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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第三章 魔王探索
357/931

0332 死地

「リョウ……今、なんて……」

ニルスが、恐る恐る尋ねる。


ニルスだけではない。

全員の顔が強張っている。


視線は、骸骨王から離すことができないが、涼の言葉に意識が向いているのは分かった。


「恐らく、この部屋は、魔法無効空間になったと……」

涼がそう言うと、エトとジークが、何やら試した。


「魔法……使えない……」

「はい……」

エトもジークも、その顔は、絶望に染まっている。



「魔法が使えないってことは、相手も使えないってことだ」

「いえ……多分、相手は使える」

「はあ?」

涼が言い、ニルスが納得いかないとの声を上げる。


ベヒモスのベヒちゃんは、魔法無効化によってワイバーンたちの魔法を封じたが、自分は魔法を使っていた……。

原理は全く分からないが……骸骨王は、自分だけ魔法を使える可能性がある。



「そもそも、あの骸骨野郎が、何の魔物なのか分からんが……」

「ターンアンデッドが使えれば……」

ニルスがぼやき、ジークが悔しそうに呟く。


「なるほど。ターンアンデッド封じの魔法無効空間……」

涼は、そう推測した。




その時、地面から湧き上がるものがあった。



「さらに骸骨? 騎士?」

「おいおい、一体じゃないのかよ」

アモンが指摘し、ニルスがさらにぼやく。


五十層のボスは一体。


「ボスは一体だけど、ボスが召喚する場合もあるってこと?」

エトが言い、ハロルドとゴワンが頷いた。


召喚された骸骨騎士は八体。



「アモンはボスをやれ、気をつけろよ。ハロルド、ゴワン、それとジークは、俺と遊撃で倒しまくるぞ。リョウ、エトを頼む」

「はい」

ニルスの指示が飛び、全員が動き出す。


剣士としての力量で、ニルスを上回り始めたアモンがボスに当たる。

残りの前衛三人と、杖術で近接戦もこなすジークが、わらわらと湧いた骸骨騎士たちを倒してまわる。

そして、攻撃力、防御力ともにほぼ皆無の、だが絶対に死なせてはいけないエトを、涼が守る。



ニルスは、ある意味、最も信頼する男に、エトの身を任せたのだ。



もちろん、涼はそれを理解している。


魔法が使えないこの状況で、複数の敵からエトを守る……それは驚くほど難しいオーダーである。



だが、信頼は裏切れない。




涼は村雨を抜き、氷の刃を生成した。

やはり、魔法無効空間においても、村雨は使える。


「エト、後ろ、入口の扉の所まで下がります。あそこで迎撃しますよ」

「うん」


全方位から襲いかかられれば、守り抜くことは不可能だ。

せめて、後方の安全を確保し、その安全域と涼の間にエトを置いて、守り抜くしかない。

この状況において、最も安全と思われるのは、入ってきた扉であろう。


他の壁は……それらの壁から、新たな骸骨騎士が出てこない保証はない……。



涼は、全方位の気配を探りながら、背後にエトを隠し、前方から襲ってくる骸骨騎士たちと切り結ぶ。

切り結びながら、少しずつ下がる。


常に、骸骨騎士とエトの間に、自分の体を入れながら。



時々、大きな横薙ぎを入れ、骸骨騎士を飛びのかせ、そのタイミングで大きく後退する。



個人だろうが集団だろうが、撤退戦が一番難しい。



神経をすり減らすような撤退戦を続け……数分後。


「リョウ、扉に着いたよ」

「了解」

背後のエトが、扉に到着したことを報告する。


ようやく、背後に安全域を抱えることに成功した。


「ここから反撃ですよ」

涼がそう言った瞬間……。



「骸骨騎士が、増えた……」



涼たちの前方、つまり、涼とニルスら四人との間に、新たに八体の骸骨騎士が現れた。



涼は、一気に飛び込む。

振り下ろしてきた骸骨騎士の剣を受け流しながら、右足を大きく踏み込む。

踏み込んだ右足に重心を移しつつ、流すために後ろに残していた剣を戻す勢いで、骸骨騎士の首を刎ねる。


これまでの撤退戦で、首を刎ねるか胸の魔石を割れば倒せることは把握している。



撤退とは、反撃のための情報収集行動でもあるのだ。



首を刎ねた瞬間、今度は、刎ねる勢いで前に出した左足に一度重心を移し、さらに右足を大きく踏み込む。

同時に、右手を村雨から離し、左手を一気に突き出す。


左手一本突き。


切っ先は、前方にいた骸骨騎士の胸の魔石を砕いた。




「すごい……」

涼の、連続二体撃破に、エトが呟く。


エトは、近接戦は完全に門外漢だ。

パーティーの役に立とうと、小型の連射式弩を装備し、中距離での攻撃はできるようになった。

もちろん、骸骨相手には、矢は通用しないために、今回は攻撃手段がないのだが……。


そんな、近接戦が門外漢のエトですら、涼の剣技が普通でないことは理解できていた。


門外漢とはいえ、この数年、ニルスとアモンの訓練は見てきたし、肩を並べて戦ってきたのだ。

魔物や盗賊の討伐も、数えきれないほどやってきた。

B級剣士のレベルは知っている。


そんな彼らと比べても、涼は……普通ではない。



(けん)(ことわり)が違う。



そう、それはあるのかもしれない。


アモンは、ヒューム流剣術の基礎を習ったらしい。

ニルスは、ほとんど我流だ。


涼の剣は……どちらとも全く違う。



アモンと涼の模擬戦は、この西方諸国に来る途中でも見る機会があった。


だが、それはただ一合で終わった……。



思えば、涼の剣をしっかりと見たのは、今回が初めてかもしれない。

そもそも、『十号室』と一緒の時には、だいたい涼は魔法ばかりであったし……。


こんな、魔法無効空間のような場所でもなければ、剣をふるう機会もない……?


でも、それにしては、スムーズな剣……。




エトが、そんなことを考えている間も、涼は向かってくる骸骨騎士たちを倒す。


だが、一番に考えるのは、エトの安全。


出過ぎてはいけない。

常に、骸骨騎士たちと、エトの間に体を入れる。

場合によっては、エトのすぐ前まで戻ることもある。



それが、扉の前での、涼とエトの戦闘であった。




涼、エトと、アモン、ボスの間では、ニルス、ハロルド、ゴワン、そしてジークが骸骨騎士を相手に戦っていた。


すでに、八体の骸骨騎士が、二回、新たに現れている。


「くそ! これは、ボスを倒さない限り湧き続けるってやつか」

「そうかもしれません」

ニルスのぐちに、ハロルドが同意する。


もちろん、その間も剣は止めない。

動き続け、剣を振り続ける。



本来、骸骨相手に剣では分が悪い。

棍棒や(つち)のような、殴る系の武器が良いのだ。

だが、さすがにB級、C級冒険者ともなれば、剣で骸骨を倒すことも可能になる。

突きで、骨を砕くことも可能になる。


C級以上というのは、一流なのだ。



ニルス、ハロルドそしてゴワンの剣を使う三人と比べて、ジークの杖は広い範囲に対して攻撃もできる。

特に、振り回しは効果的であった。

槍や薙刀(なぎなた)のように、頭の上で片手で振り回したり、両手で持ってバットを振るかの如く横に薙いだり……。


『突かば槍 払えば薙刀 持たば太刀(たち)


杖の特徴を言い表した、古くから日本に伝わる言葉。

もちろんジークはそんな言葉は知らないが、杖の特徴を生かし切った戦いを繰り広げていた。


ジークの杖は、場合によっては、一撃で骸骨騎士を消滅させる。

なぜなら、聖なる祝福を受けた杖だから。

骸骨などのアンデッドに対して、最強の武器であることを証明していた。



では、三人の剣を使う者たちはどうか。



骸骨騎士たちの剣は、はっきり言って、かなりのレベルであった。

冒険者で言えば、C級……場合によっては、B級かもしれない。

それほどに厄介な剣。


さすがのニルスでも、簡単には倒せない。


だが、簡単ではないが、焦らなければ倒せる。



そして、焦る必要のない状況は組み上げてあった。



最大の懸案である、エトの安全は涼に預けた。

確かにここは、魔法無効空間であり、涼は魔法使いである……だがそれでも、涼ならやってくれる。

『絶対に』エトを守ってくれる。


完全なる信頼。


おそらく、ニルスは、自分自身に対する以上に、涼を信頼している……仲間を守ることに関して。



ボスには、アモンを当てた。


すでに、剣技において、ニルスを凌いでいる……ニルス自身、そう認識していた。

しかも、アモンの伸びしろは、まだまだある。


間違いなく、剣の天才。


それに関して、ニルスは全く悔しいとは思っていなかった。

それどころか、どこまで行くのか見てみたい……その思いが強い。



才能があり、努力も惜しまない。

さらに、性格も素直。



これほどに、伸びる要素を持った人間など、そうそういない。



ニルスは、尊敬するアベル王の姿を、アモンに重ねていた。


だからこそ、この場面において、アモンにボスを任せた。



アベルなら、こういう場面で、必ず結果を出す。

きっとアモンも……。





骸骨王は、驚くほどの剣の使い手であった。


盾を持たず、両手、あるいは片手で剣を持ちながら、目にもとまらぬ剣を振るう。

生前は、一国に冠絶(かんぜつ)するとすら言われるような剣士だったに違いない。


それほどに素晴らしい剣を振るう。



その剣を受けながら、だが、アモンは……微笑んでいた。


いや、嬉しそうだと言ってもいいかもしれない。


剣戟の内容は、アモンが押されている。

骸骨王が攻撃し、アモンが防御する。

ずっと、その構図だ。


だが、アモンの表情は、全く辛そうではない。

絶望に(ゆが)んでもいない。


骸骨王の攻撃を一つ一つ丁寧に受ける。


「なるほど」とか「骸骨王は突きが好きなんですね」とか呟きながら……。



この二人の戦いで驚くべきは、骸骨王の手数であったろう。


剣を繰り出しながら、石礫(いしつぶて)も放ってくるのだ。

剣を交わすほどのクロスレンジにおいて、魔法を織り交ぜる……。

およそ、普通ではない。


アモンが思い浮かべたのは、かつて見た、アベル王とフィオナ皇女の戦いであった。

フィオナも、剣戟の中に魔法攻撃を織り交ぜていた。


おそらく、それを見たことがあったからであろう。

アモンは、完璧に対応した。


さすがのアモンであっても、初見であったら対応できたかどうか……。


さらに、この魔法無効空間においても、「相手は魔法を放ってくるかも」と涼が言っていたのが頭にあったのもよかった。



実際に放ってきたのだから。



正確な理屈は分からないが、骸骨王が魔法を放つ瞬間だけ、魔法無効空間が歪むような感じを、アモンは感じていた。

骸骨王と自分の間だけ、魔法無効化が外されるような。


そうであるなら、骸骨王だけが魔法を使える理由も分かるというものだ。



「それって、すごく難しい魔法制御なんですよね。以前、リョウさんが似たようなことを言っていました」

アモンは微笑みながらそう言った。


骸骨王は、もちろん何も言わない。

骸骨なので、表情も変わらない。



ただ……少しだけ笑った気がした。



もちろん、アモンの気のせいだろう。

だとしても……笑って、すごいだろう? そう言った気がした。




アモンと骸骨王の剣戟は、ひたすら続いている。


骸骨王はアンデッドなため、全く疲れない。

そのため、激しい剣戟は長くなれば長くなるほど、人間側に不利となる。

なぜなら、人間は疲れるから。



当然、アモンは人間なため、不利になるのだが……。



全く疲れは見せなかった。


それどころか、反撃すら始めていた。



未だに、骸骨王の攻撃、アモンの防御という構図は変わらないのだが、少しだけ、アモンが攻撃をしはじめていた。


それも、骸骨王が見せてきた攻撃をなぞって……。


「う~ん、もう少し、引きを早くした方がいいのか」とか、

「重心を、少し後ろに残したままがいいかな」とか、

「なるほど、ここで片手に移行したのは、剣を返すためか」などと呟きながら。



もし、骸骨王に感情があれば、不気味さを感じたであろう。


これだけ激しく戦い続けているのに、疲れの一つも見せない。

しかも、自分の技をコピーされていく。

それでいて、防御に全く隙が無い……。


不気味さを通り越して、焦り始めたかもしれない。


時間が経てばたつほど、目の前の剣士は、自分の技を吸収して強くなっていくのだから。




実際、アモンは楽しくなっていた。



剣を交えれば交えるほど、自分の技が増えていくのを実感し、強くなっていることすら感じることができていたから。


これは、真剣勝負で、時々起きることだ。

剣の世界だけでなく、多くの分野で、人が経験することができるものだ。


だが、一度も経験しないまま死ぬ人もいる……それもまた事実。

あるいは、経験しているのに、それを自覚しないままに過ごしてしまう人もいる……それもまた事実。



アモンは違った。

経験し、自覚し、成長した。

今、この瞬間にも成長していた。



何十回目か、あるいは何百回目か、骸骨王の技をコピーして、繰り出した。



パキッ。



骸骨王の肋骨の一本を割った。


骸骨王が放っていた時以上の技を放ち、骸骨王の想定を上回るようになったのだ。



コピーが、オリジナルを超えた瞬間であった。



骸骨王は、特に突きが得意だ。

アモンも、突きが好きなために、それを理解できた。


これまでにも、何千回もの突きを放ってきた骸骨王。


そして、また……。

三連突き、四連突き、五連突き……止まらない連続突き。



目にも止まらない突きの連続。



「知っていますか? 突きで腕と剣が伸びきった瞬間は力が籠っているけど、それ以外の時は……」

アモンは、そう呟くと、骸骨王の突きの一つを、腕を伸ばして剣の『腹』で受けた。



そのポイントは、骸骨王の想定外のポイントであり、力の籠っていないタイミング。

骸骨王の剣は大きく後方に弾かれる。


アモンは剣の腹で受けると同時に、右足を大きく踏み込み、同時に左手を柄から離し、右手一本で大きく横に薙いだ。

以前、涼が見せてくれたように……日本の剣術で言うところの、抜刀術を放った瞬間の体勢。



その剣は、骸骨王の首に届き……一息で()ねた。



転げ落ちた頭蓋骨が……少し笑った気がした。

そして……言葉を発した気がした。


見事、と……。


「0279 模擬戦」の伏線が回収されました。

涼対アモンの、一合で終わった模擬戦でしたね。


今回の主役は、アモンでしたかね。


涼は、ある意味、魔法無効化には慣れていますが、

パーティー戦としては初です。

一人ならなんとでもなりますけど、仲間を守りながらだと、難しさの種類が違いますね。

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