0348 戦利品
「本当に捕まえるとは……公爵閣下、ありがとうございます」
特務庁の局長室で、涼は深々と頭を下げられた。
頭を下げているのは、局長ボニファーチョ・フランツォーニ、それと横にいるバンガン隊長とアマーリア副隊長。
「いえいえ、たまたま上手くいっただけですから」
これを、日本人的謙遜というのだろうか。
「それで……本当に、五人の身柄を完全に共和国にお預けいただけるので?」
「ええ、もちろんです。私が持っていてもしかたありませんし」
ボニファーチョ局長の確認に、笑顔で答える涼。
事実、その通りである。
だが、別に欲しいものがある。
「ただ、サンプルとして、彼らのブローチを二個。それと、彼らが使っていた『隠蔽』の技術について、分かったらそれを教えていただきたいのですが」
「ええ、事前にバンガンたちから聞いております。もちろん、構いません」
ボニファーチョ局長は大きく頷いた。
「あ、あと、魔法封じの手枷とかいうのも、ちょっと興味があるので、できればそちらも……」
「なるほど。法執行機関のみが所有しているものなので、お渡しすることはできませんが、見るだけならば構いません」
涼の追加注文にも、ボニファーチョ局長は応じた。
あの五人を捕まえたのは、共和国にとってかなり大きなことだったのだ。
そもそも、融合魔法のブローチなどを渡しても、共和国の損には全くならない。
捕虜から手に入れた物だからだ。
そんな物を渡し、わずかな情報を与えることで、あの五人の身柄を手に入れることができるのであれば安いもの。
「奴らが、我が特務庁の監視員たちを襲っていたことは分かっていました。それが無くなるのは、非常にありがたい」
ボニファーチョ局長は、何度も頷いた。
そして、数十分後。
涼は、約束通り、魔法封じの手枷の情報と、二個のブローチを手にした。
その顔は、本当に、本当に嬉しそうな……。
((リョウ、なぜ一個じゃなくて、二個なんだ?))
王都の王様が、そんな質問をしてくる。
((一個はケネスへのお土産です。もう一個は、自分へのお土産です))
((な、なるほど……))
そう、涼は友人であり師匠でもあるケネス・ヘイワード子爵へのお土産を手に入れたのだ。
涼は、とても友情に篤い男なのである。
「『隠蔽』については、まだ分かっていないようなので……。まだしばらく国内にとどまられるのであれば、お知らせしま……ああ、国境が封鎖されたのでしたな。申し訳ありませんが、しばらく共和国内にとどまっていただくしかありません」
「そうでした……。とどまるのは仕方ないのかなと思うのですが……聖都にいる使節団が、私のことを心配している可能性があります。その辺りはなんとかならないでしょうか?」
「分かりました。それにつきましては、うちのルートを通じて、王国使節団にお伝えいたします」
「ありがとうございます」
『確認先は使節団だ』と涼が啖呵を切った翌日には、その確認をできていたのだから、何らかのルートがあるだろうと思って言ったのだが、案の定であった。
これでとりあえず、戻るのが遅れても心配されることはないであろう。
戻るのが遅くなったら、きっと心配した……はず……ですよね?
心配してくれたはずですよね?
心配……するふりくらいはしてくれたに違いない。
「ドージェ・ピエトロに泊まりますので、何か分かったら、そちらまでお知らせください」
「はい。かしこまりました」
こうして涼は、引き払ったばかりの宿ドージェ・ピエトロに、さらに延泊することになった。
全てにおいて完璧な宿。
ここ以外の選択肢など、あり得なかった。
チーロ・ペーペの屋敷では。
「まさか……五人とも捕虜……?」
「はい。特務庁に潜り込ませている者から知らせがありました。特務庁本庁地下の監獄に、捕らえられているそうです」
ソファーに座る男の問いに、チーロ・ペーペは答えた。
ソファーの男は、左手の中指で、自分の額をポンポンと叩いている。
しばらくすると、その指が止まった。
「チェーザレは脱出させます」
「は?」
ソファーの男の言葉に、チーロ・ペーペはそれだけしか答えられなかった。
チーロ・ペーペは、この共和国の子爵だ。
だから、特務庁本庁地下の監獄が、どれほど厳しい場所か知っている。
少なくとも、脱獄などできる場所ではないことは知っている。
だが、目の前のソファーの男は、そもそも共和国の人間ではない。
法国の人間だ。
その困難さを知らないのだろう。
難しいということを伝えようと口を開こうとしたが……。
「大丈夫です。私の手の者にやらせます。まあ、私が動かなくとも、チェーザレ一人で脱獄してしまうかもしれませんが……やるなら早い方がいいでしょうから。あなたは、その特務庁に潜り込ませている者からの情報を、収集し続けてください。よろしいですね?」
「はい、かしこまりました」
チーロ・ペーペは、そう言うしかなかった。
聖都マーローマー、教皇庁本院の、ある部屋。
「チェーザレが、共和国の諜報特務庁に捕まったそうだ」
男性の声が情報を伝えた。
「まあ、私たち四司教の中では一番弱かったからね。仕方ないでしょう」
若い女性の声が呆れた様子で答える。
「まったく、四司教の恥さらしだな。死ぬならともかく、生きたまま捕まるなど、あってはならん」
若い男性の声が、侮蔑を含んだ声で言う。
その部屋にいるのは、三人だけ。
中央にある巨大な円卓に、椅子は四つ。
一つが空いていた。
それが、おそらくはチェーザレの席なのであろう。
たとえ、共和国から生きて戻ってこられたとしても、再びその席に座ることができるかどうかは分からない。
任務を失敗し、生きたまま敵に捕まるなど、失態というのも生ぬるいほどの大失態。
力によって立つ存在である以上、力がないと判断されれば、排除される。
それは、仕方のないことなのだろうか……。
翌日。
共和国西の国境、ジュズヴァッラ平原で、シュターヘン連合王国第一軍、第二軍と、共和国防衛隊との、正規軍どうしの戦闘が開始された。
後に、ジュズヴァッラ会戦と呼ばれることになる戦いである。




