0305 公都ディーアール
西方諸国の最東端の国家として知られるキューシー公国。その都ディーアールは、さすがにこれまでの回廊諸国の街とは規模が違っていた。
「これは……王都とまでは言わないけど、ルンの街以上の人口はいるね」
その人口の多さに驚く神官エト。
「西方諸国を王国に例えれば、このキューシー公国は辺境伯にあたります。そのためか、西方諸国の中でも、かなり強力な軍事力を持っているそうです。その一つが、ゴーレム兵団とか」
『旅のしおり』を読みながら、情報を補足する神官ジーク。
「なるほど……って、え? ジーク、今、ゴーレム兵団って言った?」
ジークが言った言葉に反応する涼。
「あ、はい。西方諸国最強のゴーレム兵団は、教皇が治めるファンデビー法国らしいですが、このキューシー公国のゴーレム兵団も、なかなかのものだそうです」
ジークは、そう言いながら、旅のしおりの該当箇所を見せた。
「それは、ぜひ、見たいですね!」
ワクワクを通り越して、ソワソワしはじめた涼。
「これは、ヒューさんに、公国に半年くらいとどまるように直接交渉を……いや、ルパート陛下やロベルト・ピルロ陛下にも根回しを……」
「いや、そういうのはやめろ」
涼の口から出る不穏な言葉を、未遂のうちに止めようとするニルス。
苦笑するエトとアモン。
ちょっと口ぽかんとなる十一号室の三人。
だが、ニルスの懸念は払拭され、涼が望んだ光景も……。
一行を迎えた公城には、ずらりと整列したゴーレムたちがいたのだ。
それを見た涼の表情は……。
まさに歓喜。
まさに喜悦。
まさに……至福。
列から逸れて、フラフラとゴーレムの方へ近寄っていこうとするのを、ニルスにむんずとつかまれて、何度列に戻されたことか……。
結局、整列したゴーレムの間を抜け、公城内の広場に一行が入るまで、それは続いた。
広場に入り、扉を閉められ、ゴーレムが見えなくなる時……、
「ああ……」
手を伸ばしながら、涼の口から漏れた言葉に、『十号室』と『十一号室』の六人はため息をついた。
だが、本当は、ため息で終わってはいけないのだ。
涼の行動力を考えた場合。
それを理解していたのは、この六人ではなかった。
((リョウ、絶対扉を破って突っ込むなよ!))
((アベル、止めないでください!))
((いや、止めるわ!))
はるか中央諸国にいるアベルによって、涼の暴走は未然に防がれた。
『魂の響』を通して、アベルはその光景を見ていた。
そして、涼の気持ちも想像がついた。
となれば、とるかもしれない行動も予測がつくというものだ。
((本命は、教皇のゴーレム兵団だろうが。ここで問題を起こせば、それを見られなくなるぞ?))
((うっ……))
教皇が治めるファンデビー法国のゴーレム兵団は、西方諸国でも最強と言われている。
そして、使節団一行は、その教皇の就任式に向かっているため、ファンデビー法国には必ず行くのだ。
それに連れていってもらえなくなるのは、涼としてはさすがに困る……。
((仕方ありません。後で正式なルートで観察を申し込みます))
((正式なルートって何だ……))
((ヒューさんに、お願いします))
((ま、まあ……それはいいが……。グラマスに迷惑かけるなよ?))
((大丈夫ですよ。僕に任せてください!))
なぜか自信満々の涼。
だが、いったい何に自信満々なのかが、全く理解できないアベル。
世界は、常に、すれ違いからできているのかもしれない……。
キューシー公ユーリー十世への謁見がつつがなく終了し、使節団首脳たちには、ファンデビー法国までの旅程が示されていた。
西方諸国には、
『全ての道はファンデビーに通ず』
という言葉があるくらい、街道網が発達している。
さらに、教皇の指示により、キューシー公国は、中央諸国使節団をファンデビー法国まで道案内する役割を与えられていた。
そのための、旅程伝達であった。
「川が増水?」
旅程表を見て、思わずヒューの口から言葉が漏れる。
「はい。この公都ディーアールからファンデビー法国までは、オース川を船で向かいます。三十台の馬車と二百人以上乗れる船を、合計六隻用意させていただいております。各国二隻ずつです。ただ、昨日まで降り続いた大雨のため、川が増水しております。二日ほどで出航できるとは思いますので、それまでこのディーアールでお待ちいただくことになります」
陸路でもファンデビーに向かうことは可能らしいが、船より時間も手間もかかる。
さらに、教皇の就任式まで、まだ三カ月ほどの余裕がある。急ぐ必要もない。
となれば、待つのが上策。
先帝ルパート、先王ロベルト・ピルロ、そしてヒュー・マクグラスの三人は視線を交わした。
言葉に出さずとも、その程度は理解できる。
「わかりました。川が治まるまで待たせていただきましょう」
代表して、先帝ルパートが答えた。
ここに、二日間の余裕が生まれた。
「やりましたよ! 天は我に味方せり!」
宿舎の大食堂にて、その川が治まるまで待つという報告を受けた時、ある水属性の魔法使いが叫んだ言葉だ。
「なんだ、リョウ。何が味方なんだ?」
その、かなりの喜びように、訝しげな表情を向ける、団長ヒュー・マクグラス。
十号室と十一号室の六人は、小さく首を振ったり、苦笑したりしている。
「ヒューさん、お願いしたいことがあります!」
涼は、ヒューに近づきながら言った。
「公国のゴーレムを、近くで見る許可をとって欲しいのです!」
「ゴーレム? ああ、並んでいたやつか……」
涼の言葉に、ヒューは整列していたゴーレムを思い出す。
同時に、三年前の、インベリー公国への出兵時に、涼が連合の人工ゴーレムに、異常なほどの興味を示していたことを思い出していた。
「リョウは……ゴーレムに興味があったな、そういえば……」
「はい!」
ヒューの言葉に、いい返事をする涼。
ヒューも、涼の希望が通ればいいなとは思うが、ゴーレムは恐らく国家機密、そう簡単に、他国の人間が見る許可は下りないだろうと思う。
「まあ……先方に頼んではみるが……難しいと思うぞ?」
「大丈夫です。その時には、この公都全体を一時的に氷漬けにして、みんなが動けなくなったところで見ますから」
「いや、ばか、やめろ」
涼のとんでもない考えを、慌てて止めるヒュー。
公都全体を氷漬けにできるかどうかは分からないが、そんな考えを持つこと自体が大変困る。
「もちろん冗談ですよ。いやだな~ヒューさんたら、本気にしちゃって」
「……リョウの場合、どこまで冗談かが全く分からん」
涼が素敵な笑顔でヒューの腕を叩き、ものすごく疲れた顔で答えるヒュー。
いつもはアベルが担う役割を、今回はヒューが担っている……とても、大変そうだ。
その後、『見るだけなら構わない』という許可が下りたのは、誰にとっても幸運であった。
涼は何度もガッツポーズをして喜び、ヒューは問題が起きなくて済みそうだとホッと胸をなでおろし、知らないうちに氷漬けにされたかもしれない公都民は……何も知らないで生活を続けた。
もちろん、涼が氷漬けにすると言ったのは、冗談ですよ?
涼自身が言った通り、冗談ですよ?
本当ですよ?




