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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第二章 西方諸国へ
317/930

0292 例の……

本日は二話投稿です。

12時に、短い<幕間>「0291」を投稿しております。

そちらを先に読まれることをお勧めします。

「僕は、今見ているものが信じられません……」

「リョウさん……これは凄いことですよね……」

「……」

涼は驚き、アモンも驚き、ニルスとエトは絶句した。


ちなみに『十一号室』の三人は、今一つ、四人が驚いている理由が、分かっていないようだ。



彼ら七人の目の前に広がる光景。

絶句させたその理由は……。



「なぜ、あのクレープ屋が、この街にもあるのでしょうか……」



店員さんは、七十歳を超えたお婆さんだ。

でき上がったものを、お客さんが持っていくが、それを横から見る限り、王国や帝国で食べてきた、いつものクレープと同じである。

もしかしたら、中身も……。



「すいません、クレープを一個下さい」

「はい、ありがとうね~。銀貨一枚だよ」


たまらず涼は注文し、お婆さんは、手際よく生クリームとバナーナを入れてくるむ。


「はい、どうぞ」


お婆さんが渡してくれるクレープを受け取る涼の手は、少しだけ震えていた。


そして……無心でかぶりつく。


その瞬間、見開かれる目。

飲み込み、開かれる口。


「美味しい……」

思わず呟いた。



この味のためなら、天使ですら神の教義に背くかもしれない……。

そう……。

堕天(だてん)しても惜しくないでしょう」

涼の呟きに、エトが少しだけ反応した。



涼の予想通り、いつもの配合。

涼が勝手に名付けた、プラチナダイヤモンド配合。



最初、ウィットナッシュで出会い、ルンの街、王都、さらに帝国のギルスバッハでも食べたクレープ屋……それが、この『シュルツ』の国にまで進出していたのだ。


トップは、いったい、どんな経営思想なのか……。

涼には、全く想像がつかない。

だが難しいことは考えなくていいのだ。


「間違いなく、あのクレープです」

涼は、アモン、ニルス、エトに向かって、力強くそう告げた。

告げられた三人は頷き、クレープを買い求めるのであった……。




回廊諸国二つ目の国『シュルツ』も、最初の国『アイテケ・ボ』同様に、都市国家と呼ぶべき規模の国だ。

一つの都市がその国土全て。


ただ、城壁に囲まれた都市の周囲に、つまり城壁の外に、かなり広大な農地が広がっているのが、アイテケ・ボとの大きな違いであったろうか。


アイテケ・ボは、森の真ん中にある国であったが、『シュルツ』は、平地の真ん中にあるからだ。


とはいえ、大規模な商隊はもちろん、旅人ですら訪れるのは稀なために、まず宿がない。

辛うじて、民宿というべき宿が三軒あるだけだ。


そのため、使節団は、街の広場に数百張りもの天幕を張って、仮の宿とした。



これは、文官たちには不評であった。

当然と言えば当然であろう。

完全に野宿するのに比べれば、天国のようなものではあるが、きちんとした宿に泊まるのに比べれば……まあ、ひどいものであろうから。


もちろん、護衛である冒険者や、軍人たちからは特に文句も出なかった。

冒険中や作戦中、野宿は当たり前。

洞窟(どうくつ)や大木の(うろ)、あるいは樹上で寝ることすらある。

天幕で寝ることができれば、それは天国のようなもの……は言いすぎだが、たいした不満は出ないのであった。



涼は疑問に思ったことがあった。

(しかし……大きな商隊も来ないとなると、これほどの規模の都市というか、国を成立させる経済はいったいどうなっているのか……)


「遊牧民というか、騎馬民族みたいなのは、周囲にかなりいるらしくて、その辺りとの交易はあるみたいだよ」

例の『旅のしおり』を見ながら、涼の疑問に答えてくれたのは神官エトであった。


『旅のしおり』、優秀!


「でも、不穏(ふおん)な記述もあるんだよね……」

「不穏?」

「そう。今の国王になってから、そんな騎馬民族たちとの関係が非常に悪いって」

エトは顔をしかめながら、『旅のしおり』の一節を涼に示しながら言った。


「騎馬民族の宝物を奪い取った……?」

涼は、その一節を声に出して読む。


不穏を通り越して、もう何か破滅的な事が起きるフラグなんじゃ……。

涼は小さく首を振って、世の無常を嘆くのであった。




「西方教会は開祖様がいると書いてあります」

涼は、ちょっと気になったので、『旅のしおり』を見せてもらっていた。

「うん、開祖ニュー様、って呼ばれているお方だね」

エトが頷いて答えた。


中央神殿では、いちおう西方教会の歴史などについても学ぶらしい。

信じるものは違えども、信仰に生きる者として共通する部分があるらしい。


「開祖ニュー様って、預言者だったり、神の子様であったりするんですかね?」

涼の問いは、地球的知識からの問いである。

「う~ん、預言者ではなかったはずだよ?」

「神の子とかいう表現も見たことないですね」

神官エトと神官ジークが、学んだ知識に基づいて答えた。


西方教会は、地球におけるローマ・カトリック教会などとは全く違うものらしい。

『大司教』などの階級が共通しているだけなのか……。


涼は一人、頷くのであった。



そんな涼に、逆にエトが質問した。


「ねえ、リョウ」

「どうしました、エト」

「リョウがさっき言ってた、『堕天』って、何?」

涼が、クレープを食べた後にふと呟いた言葉、「堕天しても惜しくないでしょう」が気になったらしい。

まあ『天』という言葉が入っているあたり、分からないではない。


とはいえ、この『ファイ』に「天使が堕落する」という概念があるのかどうか、涼は知らないのだ。

そもそも、堕落して行きつく先が……あるのかと。


『悪魔』は、天使が堕落したものではない、とミカエル(仮名)が『魔物大全 初級編』に、明確に書いていた。

『デビル』は、天使のような超常的なものが堕落してなったにしては、弱かった。

他のそれらしい生き物は、知らない……。



「堕天というのは、聖なるものが、悪いものになっちゃうことです」



結局、涼はそんな説明をした。


「ああ、なるほど……」

エトは、何か思い当たる節があるのか、何度か小さく頷いて言った。


「人は弱いものだからね……」

続けてそう言ったエトの表情は、少し悲しげであった。




陽が落ち切る前に、涼は天幕を抜け出し、もう一度クレープ屋に向かった。


エトと、『堕天』の話をして、クレープ屋を思い出したからではない。


もちろん、自分だけで、がめようなどというわけでもない。

ちゃんと、みんなの分もあわせて、七個持って帰る。

注文は八個で。


え? もちろん、一個は食べながら帰って、天幕についたらもう一個みんなと一緒に……。



だが、涼の策は破られた。



「あれ? もう、なくなってる?」

昼間はあったのだ。

盛況であった。


だが、もうクレープ屋はいなくなっていた。


閉店時間だからとかではなく、完全に店じまいされた後。

一切のものがなくなっていた。


「なんたること……」

涼は落ち込んだ。

こんなことなら、お昼のうちに買い占めておくのだったと。



仕方なく、お隣にあった肉串にすることにした。



「おぉ! このタレは絶品です!」


クレープだろうが肉串だろうが、美味しいものは正義なのであった。





『シュルツ』のどこか暗い場所にて。


「明日の決行に変わりないな?」

「はい」

「本当にいいのか? 中央諸国の使節団がいるぞ。あいつらが、予定よりかなり遅れたせいで、計画と重なってしまった……」

「やむを得まい。扉が開くのは、明日十時と設定されているのだ。変更はきかぬ。そして、誰だろうが関係ない。謁見の間にいる奴は、全員死んでもらう……」


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