0309 回廊諸国の変動
王国使節団の船が出航したのは、結局、翌日の朝であった。
使節団が乗船する際に、すでに船に乗っていた船員たちは無事だったのだが、まだ公城内に残っていた船員たちが騒動に巻き込まれ、亡くなったものが多かったからだ。
翌朝にはなんとか出ることができたのは、公国が無理して船員を集めたからでもある……。
一日延びた逗留中、使節団は思い思いの時間を過ごした。
もちろん、ある水属性の魔法使いは、分解したゴーレムの情報を、貪るように検証していた……。
ちなみに、涼は『分解』のつもりであるが、多くの者たちから見た場合、それは『解体』であった点を注記しておく。
分解は、破壊を伴わないが、解体は、破壊を伴うという違いがある……。
「省魔力化のポイントが、少しずつ分かってきましたよ……」
そう呟いて、クククとまるで悪魔的に笑う涼の元には、十号室と十一号室の六人も近づかないようにしていた。
共通した認識として、「そっとしておこう」だったのだ。
ただ、食事のタイミングだけはきちんと伝えた。
「リョウさん、食堂でご飯食べましょう」
アモンがそう言うと、涼はハッと顔を上げ、立ち上がる。
「うん、食べに行こう」
『三度の飯より錬金術』というのは、涼には当てはまらないようだ……。
ご飯はしっかり食べたが、結局、船旅の間も、涼はずっと、分解したゴーレムの分析に取り掛かっていた。
もちろん、団長ヒュー・マクグラスが公国に掛け合い、いくつかの条件は付いたが、正式に、分解されたゴーレムの所有権が涼に譲渡されたのだ。
錬金団と整備師たちが、「あの状態からでは復元不可能」という判断を下したことが大きかったであろう。
普通は、国家機密にすら類するものを、いかに多大な貢献をしたとはいえ他国の冒険者に、渡したりはしない……。
涼としても、もう一度組み上げるつもりは毛頭なく……そもそもそれは不可能であることを理解していたが……だが、涼にとっては錬金術によるゴーレムに関する知見を、かなり高めることになったのは非常に良かった。
ちょうどその頃、回廊諸国では、一つの大きな異変が起きていた。
中央諸国から近い順に、『アイテケ・ボ』、そして『シュルツ』の国がある。
どちらも、都市国家というべき国であり、中央諸国における『国』と比べれば、かなり小さな規模といえる。
とはいえ、数十万人の人口を抱え、曲がりなりにも政府と呼べるものは存在していた。
だが、アイテケ・ボでは国主ズラーンスー公の愚かな行為により、キャタピラーの大群が街を、そして国主館を襲い、ズラーンスー公は亡くなった。
また、政府中枢の人間たちも幾人かが亡くなっていた。
さらに、アイテケ・ボが誇った城壁が、このキャタピラーによってかなりの広範囲で崩壊した。
これは、漆黒の森の中にある国として、かなり厳しい状況である。
普通の森以上に、漆黒の森は魔物が多いことで知られているからだ。
とはいえ、そこはしょせん魔物。
街に侵入しないようにするだけなら、いくつもの方策がある。
さすがに、今回のようなキャタピラーの大群であればどうにもならないが、あんなことは数十年、あるいは百年に一度あるかないかだ。
気にするようなことではない。
じっくりと、城壁の修復をすればよかった。よかったはずだった……。
これまでは。
「ダメです、もう、もちません!」
「なんであいつら、森の中で馬に乗れるんだ!?」
「騎乗したまま矢を放ってきます!」
「報告します! 第一騎士団、全滅しました……」
「城壁の崩壊地点から、騎馬が侵入!」
「次々と敵が……」
この日、わずか一日の交戦で、アイテケ・ボは陥落した。
前国主ズラーンスー公の後を継いで国主となっていた、ランシュイ公は、降伏勧告を受け入れた。
アイテケ・ボを陥落させたのは、新しくシュルツの国王となったアーン王。
かつて、騎馬の民を率いて、シュルツを攻め落とした男だ。
そして、妹を傷つけた、デブヒ帝国前皇帝ルパートを絶対に許さないと誓った男でもある。
こうして、『アイテケ・ボ』は、『シュルツ』の属国となった。
アイテケ・ボを併合したことにより、アーン王とデブヒ帝国の間に、障害となる国は無くなった。
「俺は必ず、誓いを守る」
アーン王のその呟きは、もちろん、先帝ルパートには聞こえない……。
アイテケ・ボの陥落は、三日後には、遠く離れたナイトレイ王国王都のハインライン侯爵の元に届いた。
そして、アベル王にも報告される。
「アイテケ・ボが陥落……。使節団は、帰路の確保が難しくなるな」
「はい。シュルツとアイテケ・ボを、大きく迂回するルートにならざるを得ません。そうなりますと、安全もですが、補給も難しくなるでしょう。また、シュルツのアーン王は、中央諸国使節団に対して、いい感情を持っていないと報告されています。特に、先帝ルパート陛下に対して」
「ああ、それは俺も聞いた。アーン王の妹を傷つけたからだな……。逆恨みではあるが……しかし、これは困ったな」
アベルは顔をしかめ、傍らのコーヒーを一口飲む。
「シュルツとアイテケ・ボは、かなりの距離があったろう? だからこそ、これまで互いに不干渉だったわけで……」
「はい。そこは、やはり騎馬の民かと……」
「ああ……」
アーン王が元々率いたのは、シュルツによって迫害されていた騎馬の民である。
その機動力、そして行動半径は、驚くほど広い。
全員が騎馬という、その移動能力が、歴史上はじめて、シュルツによるアイテケ・ボ攻略という、回廊諸国同士の交戦を生み出した。
そして、たった一日で決着がついた。
距離の暴虐をねじ伏せたのは、国王の狂気……。
「侮れない戦力だな、騎馬の民」
「はい。王国本土への攻撃などはないでしょうが、使節団が西方諸国から戻る際に、大きく迂回したとしても、障害になる可能性が低くありません。回廊諸国にも、本格的な諜報網を構築する必要がありそうです」
「現状……結構詳細な情報が入ってきていると思うが、本格的ではない、と?」
「申し訳ございません陛下。早急に整えます」
「あ、うん……」
ハインライン侯爵の『本格的』のレベルは、アベルの想定をはるかに超えているようであった……。
狂気に侵食されつつある王……。
あと、
本文では、某スペースオペラにならって、「距離の暴虐」と訳しましたけど、
原文は「The Tyranny of Distance」……Google先生は、「距離の専制政治」と訳しました。
オーストラリアの歴史学者ジェフリー・ブレイニー先生の有名な著作です。
何をするにも、「距離」というのは無視できない要素です。
この「水属性の魔法使い 第二部」においても、
最後まで、「距離」という要素がつきまといます!




