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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第二章 西方諸国へ
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0315 王国東部の事情

ちょうどその頃、中央諸国、ナイトレイ王国では、国王陛下が頭を抱えていた。


涼たち一行が、使節団を離れたのは知っている。

もちろんそれは、ハインライン候の諜報網からではなく、『魂の響』によるものだ。

さすがのハインライン候の諜報網であっても、まだ西方諸国には、張り巡らされていない。



涼が持っていっている、アベルの『魂の響』は使節団から離脱した。

つまり、使節団からの情報が入ってこなくなるということだ。


もちろん、ヒュー・マクグラスの判断を責めるつもりは毛頭ない。

完璧に正しい判断であったと思う。


だからこそ、頭を抱えているのだ。



どうしようもないからこそ。



「神ですら、全てを手にすることは叶わぬ……」



王国中興の祖と呼ばれた、リチャード王が残した言葉の中でも、最も有名な言葉。

アベルは、それを呟いた。




国王執務室に、一人の少年が通された。


「よく参られた、アーウィン殿。そちらへ」

アベルはそう言って、ソファーに座るよう示した。

「失礼いたします、陛下」

アーウィンと呼ばれた少年は、品よく腰かけた。



少年の名は、アーウィン・オルティス。王国東部の大貴族、シュールズベリー公爵家の当主だ。

ただし、シュールズベリー公爵家は、現在、公爵権限停止中であり、王室預かりとなっている。

現在のところ、アーウィンが成人、つまり十八歳になった時点で、権限停止を解除し、正式に公爵家を再開する予定になっている。


アーウィンの立場も、いろいろと複雑であった。


スタッフォード四世治下末期、東部は混乱の極にあった。

多くの貴族が死に、代替わりし、そして力を失い……。

東部最大の貴族であった、シュールズベリー公爵家も、例外ではなかった。

直系の血は、アーウィンを残して、男も女も、すべて絶えた。

また、代々、シュールズベリー公爵家を支えていた東部貴族たちも、最後は帝国軍に蹂躙され、ほぼ絶えてしまっていた。


王国解放戦以降、王国東部は、代々の貴族がほとんど絶えてしまうという、異常事態になっていたのだ。


現在は、東部の多くを、王室が管理している。

解放戦の褒賞として、いくらかの土地が、荘園という形で下賜されたりもしたが、未だその多くが王室の管理下にある。



だが、それは、あまり望ましい形ではない。



王室としても、あまりに広すぎる面積であれば目が届かなくなり、不正が出てくる可能性が高くなる。

忠実で賢明な貴族に統治させ、きちんと納税してもらう……それこそが、理想だ。


東部の貴族も、ほとんどが絶えているとはいえ、後継者が全くいないわけではない。

ただ、その多くが、未だ未成年というのが厄介なのだ。


この、シュールズベリー公爵家のアーウィンのように。




「ふむ。つまり、東部に戻って、統治を学びたいと……」

アーウィンの希望を聞いて、アベルは、そう確認した。


公爵権限の返還は五年後で構わない。

ただ、それまでに、実際の領地経営を学びたい、そのために東部に戻りたい……。

その願い出のために、今回は登城したと。


「はい、陛下。私は、例えば父から領地経営を学ぶことはできませんでした。また、現在東部は、貴族も少なく、そこに生きる民たちも不安に苛まれていると思います。自分たちを導いてくれるものはいったい誰なのかと。もちろん、国を導かれるのは国王陛下ですが、陛下よりも、より民に近しい立場で、日々、民に寄りそう貴族は必要だと考えます。私は、そのような貴族になりとうございます」

「ふむ……」



正直、アベルは、このアーウィン・オルティスの扱いに悩んでいた。

ある意味、東部の人間にとっての希望の光。

それを、王都に置いたまま、東部のほとんどを王室が管理……。


当然、王室を見る東部の人間の目には、良いものとしては映らない。

そして、彼を王都に置いていたところで、王室には何のメリットもないのだ。


「分かった。検討してみよう」




「なるほど。アーウィン殿を、ウイングストンに戻すと」

ウイングストンは、シュールズベリー公爵家の本拠地だ。


アベルからその話を聞いたハインライン侯爵は、少し考えた後、頷いた。

「かしこまりました。アーウィン殿の、ウイングストンへの入城を手配いたします。また、国内全土へそのことを告知いたします」

「ああ、頼んだ」


そう言いながら、だが、アベルの胸の奥に、一抹の不安が残った。

それが何なのかは、分からなかったが……。




王国東部、ウイングストン。

領主館に隣接する宿に、シルバーデール騎士団が逗留(とうりゅう)していた。


王国の場合、領主が抱える騎士団は、たいてい『領騎士団』と呼ばれる。

ルン辺境伯領騎士団、ハインライン侯爵領騎士団といった具合に。

もちろん通称として、ルン騎士団やハインライン騎士団と呼ばれる場合もあるが……。


だが、シルバーデール公爵家の騎士団は、公式文書の中ですら、『シルバーデール騎士団』と呼ばれている。

シルバーデール公爵領騎士団ではなく。


これは、初代シルバーデール公爵となったラインズ・スタッフォードが、王弟であった時代から手ずから鍛え上げ、率いていた騎士団の名前が『シルバーデール騎士団』であり、シルバーデール公爵家を開いた際にも、公爵家の名前とし、そのまま騎士団を率いて領地入りしたことから、現在でもこう呼ぶ。



その成り立ちから、シルバーデール公爵家は、王国でも屈指の武家として知られている。



現在のシルバーデール公爵は、七代目当主ローソン。

シルバーデールは、王都のある王国中央部に領地を持つ。ローソンもそこにいる。

だが、この一か月、次期当主フェイスが、シルバーデール騎士団の半数を率いて、王国東部で演習を行っていた。

その逗留先が、ウイングストン。


これは、昔から、シルバーデール騎士団が、東部で演習を行う際、慣例的にシュールズベリー公爵家の都であるウイングストンを逗留地として利用していたからだ。



「何? アーウィン殿がウイングストンに戻ってこられる?」

演習から戻り、宿の一室で、フェイスは報告を聞いた。


それは、かなり意外な報告であった。


アーウィンは、未だ十三歳。

王都は、学術面で最も進んでいるため、成人するまで、地方の貴族は、子供を王都の学院に出したがるくらいだ。

それなのに、十三歳で領地に戻るというのは、フェイスにはよく理解できなかった。



「まあいい。いつ、こちらに着かれる?」

「はい。二週間後と聞いております」

「遠いな。我らの演習は、明後日までであったな?」

「はい。明後日で演習を終了し、シルバーデールへ引き揚げます」


「今回会えずとも、また、お会いすることもあるだろう」

フェイスは、そう締めくくると、アーウィンの事を頭から追い払った。



アーウィンに、まだ兄姉たちがいた頃、彼はフェイスの婚約者となる予定だった。

だが、東部動乱、さらに帝国の侵攻が起こり……予定は予定のまま消えた。


現在では、アーウィンは公爵家当主。

フェイスは、次期公爵家当主。

そんな二人が、結婚することはない。



公爵家とは、そういうものだ。




聖都マーローマー教皇庁の一室。

「『聖印状』が発行されただと? たかが冒険者ごときに……。いったい、どういうことだ」

「はい。オスキャル猊下が……」

「まったく……余計なことを。それで、こちら側の魔王と勇者の探索は進んでいるのか?」

「いえ……」

「急げ! 邪魔するものは排除せよ。特に、その中央諸国の冒険者などは、あまりにもタイミングが悪すぎる。余計なことを知る前に……」

「かしこまりました」


次話より新章突入です。

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