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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第四章 マファルダ共和国
371/930

0346 国境閉鎖

翌日。

美味しい晩御飯、快適な睡眠、美味しい朝御飯。

言うまでもなく、完璧であった。


涼は、朝食後に、軽くストレッチをこなしてから、受付に行った。

本日、宿を引き払い、共和国を発って聖都に戻るのだ。


チェックアウトも、何のストレスもない。

やはり完璧。



「素晴らしいお宿でした。また共和国に来ることがあれば、こちらに宿泊させていただきます」

「またのお越しをお待ちしております」


そこまでは、完璧であった。


涼が受付を離れようとすると、バックヤードから、一枚の紙を持ってきた従業員がかなり急いで受付にやってきた。


そして……。


「リョウ様!」

「はい?」

「先ほど、元首公邸より発表がありました。共和国の、全ての国境が閉鎖されたそうです」

「え……」




涼の姿はラウンジにあった。

宿には、詳しい情報を集めてもらうようにお願いして、自分はケーキとコーヒーをいただいている。


((焦っても仕方ありません。落ち着くことは大切なことです))

((なあ、リョウ……実は俺、起きたばかりなんだが……))

((国王陛下というものは、夜二時に寝て、朝三時に起きるものです))

((そんなわけあるか!))


涼はコーヒーを一口飲み、続けた。

((ほんと、一般の国民というのは、開戦直前になるまで何も知らされないのです))

((まあ……大混乱が起きたら困るからな))

((パニック抑制のための情報統制……。どうせ何も有効な事なんてできないんだから、国民は、パニックなんて起こさないでゆっくり過ごすがいいのです))

((……))



そんなことを話していると、宿の人が紙を持って涼の元にやってきた。


「リョウ様、国境閉鎖の件ですが」

「はい」

「戦争になるようです……」

「ああ、やっぱり……」




共和国西方国境付近で、シュターヘン連合王国第一軍、第二軍と、共和国防衛隊との、正規軍どうしの衝突が数時間後に迫っていたが、共和国内ではすでに、暗闘とでも呼ぶべきものが起きていた。


「最初は、サカリアス枢機卿を監視していたルーシャー隊の連絡が途絶え……立て続けに十部隊……。自国の首都で、諜報部隊が狩られるとは……」

諜報特務庁局長ボニファーチョ・フランツォーニは、悔しそうに呟いた。


中には、彼が直接鍛えた者たちもいた。

いずれも、そう簡単に倒されるような者たちではない。


だが、さすがに……。


「チェーザレが入ってきていると言っていたな……あの辺りか」

『教皇の四司教』を相手にすれば、厳しい戦いになるのは理解している。



そのチェーザレらを探しているが、実際に見つけたとして、どうするべきか……ボニファーチョの中では決まっていない。


包囲して、倒せればいい……数の暴力というのは、たいていの場合、有効な手段だ。

だが、倒せなかったら……特務庁の実働部隊は、壊滅的な状態になる。


しかし、だからといって、放置することもできない。


ただでさえ、実働部隊が狩られ、共和国内にいる敵対陣営の人間を、完全には監視できなくなっている。

正規軍どうしが衝突した時、例えば軍中枢への破壊工作、あるいは元首公邸への襲撃などを行われれば……国そのものが滅びる。


それだけは、なんとしても避けたい!



戦うのは、戦場に出る者たちだけではないのだ……。




マファルダ共和国首都ムッソレンテ内の、ある一軒家。

家の主チーロ・ペーペは、子爵位を持つれっきとした貴族。

共和国であっても、爵位を持つ貴族はいる。


だが、そんな貴族であるチーロは、ソファーに座る男の前で、平身低頭、ほとんど従僕のような立場で、飲み物を持ってきたり、食べ物を手配したりしていた……。


「素晴らしい結果です。二日で、五十人以上の特務庁の人間を葬るとは」

ソファーの男は、そう言うと、ゆっくりとコーヒーを飲む。


微笑みを浮かべ、とても優しそうな表情だ。


男に報告するかのように、傍らに立つ男……『教皇の四司教』の一人、チェーザレ。

何も言わずに、ただ頷く。



西方教会内の事情に詳しい人間がこの光景を見れば、少し不思議に思うであろう。

なぜなら、チェーザレは『教皇の』四司教だ。

これは、教皇直属の暗殺部隊と言っても過言ではない。

そして、他の枢機卿たちも、それぞれに実行部隊を配下に持っている。

暗殺部隊とまでは呼べない部隊もいるが……子飼いの部下と言うべきだろうか。


いわば、それらは全て、ライバル同士。


教会の教えを広めるという目的のために、手を組むことがないとは言わないが……。

そうだとしても、教皇直属の暗殺部隊に、枢機卿が命令を下すということはありえない。


そもそも、一対一で会うことすら、本来ありえない……。



だから、現在、チーロ・ペーペの屋敷の状況というのは、ちょっと信じられない光景と言える。


とはいえ、家の主チーロ・ペーペは、もちろん何も言わない。

自分と家族の命が一番大事だから。

余計なことを言えば、あるいはそんなことを外に漏らせば、その瞬間にこの世とはおさらばだ……。



「もうすぐ、連合王国と共和国の軍が衝突する。元首公邸への襲撃と特務庁本庁への襲撃は、いつ行う?」

チェーザレが問う。


当然のように、元首公邸や特務庁への破壊工作は計画されている。


「そうですね……そちらの戦場の決着がついてから、特務庁を。その後に、元首公邸にしましょう」

「今すぐじゃないのか? なぜだ?」

「一つ、優先してほしいことがあるからです」


チェーザレの問いに、ソファーの男はよどみなく答える。


「中央諸国使節団の冒険者が、手紙を届けるために共和国に来ています。その男が共和国を出ないうちに、殺してください。幸い、今朝、国境が封鎖されたので、簡単には国外には出られないでしょうけど。似顔絵を」

ソファーの男が言うと、チーロ・ペーペが、似顔絵の書かれた一枚の紙をチェーザレに渡した。


「ふむ。理由を聞いてもいいか」

「珍しいですね。この対象に、何か問題でも?」


チェーザレの初めての問い直しに、ソファーの男が少しだけ目を見開いて問うた。

彼の知る限り、チェーザレが理由を聞くなど、初めての経験だからだ。


「特務庁の奴を襲撃した際に、邪魔をした男だ」

「ほほぉ」

ソファーの男は、チェーザレを興味深げに見る。

だが、それ以上は何も言わない。

余計なことを言えば、チェーザレの機嫌が悪くなることは理解しているから。

そんなことをする必要はない。



わざわざ、仕事の成功率を落とすようなことを言う奴は、ただの馬鹿だ。



口から出たのは、チェーザレの問いへの答え。


「この冒険者が共和国内で死ぬことによって、教会は、共和国内への兵力進駐の大義名分を手に入れます。教会ならびに法国が、丁重にお迎えしている中央諸国使節団の一員の安全を保つことができなかったという事は、法国外交官や事業で共和国内にとどまっている法国民の安全も、保障できないのではないか。共和国にはその力がないのではないか。そのため、法国は自国民保護のために、軍を進駐させる……」

「なるほど」


自国民保護のための進駐……よくある話だ。


「わかった、その男を殺そう」

「名前はリョウ。ナイトレイ王国C級冒険者。宿泊先は、『ドージェ・ピエトロ』……いい宿に泊まっていますね。殺害の方法は問いません。ただ、宿泊先で襲うのはやめてください。あの宿は、私も気に入っていますから」

「承知した」


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