0333 奇跡は二度起きない
アモンが骸骨王の首を刎ねた瞬間、全ての骸骨騎士が消えた。
同時に、涼が感じていた違和感も消えた。
「魔法無効化が解けた……?」
涼は呟くと、後ろを振り返って確認した。
「エト、無事ですね?」
「うん、大丈夫」
エトは大きく頷いて答えた。
そうして、二人でニルス達に合流するために、前方に向かって歩き出した。
「終わったか……」
骸骨騎士たちが全て消え、ニルスが呟いた。
「ええ……」
ジークが、肩で息をしながら答える。
ハロルドとゴワンは、答えることもできないほど、消耗しきっていた。
後半は、自分の身を守ることに専念せざるを得なかった……二人の表情は悔しそうだ。
持久力の無さを痛感したのだ。
『十号室』の三人は、三年前から、涼に持久力の大切さを嫌というほど叩き込まれている。
そして、自分たちでも鍛え上げてきた。
だから、戦い抜けた。
持久力とは、継戦能力だ。
そして、戦いとは、最後に立っていたものが勝者なのだ。
どんなに凄い技を持っていようが、どんなに凄い魔法を使えようが、途中で倒れれば負け。
そして、冒険者の負けとは、死を意味する。
であるならば、持久力をつけるということは、そのまま生きる可能性を上げるということになる。
「ハロルドとゴワンも、持久力をつけろ」
「……はい」
ニルスが言い、二人は答えた。
ジークは、小さい頃から鍛えられてきたために、最後まで骸骨騎士を倒し続けていた。
それでも、終わった瞬間は、肩で息をし、杖を支えにしなければ立っていられなかった……。
そんなところに、涼とエトが合流した。
「怪我はしていないね? よかった」
エトが一通り見て、安堵している。
「敵が多いと、剣士は大変ですね」
今回は剣士として戦った涼が、『十一号室』の疲労を見ながら言った。
「相変わらずリョウは疲れていないな……」
ニルスが呆れたように言う。
「フフフ、鍛え方が違いますからね」
涼が偉そうに言う。
実際、汗一つかいていない。
そこに、ようやく、アモンが合流した。
「遅くなりました」
そう言って、少し頭を下げた。
遅くなったのは、合流が遅くなったのか、倒すのが遅くなったのか……。
「いや、よくやってくれた。さすがだ」
ニルスが手放しで褒める。
その横で、涼も腕を組んで、うんうんと頷いている。
エトは、アモンの肩を、ポンポンと叩いて称賛する。
ようやく息が整った十一号室の三人は、揃って頭を下げた。
それらの称賛を受けて、アモンは嬉しそうに笑った。
アモンが、骸骨王を倒した場所には、何も残っていなかった。
骨の類も消え去っていた。
消滅したらしい。
そして、先の扉が開き、向こう側に記録をとる『石碑』が見えている。
一行は、記録した後、しばらく待ってみたが……マーリンは現れなかった。
「これでも足りないというのか?」
ニルスが顔をしかめて呟く。
「単純に、どこかに出かけて、まだこのダンジョンに戻ってきていないだけじゃ?」
涼が答える。
「出かけて?」
アモンが首を傾げる。
「あの慌て方からすると、出かけた先は、魔王の所だよね。保管されていた先代までの血が失われたから、教会が今の魔王の血を狙ってくると判断して」
エトが推測を、だが確度の高い推測を述べる。
『十一号室』の三人は頷いた。
「まあ、そういうことなら、この先も攻略してみるか。だが、とりあえず、今日は帰るぞ。さすがに疲れた」
ニルスが苦笑し、首を振りながら言う。
体の疲労的にはまだまだやれても、精神的な疲労はかなり蓄積されている。
そこの把握は、わりかししっかりと行うのが、ニルスという男だ。
外見は、完全に脳筋であるが、実際に脳まで筋肉というわけではない。
「五十層より下は、『ダンジョン地図』は無いらしいので、攻略はゆっくりになりますね」
エトが報告する。
「まあ、魔法無効空間には驚かされましたけど、今どきの魔法使いには通用しないということが証明できてよかったです」
「いや、リョウを一般的な今どきの魔法使いとして見るのは無理があるだろ……」
涼が言い、それにニルスがつっこんだ。
こうして、一行による、五十層攻略は終了したのであった。
宿『聖都吟遊』に戻る途中。
「かなり大人数の視線を感じるんだが」
「はい、二十人以上いますね」
「いつもは、五人とかでしたよね」
ニルスが呟き、アモンが答え、ハロルドが普段との比較を言う。
一行は、不穏な視線を向けられている。
実は、それはいつもの事だ。
この西ダンジョンの街に入って、翌日から監視されている。
とはいえ、襲ってくるわけでもなく、詰問されるわけでもなく、姿を見せない相手の視線を感じる。
しかし、昔経験した『暗殺教団』たちのような、隠密系な者たちではなさそうだとも感じていた。
彼らよりも、あからさまなのだ。
おそらくは、西方教会の……。
「待て」
ついに今日、姿を現した。
やはり、以前見たことのある……、
「テンプル騎士団!」
涼が嬉しそうに言う。
それを、顔をしかめて横目に見るニルス。
なぜ嬉しそうなのか、全く理解できないから。
涼が嬉しそうなのは、地球の歴史に出てきた『テンプル騎士団』とオーバーラップしているからに過ぎない。
実在の人物団体とは、何の関係もありません……。
「我らはテンプル騎士団。私は、第三分遣隊隊長のアンドレ・ド・バシュレである」
正面の騎士が名乗りを上げた。
「この前の人ですね」
涼が、呟く。
「ああ」
ニルスが小さく頷く。
エトが前に出て答える。
「先日もお会いしましたね。呪いも解けたようで良かったです。それで、そのテンプル騎士団の皆様が、いったい何の御用でしょうか」
言い方は前回同様、慇懃であるが、やはり目にも言葉にも力がこもっている。
この中の幾人かは、アイスバーン地獄を思い出したのだろうか、顔を強張らせた。
他の者たちも、普段の優しげな感じからは想像できない、凛とした、そして聖職者としてのオーラとでもいうべきものを纏わせたエトの雰囲気に、気おされ気味であった。
だが、隊長アンドレ・ド・バシュレは言い放った。やはり言い放った。
「お前たちがこれまでに手に入れた、魔王に関する情報を渡してもらおう」
「お断りいたします」
間髪を容れずに断るエト。
「なっ……」
アンドレは、速攻で断られたために怒った。
「貴様……我らを怒らせるとどうなるか分かっているのだろうな」
そう言って、隊長アンドレは一歩踏み出そうとしたが、やめた。
前回の事を思い出したのは明らかだった。
もちろん、涼も、前回と同じように<アイスバーン>で転ばせようなどとは思っていない。
奇跡は二度も起きない……今回も同じことが起きれば、方法は分からないが、一行がやっているというのはばれるであろうし。
だから、別の手でいく!
涼は空を見上げて、叫んだ。
「空から何か来ます! <アイスウォールパッケージ>」
『一行だけ』を、<アイスウォール>で囲う。
その瞬間……微妙に曇った空から、何かが落ちてきた。
ガキンカキンッ、コキンッ、ガキン……。
「痛っ」
「うおっ」
「あたた……」
何かが、大量に空から降ってきた。
それらが、騎士団の鎧に当たって、音が響く。
「これは……雹?」
ジークが、呟く。
場合によっては、こぶし半分ほどの物もあり、当たりどころが悪ければ……死にはしないが、一撃で気絶する。
テンプル騎士団は、大混乱に陥った。
慌てて、周囲の軒の下に隠れようとするが、慌てていたのだろうか、かなりの数の騎士団員が、足を滑らせて転んでいる。
もちろん、立て続けに滑って立ち上がれないとか、そういうことはない。
滑って転ぶのは、一回だ。
だが、そこに雹が降ってきて……。
四分の三ほどの騎士が気絶していた。
「異常気象ですね。早めに気づけて良かったです」
涼が、いつもより少し大きめの声で言う。
他の六人は、すでに何かを悟っていた。
だが、賢明にも何も言わない。
雹が降り続く中を、一行は<アイスウォール>に守られながら、ゆっくりと宿に移動したのであった。




