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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第三章 魔王探索
360/930

0335 勇者と魔王

それから一週間、一行は、一度聖都マーローマーに戻った。

使節団への報告のために。



使節団宿舎一階ロビー奥のラウンジ。


「なるほど。状況は理解した」

団長ヒュー・マクグラスは報告を受け、大きく頷いた後、そう言った。


「テンプル騎士団とかいうのが動いているというのも、オスキャル枢機卿から聞いてはいたが……」

オスキャル枢機卿は、中央諸国使節団をもてなす教会側責任者の一人だ。

特にハロルドの件においては、『聖印状』の発行など、事の最初から、使節団にかなりの融通を図ってくれていた。



「氷の床と(ひょう)か……リョウらしいと言えばリョウらしいか……」

その呟きは小さかったため、美味しそうにケーキとコーヒーを堪能する涼の耳には届かなかった。

ヒューのすぐ目の前で報告していたニルスとエトには、聞こえたが。


「まあ、力づくで排除したわけじゃないのなら、問題ないだろ。何とでも言い訳はつくしな」

ヒューは特に問題にしなかった。



「ということはだ、後は魔王の血だな。教会上層部に届けろということだが、まあ、届ける相手は一択だ……」

「その、オスキャル枢機卿ですね」

「ああ。使節団との交渉役の一人として、聖都に詰めているから、まあいつでも会ってくれるだろう。もちろん、オスキャル枢機卿がずっと味方である保証はないが……。まあ、そこは仕方ない。しかし、マーリンが魔人とはな……」


ヒューは、マーリンが魔人であることが気になっているようだ。


「グランドマスター?」

「いや……南の魔人が解放された時に遭遇しただろ? で、今回の魔人だろ? どちらの魔人も、伝承で聞く『破壊的な』感じではない気がしてな……」

ヒューは、思い出しながらそう答えた。


「確かに、南の魔人はそうでした。ただ、今回のマーリンは、ずっと魔王軍の参謀役として、何千年も人と争ってきたらしいですから……本来の姿がどうなのかは分からないかと」

ニルスは言う。


「なるほどな。今回、友好的とも言っていいのは……」

ヒューは、そこで区切ると、美味しそうにケーキを食べている涼を見た。


「リョウがいるからか」

「ええ」

ヒューの確認に、ニルスが頷く。


「まあ、魔人などというものは、どうせ人が争って勝てるものではないからな……」

ヒューのその呟きは、ため息交じりであった。




マーリンと約束した一週間後。

一行は、八十層に潜った。


転送後、すぐにマーリンが目の前に現れた。

「よく来た。では、参るか」



その言葉が終わるか終わらないか……すぐに、一行を浮遊感が襲い、すぐに地面に降り立った。



足元は草原。

見上げれば青い空がある。

見える範囲に、小さな家が一軒。

遠くには、森が見える。


「む? 何か変じゃな」

マーリンが小さく呟く。


その瞬間であった。



影が飛び込んできて、一行の一番外側にいたニルスに……。



ガキンッ。



影の、高速の打ち下ろしを……氷の剣が受け止めていた。



「ローマン、危ないですよ?」

「え……え? リョウ、さん……?」



飛び込んできた影は、勇者ローマンであった。




「申し訳ありませんでした……」

勇者ローマンが謝る。

「いや……」

ニルスは、それ以上言葉を繋げられない。


「ローマンの聖剣アスタロトは、普通の剣で受けたら砕け散るんですよね? 僕の村雨でよかったです」

涼が、したり顔で頷きながら答える。



「勇者よ、いったいどうしたのじゃ?」

「マーリン殿、ここは敵に……教会に包囲されたようなのです」

「なんじゃと……」

勇者ローマンは現状を説明し、マーリンは絶句した。


「それで、いきなり気配を感じたので、敵が突入してきたのかと……」

「だから突っ込んできたと……」

ローマンが説明を続け、エトは頷いて答えた。



「さて、どうするか……せめて説明くらいはしたかったのじゃが」

マーリンが呟く。

「時間を稼ぐだけなら、この辺りを氷の壁で覆いましょうか? 突破するのに、多少の時間はかかるはずです」

「<アイスウォール>ですね!」

涼の提案に、勇者ローマンが頷く。


「うむ、では頼むかの」

マーリンも頷く。


「<アイスウォールパッケージ>」

家と、その周囲をまとめてアイスウォールで覆う。


これで、説明の時間くらいは稼げるであろう。




家の中にいたのは、可愛らしい顔立ちの、一人の少女であった。

十五歳か十六歳くらいであろうか?


一行が入っていくと、立ち上がって挨拶した。

「は、はじめまして。ナディアです」

緊張しているのか、少し顔が赤い。


「あ、はい、はじめまして」

涼は言葉を発し、他の六人は無言のまま頭を下げた。


「ナディアは、今代の魔王じゃ」

「ああ、なるほ……ど……?」

マーリンが、特にもったいぶらずに説明し、涼が頷こうとして失敗し……他の六人は、そのまま固まった。



固まった六人がまだ固まったまま……真っ先に回復したのは涼であった。


体形は人間。少女。

頭にツノは……ないっぽい。

尻尾は……これもないっぽい。

目の色は……こげ茶色。赤や金ではない。

指は五本……すごく爪がとがっている様子もない。

歯は……特に犬歯が発達している様子もない。


結論、人間種。



「ナディアさんは、人間……ですよね?」

「はい」

涼の確認に、ナディアは頷いた。


つまり……。

「人間が魔王になることもあると。魔王子が魔王に進化したパターンじゃないやつ」

「マジか……」

涼が確認し、ニルスが呟いた。


「非常に稀な例じゃ。常に、代々の魔王に付き従い、百人を超える魔王を見てきたが、人の魔王はナディアともう一人しか知らぬ」

マーリンですら、稀な例という。



「あれ?」

涼は気づいた。どうみても、目の前のナディアは、十代半ばだ。

人間らしいので、多分、見た目通りなのではないか。

そうであるのなら……。

「もしかして、三年前に魔王を討伐したとか発表されたけど……実は、討伐なんてしていない?」

「はい、していません。教会には偽の証拠を出しました」

勇者ローマンは、あっさりと認めた。


まあ……こんな可憐な少女が出てきたら……魔王だから倒せ、と言われても、ローマンは倒せないだろう。

涼は納得した。

しかも、魔王軍を起こして人類と敵対しているならともかく、ここ百年はそんなこともないらしい。

となれば、無理に倒す必要は無いのかもしれない……。




「さて、まずは、使節団の問題を解決するかの」

マーリンが、ハロルドの方を見て言う。

「あ、はい。お願いします」

ハロルドが進み出る。

ローマンが聖剣を抜き、切っ先をナディアに向ける。

ナディアが、右手の人差し指の先を、聖剣に当て、斬った。

そして手を伸ばし……流れる血を、ハロルドの額に垂らす。


その瞬間、光が弾けた。


「おぉ……」

思わず、そう呟いたのは、ジークだったか、ゴワンだったか……。



光が収まる。



「霊呪は、解けました」

ナディアは笑顔で、そう言った。

「あ……ありがとうございます……」

ハロルドの目の端には、少しだけ光るものが……。


そんなハロルドに抱きつくジークとゴワン。



「よかった……」

「うんうん」

涼が呟き、アモンが同意する。

ニルスとエトは、お互いに頷いた。



ようやく、ハロルドは、破裂の霊呪から解放されたのだった。





「さて、次は、こちら側の問題じゃ」

マーリンがそう言うと、勇者ローマンが一つ頷いて、奥から壺を持ってきた。

陶製ではなく、金属製の壺。装飾はなかなか豪奢(ごうしゃ)だ。

容量は二リットルほどだろうか。


「簡単な錬金術を施した壺じゃ。教会のやつのように、何十年もの保存はできんが、数か月なら血は劣化せぬ」

マーリンはそう言って蓋を開けた。

それをニルスが覗き込むと、血がたっぷり入っているのが見えた。


「わかった。責任をもって、教会に届ける。手はずは整っている」

「うむ、頼んだ」

ニルスが引き受け、マーリンが頷いた。


「とはいえ、ここを脱出しないことには、あれだがな」

「それは問題ない。先ほどと逆で、わしのダンジョンに転移すればよい。じゃが、問題は……」

マーリンはそこで言葉を切って、ナディアとローマンを見た。


「二人も、もうここには居れぬ」

「はい……」

マーリンが告げ、ナディアとローマンが異口同音に答える。



周囲を、教会の手勢が包囲しているのだ。

氷の壁で囲っているとはいえ、教会にだって強力な魔法使いはいるだろう。

あるいは、涼たちの知らない西方諸国の魔法もあるかもしれない。

いずれは突破される……。


「逃げるのは簡単じゃ。わしのダンジョンに行けばいいが……問題はその先じゃ」

「ずっとダンジョンに引きこもっているのは……?」

「ダンジョンは魔力が籠もりすぎておる。魔王にはつらい環境じゃ」

エトがまっさきに考えつく提案をし、マーリンが却下する。


「どこか教会の手の届かないところがよいのじゃが、そんな国は無い……」

西方諸国のほとんどは、西方教会の多大な影響下にある。


「唯一、完全政教分離を唱え、西方教会の支配下にないといえる国は、マファルダ共和国だけじゃが……あそことて、教会のスパイはいたるところに入っておる。二人が入れば、すぐばれるわい」

マーリンが呟く。


(共和国とかあるんだ……)

涼が驚いたのは、そこであった。


中央諸国には、涼の知る限り共和国は無い。

少しだけ興味を持った。



「二人は……一緒に隠れるんですね?」

「はい……」

ジークの確認に、ナディアとローマンが異口同音に答える。

ナディアは、顔を真っ赤にしている。

ローマンは、しっかりとジークを見て答えている。


「まあ、そういう事じゃ」

マーリンは、ニヤリと笑ってそう答えた。


「なるほど」

涼はしたり顔で何度も頷く。



そう、愛があれば種族の違いなんて……あ、いや、二人とも人間。

そう、愛があれば魔王と勇者だって……まあ、ラノベにありそうな展開だ。



「西方諸国に無いとなると……」

涼の呟きは、横にいたニルスにだけ聞こえた。


((アベル、アベル、アベル。至急至急、急いで応答してください!))

((いや、聞いてたから。どうせ、そういう提案をするだろうと思っていたさ))

((え? 僕が何を聞きたいか分かっているんですか?))

((ローマンとそのナディアを、ナイトレイ王国で受け入れてくれないか、だろ?))

((その通りです! さすがアベル! どうですかね? もしお金が足りないなら、僕が貰っている貴族年金を少し減らしても……))

((金は問題ない。そもそもリョウには、国から年金などやっていない。国王特別顧問とかいう職位手当を少しやってるだけだ。まあ、それはいいとして、もちろん王国は二人を受け入れる用意がある。幸い、貴族の数もまだ少ないままだから、望むなら貴族位につけてもいいし、静かに生活したいなら田舎暮らしもいいだろう。その辺りは、しばらく王国で暮らした後で決めてもいい。おいおい決めるのでも大丈夫だぞ))



即決であった。



この辺りの判断の早さは、涼がアベルを高く評価している点の一つだ。

年金を貰えていないというのはちょっとショックだったが。

ラノベ的知識は、誤りが多いのかもしれない……。



「ローマン、それとナディア。中央諸国に来ませんか?」

「え?」

涼の提案に、二人は驚いた。

さすがに、中央諸国に移住することまでは考えていなかったのだろう。


「今、確認が取れました。中央諸国、ナイトレイ王国は、二人の移住を歓迎するそうです」

「それってどういう……」

「ナイトレイ王国国王アベル一世の、直接の許可をいただきました」

「アベル? もしかして、『赤き剣』のアベルさん?」


ローマンは、アベルが国王になったことは知らなかったようだ。

西方諸国に住んでいたのだから仕方ないだろう。


「そう、そのアベルです。いろいろあって、僕はアベルと直接話せるのですが、今、許可をもらいました。どうでしょうか? ローマンは、一度王国に来たこともありますし、アベルの事もよく知っていますよね。何せ、王都の路上で、死闘を繰り広げた仲ですし」

「あはは……」


涼の言葉に、苦笑するローマン。

だが、初めてそれを聞いた一行六人は驚いている。


そして、ナディアも驚いていた。

「その、私は、魔王なのですが……それでも良いと……?」

「はい。勇者ローマンと魔王ナディア、二人とも受け入れるそうです」

ナディアの確認に、笑顔で頷く涼。



「面白い……実に面白いな」

マーリンが、何か嬉しそうだ。


「ナイトレイ王国と言えば、あのリチャードが王じゃった国であろう? 血は争えんな……懐の深さというか、器の大きさというか……実に面白い」

マーリンは、中興の祖リチャード王を知っていたらしい。


そして、衝撃的なことを言った。


「わしのダンジョンからであれば、ナイトレイ王国の王都クリスタルパレスまで、転移で送ってやれるぞ」

「マジか……」

思わず呟くニルス。


「まあ、一度送って、戻ってきたら、貯蔵魔力が足りなくなるゆえ、数年は使えなくなるがな。それも、二人のためというのなら惜しくはない」

マーリンは微笑みながら言う。



ローマンとナディアは、見つめ合った。

何も言葉は交わさない。

眉が揺れることなく、唇が動くこともない。


だが……。


どちらからともなく、頷く。


そして、ローマンが口を開いた。


「王国に参ります」


全ては、第二部最終章のため。

そして、第三部以降のために。


勇者と魔王がくっつくのは、王道ですよね!

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『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
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