0347 魔法戦
((五人……それも、この前の五人です……))
((うん……それを俺に聞かせてどうするんだ……?))
((アベルほどの経験豊富な冒険者なら、何か素晴らしいアドバイスをくれると思って、わざわざ言っているのです!))
((お、おう……。俺なら、なんとか一対一の状況を作り出して、それぞれ倒していくな))
((各個撃破ですか。セオリー通りですが、面倒なので、僕はまとめて叩きます!))
((……俺に聞いた意味ないだろうが))
((アベルの意見は尊重してますから! 今回は、ご縁がなかったということで……))
どこかの人事担当者のようなセリフを吐く涼。
市街地の外れの、少し開けた土地。
涼はそこで立ち止まると、振り返って言った。
「そこの五人、出てきなさい」
チェーザレを中心に、軍服のようなローブを着た五人が出てくる。
「俺たちがつけていたのが分かっていただと?」
チェーザレの左隣の男が言う。
「隠蔽がばれていた? 馬鹿な……」
チェーザレの右隣の女が呟く。
(そう、そこは非常に興味のあるところなのです。どんな技術なのか……魔法なのか、錬金術なのか、はたまた僕の知らない何らかの方法なのか)
涼は、彼らの『隠蔽』の技術についても、非常に興味を持っていた。
そう、「『隠蔽』の技術について『も』」だ。
もう一つ、彼らは良い物を持っているはずで、それにも興味がある。
ここでいう「興味がある」は、もちろん、手に入れたいと同義。
そのためには、
(殺さずに確保しなければいけない……)
厄介なのは、彼ら五人が魔法使いだということだ。
魔法使いは、<氷棺>で氷漬けにすることはできない。
完全に不可能ではないが、かなり厄介だ。
生かしたまま捕らえても、反撃されたり、逃げられたりしては意味がない。
一番確実な方法は、気絶させること。
だが、現実問題として、気絶させるのはとても難しい……。
延髄に手刀をいれてもなかなか気絶しないし……クロロホルムをかがせるのは分からないが手元にないし……お腹にパンチは、悶絶はするが気絶はしないし……。
一番確実に気絶するのは、締め技。
これは確実だ。
柔道や総合格闘技、場合によってはプロレスなどでも、首の二本の内頸動脈と椎骨動脈を絞めて気絶させてしまう……これは確実なのだが……一対五では、難しい。
涼はそんなことを考えながら、五人に対峙している。
気絶させて無力化した後の方法は考えてあるが……。
「やってみるしかないか」
涼は呟いた。
「チェーザレ、俺が行く」
チェーザレの左隣の男がそう言って一歩前に出た。
一対一で戦うのだろうか。
「いや、バルトロ、全員でかかる」
チェーザレは、前回同様に、抑揚のない声で宣言した。
それに、バルトロと呼ばれた男は驚く。
「は? あいつは、中央諸国の魔法使いなんだろ? 中央諸国の魔法使いなんて、ろくに使いものにならんだろうが……」
「この前は防がれた」
「いや、それはそうだが、あれは特務庁の二人の道具か何かじゃ……」
中央諸国の魔法使いは、西方諸国や東方諸国の魔法使いに比べて、レベルが低いと思われている。
わざわざ詠唱して、しかも威力の低い魔法しか生成できないとなれば……。
以前、西方諸国から来ていた勇者パーティーの魔法使いが、そんなことを言っていた……。
それもこれも、全て、ヴァンパイアの真祖様の想定通り……。
文化圏の魔法文化そのものを、自分が設定したレベルに押しとどめる……はっきり言って、とんでもない。
歴史上、そんなことに成功した人物を涼は知らない……もちろん地球の歴史において。
だが、あの真祖様は、ヴァンパイアが安心して中央諸国で暮らせるようにするために、中央諸国の人間が使う魔法を、わざわざ詠唱が必要なものにし、なおかつ威力の低いものにしたのだ。
とんでもない……。
まあ、その結果、こうして馬鹿にされているが。
「目の前の男は強い。侮るな、全力で、全員でかかる」
チェーザレは、涼を高く評価しているらしい。
「チェーザレ殿の言うことは正しい」
あえて、涼は挑発する。
「なに?」
バルトロと呼ばれた男が聞き返す。
「さすがは教皇の四司教の一人。その慧眼、恐れ入ります」
涼はそう言うと、わざとらしくお辞儀をした。
「中央諸国の冒険者のくせに、いろいろと知っているようだな」
チェーザレが言う。
(あれ? もしかして、僕がロンド公爵であることは知らない?)
涼は少しだけ意外であった。
共和国の諜報特務庁も掴んでいる涼の身分だが、目の前の暗殺部隊は知らないらしい。
あるいは、あえて知らされていないのか……。
「特に興味があるのが、そのブローチです」
涼がそう言うと、チェーザレ以外の四人の顔色が、明らかに変わった。
「まさか、融合魔法がすでに実用化されているとは。誰が作ったのか、ぜひ知りたいですね」
涼はそう言うと、にっこりと微笑んだ。
そこまで言うと、チェーザレすら、驚いたようだ。
あまり表情の変化のない男みたいだが……。
「さすがに、アンダーセンの知り合いというだけはあるか」
チェーザレのその呟きは、そう大きくはなかったが、涼の耳には届いた。
(アンダーセン? ニール・アンダーセンさん? なぜ彼が?)
涼が持っていた違和感が、また一つ大きくなった気がした。
ニール・アンダーセンに関して、何か引っかかっているのだが……それが何なのか、わからない。
とはいえ、今はいい。
目の前の問題に集中する。
会話から引き出せる情報はあまりなかったが、仕方ない。
わざわざ戦う前に会話したのは、何か情報を得られないかと思ったからだ。
殺す相手になら、口を滑らせてくれるかもしれないでしょう?
どうせ殺して、口封じをするのだから、言っちゃってもかまわないと思って……。
実際は、あまり無かったが……。
とはいえ五人の反応から、西方教会の中でも、融合魔法のブローチは、まだあまり一般的ではないということはわかった。
それだけでも良しとしよう。
狙うは融合魔法のブローチと、『隠蔽』を可能にしている何か。
ずばり、その二つ!
さて、涼は、魔法使いと言いながら、実は純粋な魔法戦をあまりやったことがない。
せいぜい、暗殺教団の首領『ハサン』との戦闘くらいだ。
それとて、最後は……。
レオノールやあの爆炎の魔法使いなど、いわゆる強敵と呼んでいい相手は、たいてい近接戦も交えてとなる……。
不思議だ。
そんなこんなで、今回は、魔法戦でいこうと決めている。
「言った通り、全員でかかる。俺に合わせろ」
「はい!」
チェーザレが言い、他の四人が答えた。
「<ファイヤーカノン>」
「<ファイヤーボール>」
チェーザレのファイヤーカノンに、四人がファイヤーボールを合わせる。
無数の炎が、涼に向かって飛……ぼうとした。
「<動的水蒸気機雷>」
涼と五人の間の水蒸気が、機雷になる……。
無数の。
そこに、炎の攻撃魔法が飛び込み、何十、何百の対消滅が発生し……対消滅の光が乱舞する。
それは、目くらまし……。
「<アイシクルランス5> <アイシクルランス5>」
全て先端を丸めた氷の槍。
最初の一撃は鳩尾に。
それで前かがみになったところに、次の一撃が顎を下から……ボクシングのアッパーカットのように。
もちろん、それらでは気絶はしない場合がある。
鳩尾で肺の中の空気を吐き出させ、顎で脳を上下に揺さぶって脳震盪を起こして動けなくして、そのうえで……今回の本命。
「<ウォーターカラー5>」
水の首輪が襲いかかる。
対象の周りの水蒸気を結合させて水にし、それで首を絞める。
単純だが効果的。
四人は水の首輪をつけ、気絶させることに成功した。
そう、四人。
ただ一人、チェーザレだけは、無傷。
最初の、鳩尾への<アイシクルランス>はもちろん、顎への<アイシクルランス>もよけたのだ。
最後の<ウォーターカラー>に至っては、腕に炎を纏わせて、弾き飛ばした。
「一人だけ格が違う」
涼は、呟く。
「<ファイヤードラゴン>」
チェーザレが唱えると、その両手から、炎が脈打ちながら生じた。
そして、まさに龍のごとく、前に漂う水蒸気機雷をよけながら、涼に襲いかかった。
「うそん……」
涼は思わず呟いたが、すぐに唱える。
「<アイスウォール20層パッケージ>」
前方だけではなく、自分の全方向に氷の壁を構築。
構築が完了した瞬間……。
ドゴンッ。
正面ではなく、左横、そして、上の氷の壁で炎が弾ける。
好きなように炎を動かして、様々な方向から攻撃を加えることができる魔法だった。
「<アイシクルランス128>」
あえて正面から、氷の槍を飛ばす。
「<魔法障壁>」
ガキン、ガキン、カキン……。
チェーザレが唱えた魔法障壁は、明らかに分厚く、固いもの。
涼の<アイシクルランス>が、障壁を貫けないのだから。
だが、さすがに、128発の氷の槍を食らって、無傷とはいかない。
割れる。
「<アイシクルランス128>」
そこに、さらに128発の氷の槍。
「<魔法障壁>」
再び張られる障壁。
それが、五回繰り返された。
「<アイシクルランス128>」
涼が唱えるのと同時に、チェーザレは魔法障壁を張りなおさずに、唱えた。
「<ファイヤーカノンフルブースト>」
これまでとは明らかに違う数……千は下らない数の炎の塊が生じて、その手から発射された。
炎の塊の内128個は、氷の槍と対消滅して消えたが、残りは涼を襲う。
「ついに! <積層アイスウォール20層>」
涼の前からチェーザレに向かって、積み重なるように構築されていく氷の壁。
いかな、融合魔法によって強化され、おそらく最後の魔力を振り絞っての最強攻撃であっても……積み重なっていく氷の壁を全て撃ち抜くのは不可能。
ケネスから聞いていた情報が役に立った。
持久力を犠牲にして瞬間火力を上げる……そんな融合魔法の使い方。
持久力の勝負になれば勝てる……涼には、やる前から分かっていた。
ほとんどの魔力を使い切ったチェーザレは、沈黙した。
「<ウォーターカラー>」
水で首を絞められ、チェーザレは気絶した。
他の四人と同様に。
「ふぅ、成功です」
涼はそう言うと、大きく手を振った。
涼の合図に、遠くから走ってくる五人。
「すごい……」
到着した五人のうち、一人がそう呟いた。
バンガン隊長だ。
「本当に生け捕りにするなんて……」
アマーリア副隊長も首を振りながら呟いている。
涼の知らない他の三人が、手際よく、暗殺部隊五人を後ろ手にして、手首に何か手錠のようなものをはめている。
「それって、なんですか?」
涼は興味深げに見る。
「魔法封じの手枷です。これをつけられると、魔法を使えなくなります」
「なんと……」
中央諸国では見たことのなかった道具だ。
はめると、ほんのり光り始めた。錬金道具が発する光……つまりこれは、錬金術によって、魔法を封じているのだ。
(ぜひ、仕組みを見せてもらわねば!)
涼は、固く心に誓った。
「運ぶ方法は考えてあるということでしたが……?」
バンガン隊長が涼の方を見て問う。
「はい。<台車5>」
暗殺部隊の五人は、それぞれ氷の台車に乗せられ、涼の後をついて諜報特務庁の本庁へと運ばれるのであった。




