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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第二章 西方諸国へ
332/930

0307 目標ZMP制御

翌朝。

王国使節団が、宿舎の食堂に集まったところで、衝撃の事実が知らされた。


「……今日、出発?」


その時の、涼の表情をたとえて言うなら、『愕然』であったろう。


「川の増水が治まったらしく、今日出発する。かなり巨大な船だそうで、二隻ずつしか接舷できんらしい。いつも通り、帝国、連合、王国の順だ。帝国は、すでに乗り込み始めている。我々の乗船は二時間後。それぞれ準備を進めてほしい」

団長ヒュー・マクグラスの言葉に、ほとんどの使節団員は頷いた。


頷いていない水属性の魔法使いが、約一名……。


「ゴーレム見学会二日目の予定が……」

「いや、元々二日目なんてないぞ」

涼の嘆きに、つっこむヒュー。


公国が見学許可を出したのは、一日、二時間だけだ。

そもそも、他国の人間に、見学許可が出されたこと自体が異例なわけで……。



「リョウ、これから向かうファンデビー法国のゴーレムが、西方諸国最強なのでしょう? そっちを早く見たくないですか?」

「なるほど! 確かにエトの言う通り、ここは気持ちを切り替えましょう。さあ、皆さん急いで準備をしてください!」

神官エトの言葉に、くるりと変わる涼。


さすが、付き合いの長い『十号室』の人間は、涼の扱いを心得ているらしい……。


団長ヒュー・マクグラスが、何も言えなかったのは言うまでもない……。




二時間後。

オース川の港は二つあり、使節団の船がついているのは、公城専用港だ。

そのため、公城に隣接した場所にある。


その公城専用港に、二層甲板の、巨大な船が二隻、接舷していた。

馬車や重い荷物は、下層甲板に入り、人間は上層甲板に乗るらしい。



「これは大きいですね……」

「海だったらひっくり返る気がします……」

「オース川専用らしいよ」

「ウィットナッシュで見た船みたいには、かっこよくないな」

アモン、涼、エト、ニルスの感想だ。


最後のセリフは、涼の感想に聞こえるかもしれないが、ニルスだ。

かつて、ウィットナッシュで見たトリマランの『レインシューター号』の美しさは、美的感覚など無縁と思われているニルスですら、未だに美しいと思っているほどなのだ。



ちなみに現在、レインシューター号がどこにあるのかは、この四人は知らない……。




キューシー公国で補給を受けた多くの荷物と、三十台近い馬車を全て船に積み終わった時に、騒動が起きた。




「きゃああああああ」


公城から響く悲鳴。

それも一つではない。

多くの怒号も聞こえてくる。


王国使節団三百人のうち、百人は文官たちであるが、残りの二百人は冒険者。

それもD級以上の冒険者たち。

当然、異常事態の発生に対して、ほとんど反射的ともいえる行動をとることができる。


すぐにパーティーメンバー同士、集合し、アイコンタクトで意思をとりあう。

ほぼ同時に、団長であり、元A級冒険者でもあるヒュー・マクグラスの指示が飛んだ。

「文官たちは、急いで乗船しろ。D級パーティーも割り当てられた船に乗船し、船上で待機。異常が発生したら文官たちを守れ。B、C級パーティーは陸上で臨戦態勢」


公城で、何か異常が起きたのはわかる……だが、どんな異常なのかは分からないため、下手に動くことはできない。




何が起きたのか。

王国使節団一行がその内容を知るまで、たいして時間はかからなかった。


「音が……近づいてきます」

「重い音だね」

「これってやっぱりあれだよな……」

アモンが呟き、エトが補足し、ニルスが想像する。



公城と、専用港の間には、城壁がある。

その城壁が、一瞬にして崩れた。


出てきたのは、想像通り……ゴーレム。


それも一体ではない。

城壁は次々と崩壊し、崩壊した個所から、見ただけでも十体のゴーレムが、一行に向かってきた。



「うおぉぉぉぉぉぉ!」

雄たけびを上げて突っ込んだ男が一人。

『十一号室』の剣士ハロルド。


「うぇ? 馬鹿野郎!」

ニルスが叫んだが、もう遅い。


ハロルドは先頭のゴーレムと接すると、その足に、思い切り剣を横薙ぎで入れた。


カキンッ。


高い音を響かせて、ハロルドの剣は弾かれた。


ゴーレムの足には傷一つつかない。

驚くハロルド。


驚きつつも、すぐに距離を取ろうとバックステップする……だが、四メートルものハルバードを、その巨体からは想像できない踏み込みの速度と合わせて横薙ぐゴーレム。


ハロルドは、なんとか襲い来るハルバードと自分の体の間に剣を入れたが……。


人外の膂力(りょりょく)であった。


「!」

声にならない声を上げながら、ハロルドは吹き飛ばされた。


野球で、バッターがボールを打つように……ハロルドはそのボールのように……吹き飛んだ。



その光景を唖然とした表情で見る王国使節団一行。



「そういえば、インベリー公国に出兵した時は、ラーさんがあんな風に飛ばされていた……」

かつて見た光景を思い浮かべながら、懐かしい気持ちになる涼。


だが、すぐに気持ちを引き戻す。



そこには、戦場が現れていた。



十体のゴーレムは、すでに王国使節団の冒険者たちと剣を交えていたのだ。


涼は呟いた。

「接敵する前に、アイスウォールで分けておくべきだった……」


ゴーレムと冒険者を分けておくべきだったという意味か。

それとも、自分の相手用のゴーレムを分けておくべきだったという意味か。

それは誰にもわからない……。



ハロルドは、その未熟さから、ゴーレムの一撃を受け止めて体を弾き飛ばされていたが、他の冒険者たちは、そんな愚は犯さなかった。

あるいは、ハロルドの状況を見て、受けてはダメだと認識したのかもしれない。

全員が、ゴーレムの攻撃を、かわすか流すかしていた。


『コーヒーメーカー』と『十号室』はB級冒険者であるが、それ以外の陸上戦闘員はC級冒険者だ。

だが、C級成り立てとも言えるハロルドら『十一号室』に比べれば、いずれも、それなりの経験を積んでいる。

オーガのような、人外の膂力を持つ魔物との戦闘経験も豊富だ。


それらの経験が生かされていた。



決定打を入れることに成功したパーティーは皆無だが、少なくとも戦線は維持されている。



「B級冒険者五人分という触れ込みでしたけど、このゴーレムたちはそれほどではない……?」

涼の呟きは、だが時期尚早だった。


一体のゴーレムの目が赤く輝くと、戦い方が変わった。


これまでは、ゴーレムは、足を止めて、手に持ったハルバードを振り回しての攻撃であったが、足を使って動き始めたのだ。

これをやられると、一気に間合いのタイミングが変わってくる。

しかも、巨体のくせに、やたらと細かなステップを刻んでいる。

前方に進むときには、前傾姿勢になったりしている……。


「オーガや、おっきな人間があんなことをしたら、膝を痛めそうです」

涼は、戦い方の変わったゴーレムを、そう評した。



ちなみに、先ほどから第三者的コメントを流している涼であるが、いったい何をしているのか?

もちろんさぼっているわけではない。


陸と船の間に氷の壁を築き、船への被害を防いでいるのだ。


元々は、船上の文官たちを守るためにD級冒険者は、乗船して防御態勢をとっていたのだが、ゴーレムがその巨体を生かして、ハルバードと共に持ってきた槍を船に向かって投げた。


さすがに、そんな巨大槍が船に刺さってはまずい。

船に穴が空けば沈むし、甲板に落ちれば乗船した者たちの命にかかわる。


そのため、槍が飛んだ瞬間、涼が<アイスウォール>を構築して槍を弾き返し、そのまま<アイスウォール>を維持していた。



しかし、涼の体はうずうずしてきている。

氷の壁は、別に涼がついていなくとも維持されるわけで……。



見た限り、陸上にいる護衛冒険者は、涼と団長として指揮を執っているヒュー以外、全員がゴーレムとの戦闘に入っている。


「B級冒険者五人分ほどはない」と先ほど涼は呟いたが、一体につき、冒険者五人以上はかかわっている現状を見ると、決して侮れる戦力でもないようだ。

実際、足を使い始めて以降、冒険者の側にも傷を負う者たちが出てきている。

それを、こまめに、神官たちが回復しつつ、戦線を維持している。


何より厄介なのは、ゴーレムの表面が、剣はもちろん、攻撃魔法を全て弾き返す点であった。

攻撃力を上げたジャベリン系の魔法でも、全く傷がつかない。



戦線は維持されているが、完全に膠着状態に陥っていた。




団長ヒュー・マクグラスは、不思議に思っていた。

これだけの騒ぎになっているのに、公城から、援軍が全くやってこない。

「俺たちを見捨てた? いや違うな……」


目の前の戦闘音がかなりのものであるため、意識しなければ聞こえないが、公城の中でも騒動は続いているようだ。


「つまり、この十体だけではなく、他にもゴーレムは動いているのか」


それはあまり嬉しくない予測であった。

なぜなら、この十体に加えて、さらに公城内からゴーレムがやってくる可能性が……。




そして、十一体目が現れた。




「チッ」

ヒューは音高く舌打ちをし、現れた一体に向かおうとする。

そもそも、全てのパーティーが戦闘に入っており、手が空いているのは、自分と、船の前に氷の壁を張って船を守っている……。


「リョウ!?」



水属性の魔法使いが、十一体目に向かって走った。




新たに現れた十一体目のゴーレムも、右手にハルバード、左手に槍を持ち、現れる早々、槍を船に向かって投げつけた。


カキンッ。


だが、その槍は、十一体目から十メートルほど飛んだ場所で、見えない壁にぶつかって落ちた。

十一体目は、槍のことなど関係なく、戦闘中の使節団に向かって走る。


その前に、一人の魔法使いが立ちはだかった。


落ちた槍を拾うと、そのまま十一体目に突っ込む。


十一体目のハルバードが届こうかという時、魔法使いの姿は消えた。


遠目に見ていたヒューですら、一瞬見失ったほどだ。

だが、一瞬後には、何らかの方法で、瞬間的に速度を上げて、十一体目の後方に回り込んだと理解できた。

魔法使いの後背に、小さくきらめく水の欠片が見えた……何か水属性魔法を使ったのかもしれない。


魔法使いは、十一体目を後方から槍で突いた。



十一体目は、盛大に、こけた。



それはもう、見事に。


たいして強い突きには見えなかったが、何の抵抗もなく、こけた。



見ていたヒューのほうが、唖然としたほどであった……。




「設計者は、ゼロモーメントポイントを理解していなかったようです……」

涼はそう呟くと、村雨に氷の刃を生じさせ、頭から転んだ十一体目……うつぶせで地面に倒れこんだその首の後ろに、村雨を突き刺した。


関節すら、外から見えないほどに、多重装甲のようになっているゴーレムであったが、首周りだけは、ほんのわずかに隙間が空いていることに、昨日の見学会で気づいていた。

頭を動かして周囲の状況を探るため、隙間ができるのは仕方ない。


だが、全長三メートルもの高さであるため、人間の武器では、首周りに攻撃を加えることはできない。

下方からの槍などの突き上げでは、首の隙間には入らない構造なのだ。



であるなら、転倒させて突き刺すのが、最も合理的……。



例えば、これがオーガなどであれば、膝など足を潰して頭が下がったところで首を刎ね飛ばす、などというとどめの刺し方もある。

そもそもが、たいてい猫背なオーガと、姿勢のいいゴーレムとでは、体感的にも頭の位置が大きく違うと感じてしまうわけだが。


まあ、そういうわけで、涼は転倒させる方法を選んだ。



そのポイントとなったのが……。

「目標ZMP制御は、二足歩行ロボットを作るなら、絶対に避けては通れない道なのです」



二足歩行ロボットで、重力と慣性力の合力が路面と交わる点のことを、ゼロモーメントポイント(ZMP)という……と言っても分かりにくい。


字義的に言うなら、総慣性力のモーメントがゼロとなる点……これもよく分からない。



まず、『慣性力』という言葉を簡単に述べよう。

『慣性』とはちょっと違う。違うが、誰しもがよく経験することなので、難しくはない。


例えば、電車や車に乗っている時、それらが発車した瞬間、進行方向とは逆方向に、「おっと」と引っ張られる経験をしたことがあるだろう。

その、進行方向とは逆方向に引っ張った力が『慣性力』だ。


何も難しくはない。



それを踏まえて、ゼロモーメントポイントを、人間の歩行と走行を例に考えてみよう。



ゆっくり歩いた場合。

力は真下に向けて『重力』が、そして進行方向とは反対、つまり後ろ向きに『慣性力』がかかる。

その二つの力の『合力』が、『総慣性力』だ。

中学校の理科の授業で習った、二つの力の矢印を合わせて、平行四辺形を作るあれである。


歩いた場合は、後ろ向きにかかる『慣性力』は小さいため、縦に細長い長方形になる。



では走った場合。

真下に向けて『重力』がかかるのは変わらないが、後ろ向きの『慣性力』が大きくなる。

つまり、平行四辺形(この場合長方形だが)も縦に細長いものではなく、大きな面積のものになる。

結果、『総慣性力』はかなり後ろ方向にずれる。



重力は一定。

慣性力は速度調整で制御できる。

ちょうどいい慣性力を目標慣性力と呼ぶなら、

重力と目標慣性力の合力を、目標総慣性力と呼べる。


この目標総慣性力を延ばしていった『作用線と地面との交点』が、目標ZMP。



この目標ZMPがどこにくるかを意識しながら、ロボットの姿勢制御を考えねばならない。



「自動車会社のアイボーは、目標ZMP制御、床反力制御、着地位置制御の三つの姿勢制御で、二足歩行を実現していました」

涼は、倒れた十一体目のゴーレムを見下ろしながら、呟いた。

地球にいた頃に学んだ知識らしい。



ここだけ聞けば、非常に難しげに見えるが……。

人間が普段やっていることを考えれば、動きそのものは難しくない。


例えば、歩いている時に、地面にあった出っ張りにつまずいたとしよう。

当然、前に転倒しそうになる。


その時、人はどう動いて、転倒を防ぐか?


つまずかなかった方の足を、大きく前に踏み出す。

それによって、転倒を防ぐ。


目標ZMP制御を意識する事によって、二足歩行ロボットにおいても、これが可能となる。


そして、今回のキューシー公国のゴーレムで言うなら、後ろから涼にこづかれた際に、大きく足を踏み出して転ぶのを防がなかった……つまり、目標ZMP制御がダメダメだと、涼は言いたいらしい。



転倒を防ぐために、足を大きく『前方』に踏み出すが、答えは『後方』に生じるZMPにある……。



知ってしまえば複雑な話ではないが、知らなければ難しいお話。



涼が、ロンド公爵領で作った水田管理用ゴーレムは、全く満足のいくものではなかった。

とはいえ、足場史上最悪とも言える、水田の中に入っての作業をさせるために、姿勢制御に関してだけは、秀逸なものであった。


それに比べると、目の前に倒れているゴーレムは、姿勢制御が甘いと感じられる……。



「とはいえ、学ぶべきものはあるはず」


そう言うと、まず頭を完全に切り離した。

そして、首の部分から、胸部装甲や、背部装甲をじっくりと観察する。

どこかに、装甲を外す仕掛けや方法があるはずだと。

そうでなければ、メンテナンスできないわけだし……。


戦場では、あるいは他国の人間に見せる場合には、完全防備であろうが、整備する際には装甲は外すはずだと。


かつて、鹵獲した連合の人工ゴーレムを、ケネスの下でいろいろいじくりまわした経験が、ここで活かされていた。



しばらくいじくりまわした後、それを見つける。



「えいっ」

必要ないのに、掛け声とともに、内側の留め金を外すと、胸部装甲がはがれた。

「もひとつ、えいっ」

これまた必要ないのに、さらなる掛け声とともに、内側の留め金を外し、背部装甲もはぎ取った。


最初のとっかかりが分かれば、あとは比較的スムーズにいく。

同じような設計思想で、腕、足、腰、などもできあがっているからだ。



五分もすると、ほとんどすべての装甲が外され、丸裸のゴーレムが現れた……もちろん、切断された首はないが。



だが、そこで涼は、ふと我に返った。



ここがどこだか思い出した。



仲間たちが、未だに戦闘中であるということを。



「しまった……」

さすがに、戦闘中の仲間を放っておいて、自分の趣味に走ろうとしたのは失敗であったのは、理解している。



ふと見ると、そこには、指揮官マスター・マクグラスがいた。


彼は、涼が十一体目を転倒させ、首に剣を突き刺したのを見ていた。

指示を出しつつ、自分も参戦。


足を使って戦っているゴーレムが、前方に出るタイミングを見計らって、後方から突いて倒し、倒したところで首に剣を突き立てていった。



さすがに、マスター・マクグラスほど洗練された倒し方にはならなかったが、B級パーティーを中心に、残り十体全て倒された。



最終的には、死者ゼロで、合計十一体のゴーレムは倒されたのであった。


何で後ろからこづいただけで転倒するんだよ!

という疑問への答えです。


人間は、小脳で目標の歩行運動が生成されていて、それに沿うように脊髄が筋肉を動かしている(らしい)ので、意識しなくても転ばないですが……。

ロボットやゴーレムは、プログラムや機構を組み込んであげないとダメなんですよね。

それも、明確な数値で。


曖昧でもいける人間って凄い!

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