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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第二章 西方諸国へ
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0313 展開

使節団が聖都マーローマーに到着した翌日から、文官会議が開かれた。


だが、考えてみてほしい。

中央諸国と、西方諸国は、驚くほど離れている。

片道一カ月以上かかるうえ、途中には多くの難所がある。


そんな二つの地域が、いったい何の会議を開くというのか?


実は、そのことに関しては、中央諸国の各政府でも話題になっていた。



王国でも、連合でも、そして使節団を主導した帝国においても。



だが、最初に帝国に届いた法国からの手紙には、『貿易交渉を行いたいので、文官も派遣してほしい』とわざわざ記されていたのだ。

いったいどういうことなのか?




「中央諸国と西方諸国を海路で結ぶ……?」


王国首席交渉官イグニスが、法国の文官から提案された内容を聞いて、思わず呟いた。


帝国、連合、そして王国からそれぞれ、文官のトップが十人ずつ参加した、最初の貿易交渉の席上だ。

王国だけではなく、帝国や連合の文官たちも初耳だったのであろう。

中央諸国使節団全体がざわついている。



それも当然だ。



中央諸国と西方諸国は、海路であってもかなりの距離があると言われている。


そう、『言われている』なのだ。

正確に、どれほどの距離があるか、測ったものは誰もいない。

少なくとも、各国政府に、そのデータは無い。


もちろん、正確な海路も不明。



そして、当然のように、海には海の魔物がいる……。



考えれば考えるほど問題が湧き出てくる。


イグニスは、文字通り頭を抱え込んだ。

現状、うまくいくとは思えない……。



彼ほどの経験豊富な交渉官であっても、これから三か月間の交渉の見通しは、全く持てなかった。




文官たちは、これからが本番。


しかして護衛の者たちは、基本的に自由だ。

各自、思い思いに羽を伸ばしていた。



真っ先に、そして最も積極的に動いた人物は、王国の水属性の魔法使いであったろう。

彼は、王国使節団に対する窓口となった、『王国使節団歓迎班』に行き、ある提案をしていた。


王国使節団宿舎内の、一階フロントに置かれた歓迎班は……、

「ゴーレムの見学……ですか?」

涼の許可申請に驚いていた。


その内容は、『ゴーレムを見る許可』というものだったからだ。

そう、『ただ見るだけ』

それも、倉庫の奥にあるようなものではなく、門に守衛のごとく立っているゴーレムを見る許可が欲しいと。


これは、当然、いじくりたいだとか、魔法式を見たいなどであれば、即却下されるであろうことは予測できたから。

さすがに、キューシー公国の時のような、尋常ならざる状況でもない限り、他国の者に、ゴーレムの機密に関連する部分を見せたりはしないであろうことは、涼でもわかった。



そのため、見るだけの許可を申請したのだ。



これは、歓迎班でも想定していなかったらしく、話し合いが行われた。


十分の話し合いの後、申請は許可された。


涼が、テニス選手のごとく、何度も小さくガッツポーズをし、フロント前を歩き回る光景は、誰もが見た。

そして、一部の者は、胸をなでおろした。

涼が、聖都を凍らせるなどと口走らなくてよかったと。


そう、その一部の者たちというのは、『十号室』と『十一号室』の者たちであった。




『十号室』の三人は、とりあえず街に繰り出すことにした。

その際に、『十一号室』の三人もどうかと誘ったのだが、ハロルド、ジーク、ゴワンは、丁重に断った。

それは、未だ、街に繰り出す気分ではなかったから……。


もちろん、ハロルドの『破裂の霊呪』のために。


それに関して、明日、団長ヒュー・マクグラスが、西方教会と交渉する手はずとなっていたため、気分ではなかったのだ。

十号室の三人も、そうだろうとは思っていたので、無理に誘わずに出かけた。



「俺に構わず、行ってもよかったのに」

「そんな、行くわけないでしょ」

「だよな」

ハロルドが言い、ジークが否定し、ゴワンも同意する。


ハロルドの霊呪を解くために、ジークとゴワンも、この西方諸国への使節団に加わったのだ。

明日、事の成否が決まるかもしれないというのに、街に繰り出す気分にはならない……。



そして、一晩、三人は悶々とした気持ちで過ごし、翌朝を迎えた。




団長ヒュー・マクグラスに連れられて、『十一号室』の三人は、教皇庁に出向いた。


もちろん、アポイントメントは前日のうちに入れてあったため、待たされることなく応接室に通された。



一分後。


()(いろ)の法衣を纏った、初老の男性が応接室に入ってきた。

「初めまして。今回の件を担当いたします、枢機卿のオスキャルです。よろしくお願いします」


枢機卿は、西方教会のヒエラルキーにおいて、教皇のすぐ下に位置し、たった十二人しかいない。


(これは……大物が出てきたぞ)

ヒューは、挨拶の後、そんなことを考えながら座った。



「さて、私が伺っているのは、『破裂の霊呪』にかかった方がいらっしゃるので、その霊呪を解きたい、ということです。間違いないでしょうか?」

枢機卿オスキャルは、落ち着いた声で尋ねる。


「はい。うちの、ハロルドが『破裂の霊呪』を受けまして」

ヒューは、傍らのハロルドを示す。


オスキャルは一度頷き、だが、少しだけ顔をしかめて言葉を続けた。

「ご存じの通り、『破裂の霊呪』を解くには、魔王の血を額に一滴たらす必要がございます。また、西方諸国では、年に数人は破裂の霊呪にかかるため、教会では魔王の血を保管しているのです……通常なら」

「通常なら?」


ヒューはオウム返しにこたえ、こちらも顔をしかめる。

(望ましくない展開が待っていそうだ……)


「実は、二週間前に、魔王の血も保管されていた第一保管庫が、何者かに襲撃されまして。魔王の血が入っていた壺は割られ、こぼれてしまいました」

「……」

ヒューも、十一号室の三人も、絶句した。



「聖都外の第二保管庫に予備がありますので、それを持ってこさせるように手配いたします」

「おぉ……」

思わずそんな声を出したのは、ハロルドであったか、それともゴワンであったか。


「ただ、第一保管庫の修復が終わってから移動させようとしておりましたので、これから連絡をしての移動ですから……そうですね、三日ほどお待ちいただくことになります。申し訳ありませんが」

そう言うと、枢機卿オスキャルは頭を下げた。


「いえ、三日くらいなら……待てるよな?」

ヒューが、ハロルドの方を見て尋ねる。

「はい」

ハロルドは頷いた。

今までになく明るい表情だ。


もちろん、すぐの解決はないわけだが、三日待てば解呪してもらえるとわかったのだ。



人は、見通しが立たないのが一番不安になるもの。

見通しさえ立てば、多少待つくらい、どうということはない。


「では、三日後に、届きましたら、こちらから宿舎の方にご連絡いたします」




涼が、北門ゴーレムの見学をし、ヒューと十一号室の三人が教皇庁を訪れた三日後。


「ふぅ、これで、東西南北のゴーレムを制覇しましたね」

西門ゴーレムの見学を堪能し、『歓迎班』の人と使節団宿舎に戻ってきた涼は、そう呟いた。


そう、初日に北門のゴーレムを見て、翌日に東門のゴーレムを見て、その次の日に南門のゴーレムを見て……そして、今日、西門のゴーレムを見てきたのだ。



今や、涼は、立派なゴーレムマニアとなっていた……。



「キューシー公国のゴーレムも、この聖都のゴーレムも、三メートル級ですが、あれはあれで迫力ありますね。うちの、一・五メートル級では、戦闘だと勝てないでしょう」

勝手に、三メートル級などという分け方を作り、アマチュアゴーレム評論家となった涼。


ちなみに、涼がロンド公爵領で作った、水田管理用ゴーレムは、全長一・五メートル。

これは、水田に入って管理をするため、背が高い、つまり重心が高いと、けっこう簡単に転んでしまうために、全長を低く作ったのだ。


そもそも、戦闘用ではない。


ゴーレムだけの話ではなく、何でも、用途によって大きさは変わる。

なぜかそれを、三メートル級vs一・五メートル級の戦闘で考えてしまう涼は、脳の中まで筋肉、つまり脳筋になってしまったのか……。



そんな涼が宿舎の食堂に入ると、中は閑散としていた。

文官の多くは、すでに教皇庁に詰め、護衛冒険者たちは街に繰り出しているのだから、当然かもしれない。


だが……。

「あ、リョウさん!」


目ざとく、涼が食堂に入ってきたのを見つけて声を上げたのはアモン。

その周りには、十号室と十一号室が揃い、さらに団長ヒュー・マクグラスもいる。


しかし、変である。


今日は、第二保管庫から教皇庁に魔王の血が届き、ハロルドの解呪が行われる予定の日。

それなのに……なぜ、ハロルドたちとヒューがここにいる?



「ただいま戻りました。でも、どうして、ハロルドたちがここにいるんです? 解呪は?」

涼がそう言うと、ヒューは、しかめていた顔を、さらにいっそうしかめた。


そして、言った。



「魔王の血が失われた」



「え? それはどういう……」

涼が尋ねると、腕を組んで何事かを考えているヒューに代わって、神官ジークが説明を始めた。

「第二保管庫が何者かによって襲撃され、その際に、魔王の血が入っていた壺が割れたそうです」

「それって……第一保管庫の時も、そうじゃなかったっけ?」

「はい……」


第二保管庫においても、同じことが起きていた。

いったいどういうことなのか?


「さらに、担当した枢機卿がおっしゃるには、第三保管庫、第四保管庫も同様に襲撃されたそうです。そちらには、魔王の血は保管されていなかったそうなのですが……。教会の保管庫が襲われるなど……何か大変なことが起こっているのは間違いないようです」


神官であるジークとしては、宗教関連の施設が襲撃されるのは、いい気持ちはしないのであろう。



「他に、魔王の血を保管している所は?」

「無いそうです。そもそも、魔王の血は、普通の壺では長期保管はできないらしく、特殊な錬金術を施した壺が必要だそうで……。それは教会しか持っていないと」

「でも、そうなると、ハロルドはもちろん困るんだけど、他の『破裂の霊呪』を受けてしまった人たちも……」

「はい……」


中央諸国では、この『霊呪』を受けた人物は、知られる範囲ではハロルドが久しぶりの人間であるが、西方諸国ではメジャーな『霊呪』だ。

そのために、西方教会では魔王の血を保管していたのに……それが無くなったとなると、困る人が出てきそうだ。



それまで、じっと腕を組んで目を瞑って考えていたヒュー。

「仕方ないか……」

そう呟くと、目を開き、言葉を紡いだ。

「ニルス、エト、アモン、それとリョウ。お前たちに、十一号室の三人と協力して、魔王の血の探索を命じる」

「え?」

七人全員が、異口同音に口を開いた。


「それはどういう……?」

代表する形で、ニルスが問う。



「より正確には、魔王を見つけ出して、血を採取してほしい」



その言葉は、七人全員の絶句でもって迎えられた……。


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