0312 到着
聖都マーローマーの周囲には、衛星都市とも呼べる街がいくつか点在しているが、そのさらに外に、東西南北のダンジョンが存在している。
ダンジョンは、決して等間隔ではなく……北ダンジョンは、聖都マーローマーから、徒歩三時間ほどの距離。
北ダンジョン周辺は、小さな街と化している。
ダンジョンには、冒険者がやってくるため、その冒険者目当ての店も建つ。
さらに、冒険者や商人たち向けの宿なども。
そんな冒険者たちのために、ギルドの出張所もあるらしい。
もっとも、中央諸国のギルドと同じかどうかは、使節団の誰も知らない……。
とはいえ、使節団は、今回聖都マーローマーに直行する。
北ダンジョン街と便宜上呼ばれるようになっているこの街は、入ることすらなく、少し離れた場所を通る街道を進んだ。
「あのダンジョンも、大海嘯とかあるんでしょうか」
アモンの呟きに、「確かに」とか言いながら、神官のエトとジークが『旅のしおり』をめくる。
だが、そこまでの情報は載っていなかったらしい。
「無いといいね」
エトの希望的観測に、ニルスは頷いて呟いた。
「あれは厄介だったからな」
三時間後、使節団は、無事に、聖都マーローマー北門に到着した。
聖都マーローマーは、巨大都市で多くの門があるが、その中でも北門は巨大な門の一つである。
そして、何よりも……城門を守っているのが……。
「ゴーレム!」
涼が思わず叫ぶ。
門の両脇に二体ずつ、合計四体のゴーレムが立っている。
全長三メートル……公国のゴーレムとほぼ同じ大きさのゴーレム。
体の前で剣を地面に突き刺し、柄頭の上に両手を重ねて立っている。
だが、動く様子はない。
「あれ? ゴーレムが、身分照会とか不審物の探索とかをしてくれるのでは……」
「しないみたいだな」
「聖都マーローマーの門は、常に開いたままらしいです。西方諸国中から集まってくる信者たちが、いつでも聖都に入れるように、って書いてあるね」
涼は当てが外れたような顔をし、ニルスがそれを肯定し、エトが『旅のしおり』から情報を提供する。
「ま、まあ、いいです。止まっているなら、近づいて、いくらでもじっくりと見ることが……」
「ダメだぞ」
フラフラとゴーレムに近づいていこうとする涼を、むんずとつかんで列に戻るニルス。
いつかどこかで見た光景が、繰り返される。
「ニルス、止めないでください!」
「いや、止めるだろ。このまま、使節団は入城するんだから」
帝国使節団、連合使節団、そして王国使節団の順に聖都マーローマーに入城し、教皇庁での歓迎式典に出ることになっていた。
「その辺りは任せます。僕はゴーレムの観察を……」
「諦めろ」
抗う涼、捕まえるニルス。
数回のやり取りの後、結局、涼は諦めた。
「ゴーレムは逃げない」
そう自分に言い聞かせて、諦めたらしい……。
他の六人は、いつものように苦笑していた。
教皇庁における、中央諸国使節団歓迎式典。
涼たちは列に並んで、式典が進むのを待っている。
王国使節団は、帝国、連合の後ろであり、その中でも十号室と十一号室は、最後尾に位置する。
もちろん、馬車は式典会場の外に置かれ、馬車に乗ってきた文官たちも、列に並んでいる。
最後尾の場所からは、教皇まで遠すぎて……。
「教皇の顔とか、全然見えんな」
「これだけ遠いとね」
「西方教会の頂点ということは、やっぱり魔法も凄いんでしょうね」
ニルスがぼやき、エトが肯定し、アモンがワクワク感を抱いた感想を述べる。
十一号室の三人も頷いている。
だが、涼だけは、何度も首を傾げている。
神官エトはそれを見て問うた。
「リョウ、どうしたの?」
「ん~なんというか、言葉では説明しにくいのですが……凄い違和感があります」
「違和感?」
「うん。何と言えばいいんでしょう……教皇聖下の……中身が空っぽな感じがするんです」
「中身が?」
「からっぽ?」
ニルスとアモン、二人とも首を傾げながら疑問形になる。
涼以外の六人から見れば、教皇の顔はほとんど見えないが、動きは普通だし、団長たちへの声掛けも普通なように見えるが……。
結局、涼が持った違和感はずっと晴れず、六人も理解することができないうちに、使節団歓迎式典は、無事終了した。
帝国、連合、王国の各使節団は、それぞれ割り当てられた宿へ移動する。
宿は、教皇庁に隣接した巨大な宿であった。
三国の宿は並んでいる。
聖都マーローマーは西方教会の中心ということもあって、国外からの使節が来ることは多い。
その際に、この教皇庁隣接の宿群はよく使われているらしい。
そんな情報を仕入れてきたのは、神官ジークであった。
ジークはできる男である。
「やっと……着いたんだよな?」
宿に入り、部屋に着くと、ニルスがそう切り出した。
「ええ。片道一カ月以上……やっぱり、けっこうかかったんですよね」
エトが頷きながら答える。
「でも、普通の護衛依頼に比べても、全然大変じゃなかったですよね」
アモンが楽しそうに答える。
「きっとこの後、空から隕石が降り注ぎ、川は血のように濁り、イナゴの群れが襲い、夜な夜な長男を殺された親たちの泣き声が聖都を満たすのです」
「いや、不吉な物語を作るな」
涼がおどろおどろしい感じで語り、ニルスが顔をしかめて否定する。
「……まあ、とにかく、基本的には三か月後の教皇就任式まで、護衛冒険者としてのお仕事は終了。宿や、文官たちの教皇庁との行き来など、聖都内における安全の全ては、ファンデビー法国の責任で行われる、って言われたよね」
「別の言い方をすれば、監視下に置かれる……まあ、法国に入ってずっとだけどな」
エトが言い、ニルスがファンデビー法国に入って毎夜、宿の周りを監視する者たちがいたのを思い出しながら答えた。
「仕方ありません。使節団の護衛とはいえ、ニルスのような不審人物を国に入れるのです。法国も、見張りくらいつけないと不安でしょう」
「俺じゃなくて、リョウだろ」
「いえいえ、僕なんて、どこからどう見ても、人畜無害の穏やかな水属性の魔法使いじゃないですか」
胸を張って、威張って言う涼。
だが、そこにいる六人は、誰も同意しなかった。
涼は、周囲の理解の無さを嘆いた……。
ここは、連合使節団が入った宿舎。
その団長室。
そこには、連合使節団団長である、先王ロベルト・ピルロと、その護衛隊長グロウンがいた。
「あれが、教皇か……」
先王ロベルト・ピルロは、さきほどの歓迎式典を思い出しながら呟いた。
「陛下?」
護衛隊長グロウンが問いかける。
「あれは……替え玉だったのかもしれん」
「替え玉? 教皇本人ではなかったと?」
ロベルト・ピルロの言葉に、驚くグロウン。
当然であろう。
長い旅の果てにようやく到着した使節団を、偽物がもてなしたなど、本来あり得ないことだ。
とはいえ、中央諸国の常識が、西方諸国においても常識であるとは限らない……。
「教皇というにはあまりにも……凡人……いや、凡人を通り越して人形と言われても頷けるような……」
「し、しかし、陛下を含め、各団長にも声をかけられていらっしゃったではないですか」
「うむ。だからこそだ……あれが、西方諸国をまとめている西方教会の頂点であるとは、どうしても思えなかったのだ……」
ロベルト・ピルロはそこまで言うと、何度か首を振った。
ロベルト・ピルロは、先王であるが、同時に、中央諸国ではよく知られた魔法使いでもあった。
いや、よく知られたというよりも……連合において、トップクラスの魔法使いといっても過言ではないレベルのだ。
そんなロベルト・ピルロだからこそ感じることができた。
先ほどの教皇の、力の無さを。
「西方教会の頂点というからには、光属性の魔法を使えるであろう。それも、常人とは比べ物にならないほどに。そのはずだ。そして、魔法使いであれば、どうしても僅かに、体から魔法が漏れる……あるいは、魔法が漂うというべきか。強い魔法使いであれば、余計にだ。だが、教皇からはそれが全く感じられなかった……」
強者の魔法使いであれば、必ずあるはずの魔法の漏れが……。
だが、そこでロベルト・ピルロは思い出した。
彼が知る、ほとんど唯一の例外を。
そしてわずかに微笑んで言った。
「いや、王国の筆頭公爵殿は、そういえば魔法が漏れておらんかったな……」
図らずも、夜のコーヒーパーティーで、石机を囲んで座った涼は、魔法が漏れていなかったことを思い出したのだ。
もちろん、事前の情報で、強力な魔法使いであることは知っていたのだが……。
「彼のような例外もあるのか……」
それは、七十年以上生きてきて、初めての経験であった。
かつて戦った強力な魔法使いたち……王国のイラリオン・バラハ、あるいはアーサー・ベラシスなどは、魔法を『纏っていた』
もちろんそれは、その辺の有象無象の魔法使いとはレベルの違う……緻密に編み込まれたとでも言おうか、そんな魔法を纏っている感じであった……。
対峙するだけでも、恐ろしさに血が凍るかのような……そんな記憶がある。
だが、王国筆頭公爵の涼は違った。
「そう、あれは……穏やか……魔法は感じなかったが……雰囲気なのか……?」
そこまで考えて、ロベルト・ピルロは何度か首を振った。
そして言葉を続けた。
「まあよい。就任式まで三カ月ある。それまでには、いろいろ分かろうさ」




