0301 三巨頭会談
「もしよければ、わしにもコーヒーを振る舞ってはもらえぬかな」
先王ロベルト・ピルロはそう言うと、石の椅子に腰かけた。
涼とロベルト・ピルロが座っているのは、大きな石の机、その周りに置いてある、三つの石の椅子の一つ。
「どうぞ」
涼は氷のカップを生成すると、フレンチプレスに残っているコーヒーを入れて渡した。
ロベルト・ピルロは、それを嬉しそうに受け取ると、目を閉じた。
香りを楽しんでいるらしい。
ロベルト・ピルロは、ただ一人出てきたが、当然のように、周囲の暗闇の中には護衛の者たちが忍んでいる。
<パッシブソナー>を使うまでもなく、涼でも気配を感じられるほどに。
わざとであろう。
『見ているぞ』というメッセージ……。
「すまぬな、無粋な部下たちで」
「いえ、当然の事かと」
ロベルト・ピルロは微笑みと苦笑いの中間くらいの笑みを浮かべて謝り、涼も素直に受け入れた。
護衛が主を守るのは当然のことだ。
ロベルト・ピルロは、カップ半分ほどコーヒーを飲むと、ゆっくりと口を開いた。
「実は、今日来たのは、礼を言おうと思ってな」
「礼?」
涼は首を傾げる。
連合首脳から、怒りをぶつけられるようなことなら、いくつも思い当たる節がある。
だが、礼を言われるようなことをした記憶はないのだが……?
「うむ。先の『シュルツ』で、連合の者たちを氷の壁で守ってくれたであろう? その礼じゃ」
「ああ……」
回廊諸国二番目の『シュルツ』において、広場で騎馬の民に襲撃された際、終盤に、涼が氷の壁で連合使節団を守ったことに対してであった。
「当然の事をしたまでですから」
自分ではない、と強弁するのも何か違うし……どうせ、いろいろばれているみたいであるし……確かに、連合も戦争で戦った相手ではあるが、今は、同じ西方諸国への使節団であるのは、事実ではあるから、そういうセリフにならざるを得ない。
「口だけの礼ではどうかと思うのじゃ。どうじゃろう、連合に来ぬか? 来れば、今の王国と同じ地位を与えるぞ」
「お断りいたします」
「即答か! あーっはっはっはっは」
先王ロベルト・ピルロの申し出に、涼はすぐに断った。
考えるまでもない。
「もちろん、同じ地位というのは、連合の筆頭公爵じゃが?」
やはり、涼の正確な地位についても、知っているらしい。
さすが『オーブリー卿が殺せなかった男』
「はい。お断りいたします」
「そうか」
涼が再び断ると、ロベルト・ピルロは笑顔で頷いた。
元々、引き抜けるなどとは考えていなかったのであろう。
涼はそんな感じを受けた。
そもそもロベルト・ピルロは、カピトーネ王国の先代国王であって、連合全体のトップではない。
「お主ほどの者からの絶対の忠誠を受けるアベル王……よほどの人物のようじゃな」
「はい。最高の王です」
涼は、臆面もなく言い切った。
それには、さすがのロベルト・ピルロも驚いて目を見張る。
ちょうどそのタイミングで、再び、人が近づいてくる音がした。
「いやあ、いい香りだな」
そう言いながら暗がりから出てきたのは、帝国使節団団長、先帝ルパートであった。
「両巨頭の対談中、失礼するぞ」
そう言うと、先帝ルパートは、一つ空いていた石の椅子に座った。
こうして、先帝、先王、筆頭公爵という、三使節団それぞれの最高位の人物が、一つのテーブルに着いた。
「まあ、どうぞ」
涼はそう言うと、最後にフレンチプレスに残ったコーヒーを氷製カップに注いで、ルパートに出す。
「おお、すまんな」
ルパートは受け取ると、思わず、ほぉっと声を漏らした。
「これは、いいコナだな。香りだけで分かる……。まさか、旅先でこれほどのコーヒーに出会えるとは」
そう呟くと、一気に飲み干した。
熱くないのだろうか?
涼の、その感想には、誰も答えない……。
先王ロベルト・ピルロはその光景を見ながら、微笑んでいる。
「やはり美味かった。さて、まずは用件から済まそう。『シュルツ』では、我が使節団の連中を守ってくれたそうだな。感謝する」
そう言うと、ルパートは頭を下げた。
「いえいえ、当然の事をしたまでですから」
先ほどと同じ会話の繰り返し。
「その礼というわけではないが、帝国に来ぬか? 来れば、帝国領の半分を与えよう」
「……お断りいたします」
さすがに、『帝国領の半分』には驚いたが、返答は変わらない。
この申し出には、傍らのロベルト・ピルロも驚いたらしい。
「ルパート陛下、帝国領の半分とは豪気ですな」
笑いながらそう言った。
「いや、帝国の半分で手に入るのなら安いものだ。だが、断られてしまったわけだが……。もしや、ロベルト・ピルロ陛下もか?」
「うむ。断られましたな」
そう言うと、二人の陛下は大笑いした。
涼は、なぜ大笑いしているかよくわかっていないが。
「圧倒的な戦闘力、先帝と先王を前にしても揺るがぬ精神力、そして国王への絶対的な忠誠。なるほど、アベル王が筆頭公爵にするわけだ。いや、あるいはハインライン侯爵あたりの忠言か?」
正解である。
さすが、その智謀を謳われた先帝ルパート六世。
国王とその周辺の考えまで推測してみせる。
忠誠というよりも、友情である点には思い至らぬようであるが。
「いや、忠誠というよりは友情というべきじゃろう。そういう目をしておる」
さらなる正解。
『オーブリー卿が殺せなかった男』先王ロベルト・ピルロは伊達ではない。
涼の内面まで推測してみせた。
剣術や魔法よりも、為政者によるその比類ない洞察力こそが、国を統べる最高の力。
涼は驚き、ある種、感動していた。
目の前の二人の智謀と洞察力に。
現時点では、自分は遠く及ばないとも理解した。
だが……。
そう、だが、である。
実は人は、誰でも、智謀も洞察力も手に入れることができる。
すぐには無理であっても、どちらも努力をすれば手に入れることができるものであることを、涼は知っている。
地球にいた頃に、そんな人たちを見てきたから。
だから驚き、感動はしても、絶望は感じない。
(いずれ、この二人のレベルにまでたどり着く)
そう決意する。
智謀も洞察力も、本質は同じものだ。
脳が司るもの。
であるなら、向上させる方法はただ一つ。
たくさん考える。
人の体は、使えば使うほど能力が上がる。
筋肉しかり。
心肺機能しかり。
もちろん、脳もしかり。
目標とする者、あるいは超えようとする者。
そんな人たちが目の前にいるのは僥倖。
また一つ、超えるべき目標を見つけた涼は、嬉しそうに、残ったコーヒーを飲み干すのであった。




