0321 ケンタウロスの事情
その夜、ケンタウロスの集落では、一行の歓迎の宴が催された。
もちろん、中心で、次から次へと浴びるように酒を飲まされたのは、ニルスだ。
それを後ろから、まるで崇拝の対象のように見るハロルドとゴワン。
ニルス教の信者、一号、二号……。
次から次に注がれる酒を、次から次に飲み続けるニルスを、エト、アモン、そしてジークは苦笑しながら見ている。
もちろん、ご馳走を食べながら。
涼は、偉そうに腕を組んで、ニルスを見ながら何度も頷いていた。
「ニルスもやるようになった」などと、呟きながら。
そんなニルスの元に、闘った相手がやってきた。
手には、酒瓶を持っている。
その酒瓶を見る、周りの目が驚きに見開かれている。
かなり、希少な酒らしい……。
「ニルス、まあ、一杯」
「おお、ケイローン。もらおう」
酒を酌み交わす。
さすがに、今までニルスの周りで酒を注いでいたケンタウロスたちも、ケイローンにその場を譲っていた。
敗北したケイローンであるが、ケンタウロス族たちの見る目は変わっていないようだ。
いや、熟練者の雰囲気を出している者たちからは、今まで以上に敬意を払われているようにすら見える。
『闘い』の内容を評価されたのであろう。
「ニルスは強いな。いい勝負ができた。感謝する」
ケイローンは、何度目かの杯を空けながら、言う。
「勝負は時の運。今回は俺が勝ったが、次はわからん」
ニルスも、一息で杯を空けて答える。
「謙遜するな。俺は強い奴に負けたんだ。ケンタウロスは、強き者には敬意を払う」
「そ、そうか? あ、俺が勝ったからといって、ケイローンの立場が悪くなるとかそういうのは……」
「大丈夫だ」
ケイローンは笑いながらそう言うと、さらに言葉を続けた。
「勝利は名誉だが、敗北は恥ではない」
そう言うと、もう一杯、飲み干す。
「敗北を経験するたびに強くなる。我らケンタウロスは、そのことを知っている。だから、敗北は恥ではない」
そう言うと、ケイローンは笑った。
ニルスは、その笑顔を眩しそうに見た。
確かに事実ではあるが、はっきりとそう言い切るのは、なかなかできることではないという事を、知っているからだ。
「確かに……また強くなりそうだな」
「ああ、そう思うだろ?」
二人は、大笑いした。
エト、ジークと涼の元に、立派な装備を着ていたケンタウロス……もちろん今は、鎧は脱いでいるが……が来た。
「私が、族長のケンロウトルだ」
「私はエト、こっちがジークとリョウです」
「酔いつぶれる前に伝えておこうと思ってな」
そう言うと、族長ケンロウトルはにやりと笑った。
「まず、申し訳ないが、現在の魔王のいる場所は分からん」
「そうですか……」
にやりと笑った表情から一転、申し訳なさそうに、ケンロウトルは言う。
答えるエトも残念そうだ。
エトが、意を決したように問う。
「もし……もし、知っていらしたら、正直に教えてくださったのでしょうか?」
「ん? どういう意味だ?」
「我々が、魔王の元にたどり着くのを助けることになりますから」
「ああ、そういうことか」
ケンロウトルは笑いながら答える。
「かまわんよ、教えただろうな。我々は、魔王が軍を起こせばそれに従うことになる。これは、我らの意思には関係なく、我々が持つ『魔王の因子』によるものだ。選択の余地はない。だが、魔王が軍を起こしていない現在は、魔王との関係は全くない状態とも言える。魔王や、他の幹部、側近たちがどうだろうが、関係はないのだよ」
「魔王の因子……」
涼が呟く。
そう、どこかで聞いたような……涼にまつわる謎単語『妖精の因子』に似ている……。
「現在、魔王は軍を起こしていない……。つまり、人類に対して侵攻する意思はないと?」
「まあ、そうだな。そもそも、ここ百年以上、魔王軍と人との衝突など、起きたことはないがな」
そう聞いて、エトとジークは驚いた。
ここ数百年、世に生まれる魔王と勇者は、ほとんどが西方諸国で生まれている。
そして、半ば定期的に西方教会から、勇者が魔王討伐に成功したという発表がなされてきた。
そのため、中央諸国の人間は、勇者と魔王の関係性を正確には知らないと言ってもいい。
だが、西方教会の発表から、漠然と、魔王軍と人とがぶつかり、勇者が魔王を打倒したのだろうと考えていたのだ。
人が持つ魔王のイメージ。
それは、魔物の王。そして、人類の永遠の敵。
だが、実際は違うのかもしれない……。
涼は無言のまま、そんなことを考えていた。
「現在の魔王が誰なのか、どんな魔物なのかすらわからんが……魔王軍を起こして欲しくないというのが、正直なところだ」
ケンロウトルは、少しだけ寂しそうな表情で呟いた。
「どんな魔物かすらわからない?」
涼は、ケンロウトルの言葉を訝しみ、呟いた。
どうせなので、聞くことにした。
「魔王とは、デビルの……魔王子の一人が進化して成る、と聞きました」
「ふむ。半分正解と言える。実際に、そのルートで魔王になる魔王子もおる。だが、そうではなく、生まれながらにして魔王である者もおる」
「なんと……」
ケンロウトルの答えに驚く涼。
さらに、エトとジークも、大きく目を見開いて驚いている。
中央神殿では、四体いる魔王子の一人が進化して魔王になると教えられたと、リーヒャが以前言っていたことを考えると、二人もそう聞いていたのだろう。
やはり、魔王や魔王軍に関して、現在の中央諸国の人間は、知らないことが多すぎる。
「しかしそうなると……どうすれば魔王を探すことができるのか……」
ジークが顔をしかめて考え込む。
それを見てケンロウトルが言う。
「ハロルド殿が、魔人の霊呪にかかっているのであったな」
『闘いの祭』が終わってすぐに、なぜ一行が魔王を探しているのかは話してある。
そのため、ケンロウトルは言ったのだ。
「確かに、魔人の霊呪を解くには、魔王の血を一滴、額にたらす……それしかない。そのために、かつての魔王の血を教会は保管していたはずだが、それが失われたとか。そうなると……教会は魔王狩りを始めるであろうな」
「魔王狩り……」
ケンロウトルの言葉に、エトが顔をしかめて言う。
『狩り』とは……狩られるものに待ち受けるのは、残酷な運命しかない……。
だが……仮にも魔王と呼ばれる存在が、ただ狩られる運命を唯々諾々と受け入れるだろうか?
もしや、これを契機に、魔王軍を起こし、人類との戦争が再び起こるのではないだろうか?
もしや、西方教会の保管庫を襲った者たちは、戦争を引き起こそうと画策しているのではないだろうか?
涼の脳裏には、そんな考えも思い浮かんでいた。
もちろん、保管庫襲撃者の狙いが、『魔王の血』であるなら、だが。
結局、情報が少なすぎて、まともな結論は出ない。
そう、こういう時に取る方法はただ一つ。
考えない!
涼は、目の前の美味しそうな山賊焼きにかぶりついた。
美味しい物は、思考を停止させてくれるのだ!
涼は思考を停止したが、エトとジークは、ケンロウトルに最後の質問をしていた。
「魔王自身の場所が分からないのは理解しました。では、魔王の居場所を知っていそうな方を教えていただけませんか?」
エトのその問いを予想していたのだろう。
ケンロウトルは何度か頷きつつも、その答えを伝えていいのか、しばらく考えた後で、口を開いた。
「おそらくは……魔王の場所を確実に知っている者がいる」
ケンロウトルのその一言に、ジークが顔をはね上げて問う。
「それは誰ですか!」
「魔王軍を起こした魔王の傍らには、常に、一人の参謀がいた。名をマーリンという。魔物の種類は知らんが、人との交渉の席にはマーリンが就いていたそうだ。その時は、人と同じ姿をとったとか」
「常に……?」
ジークが呟く。
「そうだ。数千年前から、常にだ。そして、恐らくは同じ個体。寿命が長い種なのであろう」
ジークの呟きが聞こえたのだろう、ケンロウトルは、頷いてそう答えた。
「人との交渉の席に就いていたということは、人と会話をすることはできるであろう。そして、常にその傍らにあったということは、魔王そのものの存在を感知、あるいは場所を特定できる何らかの手段を持っているのだろう。マーリンであれば、恐らく、現在の魔王の場所も分かる……が……」
そこで、ケンロウトルは言いよどんだ。
「そのマーリンは、どこに?」
ジークが前のめりで問う。
当然だ。ハロルドの命が懸かっているのだから。
「うむ……。これは祖父が、マーリン本人から聞いた話らしいのだが……」
やはりケンロウトルは言いよどむ。
ジークは何も言わないが、体勢が前のめりだ。
「お主らですら到達できるかわからぬ場所だ」
「到達?」
山賊焼きから戻っていた涼が呟く。
「聖都マーローマー、西のダンジョンの奥だ」
出てきました、聖都西の、転送機能付きダンジョン!




