0314 魔王を求めて
『勇者は、一つの時代にただ一人』
死ねば、新たに生まれてきた別の赤子が、勇者となる。
勇者の生まれる原理は、それなりに知られている。
だが魔王は、正直、全く知られていない。
魔王は、西方諸国に現れることもあれば、中央諸国に現れることもある。
噂によると、東方諸国に現れることもあるらしい……。
また、中央諸国の中央神殿で教えている教義によれば、デビルから生じた四体の魔王子、そのうちの一体が、魔王となる……そう教えている。
ルンのダンジョン四十層で、涼が切り刻んだ、あの魔王子だ。
だが、それは本当なのか?
実は、分かっていない。
学説の一つに過ぎないのだ。
そもそも、魔王と接することのある人類というのが、魔王を討伐する勇者……くらいだ。
人間側からすれば、魔王の発生方法、発生源、発生理由、あるいは、そもそも魔王は生物学上、何なのかすら、理解されてはいない。
分かっているのは……、
魔王は魔物を操れる。
人間に害をもたらす存在。
そして、強い……らしい。
勇者以外が倒した記録がない……つまり、勇者以外が挑んでも、全て返り討ちにあってきたということだ。
弱いわけがない。
「でも、魔王って、ローマンが三年前に倒したんだよね?」
涼が誰とはなしに呟く。
そう、勇者ローマンによって、魔王は倒された。
それは、中央諸国にも情報として伝えられた。
世間の事情に疎い涼ですら、聞いたことがあったのだから、かなり広がった情報のはずだ。
「ええ。西方教会によって発表されていました」
神官ジークが答える。
「その後、魔王子が魔王になったのであれば、まだ時間もそんなに経っていないし、それほど強くない……のかな?」
「さあ、それはどうだろう。正直言って、本当に魔王子が魔王になるのかも、実は確実ではないという神官もいるんだよね」
涼の問いに、神官エトが小さく首を振りながら答える。
「いや、そもそも魔王子って、弱くねえから……」
ニルスの呆れたボヤキに、アモン、ハロルド、ゴワンの前衛組が苦笑した。
いくつもの状況を整えるために、再び教皇庁に行っていたヒューが宿舎に戻ってきたのは、夕方になってであった。
「ヒューさん!」
それを見つけて声をかけたのは、B級パーティー『コーヒーメーカー』のリーダー、デロングだ。
「聞きました。魔王探索に送り出すと」
デロングは、宿舎ロビーの隅の方で、小さい声で問いかける。
「ああ、その通りだ。今、教皇庁に行って、あいつらの身分を証明する印、『聖印状』というのがあるらしいんだが、そいつを出してもらうように交渉してきた。なんとか出してもらえる手はずになったから、これがあれば、西方諸国内は自由に動けるはずだ」
『聖印状』は、ファンデビー法国というよりも、西方教会の教皇庁が発行する身分保証書のようなものだ。
そのため、今回のように、外国の人間に発行してもらうのは例外中の例外。
と、ヒューは、担当の枢機卿オスキャルに言われた。
もっとも、発行を渋る教皇庁を説得したのは、枢機卿オスキャルであり、オスキャル自身は最初からヒューの側についてくれていた。
その点の巡りあわせには、ヒューは感謝していた。
これが、融通の利かない、あるいは「保管庫の襲撃? それはそれ」といった感じの人間が窓口であったら、もっと大変なことになっていただろう。
「『聖印状』がもらえたのは良かったですが、それでも……」
「ああ、それでもだ。恐ろしく困難な探索になるだろう」
デロングは顔をしかめながらいい、ヒューも同じように顔をしかめながら答えた。
西方諸国の地理に全く詳しくない人間が、どこにいるかわからない、しかも確実に表の世界からは潜んでいる存在を探し出さねばならないのだ。
簡単にできると考える人間などいない。
だが……。
「だが、やるしかない。『破裂の霊呪』は、いつ霊呪が発動してしまうかわからんのだ」
霊呪を受けてから一年間は破裂しないが、それを過ぎれば何の保証もなくなる。霊呪が発動すれば、ハロルドの体は、文字通り破裂する。
まだまだ、人間としての成長が必要とはいえ、貴重な王室直系の血。
王国としては、なんとしても救いたい。
「わかりますが……。『十号室』はB級パーティー、俺らと同格です。『十一号室』も、まだ未熟なハロルドが率いるとはいえ、ニルスの言うことは聞くから大丈夫でしょう。そして、リョウもついていくとなれば、戦力的には、これ以上は望めません。しかも、あいつら、みつかるまでずっと西方諸国に残るんでしょ……」
「ああ……その通りだ……」
三か月後、教皇就任式が終わり、中央諸国使節団が帰国する段になっても魔王の血が手に入っておらず、ハロルドの解呪ができていなかった場合……七人はそのまま西方諸国に残って探索を続ける……。
もちろん、十号室も十一号室も、そして涼もそこまで理解して、探索を引き受けている。
あまりにも過酷な探索行……。
しかも……。
「基本的に、法国の援助は受けられん」
「え? どういうことですか?」
「『聖印状』は出してもらったが、これは担当した枢機卿オスキャル猊下の温情みたいなもんだ。保管庫を襲撃されたために、ハロルドの霊呪を解けなくなったことに対するな。法国そのものはもちろん、教会も支援は期待できん。それどころか、場合によっては敵に回る」
「まさか……」
「なぜなら、教会も魔王の血は欲しいからだ。西方諸国では、けっこうな数で『破裂の霊呪』を受けた者たちが出る。それをなんとかしなきゃいかんからな。おそらく、すぐに魔王探しを始めるだろう。あるいは、すでに始めたかもしれん。そんな教会にとっては、七人は、引っ掻き回す面倒な存在に見える可能性もある」
ヒューの言葉に、デロングは絶句した。
無言の一分後、デロングが口を開く。
「……現実問題として、魔王を見つけたとしても倒せるのですか?」
「魔王を倒せるのは勇者のみ。そして、勇者ローマンは行方不明だ」
「それは……」
「いくつか方策は考えてある。あいつらが離脱した後は、『コーヒーメーカー』が唯一のB級パーティーになる。負担が増えるが、頼む」
「もちろんです。そこはお任せください」
ヒューは頭を下げて頼み、デロングは力強く頷いて答えた。
どこにいるとも知れない魔王を探して回る冒険者仲間たちに比べれば、苦労などないようなものだ。
デロングはそう思い、七人のこの先の困難さに、心の中でため息をついた。
二日後。
教皇庁からの『聖印状』も無事発行され、旅に出る準備は整っていた、ほとんど。
「騎乗以外は、ですね……」
「しょうがないだろうが! さすがに二日で馬に乗れるようにはならんわ!」
涼が言い、ニルスが反論し、エトとアモンは苦笑する。
十一号室の三人と涼は、騎乗できるのだが、十号室の三人はできない……。
理想は、機動力という面から見た場合の、全員騎乗での移動だったのだが、それは不可能ということで、結局、大きめの八人乗り馬車となった。
がたいのいいニルスがいるが、ゴワンが御者をできるということで御者席に移動したため、それほどキツキツというわけではない。
ハロルドもジークも、しっかりと筋肉はついているが、いわゆる横に大きくはないのだ。
涼は、当初は、騎乗での移動もいいなと思っていた。
馬に乗るのは好きだ。
だが……耳元から聞こえる、A級冒険者の王様の一言で、それをやめた。
((雨の中の騎乗は、地獄だぞ))
「まあ、馬車になってよかった点もあります。荷物は結構積めましたからね」
涼は、物事の良い面だけを見ることにした。
そういう切り替えも、社会を生き抜いていくためには必要に違いない!
「コナコーヒーは大量に積んであります!」
「ま、まあ……コナコーヒーは手に入らんだろうな、ここでは……」
涼の断言に、ニルスも、いちおう頷いた。
コーヒーの一杯は、貴重な、生活の潤い!
「あと、探索資金も、使節団からかなり出してもらいました」
神官エトが、情報を補足する。
「足りなくなっても、途中で、また使節団に寄れば補充してもらえます」
素晴らしい情報も補足する。
「おぉ~」
「さて、まずは北方、ラシャー東王国だな」
「グラハムさんの所ですね。そこで、情報を得られるといいですね。魔王と、勇者ローマンの」
ニルスが目的地を確認し、涼が内容を確認する。
こうして、一行は、聖職者グラハムの任地、ラシャー東王国に向かうのであった。




