0282 最初の街道にて
本日より、
「第二部 第二章 西方諸国へ」開始です。
ようやく、中央諸国を出ました。
中央諸国の使節団の先頭は、ヒュー・マクグラス率いる王国使節団。
だが、その王国使節団は、回廊諸国の一つ『アイテケ・ボ』への街道の途中で停止していた。
街道脇に入って休息などではなく、街道の上でそのまま動きを止めていた。
「平和な光景です」
涼は氷の椅子と机を生成し、淹れたてのコーヒーを飲みながらホッと一息ついて、そう呟く。
「お、おう……」
涼に淹れてもらったコーヒーを飲みながら、『十号室』リーダーのニルスは微妙な顔をしながらも、いちおう同意した。
「まあ、めったにできない経験なのは確かだね」
涼に淹れてもらったコーヒーを飲みながら、『十号室』神官エトは、微笑みながら同意した。
「壮観ですね!」
涼に淹れてもらったコーヒーを飲みながら、『十号室』剣士アモンは、とても嬉しそうに周りを見回して言った。
ちなみに、『十一号室』の剣士ハロルド、神官ジーク、双剣士ゴワンは、三人とも無言でコーヒーを飲んでいる……。
現在、王国使節団一行の前と後ろを、右から左へ、木の魔物トレントの集団が移動していた。
トレントは木の魔物である。
針葉樹に足が生えた種類のものが多いようだ。
だが、よく見ると、広葉樹と思しきものに足が生えたものもいる。
一口に『トレント』と言っても、いろんな種類がいるらしい。
それは、地球生まれの涼からすれば、とてもとても幻想的な光景。
だって、木に足が生えて、歩いたり走ったりしているんですよ?
チャカチャカ小走りで走るものもいれば、飛び跳ねるように走るものもいる……。
植生の多様さ同様に、トレントにも多様さがあるらしい。
あくまで、涼にとっては、幻想的な光景……。
そんなトレントたちが横切っている街道。
その街道は、決して広くはない。
とはいえ、街道は街道だ。
その街道は、『漆黒の森』を貫いている。
そのため、森の中を移動する魔物たちは、どうしても街道を横切ることになる。
これは、生態上仕方のないこと。
だから、この街道には、中央諸国の街道にあるような退魔柱などは設置されていない……。
基本的に、木の魔物トレントは、穏やかな性格の魔物であり、こちらが攻撃しない限りは襲ってはこないと言われている。
それでも、数千は下らない数の魔物がすぐそばを移動していれば、心穏やかにはいられないという人間もいるだろう。
少なくとも、「平和な光景」などと言える人物は、実は、そう多くはないのかもしれない……。
「おっきぃ奴は、それはそれで威厳がありますけど、小さいのはなかなか可愛いですね」
「あ、リョウさんもそう思います? 魔物も、みんなこんな感じならいいのにな~」
涼の言葉に、アモンも頷きながら答える。
「いや、俺はつい剣に手をかけたくなるぞ……」
「ほらニルス、少しは落ち着いて。トレントの子供とか、襲ってきたりはしないから」
ニルスが正直な感想を述べ、エトが苦笑しながらそれをなだめる。
「でも、今回はトレントですけど、場合によってはウォーウルフの群れが横切ることもあるんですよね?」
誰とはなしに、そんな懸念を口にしたのは神官ジークだ。
「うん、あるみたいだね。そういうのに出くわすと、簡単にパーティーが壊滅するらしいよ」
懸念に答えたのは、同じく神官のエト。
それを聞いて、十一号室の残りの二人が少しだけ震えたのは、仕方のないことであったろう。
先輩であるB級剣士のニルスも、その光景を想像して震えたのだから……。
だが、一人自信満々の態で口を開く水属性の魔法使い。
「大丈夫です!」
何やら自信があるらしい。そのまま言葉を続けた。
「その時は、ニルス一人を残して、全員走って逃げますから!」
「なんで俺なんだよ!」
「そのおっきな体が食べられている間に時間を稼いで……」
「食べられるの前提か……」
もちろん冗談である。
……もちろん、冗談ですよ?
ええ……、冗談ですとも……多分。
王国使節団最後尾で、『十号室』と『十一号室』がそんな会話を繰り広げている間、使節団先頭では団長ヒュー・マクグラスが、難しい顔をしていた。
その手元には、簡易な地図らしきものがある。
「仕方のないこととはいえ……これは相当な時間を食うな。当初予定していた野営地までは行けんか」
「ですね。第二予定地点での野営になるでしょう」
ヒューの言葉に応えたのは、先頭を護衛するB級パーティー『コーヒーメーカー』リーダーの、デロングであった。
『コーヒーメーカー』はB級パーティーであり、かなり経験豊富なパーティーだ。
その中でも、護衛依頼をこなしてきた経験は、王国でもトップクラスの多さと言える。
かつて、涼を含めた『十号室』初めての護衛依頼が、『コーヒーメーカー』と組んでのウィットナッシュ往復護衛依頼であったのも、決して偶然ではないのだ。
そのため、今回の王国使節団は、『コーヒーメーカー』が先頭の護衛につき、リーダーのデロングはヒューの相談役にもなっていた。
「野営第二予定地点は、河原だったか」
「はい。街道沿いです。今のところ増水の心配はなさそうですし、気を付けるのは……」
「ああ……。水飲み場の可能性はあるわな」
動物であろうが魔物であろうが、たいていのものが、生きていくのに水は必要だ。
そのため、河原はそれらの水飲み場となっており、寄ってくる可能性は高かった。
特に、この『漆黒の森』は、中央諸国の森とは違って人通りが多くはない。
ゼロではないが、かなり少ない。
そのため、森の魔物たちは、人間に慣れてはいない……。
魔物と人間。
嫌でも衝突が起きる、その可能性が高いと言えた。
「しっかり柵でも作れればいいのだが……」
ヒューはそこまで呟いて、ふと思いついたことがあった。
「……できるか?」
「ヒューさん、いちおう、アイスウォール……氷の壁で使節団全体を囲ってみました」
ヒューの依頼により、涼は使節団全体を囲むアイスウォールを構築し、魔物が現れても使節が襲われないように整えた。
「お、おう……」
思い付きで涼に問うたヒューであったが、「できますよ」と言われ、そして実際に構築したのを見て、言葉少なくなっていた。
半径100メートル……全周約628メートル……の氷の壁。
およそ、一人の魔法使いが構築できる規模のものではない。
かつての『大戦』を含めて、ヒューは、戦場において、魔法による大規模構築物をいくつか見てきた。
この規模の『土壁』を構築しようとすれば、土属性の魔法使い二十人以上が必要だったということを、思い出してもいた。
(リョウ……やはりとんでもない)
心の中でそう呟くヒュー。
「けっこうでかいな!」
「屋根もついていますし、これで安心して寝られますね」
「もしかして見張りもいらないのかもね」
ニルス、アモン、エトの感想が、こんなとんでもないものを前にしているのに、ごく普通の感想であることにヒューは目を見張った。
思わず呟く。
「あいつらも、すでにリョウに毒されているのか」
そして、思ったのだ。
『十一号室』のお目付け役を、『十号室』の連中にしたのは、間違いだったのではないかと……。




