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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第二章 西方諸国へ
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0294 外では……

王城謁見の間が炎の海と化していた頃、王城の外が平和だったわけではない。



数万を超える騎馬の民が、『シュルツ』を襲撃したのだ。



当然、城門は閉められようとしたのだが……。

数日前から『シュルツ』の街中に潜んでいた騎馬の民たちが門を襲い、門を閉じる事ができないまま、襲撃された。


襲撃した騎馬の民たちは、一般人には見向きもせずに、政府関係施設を攻撃。


騎士団詰所、衛兵詰所、各省庁、王城……そして、広場。



「くそっ、なんだこいつら。文官を中心に置いて防御円陣。急げ!」

「し、しかし、王城の中にルパート陛下が!」

「まずは、外からの襲撃に……」

「王城の中からも敵が出てきたぞ!」

「なんだと! 陛下の身が……」

帝国使節団とその護衛たちは、混乱していた。

とはいえ、護衛は帝国軍であり、個々の実力が高いこともあって、完全な崩壊には至らず、辛うじて戦線を維持している。



「王城の中には先王陛下が……」

「オーブリー卿ですら殺せなかった男を、こんな襲撃者ごときが殺せるか! 俺たち、外の人間がまず自分たちで生き残るのが先決だ!」

連合使節団とその護衛たちは、ものすごい割り切り方をしていた……。

先王ロベルト・ピルロを高く評価しているとみるべきなのか……いや、高く評価しているのは確かなのだが……。

本当にそれでいいのか、連合護衛部隊……。



「リョウ、大丈夫か?」

「問題ありません。この程度の攻撃、毛ほどの傷もつきませんよ」

王国使節団とその護衛たちは、全員、氷の壁の中にいた。



「くそ、なんだこの見えない壁は!」

「ダメです、魔法でも全く壊せません」

「族長、どうしますか」


王国使節団に襲い掛かった部族は、完全に攻めあぐねていた。

涼が展開する<アイスウォール>の前に、文字通り、手も足も出なかったのだ。



「こっちは、<アイスウォール>の防御で問題ないですが……王城の中からも敵が出てきているということは、謁見の間にも敵がいるんじゃ?」

「いるだろうな。そこに近づけないために、王城の扉前で、奴ら、戦っているんだろう」

涼が問うと、ニルスが頷きながら答えた。


広場と王城の間には、なぜか王城から出てきた騎馬の民が防御陣を敷き、シュルツ兵を王城の中に入れないようしている。



王城の中には、団長ヒューと、首席交渉官イグニスがいる。

もちろん、帝国の先帝や連合の先王もいるが、まあ、それはそれ……。


ヒュー・マクグラスは、元A級剣士であり、『大戦』の英雄でもある。

一人であれば、どんな困難な状況からでも脱出できるであろう。


だが、交渉官イグニスは……およそ、荒事に向いているタイプではない。

もちろん、西部の大貴族ホープ侯爵家の次男であるから、小さい頃から一通りの武芸を学んできた可能性はある。

可能性はあるが……。

やはり、個人の戦闘能力を期待できるタイプではない。


「イグニスさんが……」

「ああ。難しいかもしれん」

涼の懸念に、ニルスも頷いた。



そんな二人の元へ、『コーヒーメーカー』のリーダー剣士デロングが、走ってきて言った。

「リョウ、この氷の壁は、一人で十分維持できるんだよな」

「はい、大丈夫です」

「よし。なら、文官とD級たちの防御は任せる。ニルス、これからB級、C級パーティーで王城に突っ込むぞ。グランドマスターとイグニスさんを救出に行く」

「わかりました」


デロングの提案に、ニルスは力強く頷いて返事をした。

ニルスも、同じことを考えていたからだ。



それを横で聞いていて、決意に満ちた表情となった者たちがいた。

剣士ハロルド、神官ジーク、双剣士ゴワンの『十一号室』の三人だ。


彼ら三人を横目に見て、涼は声をかけた。

「ハロルド、ジーク、ゴワン。ヒューさんとイグニスさんを頼みます」


その涼の声掛けに驚いたのであろう。

ハロルドは、少しだけ目を見張った。


だが、すぐに決意に満ちた表情に戻る。

「はい、お任せください」

そう言って、小さく頷いた。


そして三人は、ニルスたち『十号室』を追って、王城へと走っていった。




一方、文官たちを守るために残った涼。

そんな涼の心に、久しぶりに声が聞こえてきた。


((リョウ、実は『シュルツ』について伝えておきたいことが……って、なんかすごいことになっていないか))

((アベル! 久しぶりに繋がったと思ったら、なんという間の抜けたことを言うんですか! 見ての通りの、戦場真っただ中ですよ))


『魂の響』から聞こえてきたのは、もちろん王都にいるアベルの声。


((もしや、騎馬の民の襲撃か?))

((全くその通りです。何か知っているんですか?))

((ああ。ハインライン侯爵から報告があった。今の『シュルツ』政府が、騎馬民族の根絶を狙って、騎馬の民たちの子供狩りをしているそうだ。その騎馬の民と組んで、『シュルツ』前王朝の遺児が騎馬の民の王となり、『シュルツ』への攻撃を行うという計画があると))



涼は驚いた。

同時に恐怖した。


ハインライン侯爵の諜報網は、いったいどこまで広がっているのかと。

帝国領を超え、『アイテケ・ボ』のある漆黒の森のさらに先、荒涼たる大地にまで、彼の手は伸びているということなのだ。


まさに、『情報は力』を地で行く……。


((本当に……ハインライン侯爵が味方でよかったですね。アベル、ハインライン侯の後継者たるフェルプスさんにも(こび)を売っておいた方がいいですよ!))

((なんだよ、媚を売るって……))

((いつの日か、アベル王対ハインライン侯爵と、王国を二分する内戦が起きるのを、事前に回避する必要があると思うのです))

((ああ……。そもそも、そういうことになったら、俺、勝てないだろ?))


アベルは全く本気にしていない様子で答える。


((そうなった時、趨勢(すうせい)を決するのは、筆頭公爵をどっちが取り込むかに違いありません!))

((つまり、リョウを、ということだな?))

王国の筆頭公爵は、涼なのだ。


((それなら、俺の勝ちだな))

アベルが、珍しく勝利宣言をする。


((なんで、アベルの勝ちなんです?))

((決まっている。俺は、リョウに週一ケーキ特権を付与するからだ))

((さすがアベルです! もちろん、僕はアベルに一生ついていきますよ?))


国王対宰相のシミュレーション対決は、国王の勝利で終わることとなった。



だが、さすがに涼もすぐに我に返る。

((いや、アベルとこんな馬鹿話をしている場合ではありませんでした。そろそろ次の段階へ移行できそうなので……))

((ああ、俺のことは気にするな))



涼は、いったんアベルのことを頭の隅から追い出して、眼前の状況に集中した。


先ほどまでは、王国以外の使節団は、かなりバラバラに行動していた。


せいぜい、小国の使節団たちが、広場の隅にかたまって防御陣形を組んでいた程度だ。

そして彼らは、涼の<アイスウォール>で守られている。


涼だって、状況を無視してアベルと話していたわけではない!

帝国や連合は、まあ、戦ったことのある相手ではあるから、彼らを守るのは感情的なしこりが全くないと言えば噓になるのだが、小国使節団は守るべき仲間だ。


素直に、そう思っている。



とはいえ、そんな涼ですら、帝国使節団や連合使節団の者たちは死んでしまえばいい! とまでは思っていない。

いちおう、同じように西方諸国を目指す仲間……とまではいかなくとも、同行者くらいの意識はある。


そのため、彼らが、ある程度まとまるのを見守っていた。


そして、ようやく、まとまったようだ。



(<アイスウォール><アイスウォール>)


心の中で唱えると、帝国使節団と連合使節団それぞれを守るように、周囲に氷の壁が発生する。


自分がやっているんだぞ、とアピールする気もないため、あえて口に出さずに唱えた。



「なんだ!? 見えない壁が……」

「くそ、全然割れねえ」

「魔法も弾かれる……」


「これは……守られた?」

「なんかわからんが、一息つけるか」

「神のご加護です」


最後の神官の言葉は、明確に違うと否定したいが、涼はあえて聞かなかったことにした。


涼は、アベルの話を聞いた後では、正直、騎馬の民たちを倒そうという気にはならなかった。

『シュルツ』政府は、騎馬の民を根絶するために子供狩りを行うなど、誰も擁護できないことをしている……それが本当なら、彼らが『シュルツ』を襲撃したその気持ち、わからないではない。


甘い、と言われればその通りであろう。


だが、それが涼なのだから仕方ないのだ。

歴史を学んだ……いや、歴史学をかじった者として、民族浄化は見過ごせない。


「とはいえ、王城にいる人たちは、そんなこと知らないよなぁ……」

涼は、使節団トップの者たちや、彼らを救いに入った『十号室』と『十一号室』など、護衛の者たちに思いをはせるのであった。


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