0033 アベルの知識
涼がアイスウォールで潰したロックゴーレムも見て回ったが、見事なまでに魔石は粉々になっていた。
「この方法は失敗でしたね」
肩を落とし、落ち込む涼。
「いや、倒さないと俺たちがやられていたんだから……生き残るためには仕方なかったんだ。そもそも、魔石が採れるなんて知らなかったんだしな」
「確かに。まず生き残ること、儲けるのはそれからだ、ですね」
毎年、年俸数千億円以上を手にし、イングランド銀行を潰した男の、そんな言葉を涼は思い出した。
世界三大投資家の一人であり、生き残っているのは事実だ。
だから涼は大きく頷いた。
「動いていない奴も、少し離れたところにはいるみたいだが……どうする」
涼たちを襲ったのは、この辺りにいたロックゴーレムだけであり、離れた場所、方角的には西の方にはまだ結構な数の岩の塊が見える。
「ああ……正直、藪蛇になるのは怖いから、あまり手を出したくないですね。それにアベルのポケット、全部この魔石ばかりになっても大変でしょう?」
「まあ俺のポケットはともかく、藪蛇は同感だな。さっさと北へ向かうか」
そう言うと、二人は北へ歩き出した。
「僕たちが壁に沿って歩いてきたところ、壁の上はこのロックゴーレムの巣だったってことですかね」
「位置的にはそれっぽいな。なんでそんなことになってるのかは知らんがな」
「何か特別な魔力が地面から出ているのか……あるいは、何者かが設置した罠か」
涼が名探偵ぽい感じで言う。
「何者かがって……こんなところに人がいるとは思えないんだが」
「人とは限りませんよ?」
涼の目が『キラン』という感じで光った。
「エルフとかドワーフとかか?」
「ふぅ……」
そう言って、涼はアベルを横目で見ながら、やれやれという感じで、両手を上に向け、肩をすくめた。
「おい、俺を、残念な人を見るような目で見るな」
「人ではなくて、悪魔とかそういうのですよ」
「アクマ……って、何だ?」
「え? あれ?」
『魔物大全 初級編』の最後の部分に、「特級編」としてミカエル(仮名)がわざわざ付け加えたらしい項目があった。
そこには、『ドラゴン』と『悪魔』が載っていた。
わざわざ書いてあるくらいだから、『ファイ』に生きる人間にとっては、ごくごく常識的な知識だと思ったのだ。
アベルは、中央諸国について説明した時もかなり詳しい知識を持っていた。
少なくとも、この『ファイ』という世界で生きる人たちの平均以上の知識を持っている人間だと、涼は思っていたのだ。
だが、そのアベルが『悪魔』を知らないと言う……。
「アベル、ドラゴンは知っていますか?」
「当たり前だろ。もちろん見たことは無いが、伝説上の生き物としてだが、知っている」
実在するのだが、それは、涼は言わないことにした。
言わない方がいい気がしたから……。
「じゃあ、デビルとかデーモンとかは聞いたことないですか?」
「デビルならあるな。神と天使の敵対者だろ」
(なるほど、デビルとして知られているのか)
だが、涼はかすかな違和感を感じていた。
それならなぜ、ミカエル(仮名)は『悪魔』ではなくて『デビル』と書かなかったのかと。
しかも悪魔の説明は、
『天使が堕天したもの……ではない。どこから来たのか、不明』
(やっぱり、なんかひっかかりますよね。まあ、思い悩んでも仕方ないか)
「じゃあ、涼は、このロックゴーレムは、デビルが設置したというのか」
「可能性として、無いとは言えないでしょう?」
もちろん、何の根拠も無く適当に言っただけだ。
「そういえば、アベルはさっき、エルフとかドワーフとか言いませんでしたか?」
「ああ、言ったな。どこかの水属性魔法使いに、思いっきり馬鹿にした目で見られたがな」
アベルは涼をジト目で睨んだ。
「アベル、そんな細かいことにこだわっていては立派な剣士に成れませんよ」
「お前に言われたくないわ!」
何度かの死線を潜り抜けて、二人は戦友のようになっていた。
旅の仲間としては、いいことだ。
「まあ、とにかく、エルフとかドワーフについて聞かせてください」
アベルの怒鳴り声も気にすることなく、涼は自分の興味を優先させた。
「まったく……。ドワーフは街にもよくいる。なんといっても鍛冶の腕がいい奴が多い。いい鍛冶師の三分の一はドワーフだろう。あとは冒険者にもけっこうなってるな。腕っぷしが強いから、前衛に多い」
「なるほど。イメージ通りですね」
「どんなイメージだよ……。エルフの方は、すげー少ない。街中で見かけることはほとんどないな。俺らが活動拠点にしていたルンの街でも、冒険者に一人だけいたんだが、多分ルンの街にいたエルフはそいつだけだ。多くは森の中に集落を作って、あまり出てこないな。ナイトレイ王国だと、王国の西の森に集落があって、そこに集まり住んでいる」
「なるほど、そっちもイメージ通りですね」
「だから、どんなイメージだよ!」
怒った感情と呆れた感情が半々といった感じのアベルであった。
ロックゴーレムの巣を抜けてから、二人はけっこう歩いていた。
出来るだけ早く、危険な巣から離れておきたいというのと、森ではなく草原なために、自然と足を速めることが出来たのだ。
陽が傾き始めた頃、二人は川に出た。
「今日はこの辺で野営をしよう」
「わかりました。晩御飯は川魚の塩焼きですね」
「ああ、いいなそれ。じゃあ、俺が魚を調達しよう」
いつもなら、レッサーラビットなどの調達になるために、魔法使いの涼が狩りに出ることが多いのだが、今日はアベルが調達係を買ってでた。
「大丈夫なんですか?」
「おい、こら、その、もの凄い疑いの目で見るのはやめろ。だいたい、仲間と活動してた時も、魚は俺が調達してたんだぞ」
「わかりました。じゃあアベルにお任せします。僕は枯れ枝を拾ってきますね」
そういうと、涼は柴刈りへ、アベルは川へと向かった。
「まったく……魚の調達は得意だっつーの」
そう言うと、アベルは靴を脱ぎ、ズボンの裾をまくり上げ、腰から剣を引き抜いた。
そして膝辺りまで川に入って行った。
川に入って何事か静かに待つ。
数秒後。
剣を、川に突き刺した。
引き上げた剣先には、見事に魚が突き刺さっていた。
「よし」
同じような調子で、アベルは晩御飯を調達していくのであった。
久しぶりの焼き魚。
基本、塩だけの味付けなのだが、美味い。
涼もアベルも、肉は大好きなのだが……。
「たまには魚もいいな。美味いわ」
「ですね。アベルがきちんと食材調達に成功したからですよね。お見それしました」
そう言って、涼は頭を下げた。
「いや、まあ、分かってくれりゃあいいのよ」
ちょっとだけ照れるアベル。
「やっぱり川魚はいいですね。海とは違う、海とは」
「何だ、俺を助けてくれたのも海辺だっただろ。海は嫌いなのかよ」
「ええ、昔、ちょっと殺されかけましてね……」
「リョウほどの水属性魔法を使えるのに殺されかけるとは……一体何に?」
「クラーケンです」
そう言うと涼は、いつか倒しますよ、クラーケン、と硬く心に誓った。
「は? リョウもクラーケンに襲われたのか? でも船とか無かったよな……ああ、その時クラーケンに壊されたとかそういうのか」
「いえ、海の中でクラーケンと一対一をして、負けてしまったのです」
「うん、何を言ってるかよくわかんねえや」
「もちろん僕だって、やりたくてやったわけではないのですよ? 男には避けられない戦いというものがありますよね、あれです」
そう言うと、涼はいいことを思いついた、と言わんばかりに頷いた。
「あの時はソロだったからやられましたけど、今ならアベルもいるので、クラーケンでもいけるはずです! 海に出たら、クラーケンと戦いましょう、海中で! リベンジマッチです!」
「ああ、うん、リョウ頑張れ、俺は陸上で応援しているからな! 応援なら任せろ、こう見えても得意だ!」
「逃げた……ひどい……」
「当たり前だ!」
こうして、ロンド亜大陸の夜は更けていった。




