0284 ラフレシアもどき
ラフレシアもどきが、他にいないことを確認すると、涼は小さく頷き、ジークの方を見た。
神官ジークは、麻痺に抵抗し立っているようだ。
「凄いねジーク……」
思わずそう呟き、涼はいつもの鞄から、自家製毒消しポーションを取り出す。
ジークは無言のまま受け取ると、緩慢な動作ながら、自分でポーションを飲み干した。
そこまで確認して、涼は地面に崩れ落ちている五人にも、一人ずつ毒消しポーションを飲ませていった。
崩れ落ちてはいるが、状況は結構ばらばらだ。
最も症状が軽いのはアモンとハロルド。
アモンは何となく分かる気がする。理由はないのだが、何となく。
ハロルドは、王家直系として、毒への耐性が強くなるように鍛えられてきた気がする……そんな、一見、非人道的な事があるのかどうかは分からないが……。
それでもありそうな気はする。
古来、特権階級の人間が最も恐れるものの一つが、毒なのだから。
次に症状が軽いのはニルス。そして、ゴワンとエト。
この三人は、指一本動かすことができなさそうだ。
恐るべし、麻痺毒!
毒消しポーションを飲ませて、五分もすると、全員いつも通りに回復。
だが、顔色は悪い。
「あれ? 僕の毒消しポーション、不味かった?」
涼は、その顔色の悪さを心配した。
毒を消すためのポーションなので、不味いのは我慢して欲しいのだが……。
「いや、リョウ、助かった」
ニルスが真っ先に口を開いた。
それでも微妙に聞き取りにくい。
麻痺毒からの回復は、喋れるようになるまで時間がかかるようだ。
体は、けっこうすぐに動くのだが、口の周りの筋肉は、微妙な制御がいるのかもしれない。
「しかし……あれは何だったんだ。突然、体全体が麻痺したぜ」
「うん、驚いたね。麻痺にしても、あそこまで瞬時に体全体の麻痺とか……」
「リョウさんが凍らせた、あの植物のせい、ってことですよね」
ニルスが苦い顔をしながら思い出し、エトが苦しい記憶を辿り、アモンが苦しさの欠片もない清々しい表情で、氷漬けになったラフレシアもどきを眺める。
「リョウ……さん、ありがとうございました」
「感謝する」
「来てくださって助かりました」
十一号室のハロルド、ゴワン、ジークも、きちんと涼に感謝した。
この辺りは、けっこうしっかりしてきた印象だ。
ニルス辺りが何か言ったのかもしれない。
憧れている人からの言葉というのは、圧倒的な影響を及ぼすものだから。
ニルスは恐る恐るという感じで、アモンは初めてのものを見るわくわくした感じで、氷漬けラフレシアもどきに近付いた。
「さっきは、こんな奴らいなかったよな……」
「見えていなかっただけ、ということでしょうかね」
ニルスとアモンが意見交換をしている。
「以前、アベルとの旅でこいつに会ったことがあるけど、多分、鏡のように反射して、周りの景色に紛れる能力があるんだと思う」
涼が簡単に説明する。
「見えなくなる植物型の魔物とか、初めて聞いたぜ」
「中央諸国にはいない奴なのかもね」
「あれ? でも、リョウさんとアベルさん、見たことがあるって……」
ニルス、エトが感想を言い、アモンは今、涼が言ったばかりの情報に問い返す。
「ああ……。僕とアベルが会ったのは、魔の山の向こう側だから。中央諸国と呼んでいいか微妙だね」
涼のその言葉は、他の六人から驚愕の視線をもって迎えられた。
「魔の山の向こう……そんな所からよく生きて……」
「てか、アベル陛下、さすがっす」
「魔の山の向こうとか、ものすごい魔物がいそうですね!」
エトが呟き、ニルスが敬愛する人をさらに尊敬し、アモンがバトルジャンキーへの道に足を踏み出しているかのような言葉を吐く。
もちろん、十一号室の三人は、無言であった。
三人とも、少しだけ震えていたのは……これも、いつも通り内緒なのだ。
別に、十一号室の三人が、他より気持ちが弱いとか劣っているとか、そう言う事では決してない。
十号室の三人が、変なだけだ。
涼に関して、特に。
それもこれも、いろいろと仕方ない……。
全ては時間が解決してくれる……はず。
「それにしても、街道から少し外れただけで、こんな恐ろしい魔物がいるなんて……。漆黒の森、恐るべしですね」
涼が頷きながら、したり顔で感想を述べる。
「……この植物型の魔物って、移動はしないんですかね?」
アモンが、氷漬けのラフレシアもどきの足元を見ながら呟く。
「ああ……確かに、こいつ、地面に突き刺さってはいないぞ」
ニルスがラフレシアもどきの足元を見て答える。
「ゆっくりとではあっても、動ける植物型の魔物はけっこういるって聞いたことがあるから、これもそうなのかも?」
エトが何度か小さく頷きながら言った。
「トレントは、見た目からして可愛かったのですけど、この子たちは……」
涼が、氷の棺をぺしぺし叩きながら言う。
「うん、可愛いかどうかを基準に考えるのが変だと思うぞ」
ニルスの呟きは小さすぎて、涼には届かなかった。
「この魔物も、麻痺毒を吐かなければ、見た目は可愛い気がしないでもないですが」
アモンが首を傾げながら言う。
アモンの感性は、少し独特なのかもしれない。
「まあでも、街道にけっこう近い、こんな所まで移動してきたんですよね、この子ら。森の奥で、何か不穏な事が起きているのかもしれませんね」
「リョウ……深刻な内容を言っているのに、顔がにやけているぞ」
「そんな馬鹿な!」
涼が真面目さを装って言い、ニルスがその化けの皮を指摘し、涼が驚く……。
「ぼ、僕は、緊張しているこの場を和ませようと、あえて笑いを提供しているのです」
「……よく、そんな、誰も信じそうにないことを堂々と言えるよな」
涼の抵抗に、一顧だにしないニルス。
「くっ……最近、ニルスがアベルに見えることがあります」
「アベル陛下万歳!」
憧れは、人を成長させる……のかもしれない。
そんな二人の会話は、『十号室』の、昔からよくある光景だ。
エトとアモンは苦笑い。
十一号室の三人は、震えは止まったが、顔色はさらに悪くなっていた……。
全ては涼のせいなのかもしれない。
場を和ませるのではなく、顔色を悪くさせてしまった……。
笑いとは、かくも難しいものなのだ。




