0320 闘いの祭
「ケイローンだ」
「俺はニルスだ」
二人は握手を交わした後、少し距離をとる。
ケンタウロスは、腰から下は馬、腰から上は人間だ。
そのため、上半身が、非常に高い位置にある。
とはいえ、かなり体を折り曲げる事ができるらしく、人間であるニルスとの握手も苦にならないようだ……。
ケイローンは槍を手に持ち、大剣を腰に吊り下げている。
ニルスは、剣を……長さ一メートルを軽く超える大剣を両手で構え、手には手甲をつけている。
以前は左手に小盾をつけていたが、今は無く、必要がある場合は、手甲で弾くスタイルらしい。
アベルのように完成した剣士であれば、戦闘スタイルも確立するのだろうが、ニルスも、そしてアモンも、まだまだ成長途中……。
審判は、先ほどの立派な武装のケンタウロスが務めるようだ。
「とどめを刺すことは許さぬ。続行不能、勝負が決したと我が判断したら終了。また、どちらかが降伏しても終了だ。双方準備はよいか」
「おう」
「いつでも」
ニルスもケイローンも答える。
「それでは、はじめ!」
ニルスは、しっかりと足を開いて、大剣を目の前にどっしりと構える。
そもそも、ケンタウロスは、乗馬した人間とほぼ同じ高さに、頭や心臓がある。普通の状況では、致命打を与えるのが難しい。
もちろん、模擬戦なので殺してはいけないのだが……最終的に、喉元に剣を突き付けたりすることを考えれば、その高さは無視できない。
であるなら、最初から、突っ込んでいくという選択肢は、ニルスにはない。
一メートル九十センチのニルスの頭よりも高い位置に、ケイローンの腕はある。
そこから、長さ三メートルほどの槍が繰り出されてくる。
騎馬兵対歩兵の戦闘。
高い位置からの攻撃の方が、多くの面で有利なのは、個人戦でも集団戦でも同じだ。
最初から、ニルスにとっては不利な戦いであった。
だからと言って、ニルスは不貞腐れたりはしない。
自分から戦いたいと言って手を挙げたのだ。
不利なのは承知している。
「速い……」
そう呟いたのは、双剣士ゴワン。
隣で、神官ジークも頷く。
ケイローンの槍は、速かった。
突き、しごき、あるいは叩きと、槍の特徴を遺憾なく発揮し、あらゆる方向からニルスの体に迫る。
だが……。
ニルスは、その全ての攻撃を、丁寧にさばく。
大剣であるため、速度のある相手に、大きく振るのは良くない。
細かく動かして、突きを流し、しごきをかわし、叩きを受ける。
剣士が、槍士の攻撃を防御する、お手本のようなさばき。
その姿には、ケンタウロス側からも感嘆の声が漏れた。
攻撃の凄さは、素人でも分かる。
防御の凄さは、目の肥えた者なら分かる。
ニルスの剣さばきは、間違いなくB級剣士のものであった。
だが……それだけ完璧にさばかれながら……ケイローンは、全く焦っていない。
いかにも、それくらいは当然、といった表情ですらある。
最初に対峙した瞬間に、ニルスの力量をある程度把握していたからだ。
ニルスが、B級冒険者として優れた剣士であるのと同様に、ケイローンも、ケンタウロス族の中でも、非常に優れた戦士であった。
戦闘経験も豊かであり、頭の回転も速い。
(私の槍のタイミングを計っているな。見た目とは裏腹に、賢く冷静な男だ)
ケイローンは、心の中でそう呟くと、今まで以上に、気を引き締めた。
二人の『闘いの祭』は、拮抗した状態になっていった。
十分後。
一見、拮抗状態のままに見える。
だが、『闘い』開始時とは、少し違いが出ていた。
槍のケイローンの攻撃、剣のニルスの防御、その構図は変わらない。
だが、ニルスのさばき方が少しずつ変わってきた。
ケイローンの突きは流し、しごきはかわし、叩きは……左手の手甲で受ける。
そして、少し間合いを詰める。
無論、ケイローンも、間合いを詰められれば、その分下がり、二人の距離は保たれたままだ。
目の肥えた者たちは、少しずつ感じ始めていた。
変化を。
見る者たちが求めていた変化は、突然起きた。
ケイローンが操る槍の叩きを、ニルスが左手で受け……ただ受けただけではなく、大きく弾く。
弾いた時には、一気に間合いを詰めている。
右足を大きく踏み込み、大剣を右手一本で操って、ケイローンの腰……上体反らしも、足のかわしもできない、動くことができない腰を狙って突く!
ガキンッ。
ケイローンは、ニルスの左手で大きく弾かれた槍を、その勢いのままぐるりと回して、柄、つまり石突を下から繰り出す形で、ニルスの突きを弾いた。
さらに、その勢いのまま、もう一度槍をぐるりと回して、切っ先である穂を下から繰り出して、ニルスを攻撃。
だが、それはニルスの想定内であった。
下から上がってくるよりも先に、さらに半歩右足を踏み込み、右足で槍を踏みつける。
完全に、剣の間合いに入った。
もう一度、突く!
カキンッ。
再びの金属音。
ケイローンが、腰に下げていた大剣を左手一本で操り、剣の腹でニルスの突きを受けたのだ。
すでに、槍は捨てられ、剣と剣の争いとなっていた。
ニルスが、突く、薙ぐ、袈裟懸け、さらに、逆袈裟に切り上げ……。
攻守一転。
剣同士の闘いは、ニルスが攻め、ケイローンが受ける形で始まった。
どちらも、操るのは大剣。
だが、とても大剣を操っているとは思えない速度で、剣戟が繰り広げられる。
しかも、ニルスの攻め、ケイローンの受けで始まった剣戟は、いつの間にか、攻守が入れ替わり、ニルスの受け、ケイローンの攻めに移行する。
そうかと思うと、再びニルスの攻め、ケイローンの受けに。
攻守が激しく入れ替わりながら進む剣戟。
同じ大剣、技量も大きな差はない、スタミナも双方十分となれば、勝敗を決するのは、最も基本的な部分であった。
最初に言った通り。
高い位置からの攻撃の方が、多くの面で有利。
ケイローンが打ち下ろす剣は、重力を味方にできる。
ニルスが受け止める剣は、重力が敵となる。
最も基本的な物理法則。
物は、重力に引かれて、上から下に落ちる……。
力の乗ったケイローンの打ち下ろしを受け続けるニルスのスタミナは、少しずつ削られていく。
三年前、涼の指導に始まり、以来、真面目に持久力の増強に励んできたニルス。
だが、人間である以上、当然限界はある。
恐らく、世のB級冒険者の中でも、かなり持久力は高い方であろう。
しかしどうしても、大剣は扱えば扱うほど、疲労がたまる……それは仕方ない。
だとしても、それでも、これまで訓練で手を抜いたことはない。
常に、限界まで訓練してきた。
実戦では、多めに安全マージンを取るが、訓練はぎりぎりまで。
大剣を、誰よりも長く扱い続けることができるように!
ケイローンも扱うのは大剣。
その大剣を振り下ろした。
今までは、受け、あるいは弾いていたその剣を、ニルスはかわす……。
疲労の極。
受けられると思っていたのに受けられず。
重力に引っ張られるケイローンの大剣。
慌てて引き揚げようとするが……。
ニルスが一歩大きく踏み込んで、ケイローンの剣を踏みつけ、そのまま自らの腕を伸ばした。
ケイローンの心臓に、己の剣を突き立てるかのように!
「それまで!」
立ち合いの声が響く。
ニルスは、『闘いの祭』で、勝利した。
ニルスの晴れ舞台です!
先ほど(6月2日19時前)、担当編集さんからメールが来ました。
『水属性の魔法使い』第一巻が、
Kindle内のライトノベルランキングで7位、
Unlimited作品とPrime reading作品に限れば、
幼女戦記、ティアムーン、無職転生に次ぐ4位と!
https://www.amazon.co.jp/-/en/gp/bestsellers/digital-text/2410280051/ref=pd_zg_hrsr_digital-text
第一巻が、Kindle Unlimited入りしているんですね。
Unlimited契約している方は、この機会にぜひどうぞ!
露出増やす&第二巻予約につなげる狙いだそうです!
出版社も、いろいろ考えているのですね~。ありがたいです。
それにしても4位とは!
幼女戦記、無職転生はアニメ化もされている、超有名作品です!
筆者が説明する必要など全くない……。
アニメも、非常に丁寧に面白く作られていますよね!
そして、『ティアムーン帝国物語』
これは、筆者は当然知っています。
『水属性の魔法使い』を出版していただいているTOブックスから出版されている超人気作。
『本好きの下剋上』『淡海乃海』と共に、熱いファンが多いというイメージです(もちろん、なろう発)。
ティアムーンの作者である餅月望先生は、Wikiにも普通に記事があり、すでに十数冊の書籍を出版されています。
そしてなにより、アミューズメントメディア総合学院小説・シナリオ学科で講師をされていらっしゃる方です。
一般小説、映画のノベライズ、キャラ文芸、時代小説、マンガ原作者などを養成する学科ですね。
つまり、プロの作家を養成しているプロ……。
ほんと、なろうって、いろんな方が小説を書いていらっしゃいますね。
そんなこんなで(?)『水属性の魔法使い』第二巻は、
6月19日(土)発売です!
本ページの下にも画像がある通り、第二巻は「赤い」です!




