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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第三章 魔王探索
343/930

0318 赤い熊

誰も口を開かない。

ただ、赤い熊が近づいてくる足音だけが響く。


彼我の距離が二十五メートルほどの辺りで、赤い熊は止まった。


体長は二メートル半から三メートルといったあたりか。

四本足のために、正確には分かりにくい。

ベアー系の上位種である、グレーターベアーの体長が三メートル半程度と言われている。

それよりは、若干小さい気がする。


だが、そんなことよりも何よりも、やはり目を引くのは、その体色。

あるいは毛色なのか?


真っ赤。


カーディナルか唐辛子(とうがらし)かというほどに、真っ赤。


しかも、それで熊とくれば……驚くのは当然。



「ガアッッッッッッッ!」



赤熊は、雄叫びを上げる。

それは、ただの雄叫びではなかった。


ハロルドとゴワンが、膝をつく。



魔力の籠もった、聞く者の心を折る雄叫び。



「ハロルド! ゴワン!」

ニルスの強烈な叱咤(しった)

それにより、ハロルドとゴワンの目のピントが合う。


だが、赤熊は待ってくれなかった。


火の玉が連続で放たれる。



「<アイスウォール10層> <アイスウォール10層>……」


連続での、氷の壁の生成。


赤熊の火の玉は、二発で<アイスウォール10層>を割る。

であるなら……、

「連続生成でしのぐ!」



合計、十個の火の玉が放たれたが、五枚の氷の壁でしのいだ。


涼は気づいていた。

火の玉が、全て、一行の顔を狙って放たれていたのを。


赤熊は、一行の首から上だけを吹き飛ばし、体は食料にするつもりなのだろう。



そもそも、火属性魔法は、狩りに使うには勝手が悪い。

強すぎれば肉まで焦がす、あるいは爆散し、素材も手に入らない……。


火属性魔法を使う魔物として知られているサラマンダーは、火属性魔法で敵を倒すことはあるが、それは攻撃対象をそもそも食べないからだ。

サラマンダーの主食は溶岩……。

草食性……とはちょっと言えないが、少なくとも肉食性ではない。



だが、目の前の赤熊は、火属性魔法を使う魔物でありながら、肉食性らしい……。



火属性の攻撃魔法を森で使うのは、いろいろと難しい。

木々に火が燃え移って、火事になる可能性があるから。

岩がちな山地とはいえ、木々が全くないわけではない。


この魔物は、その辺りの事を考えているのだろうか……。



十個の火の玉が再び放たれ、それを再び五枚の氷の壁でしのぐ。


その数を見定めて、ニルスは判断を下した。


「よし、次の十連、火の玉攻撃が来たら、俺とアモンで突っ込むぞ」

「はい!」

ニルスの指示に、アモンが返事をする。


涼が『盾』として相手の攻撃を受け、ニルスとアモンが『剣』として相手に攻撃をする。

カウンターアタックを、パーティーレベルで行う場合の、ごく標準的な戦闘法。


これが、かつての『赤き剣』などであれば、盾使いのウォーレンが攻撃を受け、それと入れ違いに、剣士のアベルが敵に攻撃する、といった感じだ。


涼は、それを見越して、<積層アイスウォール>にせず、連続生成で凌いできたのだ。

カウンターアタックを想定した場合、突っ込み過ぎは、逆に、打てる手が狭まる……。



はたして。

赤熊の、三度目の火の玉連続攻撃。


「<アイスウォール10層> <アイスウォール10層> <アイスウォール10層>……」


涼が、<アイスウォール>の連続生成でしのぐ。


十発目の火の玉が飛んでくるのと同時に、ニルスとアモンがそれぞれ<アイスウォール>の両端から飛び出す。

そして、一気に赤熊に向かって走った。



だが……。



赤熊が再び火の玉を生成し、放つ!



連続十発まで、というわけではなかったのだ。


「想定内だ」

だがニルスは呟くと、自分に向かってきた火の玉を剣で斬る。

アモンも、向かってきた火の玉を剣で斬る。


さすがの、B級剣士。



そこまでくれば、赤熊はすぐそば。

最後に、ニルスとアモンが同時に、両側から赤熊の間合いに飛び込み、剣を振る……。


空振った。

二人とも。


四足歩行の特性なのか、何なのか……。


赤熊は、ニルス、アモンの想定以上の速度で、バックステップしてかわした……。

二人のB級剣士の必殺の剣をかわす熊……。


そして、間髪を容れずに放たれる二つの火の玉。



ガキンッ。ガキンッ。



ニルスとアモンの前で、新たに生成された氷の壁に当たって、弾けた。


涼が、<アイスウォール10層>で、生成した氷の壁。



ニルスとアモンは、油断せずに剣を構えている。


後方に大きく飛んでいる赤熊と二人の距離は、十メートルほどか。



どちらも、簡単には動けないが……。

赤熊が、四足のまま、少しずつ、本当に少しずつ、後ろに下がっている。


ニルスとアモンは、ちらりと視線を、一瞬だけかわす。

それだけで、お互いに理解しあえた。


重要なのは、赤熊を狩ることではない。

赤熊を倒すことが目的ではない。


で、あるならば……。


じりじりと下がっていた赤熊が、十五メートルほどの距離が開いたところで、後ろを振り返り、一気に駆けだした。



赤熊は、逃げていった。



完全に、その足音も聞こえなくなったところで、ニルスとアモンは、涼たちの元に合流した。


「なんとかなったが……あれはいったい何だったんだ」

ニルスが誰とはなしに聞く。

しかし、それに明確に答えることができる者は、この場にはいない。



「赤い熊というのもびっくりだったけど、火属性の攻撃魔法を使うってのも、もっとびっくりだったね。そんな熊の魔物なんて、聞いた事ないし」

十号室の知恵袋というべきポジションのエトですら、全く思い当たるもののない魔物であった。


「少なくとも、我々には勝てないと理解したら去っていきましたから……生き物としては、常識的な判断ができる奴だったのでしょう」

ジークの言葉に、ハロルドとゴワンが頷く。


そう、野生の生き物というのは、よほどのものでない限り、自分が勝てないとわかった場合は逃げる。

逃げないのは、馬鹿な人間だけ……かもしれない。



「つまり、さっきの赤熊は、敗北を知っているということです。過去に、そんな経験をしたのでしょう。見事な撤退でした。ということは、この山地には、あの赤熊に敗北を味わわせた何かがいるということですね」

涼のその言葉に、大きく目を見張る一行。


「そんなやつ……会いたくないな……」

ニルスの言葉に、涼を含めて、全員、大きく頷いた。



「敗北を知って、強くなっていく……。ニルスも敗北を知った方が……あ、ニルスはいっぱい敗北を知っているかもしれません」

「うるせー。俺より強い奴はいっぱいいるよ! それぐらい知ってるわ! 俺より、リョウの方が敗北を経験した方がいいんじゃねえか? どうせ、ほとんど経験したことないだろ?」


涼のジョークに、ニルスもジョークで返す。


いちおう、どちらも、ジョークですよ?

親しいからこそ、ですからね?

親しくない人に言ったら、喧嘩になりますからね?



「何も知らないニルスに教えてあげますけど、僕は、毎日敗北を経験してきました。ロンド公爵領でも、毎日剣で打ち倒されていましたし、そもそも、領地で僕は一番弱い存在です」


涼が頭に浮かべたのは、セーラとの模擬戦で倒されてきたルンの街での日々。

そして、ロンドの森の湿原で、剣の師匠たるデュラハンに打ち倒されてきた日々。


さらに、ロンド公爵領に住む、ベヒモス、グリフォン、あるいは、ドラゴンたち……。

打ち倒されてきてはいないが、戦おうなどとは一ミリも思わない相手だ。



間違いなく、涼が一番弱い……。



そんな涼の言葉に、驚く六人。


「いや、涼が一番弱いとか、誰も信じないぞ?」

ニルスが、どうせいつもの嘘だろうという表情で言う。

「ニルス……。いつかニルスが、うちの領地に来たら会わせてあげ……ああ、でも、食べられちゃう可能性があります……。ニルス、肉付きがいいですし。で、ご近所さんたちが食べようとしたら、僕ではそれを防ぐことはできません。さっきも言った通り、みんな、僕より強いですからね」


「リョウって……いちおう、領主だよな……?」

「ええ、そうですよ。でも、それって、人間の中で、『領主でござーい!』って言ってるだけですから……ご近所さんたちには何の関係もないですよ? そもそもロンド公爵領って、人間、僕だけですからね」

ニルスの言葉に、涼は事実を述べる。



「ロンド公爵領っていったい……」

将来の公爵たるハロルドの呟きは、涼の耳には届かなかった。


赤い熊さんの顔見世でした……。



本日2021年5月31日18時に、

第二巻『水属性の魔法使い 第一部 中央諸国編Ⅱ』

の書影が公開されました!


この「0318」の下の方にある画像も、第二巻に替わりました。

(今回は、帯付きにしてみました)


赤いですね~!

第一巻と見間違うことのないように、赤です!

その辺、ちょこっと活動報告に書きました。



第二巻発売日は、6月19日(土)です!

もちろん、「外伝 火属性の魔法使い」は、第一巻の続きが載っております。(2万4千字)

はたして、オスカーは救われるのか……。


さらに、合計四万字の加筆もなされておりますよ!


画像の帯に、ちょろりと書いてありますが、

「コミカライズ第一話冒頭収録」

そう、コミカライズの第一話冒頭が収録されております!


その辺りの情報は、6月10日0時に解禁されます。

ですので、その日は、6月9日21時にいつも通りに投稿して、3時間後の10日0時にも、次話を投稿します。

もちろん、10日21時にも、その次の話を投稿しますよ!


いろいろ、楽しみにお待ちください。

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『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
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