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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第三章 魔王探索
341/930

0316 大司教グラハム

聖都マーローマーを発ってから五日後、『十号室』、『十一号室』そして涼の探索一行は、ラシャー東王国王都バチルタに到着した。


もちろん、『聖印状』を持つ探索一行は、ほぼノーチェックで街に入ることができた。


バチルタは、東王国の都というだけあって、かなり規模の大きな街だ。

東王国自体も、西方諸国の中で平均以上の国力を持つ。

大国と言えるかは微妙だが、中堅国と侮られるほどではない。



探索一行は、宿を見つける前にバチルタ教会に向かった。

もしかしたら、グラハムの話を聞いて、すぐに出発する必要に迫られるかもしれないから。



バチルタ教会は、すぐに見つかった。


街の中心に、その巨大な建物はあった。

大司教座が置かれている教会というだけあって、あまりに大きい……。

ナイトレイ王国王都の中央神殿よりも大きいのは、確かだ。


「冬の暖房費用が大変そうです」

涼の、そんな呟きに反応する者はいなかった。


だが、涼は、負けない!


「中に入ったところで、突然、兵士に囲まれるのです。そして、兵士の隊長が出てきて言うのですよ。ククク、愚かな中央諸国の冒険者諸君、君たちは罠に落ちたのだ。すでにグラハムは我が手の内。貴様らも、おとなしくその命を差し出せって」


涼の、突然の陰謀ストーリー……十号室の三人は、小さく首を振るだけ。

十一号室の三人は、少しだけ驚いて見ている。

驚いているが、感心はしていないらしい……。


ショートストーリー過ぎたのかもしれない!

繋がなければ!


「そう! それに僕らは抵抗しようとするのですが、敵は切り札を切るのです。その切り札とは、ゴーレム! それも天使型ゴーレムが起動して、僕らに襲いかかってくる! 全属性の魔法抵抗、剣で斬れない装甲、目からはビーム、腕はロケット、最後は自爆機能付きなのです。次々に倒されていく一行……。ニルスが倒され、ニルスがやられ、ニルスが力尽き……」

「おい、俺ばっかりやられてるじゃねえか」

ニルスの突っ込みに、他の五人は苦笑した。



途中、全く意味の分からない単語もあったが、彼らは気にしないことにした……。

だって、涼だから。




教会の中には、驚くほど広い聖堂があった。


「しまった……ここで、このタイミングで、冬の暖房費が大変そうだと言うべきでした……失態でした」

もはや、誰の呟きかは言及すまい。


とはいえ、涼がそう呟くのも無理はないほどに、広く、天井も高い。

そして、当然のように、天井やその周りにはステンドグラスが嵌められ、降り注ぐ光は非常に煌びやかなものとなっていた。

また、過去の聖人たちの布教活動の様子であろうか、あるいはその手の伝説であろうか、周囲の壁には、いくつもの彫刻が飾られている。


だが、それだけ煌びやかでありながら、荘厳な空間でもある。


多くの長椅子が置かれ、そこには、合わせて十人ほどの信者たちが座り、目を瞑っている。

中には、何かを呟いている人もいるし、涙を流している人もいる……。


少なくともそのうちの誰も、彼ら探索一行には気を止めなかった。



ニルスを先頭に、一行は奥に進む。


聖堂の奥、正面には、慈愛に満ちた表情で、両手を広げて全てを受け入れるかのような男性の彫刻が置かれてある。


「恐らくは、西方教会の開祖、ニュー様でしょう」

神官エトが小さな声で説明した。

「神様ではなくて、開祖様の像?」

涼が問う。

「ええ。西方教会においては、神を像や絵に表すのは禁じられています」

エトが頷いて答えた。


エトは、中央諸国の神官であるが、西方教会の教義についても一定の教育は受けるらしい。


「おっしゃる通りです」

その言葉と共に、横の扉から出てきた聖職者と思われる人物が、一行に近づいてきた。

聖職者は、一礼して、言葉を続けた。

「お見受けしたところ……中央諸国の神官の方でしょうか?」

「はい。神官のエトと申します。実は、こちらの大司教グラハム閣下を訪ねてまいりました。お取次ぎいただけますでしょうか」


そう言うと、エトは、『聖印状』を見せた。


聖印状を見た聖職者は、一瞬目を見張ったが、すぐに表情を戻して言う。

「かしこまりました。司教館の方へご案内いたします。どうぞこちらへ」

そう言うと、聖職者は先に立って歩き始めた。



「こちらで、しばらくお待ちを」と言われ、一行が待たされた場所は、司教館の食堂であった。

多くの場合において、食堂は、会議室や応接室の代わりとしても使われる。


待ったのは二分ほどであったろう。

扉を開けて、大司教グラハムが入ってきた。



「ほぉ……。中央諸国からのお客様と聞いていたが……確か、パーティー名『十号室』でしたな。ニルスさん、エトさん、アモンさん、そしてリョウさん。あの、ヴァンパイア討伐の時以来ですな」

にっこりと微笑んだグラハムは、三年前よりも少し柔和さを増していた。


緑と白の、大司教の法衣に身を包み、三年前も持っていた杖を持つ姿は、全く変わっていない。

顔や首の肉付きから判断するに、余計なぜい肉が全くついていないのも、変わっていない。


今でも、旅をしていたあの頃同様に、定期的に体を動かしているのだろう。

涼は勝手にそう解釈した。



「グラハム閣下、ご無沙汰しております」

ニルスがそう言うと、グラハムは苦笑した。

「いや、旧知の方々に閣下と呼ばれるのは、どうもこそばゆいです。以前同様に、グラハムと呼んでください」


そこで一息入れてから、グラハムは言葉を続けた。

「して、今回いらっしゃったのは……マスター・マクグラスから、何か?」

「いえ。グランドマスターと連絡を取られたのは聞いておりますが、今回はその件とは直接関係はありません。とはいえ、グランドマスターの許可はもちろん得ております」



そうして、ニルスが今回の来訪の内容を説明した。



「そうですか、魔王探索……」

グラハムは小さく頷くと、そう呟いた。



「結論から申しますと、私も魔王のいる場所はわかりません。いる場所を誰が知っているのかも……ちょっと思いつかないですね」

「そうですか……」

グラハムの言葉に、ニルスは頷く。


「前回の魔王討伐時、勇者パーティーが、どのようにして魔王にたどり着いたのかを教えていただけますでしょうか。それが、何か参考になるかもしれません」

そう言ったのは、エトであった。


言われた瞬間、ほんの僅かにグラハムの表情が硬くなったことに気づいた人間が、どれほどいただろうか。


本当にわずかな、表情の歪み。

あるいは、表情の揺れ。



「そうですね。それが遠回りに見えて、一番良い方法かもしれません。それは後で地図をお見せしましょう。その前に……」

グラハムはそう言うと、ハロルドの方を見て言葉を続けた。

「そちら、ハロルドさん、でしたか。『破裂の霊呪』を受けられているそうですが、ちょっと私が、魔法で『診て』もいいですか?」


問われたハロルドは、ニルスを見る。

ニルスが小さく頷くのを確認して、答えた。

「どうぞ」


「では、失礼して。<イビルサーチ>」

グラハムは、右手を軽く前に出して、唱えた。


「なるほど、確かに、『破裂の霊呪』……」

そこまで言って、大きく目を見開き、ニルスの方を見て言った。

「ニルスさん、エトさん、アモンさん……いや、ハロルドさんたち三人も? リョウさん以外全員? あなた方は、いったい何があったのですか」

「え?」

涼以外の六人が、異口同音に答える。

グラハムの言っている意味が理解できないのだ。


「最近、何か……怪異というか、異常なことというか、そういう経験をされていませんか?」


グラハムがそこまで言って、ようやくエトは思い至った。

「超常の者に……おそらく、一時的に転移をさせられたことがあります」

「ああ~」

エトの説明に、ニルスとアモンが頷きながら言う。



『堕天』の概念に、異常な執着を見せた『神官』風の男の事だ。



怪異、あるいは異常と言えば、あの件が一番最初に頭に浮かぶ。



「なるほど……転移を使う超常の者ですか。その時の、残骸ですかね、六人に張り付いていますね」

「張り付いて……」

グラハムの言葉に、涼が呟く。


「大丈夫です。『聖煙』と言いまして、聖別された香から出る煙がありますが、それを浴びれば剥がれ落ちます。そちらも、後でやりましょう」


さすが大司教、いろいろとできる男だ。



「さて、本当は、勇者パーティーの斥候だったモーリスに道案内を頼めれば一番良かったのですが、あいにくと、西方諸国中を飛び回ってもらっているので……。携帯用の地図をお渡しします」

「よろしいのですか?」

「もちろんです。皆さんは、『聖印状』を持っています。そんな方々に協力するのは、教会の聖職者の端くれとして、当然のことですからね」




グラハムの元を辞し、一行は教会から出た。

そして、すぐに気づいた。


「いるな」

「三人……ですかね」

ニルスとアモンが呟くような、小さな声で確認する。


「この……感覚ですか?」

「けっこう、あからさまな気が」

「うざい感じだな」

ハロルド、ジーク、ゴワンも感じたらしい。


「そうか、お前たちも感じるか。教会に入る時にはいなかったはずだから、中にいる間にやって来たか……」

ニルスが呟く。



「いますね……リンドー焼き屋さんです」

「リョウ、多分それのことじゃないと思うよ」

涼が、広場の反対側にいるリンドー焼き屋を指摘し、エトは苦笑しながら否定する。


「リンドー焼き屋以上に重要なことなんて、そうそうないと思うんですよね?」


どうせ襲ってこなそうな、教会の周りに潜んで、七人や教会そのものを監視しているらしい者たちよりも、涼にとっては、まるでリンゴなリンドー焼き屋の方が、重要なのだ。


これは、仕方のないことであった。




一行が出ていって、すぐ。


グラハムが、司教館の食堂で片づけを手伝っていると、三人の男が入ってきた。

マントを翻し、一見騎士に見える。


「大司教グラハム、先ほどの中央諸国の冒険者たちに教えた内容を、我々にも教えてもらおう」

騎士の一人は、高圧的な物言いだ。

仮にも、大司教に向かって。


「断る、と言ったら?」

グラハムは微笑みながら、そう答える。手には、既に、いつもの杖がある。


「大司教ごとき、我らテンプル騎士団がその気になれば、どうとでもできるのだぞ!」

そう言うと、男たちは、剣を抜き、剣先をグラハムに向けた。


「面白いことを言う……」

瞬間、グラハムの顔に、凄絶な笑みが浮かぶ。



「うぐっ」


「ぐはっ」


「くっ……」



文字通り、『(またた)く間に』、テンプル騎士の二人が腹を押さえて悶絶(もんぜつ)し、残る一人の喉元(のどもと)には、剣が……グラハムの、杖に仕込んだ剣が突き付けられていた。


「私の異名を知らんのか?」

グラハムは、静かに問う。

「……」

男は答えない。


グラハムが、少しだけ剣を動かすと、男の首に赤い線ができた。

血が(にじ)み出る。

剣が、薄く、首の皮を切ったのだ。



「私の異名を知らんのか?」

「……ヴァンパイアハンター……マスター・グラハム」

再度のグラハムの問いに、男は答えた。


「マスターではない、ドクターだ」

グラハムは、感情を変えないで訂正する。



「ヴァンパイアを相手にしてきたのだぞ? テンプル騎士ごときに後れを取るとでも思ったか。愚か者が」

グラハムの言葉に、男は何も返せない。

圧倒的な力の違いを見せつけられているのだから、当然であろう。



「さて……お前たちを送り込んできたのは、いったい誰だ? いや、もっとはっきり言うなら、どの枢機卿だ? アドルフィトか? それともカミロか? サカリアスか?」


そこで、一呼吸置く。そして続けた。


「ほぉ、サカリアス枢機卿か」

「!」


「このタイミングで出てくるとは……サカリアス枢機卿、興味深いな。いや、実に興味深い……」

「ぐ、グラハム大司教、すぐに私を解放しないと、テンプル騎士団全体を敵に回すことになるぞ」

グラハムの言葉に、男は最後の虚勢を張る。


「このまま解放して、サカリアスの元に駆けこまれては一緒であろう? 記憶を書き換える必要があるな。ああ、心配するな、命まではとらんよ」

微笑みながらのグラハムの言葉に、男は震え上がった。



思い出したのだ。



以前、大司教グラハムが何の職についていたかを。

記憶の書き換えなどお手のものだということを……。



なにせ、異端審問庁長官だったのだから。


「0158 カリニコス」の伏線回収

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