涼は、苦笑いした。



設計思想が違うのは当然だ。

こちらは、暗殺教団の『ハサン』に通じる錬金術が元になっているのだから。

彼が残した『黒ノート』から、涼が試行錯誤して作り上げた、初めての大作と言ってもいいもの……。


だが、涼はそれ以上に驚いていた。

イヤリングはともかく、この鞘に入れこまれた錬金術は、普通、発動しない限り気づかれない。

ケネスですら、気づかなかった。


それを、ニールは見抜いた!


能力の差と言うより、経験の差なのかもしれない……。



「王国の錬金術師で、そのイヤリングを作ることができる者と言えば、フランク・デ・ヴェルデあたりかの?」

「いえ、フランクさんのお弟子さんにあたります。まだ二十代前半ですが、すでに中央諸国を代表する錬金術師と言っても過言ではありません」

ニールの問いに、涼は自信をもって答えた。


ケネスが、本当に凄い錬金術師であることを、涼は良く知っているから。


「王国でも、新たな錬金術師の世代が育っておるのじゃな」

ニールは嬉しそうに言った。

そして、言葉を続けた。



「錬金術、未だ(すた)れず」



その表情は、満足感に満ちていた。


かつて、自分の全てを捧げた道が、今も、そしてこれから先も、間違いなく続いていく……その確信を得られた男の表情であった。


ついについに!

ようやくようやく!

「0049 南図書館」で張った『ニール・アンダーセン』の伏線が回収されました!


実は、これは物語上、非常に重要な伏線なのです。

もしかしたら、最終部(第二部 最終話じゃないですよ)まで繋がるような。


最終部が書かれるのが何年後か分かりませんけどね。

筆者が忘れないようにしないといけません。


プロットもなく、設計書もなく、キャラクター表すらないこの作品。

全部、筆者の頭の中にだけあるので……何かあって記憶を失ったら、全ておしまいです、はい。

(時々、キャラクター表を投稿していますけど、いいアウトプットになっています)


人間の脳って凄いですよね。

多分、頭の中にあるものを紙に出したら、数千ページとか軽く超えちゃいます。

それを記憶し、必要な時には勝手に出てきて、無意識のうちにいろんなところを結び付けて。

そして物語を作ってくれる。


人間万歳!

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