0345 海は怖いので
翌日。
美味しい晩御飯、快適な睡眠、美味しい朝御飯。
やはり、完璧であった。
涼は、朝食後に、軽くストレッチをこなしてから、宿を出……ようとしたのだが、入口の外に、人が立っていた。
直立不動。
昨日、『局長』と呼ばれていた人物だ。
涼が宿から出てくると。
「申し訳ありませんでした!」
そう言って、深々と頭を下げた。
どうやら、確認が取れたらしい。
昨日の今日とは、なかなかに早いといえよう。
「確認が取れたのですね?」
「はい。公爵閣下、この度は、大変申し訳なく……」
「立ち話もなんですので、そこのラウンジに入りましょう」
涼はそう言うと、昨日、美味しいケーキを食べたラウンジに入った。
局長もそれについて行く。
実は、局長から離れた場所に、部下かお付きの人かもいたらしく、後について入った。
総勢十人。
涼は再び、『今月の黒板ケーキ』とモカコーヒーを注文。
局長と部下たちは、コーヒーだけであった。
涼は、ちゃんと言ったのだ。皆さんもどうですか、と。
だが、局長が頼んでいないのに注文するのは、と思ったのであろう。
丁重に断った。
職場の上下関係というのは、いつでもどこでも、いろいろ大変らしい……。
涼は美味しそうにケーキを食べ、コーヒーを飲んだ。
昨日同様に、素晴らしいケーキであった。
その間も、局長は無言のままだ。
冷や汗は止まっていない。
当然であろう。
遠く離れた中央諸国とはいえ、その大国の筆頭公爵……つまり国のナンバーツーの権力者を誤認逮捕しようとしたのだ。
しかも、相手が「謝るなら今のうちだぞ」と言ったのを、完全に否定して。
たいていの国では、極刑。つまり死刑となる。
国によっては、一族全てが罪に問われる。
貴族制というのは、そういうものだ……。
そして、ようやく涼は口を開いた。
「それで……局長さんの謝罪の件ですが……」
「はい……」
局長は、ごくりと唾を飲み込む。
「私は、共和国の法を知らないのですが、王国などであれば、極刑……つまり死刑だそうです」
昨日、アベル王に確認したから、間違いない。
「はい……。共和国でも、同様です……」
やはり、重い罪になるらしい。
「そうですか。とはいえ、局長さんが、国のためを思って、あるいは部下のためを思って先走った行動をとったのだろうというのは、まあ、わからないではありません。ですので、今回は、一つだけ条件を付けて、不問に付すことにします」
「ほ、本当ですか……」
「ええ、本当です」
涼は、笑顔を浮かべて頷いた。
「それで、条件というのは……」
そこが、非常に難しいものであれば、局長は別の意味で板挟みとなる……。
「簡単な話です。共和国は海運が盛んな国と聞きました。しかも船団は、暗黒大陸にまで行くと。魔物がいる海も渡れると。その航海の技術を見せてほしいです」
「え……」
「もちろん、国家機密のようなものではなく、民間レベルのもので構いません。ただ、できれば、民間レベルの最高のものを」
涼は、今でも忘れていない。
海には、クラーケンのような魔物がいるということを。
だが、漁師たちは、そんな海に出ていって漁をする。
かつて、ヴァンパイアに支配された漁村ですら、海の魔物除けがあったらしいし。
そうであるなら、これほど海運の発達した国なら、かなりの技術があるのではないかと。
もちろん、国家機密を見せろと言えば、目の前の局長は板挟みとなるであろう。
だが、そうでないならば……いろいろと便宜を図ってくれるのではないだろうか。
局長は、少し考えると、頷いた。
「分かりました。民間レベルでいいのであれば……私の実家が海運業を営んでおります。私は、この世界に入ってしまったので家を継ぎませんでしたが、弟が継いでおりますので、話してみましょう」
「おぉ!」
これぞ、まさに、ウィン-ウィン。
その日の午後、涼は、フランツォーニ海運商会を訪れた。
諜報特務庁局長ボニファーチョ・フランツォーニの実家だ。
ちなみに、すでに涼は、特務庁の監視対象からは外れている。
いろいろと確認が取れたそうだ。
涼としては嬉しいのだが、特務庁側には特務庁側の問題が持ち上がっているようで……。
共和国内で、特務庁の諜報員たちが襲われているらしい。
確かに、昨日の『チェーザレ』たちも、涼だけではなくバンガン隊長とアマーリア副隊長も、殺そうとしていた。
いや、そもそも最初に襲ってきて氷漬けになった者たちは、隊長と副隊長を襲っていた……。
国同士の関係は、見えないところで、いろいろと起きるのだ。
というわけで、一人でフランツォーニ海運商会を訪れた涼であったが、非常に丁寧に対応された。
午前中のうちに、局長から連絡が行き、「できる限り最高のものを」とわざわざ注文もされたらしい。
局長も、決して悪い人ではないようだ。
諜報機関のトップなど、恐ろしい人物に違いないと、涼は勝手に思っていたが……。
涼が、フランツォーニ海運商会で、航海技術に目を輝かせていた時、共和国元首公邸会議室では、深刻な議論がなされていた。
「つまり……戦争は避けられないと」
「はい、最高顧問。シュターヘン連合王国は、第一軍、第二軍がすでに首都を進発し、我が国国境に向かっております。さらに連合王国海軍も軍港を出たとの情報があがってきております」
最高顧問バーリー卿の問いに、首席補佐官ラシュが答える。
「第一軍ということは、国王自ら兵を率いて、ということか……」
片目の元首コルンバーノ・デッラ・ルッソが呟いた。
シュターヘン連合王国は、西方諸国の中でも大国の部類に入る。
特に、軍事力においてはトップ5に入るとさえ言われている。
これまでも、シュターヘン連合王国とマファルダ共和国は、何度も戦ってきた。
海洋国家である共和国は、海戦では敵なしであるが、陸戦では圧勝とまではいかない。
最終的には、全て撃退してきたが、毎回、無傷とはいかなかった。
非常に厄介な隣国なのだ。
しかも今回は……、
「国内に入り込んだ教会の者共の動きも無視できぬ」
最高顧問バーリー卿が問う。
そう、今回は、教会がかなり共和国内に入り込んで来ている。
それは、共和国軍が、今までと違ってかなりまずい状態にあることを把握しており、共和国そのものを滅ぼす好機だと判断しているからだ。
そして、今回の、共和国最大の問題。
「未だ……ゴーレムは動かぬか?」
「はい……」
共和国防衛の要となってきたゴーレム五十体が、全て動かない……。
しかも原因不明。
もちろん、それは国家の最高機密であるが、教会も連合王国も、情報はつかんでいるであろう。
突然、会議室の扉が開き、報告書を持った者が飛び込んできた。
「閣下、大変です!」
すぐに、報告書が元首コルンバーノに渡される。
一読。
「なんだと……」
さらに、もう一読。
そして、傍らの最高顧問バーリー卿に報告書を渡した。
「ファンデビー法国のゴーレム兵団が、法国を出た……? 向かう先は、我が国でしょうな」
「法国は、本気で共和国を滅ぼすつもりらしいな……」
「いやあ、どれもこれも、興味深いものばかりでした」
「満足いただけたようで、良かったです」
フランツォーニ海運商会の会長室。
応接セットに座るのは、涼と、商会長ジローラモ・フランツォーニ。
涼は見学が終わり、商会長自らが最後にご挨拶をしたいということなので、会長室を訪れたのだ。
ジローラモ会長としても、兄から丁寧にもてなして欲しいと言われた相手だ。
しかも、中央諸国の筆頭公爵……。
満足してもらえたかどうかの確認は、しておくべき相手であった。
そして、双方満足。
涼が、暇乞いをしようとした時、廊下から大きな声が聞こえてきた。
「ダメじゃ! こんな設計では沈むぞ。言うたであろうが、この水は……」
その後は、何かを言って聞かせているらしく、ここまでは声は聞こえてこない……。
見ると、ジローラモ会長は苦笑している。
「アンダーセン殿……いつもながら声が大きい」
「アンダーセン?」
どこかで聞いた名前だ。
そう、昨日、手紙を届けた相手が確か……ニール・アンダーセン。
「もしや、ニール・アンダーセンさん?」
「おや? ロンド公爵は、アンダーセン殿をご存じで?」
「はい、昨日お会いして……」
とはいえ、ロンド公爵としてではなく、普通に手紙を届けた冒険者として会ったので、ここで会うべきかどうか涼は少し迷った。
だが、状況は待ってくれなかった。
扉が大きくノックされ、ジローラモ会長が返事をする前に開けられて、ニール・アンダーセンが入ってきた。
「会長、すまんがこの設計ではダメ……おっと、来客中でしたか、これは失礼……ん? 確か、昨日うちに来た……リョウ殿じゃったな?」
「はい、アンダーセンさん。こんにちは」
「アンダーセン殿、こちらは、ナイトレイ王国のロンド公爵閣下です」
ジローラモ会長が、説明をする。
昨日会った時には、そんなことを言っていなかったからであろう。ニール・アンダーセンは大きく目を見開いて驚いて言った。
「なんと……王国の……」
涼は、少しだけ違和感を感じた。
何の違和感なのかはわからない……もちろん、今回は、魔法無効化の違和感ではない。
だが、何かニール・アンダーセンの言葉に……。
書泉ブックタワー様本日(6/21)のTwitterより
〔8F/ラノベ〕【先週の売上ベスト】は 1位『水属性の魔法使い 第1部中央諸国編2』
https://twitter.com/shosen_bt/status/1406826898273959936
お買い求めくださった皆様、ありがとうございます!
大学時代、よく利用していた秋葉原の書泉ブックタワー……なつかしいです。




