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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第二章 二人旅
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0031 壁

一対一なら、そして湿地帯でないなら、リザードキングと言えどもアベルの敵ではなかった。


だが、さすがにリザードマンの死体が山積みのこの場所では、一息入れることもできないため、とりあえず少し北側へ移動することにした。

喉を潤しながら。

「<水よ来たれ><カップよ 生じよ>」

なんとなくカッコいいから、アベルの前では詠唱ぽく水を準備する涼。

アベルは、それをジト目で見つつも、歩きながら水を飲む。



「なあ、リョウ」

「どうしました、アベル」

「昨日の夜、水差しの中に水を準備してくれた時の詠唱は、<水よ生まれ出でよ>じゃなかったか?」

「え……」

思わず目が泳ぐ涼。

「そ、そうでしたか? アベルの気のせいじゃないですか?」

挙動不審な涼。何を言っても説得力は皆無である。


「まあ、いい。あと、さっきの氷の槍は何だ?」

「何だ?と言われても……水属性魔法の<アイシクルランス>ですよ?」

「いや、さっき四本同時に飛んで行ったろ?」

「ええ、四本飛ばしましたねぇ。そういう魔法なので、何だ? と言われても……答えようがないですよ」

どんな質問をすればいいのか、アベルは少し考えた。


そして自分の知っている事実を伝えることにした。

「俺の仲間に風属性の魔法使いがいるんだが、彼女が言うには、魔法は一詠唱で一回発動、というものらしいんだ。だがさっきのアイシクルランス、とかは四つ飛んで行っただろう? あれは変だと思うんだ」

だが涼は自信満々に答えた。

「風属性魔法は知りませんけど、水属性魔法としては、さっきのはごく普通ですよ。何も問題ないです」

「そ、そうか……」

涼のあまりにも自信満々な表情に、アベルはそう言うしかなかった。



リザードマンを葬った場所から三十分ほど歩くと、森が少し開けた場所があった。

過去の経験から、こういう場所にはアサシンホークが……と思ってしばらく待ってみたが現れる様子は無かったため、今夜の野営はそこで行うことになった。


「晩御飯ですけど……リザードマンって美味しくないんですよね?」

「ああ、もの凄く不味いな。だからさっきの死体も全部置いてきた」

「ですよね……。じゃあ、僕が何か狩ってきますので、アベルは枯れ枝と火の準備をお願いします」

もはや、涼の魔法能力を微塵も疑っていないアベルはその提案を了承した。

間違いなく、この手の狩りに向いているのは、剣士よりも魔法使いなのだから。

「わかった。何か頼む」

そう言って、アベルは枯れ枝を集め始めた。


涼も森の中に少し分け入った。

(ふぅ……詠唱は<水よ来たれ>で統一しよう)

考えていたのは、ものすごくどうでもいいことであった。


涼は、大して手こずることもなくノーマルラビットを見つけ、ウォータージェットで仕留める。

しかも仕留めたところに、ビワの木を見つけたのだ。

「おぉ、デザートとして果物が追加されましたよ」

ノーマルラビットとビワの実を、両手いっぱいに抱えて涼は野営地に戻った。

そこには、枯れ枝を拾ってきたアベルがちょうど戻ってきたところだった。


「アベル、今日はデザートに果物がありますよ」

「ほっほぉ。で、その果物……見たことないんだが……」

「あれ? この辺では食べないのですかね。僕の故郷では、ビワと呼んで食べてましたよ」

「名前も初めて聞いたな。香りは甘そうだな。楽しみだ」


腕いっぱいに抱えていた枯れ枝を置き、アベルは焚火を組み始めた。


「<水差しよ生じよ><カップよ生じよ><水よ来たれ>」

そう詠唱すると、涼はカップに水を入れ、焚火を組んでいるアベルに渡した。


「さあアベル。詠唱は<水よ来たれ>です。聞きましたね? それが正解なのです」

「え? 一体何を……」

「詠唱は、<水よ来たれ>です。いいですね?」

「あ、はい……」

押しの強さを手に入れた、涼であった。




翌日、二人は順調に北に向かっていた。

難題にぶつかったのはお昼前。


「壁……だな」

「壁……ですね」


東西に切れ間が見えないほど、そして高さは百メートルはあろうかという、壁としか表現のしようがない岩の連なりが、二人の行く手を阻んでいた。

「これ、登るのは無理だよな」

「ええ、上の方は逆バンクですからね、少なくとも僕には無理ですね」

逆バンクとは、九十度、垂直を超えて、こちらにせり出してきている状態だ。

オーバーハングとも言うが、どちらにしろ……、

素手で上るのであれば、高度なロッククライミングの技術が必要と思われる。


「くっ。風属性の魔法使いならこれくらい簡単に登れるのに!」

「いや、風属性でも無理じゃね?」

アベルは頭の中に、風属性魔法使いリンの姿を浮かべて、彼女がこの壁を登る姿を想像する。


うん、無理。


「東西どちらかに進んで、抜け道を探すしかないだろうな」

「なんというか……どっちに行っても嫌な予感しかしません……」

根拠は何もないのだが、涼は思ったことを口にした。

「そうか? じゃあ、ここはコインで決めよう」

そう言って、アベルは財布から一枚の銅貨を取り出した。

「表が出れば東、裏が出れば西な」

そう言うと、親指で上に弾いた。

そして落ちて来たコインを受け取り、手を開く。

「表。東だな」

「わかりました、では東に向かいましょう」


涼は頷いたが、その視線はアベルの左手にあるコインに吸い寄せられたままであった。

「リョウ、このコインがどうかしたか」

「いえ、お金、初めて見たので」

そう、涼はこの『ファイ』に来て、初めてお金を見たのだ。

転生して、ずっと一人で暮らしていたために、お金に触れる機会など無かったし、必要も無かったからである。


「あ……」

だがアベルは、貧しさからお金に触れることもなかったのだと不憫に思ってしまったのだ。

最初に涼に会った時の格好、腰布とサンダルだけの姿を思い出し、それらは貧しさゆえの格好なのだと誤解していた。


「アベル、そのコインをちょっと見せてもらってもいいですか」

アベルが涼に渡したのは、王国通貨の中でも最も価値の低い銅貨だ。

中央諸国での通貨単位はフロリン。

貨幣は、もちろんそれぞれの国が発行しているが、通貨単位は共通している。

かつてはいくつもの通貨があったのだが、現在では一フロリンが銅貨一枚で様々な取引、売買に使われていた。


アベルはそう説明した。

(かつての地球、中世から近世ヨーロッパで広く使われた通貨単位、ドゥカートみたいなものか)

そういう解釈で、涼はアベルの説明をすんなりと受け入れることが出来た。


アベルが渡した銅貨には、表には男性の横顔、裏には何か花の彫刻がされていた。

「それは、俺が住んでいるナイトレイ王国の一フロリン銅貨だ」

「ナイトレイ! かっこいい響きですね!」

地球に、そんな名前の女優がいたことを涼は思い出した。すごい美人さんだった!

涼のテンションは急上昇である。


「お、おう。で、その銅貨の横顔は、現在の国王スタッフォード四世陛下、裏の花が王家の花であるユリの花だ」

「スタッフォード・ナイトレイ……絶対主人公向けの名前ですよね、かっこいい!」

「ま、まあ、ミドルネームとかいろいろあるからあれだが……」

最後のアベルの呟きは、涼の耳には全く届いていなかった。

男は、いつまでたっても中二病。


……国王陛下の名前を中二病と言うのは、不敬な気もするのだが。



アベルの住む国、つまるところ二人が向かっている国の名前が『ナイトレイ王国』であることを知り、その響きの良さにテンションの上がった涼。

アベルとしては、もちろん、自分の国に対して良い感情を持ってくれたことに関しては嬉しいのだが、涼を見る目が、ちょっと残念な人を見る目になっていたのは仕方のない事であったろう。


嬉しそうにコインを見ながら、涼は壁に沿って東へ歩いていく。その横をアベルも歩く。

「そういえばアベル、このフロリンは中央諸国で使われてるって言いましたけど、ナイトレイ王国もその中央諸国の一つなんでしょ?」

「ああ、三大国の一つだな」

大きく頷きながらアベルは答えた。

「三大国……他の二つの大国は?」

「デブヒ帝国とハンダルー諸国連合だな」

「デブヒ……」


涼が顔をしかめながら呟いた。


「ん? 帝国に何か嫌な思い出でもあるのか?」

「いえ、名前がカッコ悪い……」

より、顔をしかめながら、涼は答えた。

「あ、ああ……リョウの価値基準だと、そこが重要なんだな……」

アベルが涼を見る目は、やっぱり残念な人を見る目であった。


「国民にとっても国の名前は大切じゃないですか! 僕はデブヒ国民です、とか言いたくないですよ……。まさか……もしかして帝国皇帝の名前は、何とかデブヒで、ふくよかな体形だったりするとか……」

アベルが首を横に振りながら答えた。

「いや、帝室のファミリーネームはボルネミッサだ。ボルネミッサ家。デブヒ帝国ボルネミッサ家のルパート六世陛下、五十歳を越えているが贅肉一つついていない、鋼の様な体つきの皇帝陛下だな」

「だったら、なんで国の名前、変えないの!?」

涼は叫んだ。


決して自分の美的感覚のために叫んだのではない。

悲しい名前を背負った帝国臣民のために叫んだのだ。

デブヒは無い……せめてアナグラムで並び替えて……いや『ヒデブ』も……無いか……。


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『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
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