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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第二章 西方諸国へ
318/930

0293 謁見の間

「さて、何も起こらなければいいですな、ロベルト・ピルロ陛下」

「ルパート陛下、このタイミングでそう言うのは不吉ですぞ。なにせ、先の国『アイテケ・ボ』は、我々が到着する前に半壊しておりましたからな。さすが王国の英雄、その剛腕は、小国など一ひねりのようで」

帝国使節団団長先帝ルパートと、連合使節団団長先王ロベルト・ピルロは、謁見前に、そんな会話を交わしている。


もちろん、同じ場所にいる王国使節団団長ヒュー・マクグラスに対するあてつけである。


(こんのジジィども! ねちねちねちねちと! アイテケ・ボは、国主が馬鹿なことをした結果だろうが、俺らには関係ねぇ! わかってて言ってるんだよな。ああ、マジでムカつく! こいつらに比べれば、うちのアベル王が、どれほど素晴らしいかよくわかるわ!)


ヒューは、そんなことを心の中で思っていたが、表面上は完全に二人の会話を無視していた。



これから、『シュルツ』国王ゴンへの謁見に臨むところだ。


国王謁見とはいえ、それほど広い部屋ではない。

バスケットコート二面程度の広さであろうか。

そのため、使節団から謁見に臨む者の人数もかなり絞られていた。


小国の代表は入れず、三大国のみ。それも、一国二人ずつ。


帝国は、先帝ルパートとハンス・キルヒホフ伯爵。

連合は、先王ロベルト・ピルロと護衛隊長グロウン。

そして王国は、ヒュー・マクグラスと首席交渉官イグニス。



「中央諸国使節団、ご入来!」


宣武官の言葉と同時に扉が開き、使節団代表六人が謁見の間に入っていった。




なんとも生気のない『シュルツ』国王ゴンへの謁見は、もう少しで終わろうとしていた。


だが、そのまま終わりはしなかった。



突然、謁見の間、側面の扉が開く。

開くと同時に、魔法のトリガーワードが響き渡った。



「<ゲヘナ>」



一瞬にして、開いた扉から、広がる炎。


謁見の間にいる者たちが、何が起きているのか理解できないうちに、炎が広がっていく。



「<障壁>」

広がる炎と主の間に体を入れ、無詠唱で障壁を発生させたのは、先帝ルパートの片腕、ハンス・キルヒホフ伯爵。

<障壁>の発生と同時に、首席交渉官イグニスを掴んで、障壁と先帝ルパートの後ろに飛び込むヒュー・マクグラス。


それとほぼ同時に、自らも<障壁>を展開する先王ロベルト・ピルロ。


「キルヒホフ伯爵、<障壁>を重ねるぞ」

そう言うと、返事も待たずに、自らの<障壁>と、ハンス・キルヒホフの<障壁>を重ねて、さらに強固な<障壁>へと合成しなおす。


二人が展開した<障壁>は、<物理障壁>と<魔法障壁>両方の特性を持つ。

一つのトリガーワードで、両方の特性を持つ障壁を展開できるため、高位の魔法使いに好まれる。


その、高度な魔法を『重ねた』


これは、一般に『魔法合成』と言われており、複数人で、同属性の魔法で威力をかさ上げする場合に使われる手法であるが、極めて高度な魔法技術だ。


<障壁>は無属性魔法であるため、属性の違う魔法使いどうしでも魔法合成できるが……戦いの場において、実際に行おうとすれば簡単にはいかない。

それを、命が危険にさらされたこの場において、問題なくこなしてしまうあたり、先王ロベルト・ピルロの魔法使いとしての能力は、非常に高いレベルにあると言えよう。



魔法合成に成功した<障壁>は、硬さは倍、消費魔力は半分となる。

この先の展開が読めない以上、魔力の消費は少なくしておくに越したことはない。



それを横目に、ヒュー・マクグラスは状況を見極めようとしていた。


王城が襲撃を受けた。

襲撃者たちは、どこか謁見の間の近くに現れ、一直線にこの謁見の間を襲ったらしく、扉が開かれて魔法が唱えられるまで、謁見の間の外から、変わった音は、聞こえてこなかった。

少なくとも、剣戟の音は聞こえなかった。


そして、唱えられた魔法は<ゲヘナ>。


中央諸国の魔法体系で、火属性魔法の最上級魔法として知られる魔法。

当然、その辺の魔法使いが扱える魔法ではない。

決して消えない炎が広がり、魔法使い自身からも火の塊が対象に向かって断続的に飛んでいく……。


全てを焼き尽くすための、まさに必殺の魔法。



よく見ると、年若い女性が唱えている……。


「あの子を倒すしかないのか……」


そんな場合ではないと理解しているが、ヒューですら、良心(りょうしん)呵責(かしゃく)を感じる。



すでに、謁見の間は火の海であるが、二、三か所で、<魔法障壁>による防御が行われている。

行われているが……どれも限界に近い。


そう思って見ている間に、また一つ障壁が破られ、炎の海に沈んだ。



すでに、国王とその周辺は見当たらない……。



「やむを得ん。あの魔法使いを倒しにいく」

ヒューは、誰ともなしにそう告げた。

「わかった」

答えたのは、先帝ルパート。

先王ロベルト・ピルロは、ハンスとの合成した<障壁>の維持に忙しいのか、無言のまま頷いた。



ヒューは、ルパートの返事を聞くと、前方に展開された<障壁>の脇を抜けて、炎の中心に向かって走った。

手には、愛剣たる聖剣ガラハット。


<ゲヘナ>を放つ女魔法使いは、自分に向かってくるヒューに気づくと、それまで広範囲に放っていた魔法を収束させ、ヒューに向かって放った。


ザシュッ。


収束して向かってくる<ゲヘナ>を、剣で切り裂く。


収束させた最上級攻撃魔法を剣で斬るなど、普通はあり得ない。


女魔法使いの想定外だったのであろう。

驚きが表情に張り付いた。

そして、すぐにそれは恐怖に変わる。



「許せよ」



その瞬間、ほんのわずかに、剣閃が鈍ったのかもしれない。

もちろん、無意識のうちに。

ヒューは、横なぎで女魔法使いの首を……。



ガキンッ。



赤橙色の髪の青年が、ヒューと女魔法使いの間に飛び込み、ヒューの剣を弾いた。

「やらせん」

赤橙色の髪の青年はそう言うと、ヒューの前に立ちはだかった。


ヒューと赤橙色の髪の青年の剣戟。


百戦錬磨のヒューですら、わずかな心の鈍りと、状況に対する焦りから、剣の冴えはいつもほどではない。

理性の問題ではない。感情の問題だ。


(強い……)

ヒューは、心の中で呟いた。


技術的な意味ではない。

いくらかは、隙もあるかもしれない。

だが、その心の強さ、なんとしても魔法使いを守るという、その確固たる信念が、剣を構えた姿から伝わってくる。


ヒューは知っている。

(こういう男は、強い)


一度大きく剣を弾き、バックステップして距離をとる。


赤橙色の髪の男は、断固たる決意を漂わせ、剣を構えている。


ヒューも、油断なく剣を構える。



結果的に、膠着状態が生まれた。




パリンッ。

パリンッ。

<障壁>を展開しているハンス・キルヒホフの右腕から、硬質な何かが、連続して割れる音が響いた。


「陛下、魔力充填のストックが半分、尽きました」

ハンスの苦渋に満ちたその報告に、先帝ルパートも顔をしかめる。


だが、そこで動き出した男がいた。

ヒューの突進を、唖然として見て、だが動けなかった男。

先王ロベルト・ピルロの護衛隊長グロウン。


「ロベルト・ピルロ陛下を頼みます」

グロウンも誰とはなしにそう言うと、炎の中心へと突っ込んだ。



<ゲヘナ>を放つ、女魔法使いを守っていた強力な剣士、赤橙色の髪の青年は、ヒュー・マクグラスと対峙(たいじ)している。

剣を極めし者(マスター)・マクグラスを相手にしていれば、そう簡単に動くことはできないはず。


女魔法使いを守る者は、あと一人だけ。

片目の潰れた剣士だけ。


その剣士を倒し、あるいは抜いて女魔法使いに迫る。

それが、先王ロベルト・ピルロを守ることになる。



護衛隊長グロウンはその覚悟で突っ込んだ。



さらに誰かが来るだろうと予測していたのであろう。

片目の剣士は、体ごとグロウンと女魔法使いの間に入って、グロウンの突進を防ぐ。


振り下ろされるグロウンの剣を、片目の剣士はしっかりと受けた。


ここでも、使節団の突撃は防がれた……。



誰しもが、そう思った。



ただ一人を除いて。



全てを囮に使った男がいた。



「先帝……」

ヒューは、その視界の端で、先帝ルパートが女魔法使いに迫る光景に、思わず呟いた。


本日2021年5月6日、「水属性の魔法使い」のPVが7000万PVを越えました!

これも、読者の皆様が読んでくださるおかげです。

ありがとうございます!


これからも更新を続けていきますので、楽しく読んでいただければと思います。

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