0311 深夜の訪問者
深夜。
王国使節団宿舎、団長ヒュー・マクグラスの寝室ベランダに降り立つ一つの影。
完璧な無音のまま窓を開け、部屋の中に入る。
そして、ベッドの方を見て……固まった。
ベッドに横たわったままのヒュー・マクグラスが、頭だけこちらに向け、目を見開いて見ていたからだ。
「あ、怪しい者では……」
その影は、女性の声で、ようやくそれだけを口にした。
「ああ、覚えている。確か、勇者パーティーのモーリスだったよな」
ヒューは、小さな声で言った。
かつて、王国コナ村近郊において、ヴァンパイア、ハスキル伯爵カリニコス討伐を共に行った、勇者ローマンのパーティー。
そのパーティーの斥候であったのが、今、部屋に入ってきたモーリスだ。
そう、モーリスなのはわかるのだが……。
分からないのは、なぜ、このタイミングで接触を図って来たのか。
そして、なぜ、こんな方法で接触してきたのか……。
ヒューが起き上がると、モーリスは近づいた。
そして、ポケットから一枚の封筒を出して、ヒューに手渡しながら言った。
「グラハムからの手紙です」
「グラハムからだと?」
グラハムは、勇者パーティーの聖職者であった。
西方教会における地位は、大司教。
これは、かなり高位の地位と言える。
しかも、とどめを刺される直前、ハスキル伯爵カリニコスが口走った言葉によれば、異端審問庁長官、そしてヴァンパイアハンター……。
それらがどういう意味を持つのかは、ヒューにも正確には分からないが、決して安い地位ではないであろう。
そんなグラハムからの手紙を、わざわざ他の者の目に触れないように持ってきた斥候モーリス。
これが、普通な状況なわけがない。
ヒューはグラハムの手紙を受け取ると、錬金道具のランタンを、できるだけ光量を絞って点けて、手紙を読んだ。
「……キューシー公国のあの赤い光の滝が、別の場所でも起きただと? しかも、それが、俺たち使節団に合わせて起きている可能性が高い?」
ヒューは、問いかけるように、目の前の斥候モーリスを見る。
だが、見られたモーリスは慌てて首を振る。
「私も、詳しくは聞いてないのよ。ただ、聖都マーローマーはきな臭くなってきているの。正確には、聖都の聖職者たちが、というべきなのかな」
「ふむ……。で、グラハムは聖都にいるのか?」
「いえ、グラハムは、任地のラシャー東王国よ。大司教の中では序列一位なので、教皇就任式には参加するから……あと二カ月後くらいには、聖都に来るんじゃないかな」
「はっ。大司教序列一位とは凄いじゃないか」
「ええ。あの歳では、普通、ないみたいね。十二人の枢機卿の、空きを埋める筆頭候補らしいよ」
西方教会の階級は、上から、
教皇、枢機卿、大司教、司教と修道院長、司祭、そして助祭となっている。
一人の教皇、十二人の枢機卿、二十四人の大司教、四十八人の司教、四十八人の修道院長、そして多くの司祭と助祭……。
そう決められているのだが、近年、司教以下の数はかなり増加している。
「……極めつけは、使節団は厳重な監視下に置かれていると。それで、モーリスは、深夜に忍び込んできたのか」
「うん。気配も消して、音も立てなかったのに、マスター・マクグラスに気づかれたのはショックだけどね」
「いちおう、元A級冒険者だからな」
そう言うと、ヒューは肩をすくめた。
とはいえ、使節団としては、勝手な行動をとるわけにはいかない。
教皇就任式に、国の代表として送り出されてきたからには、出席しないという選択肢はもちろんない。
出席は決定。それまで、国同士の関係がこじれないような行動が求められる……。
教皇就任式まで、約三カ月。
「中央諸国から使節団が来たことは、西方諸国中に知らされているそうなので、就任式までは特に何もないとは思うのだが……」
「うん、それはグラハムも言ってた。まあ、気を付けて三か月過ごしてくれってさ」
「何だ、その結論は……」
普通に気を付ける程度でいい、ということなのだろう。
問題は、就任式当日……か、その周辺。
「まあ、わかった。手紙ありがとうな。グラハムにもよろしく伝えといてくれ。あ、そういえば、他の勇者パーティーの連中は?」
ヒューが聞いたのは、たいして深い意味はなかったのだが……。
「魔法使い四人組は元気だよ。ただローマンは……」
モーリスは悲しそうな顔で言葉を続けた。
「ローマンは、行方不明なの……」
ヒューが、深夜の訪問を受けた翌朝。
使節団は、もちろん何事もなく、穏やかな朝を迎えていた。
宿舎食堂での朝食終了後、ヒューは涼を呼び出していた。
「リョウ、一応伝えておこうと思うんだが、我々使節団は監視されている」
「はい」
「だが、これは仕方のないことだと思っている。俺も了解……とまでは言わんが、そういう状況にあることは理解しているから、監視してるやつらには、極力手を出すな」
「わかりました」
やけに素直に頷く涼に、違和感を覚えるヒュー。
「ま、まさか、すでに手を出したとか、そういうことは、ないよな?」
「やだな~そんなわけないじゃないですか~。一体僕を何だと思ってるんですか~。あはははは~」
清々しい笑顔で答える涼。
「そうか。いや、それならいいんだ」
「ちなみに、昨晩は、十人で、この宿舎を見張っていたみたいですよ」
「なに?」
「でも大丈夫です。何もしてませんから」
「お、おう……」
実は昨晩、涼とアベルの間で、以下のような会話が交わされたことは、もちろんヒューは知らない。
((アベル、不審な者たちが宿舎を取り巻いています。先制攻撃します))
((いや、待て、リョウ))
((アベル、止めないでください!))
((いや、止めるだろ。そいつらは、ただの法国の監視だろ。監視と共に護衛もか。不届き者が、使節団の宿舎を襲ったりしたら、法国の面目は丸つぶれになるからな))
((むぅ……))
((気を付けるだけにしておいて、実際にそいつらが襲ってきたら、迎撃したらいい))
((そんな後ろ向きな対策で、大丈夫なんですか!?))
((後ろ向きって……。大丈夫だから、俺の言うことを信じろ))
((そうですか? 分かりました……アベルの言うことを信じます))
そんなやり取りがあったおかげで、涼による先制攻撃は行われなかった。
世界の平和は、誰も知らない人たちによって、保たれているのかもしれない……。
そんなこんながありながら、使節団一行が北部国境の街ヴァルペガラを発って四日目。
「今日のお昼過ぎには、聖都マーローマーに到着するんですよね?」
「その前に、マーローマーの北にあるダンジョンが、街道から見えるらしいよ」
アモンが確認の質問をし、エトが聞き捨てならない情報を補足した。
「ダンジョン!?」
当然のように食いつく涼。
「そう。聖都マーローマーの周りには、四つのダンジョンがあるんだって。東西南北に一つずつ。そのうちの、北ダンジョンの近くを、この街道は通っているから、見えるらしいよ」
エトが、『旅のしおり』を見ながら、そんな説明をする。
恐るべき情報量、『旅のしおり』
そこで、涼は、かつてルンの街で受けたダンジョン初心者講習会を思い出していた。
確か、講師の先生役だったギルド職員が言っていた……。
「西方諸国のダンジョンには、一度クリアした階層までの転送機能を持つダンジョンがあると聞いたことがあるのですが、聖都周辺のダンジョンにはその機能は……?」
涼は、少し震えながらそんな質問をする。
もしあるのなら、ぜひ深くまで潜ってみたい……。
エトが、パラパラと『旅のしおり』をめくった後で……。
「ああ、あるね。聖都マーローマーの、西にあるダンジョンに、その機能があるって」
「おぉ~!」
涼は歓喜した。
ルンの街では、ダンジョンにはあまり潜らなかったが、決して興味がないわけではない。
最下層までクリアを! みたいな事を望んでいるわけではないが……。
「これまでの最大到達階層は、150層って書いてあるね」
「150……」
「かなり深いな……」
「150層とかの魔物って、凄く強そうですね!」
エトが情報を提供し、アモンが絶句し、ニルスが驚き、涼がまだ見ぬ150層の魔物を想像してワクワクする……。
それを唖然として見守る十一号室のジークとゴワン。
だが、一人、心ここにあらずの人物がいる。
「ハロルド、大丈夫ですか?」
それに気づき、涼が声をかける。
「え、ああ、はい……」
ようやく我に帰る、剣士ハロルド。
そもそもハロルドがこの使節団にいるのは、魔人の『破裂の霊呪』を解くため。
その霊呪の解き方は、『魔王の血を額に一滴たらす』
そして、西方教会には、魔王の血が保管されているという。
「大丈夫ですよ。ヒューさんが上手く交渉して、何とかしてくれるはずです。もしダメだった場合は、僕が聖都全土を凍らせて、取ってきますから!」
「いや、馬鹿、やめろ」
涼が先輩冒険者らしく、後輩を安心させようとしたのに、ニルスによって否定されてしまった。
「ニルスは、後輩が困っているのに、そんな酷いことを言うのですか」
「いや、そうは言ってないだろうが。聖都を凍らせなくても、別の方法をと……」
「具体的に、どうするんです?」
「いや、それは……そうだ、保管してあるところに忍び込むとか……」
「それは犯罪ですね!」
「リョウに言われたくない!」
そんな会話を聞いて、ハロルドは少しだけ微笑んだ。
そんなハロルドの肩に、後ろから手を置くジークとゴワンであった。
「0046 講習会最終日」の伏線が回収されましたね!
転送機能のあるダンジョン……なぜ、他のダンジョンと違うのでしょうか。
気になりますね~。




