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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第二章 西方諸国へ
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0304 キューシー公国

「なんですかね、あれ……。空から何か降ってきているように見えるんですけど」

「赤い光の……滝?」

涼が誰とはなしに尋ね、神官エトが呟くように答える。


その光景は、とても現実のものとは思えなかった。


城壁に囲まれた街に、空から、赤く輝く滝が零れ落ちていくような……。



「あれは……魔法なのか……?」

「わかりませんが……魔力の漂い方が……」

問うたのは、十一号室の剣士ハロルド、答えたのは、神官ジーク。

双剣士ゴワンは、口をぽかんと開いたまま、その光景に見入っている。


「西方諸国の魔法は、中央諸国とはかなり違うとは聞いていましたが……でも、これは……」

神官エトが呟く。


「なんか……あの爆炎の魔術師の魔法みたいだな……」

剣士ニルスの呟きに、アモンが頷いた。


恐らく、二人が感じたのは、オスカーの<真・天地崩落>であろう。

本来の<真・天地崩落>は、都市攻撃用の広域殲滅魔法。

都市に対して使用すれば、目の前のような光景が現出される可能性はある……。



六人がいろいろ言っている間も、ずっと無言のままの涼。

涼には、空から、天使の大群が降りてきているかのように見えていた。


恐らくそれは、地球における『聖書』の知識があったからであろう。



旧約聖書のダニエル書には、預言者ダニエルが見た幻が記されている。

その第七章には、天使と思われる者たちが、千の千、万の万いると表現されている……。

千の千倍でも、百万。

万の万倍だと、一億……。

そんな数の天使が舞っている光景……。



目を閉じて、何かを感じていたらしいエトが、目を開けてから呟いた。

「こんなに遠くまで、あの赤い光の滝からの魔力を感じるんだけど……」

「はい。あれって、似てませんか?」

エトの言葉に応じたのは、同じく神官のジーク。


「ああ、ジークも感じた?」

「はい。私たちを転移させた、あの『神官』風の男の魔力の感じを受けます」

「おいおい、マジかよ……」

エト、ジークが言い、ニルスが顔をしかめながら答えた。




当然、王国使節団だけではなく、先に丘に到達していた、帝国使節団と連合使節団も、止まってその光景を見ていた。

その二国のトップ、すなわち、先帝ルパートと先王ロベルト・ピルロが連れ立って、王国使節団団長たるヒュー・マクグラスの元を訪れた。


「さてマクグラス団長、どうすべきだとお考えかな」

開口一番そう言ったのは、帝国使節団団長たる先帝ルパートであった。


ヒューは、ルパートとロベルト・ピルロの方を向く。



当然ながら、ルパートの問いは、どうすればいいか分からないからヒューの意見を聞きたい、というものではない。


彼らクラスの人間たちは、当然のように、他人に問う前に、自分の中にすでに答えがある。

それでもあえて問うのは……。


『君がこの地位にいるのがふさわしいかを、その答えによって示せ』


ということなのだ。


なんという上から目線?

当たり前だ。

そうでなければ、最高権力者として、何十年にもわたって国家運営などできるわけがない。

誰にでもできることではないのだ。



問うた者たちが想定した答えか、それ以上の答えだけが求められている。



当然、ヒューもそのことは理解していた。

(実際、先帝も先王もとんでもない実績を上げてきた、政治における化物みたいな連中だからな……マジで俺には荷が重い……。この地位に押し込んだアベル陛下、マジで恨むぜ)

などということを心の中で考えてはいたが、もちろん表情には一切出さない。



「本隊はこのままで、街とその周辺に偵察を出すのがよろしいでしょう。街まで結構な距離がありますから、歩きや走ってでは時間がかかり過ぎます。ですので、馬に乗れる者を。そして、魔法の素養のある者たちを。うちから出したいのはやまやまですが、何せ冒険者という奴らは、馬に乗れない者が多いので……申し訳ないですな」


つまり、危険な偵察任務は、帝国と連合から出せと。

王国の護衛隊は冒険者ばかりなので、馬に乗れないからと。



「ククク……これは恐れ入りましたな、ロベルト・ピルロ陛下」

「いや、まったく。大戦の英雄は、交渉もお上手らしい」

先帝ルパートは小さく笑い、先王ロベルト・ピルロはニヤリと笑った。


ヒューの答えは、二人の想定を超えたようだ……。




使節団本隊は、丘の上で停止したまま。

そこから、二十人ほどの騎馬の偵察隊が、街に向かっていくのが見えた。


「あれは……帝国の人たちですかね?」

「そうみたいだな」

涼の誰とはなしの質問に、隣のニルスが頷いて答える。


「よかったですね、ニルス。馬に乗れないおかげで、あんな危険な偵察に駆り出されずに済みましたよ」

「ものすげー馬鹿にされている気がするんだが……」

「え? 馬、乗れます?」

「……いや、乗れん」

涼の問いに、顔をしかめて答えるニルス。


「ニルス……後輩たちに負けてますよ?」

「なに?」

「多分、十一号室の三人は騎乗できるはず」

涼はそう言うと、十一号室の三人の方を向いた。



「は……はい……」

「いちおう……」

「乗れますが、どうしてリョウさんは、そう思ったのですか?」

バツが悪そうに答える剣士ハロルド、ハロルドがニルスを尊敬していることを理解している双剣士ゴワン、そして涼がなぜそのことを知っているのか疑問に感じた神官ジーク。


そして、そんな三人を愕然とした表情で見る、先輩剣士ニルス……。

ニルス同様に騎乗できない、苦笑いのエトとアモン……。



「ハロルドは、カイン王太子殿下の息子さんですからね。カイン殿下はとても頭のいい方でしたから、王族として、当然必要な教育はされたはずです。ゴワンも、いずれハロルドの近侍となるのでしょうから、騎乗できるように訓練したはずです。ジークは……なんか、小さい頃から、そういう方面もきっちり仕込まれた気がします。だから、三人とも乗れるだろうと」

「そ、そうか……」

涼の得意満面の説明に、けっこう適当な推論が入っている気がしつつも、結果的にあっているため受け入れるしかないニルス……。


適当推論なのに、けっこう当たっていてびっくりしている十一号室の三人。


正解を答えさえすれば、たいていの場合、周りの雑音はシャットアウトできるものなのだ。



涼の言った言葉に、少し引っかかったのは剣士ハロルドであった。

「リョウさんは、父上の事を、ご存じなのですか?」

『カイン殿下はとても頭のいい方でした』という涼の表現が気になったのであろう。


「直接の面識はありません。ただ、カイン殿下が、アベルを即席教育するために準備した宿題を見たことがあります。非常に、素晴らしい問題ばかりでした。問題は、問題作成者の知的レベルが現れます。あの問題を見れば、カイン殿下が、名君の素養をお持ちであったのは明らかです」

「父上がアベル陛下の問題を……」


涼の説明に、ハロルドは少しだけ寂しそうな表情をした。


「私は、父上に、そんな問題を作っていただいたことはありませんでした……」

それが、寂しそうな表情の理由であったのだろう。



「ハロルドは、カイン殿下と仲が悪かったの?」

「あ、いえ、そういうわけではありません。父は、体調を崩すことが多かったのは確かですが、体調のいい時には、いろいろ教えてもらいました」

涼の問いに、ハロルドは慌てて答えた。


「アベルへの問題は、仕方なく作ったのだと思いますよ」

涼は、ハロルドの目をしっかりと見て言う。


そして言葉を続けた。


「本当なら、もっと時間をかけてきっちりと教え込みたかったはずです。ハロルドは、カイン殿下から、直接学ぶことができたみたいですけど、アベルは離れて冒険者をしていましたからね。今はまだ、学んだ内容を、完全には把握できていなかったとしても、後から分かる事もあるかもしれませんよ」



「……はい」

そういったハロルドの目の端には、少しだけ光るものがあった……。




丘の上で、そんな会話が交わされている間も、使節団の偵察隊は、街に近づいていた。

彼らは、街に近づくにつれ、あることに気づいた。


「隊長、街の外に、誰もいません」

「ああ、変だな」


街の中で火災が起こったり、異常が起きたりすれば、街の外に避難しようとするはずだ。

だが、街の門は開いたままであるにもかかわらず、門の外に誰も出てきていない……。


その直後、光の滝は消えた。



「光の滝が消えたか。城外に誰もいない……。人がいれば、そこで何か聞けるかと思ったが……やむを得ん、中に突っ込むぞ」

「はい!」

隊長の言葉に、隊員全員が、何の躊躇もなく返事をした。


彼らは精鋭であった。




四時間後。

偵察隊が戻ってきて、報告を行うということが王国使節団にも知らされた。

先帝ルパートにだけではなく、同時に連合と王国にも、偵察隊が直接報告すると。


そのため、王国使節団団長ヒュー・マクグラスは、指定の場所に赴いた……のだが。


「なんで、リョウはついてきているんだ?」

水属性の魔法使いが、コソコソと後をつけてきていることに気づき、咎めた。

だいぶ早いうちから気づいてはいたのだが、どこか別の場所に行こうとして、たまたま同じ方向なのだろうと思っていたのだが……つけてきていたらしい。



涼本人は、尾行のつもりだったようだ。



「ちょっとヒューさん、そんな大きな声で言ったら、他の人に気づかれるじゃないですか!」

涼は慌てて言い返す。

「いや、みんな気づいてるだろ……」

ヒューは、呆れたように言う。


「そんなはずは……」

涼は、そーっと、周りを見る。


「我は何も見ておらぬ」

先帝ルパート。


「言われるまで、気づかんかったわい」

先王ロベルト・ピルロ。


「ほらー!」

得意げに言う涼。


「そんな馬鹿な! なんであんたたちまで毒されているんだ!」

怒鳴るヒュー。



「ヒューさん、失礼ですよ。団長として同格とはいえ、先の皇帝陛下と国王陛下です。言葉遣いには気を付けてください」

なぜか涼が偉そうに言う。

「さすがアベル王の股肱の臣として知られるリョウ殿。やはり、王国の筆頭公爵は違いますな」

「マスター・マクグラスも、王国の英雄。その言動は、常に注目されていることをゆめゆめ忘れなさいますな」

「くっ……」


なぜか、涼、ルパート、ロベルト・ピルロという、三巨頭から怒られるヒュー・マクグラスであった……。



ヒューが若干の、いや、かなり大きな不満を感じつつも、偵察隊の報告は行われた。


内容としては……。

建物の多くは、燃えていた。あるいは燃え尽きていた。

街には、誰もいなかった。

死体すら、なかった。



「街には入れぬな」

「ですな。そのうち、他の街の、公国の駐留部隊などが見に来ましょう。この丘から見えたのです、他からも見えたでしょうからな」

「となると、この丘で待つほうが、まだましか」

「旗を出しておけば、街に様子を見に来た部隊が、接触を図るでしょう。スフォー王国から、我々が向かっているという知らせは、公国に伝えられているので」


先帝ルパートと先王ロベルト・ピルロの間で、次々と対処が決まっていく。


それを、もう一人の団長、ヒュー・マクグラスはじっくりと腕を組んで見ている。


その傍らで見ている涼は、ひやひやしていた。

そして、コソコソとヒューに囁く。


「ヒューさんも、こう、何か意見を言った方がいいんじゃ?」

「ん? その必要はないだろう?」

「ヒュー・マクグラス、ここにあり! って感じでアピールしておかないと、軽く見られますよ?」

「なんでだよ……」


涼の謎提案に呆れるヒュー。



結局、街の怪異を調査に来た部隊と接触し、キューシー公国公都ディーアールに使節団一行が入ることができたのは、十日後であった。


一部、表現を変更しました。

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